関根信一の観劇!感激!

  

「三人姉妹」

世田谷パブリックシアター+シアタープロジェクトさっぽろ提携公演

脚本 筒井ともみ

演出 松本 修

チェーホフ「三人姉妹」より

出演 銀粉蝶 風吹ジュン 喜多嶋舞 松田洋治 伊沢磨紀 若松 武

小田 豊 有薗芳記 斎藤 歩  他

世田谷パブリックシアター

2000年2月6日

 松本修さんは、去年も「プラトーノフ」をオリンピック開催に沸く長野を舞台にして見せてくれましたが、今回は、昭和十年代の旭川を舞台にした「三人姉妹」の翻案。
 向田邦子原作のTVドラマでお馴染みの筒井ともみさんの脚本は、ちょうど100年前に書かれたこの「三人姉妹」をとっても身近なものにして見せてくれます。
 原作で三人姉妹が何度も繰り返し口にする「モスクワへ」という思いは、「東京へ」ととってもわかりやすく転換されていて、長女の頼子(原作はオーリガ)役の銀粉蝶さんは、ちゃきちゃきの江戸弁でしゃべってたりする(イカす!)。
 何より、こんなにわかりやすい「三人姉妹」は初めて見た。
 ロシアの芝居に独特の役名の難しさ(一人の人間にいくつもの呼び方があったりするでしょ)が、きれいさっぱりないし、漠然としかイメージできない「ロシア」の広大さ(or何にもなさ)が、北海道の旭川、しかも昭和十年代ということで、とても実感できる。
 わらわら出てくる&誰が誰だかわからない軍人さんたちも、人数が整理(?)された上、それぞれがユニークな等身大のキャラクターになっていて、とても好感が持てる。
 「三人姉妹」のドラマの中心は、実は、兄(弟)のアンドレイだと思うのだが、今回は、その役を松田洋治くんが演じている(役名は市郎)。学者になれなくて、仕方なく市会議員になったものの、妻のナターシャは市長のプロトポーポフと浮気をしている。そんな、とってもチェーホフ的な「なりたかった男」。
 普通は、オーリガとマーシャの間に設定されるアンドレイの年齢は、今回は、マーシャとイリーナの間だということになっている。
 原作にある「最近太ってしまって」というセリフを、細身の彼が口にするのは、とても面白かった。
 そして、普通なら、舞台全体に大きな影を落とす、彼のやりきれなさが、今回は、「情けない弟」を持った「姉たち」の物語の背景にしりぞいているような印象だ(三女の律子には兄になるけど)。そして、それは、複雑な群像劇のスタイルをもったこの芝居を、すっきりとわかりやすいものにしてくれている。
 「姉たち」の物語といえば、かつて清水邦夫がよく書いていたが(そういえば、清水邦夫は「三人姉妹」をモチーフに「楽屋」を書いてる)、彼が描く女性像に、今回の「三人姉妹」の「姉たち」はとても近い気がする。いつもなら、兄のアンドレイに振り回される「妹たち」の物語である「三人姉妹」(僕の印象だけど)が、出来の悪い弟を持った「姉たち」の物語になってる。しかも、この「姉たち」は、原作の「夢見るお嬢様」のスタイルをすっきりと捨てて、しっかりと生きていこうとする「自立した」女達になってる。
 今回の舞台で一番「なんだそうだったのか」と気が付いたのは、「三人姉妹」というお話の中に登場する男と女のあり方の違いだ。
 なんていい加減な男たちなんだろう。
 もっとも、それは、三人姉妹にナターシャ(アンドレイの妻、今回の役名は夏江:伊沢磨紀さん)を加えた女達に比べてということなのだけれども、彼女たちに比べれば、みんな情けないくらい軽薄だ。
 改めて、原作を読んでもその感は変わらない。
 もっとも、軍隊は終幕にはこの町を去っていく、文字通り、地に足のつかない存在だったのだと気が付かされた。
 それも、この地(=旭川)にとどまらざるを得ない、決して東京には帰ることのできない彼女たちの動けなさが、せつなく胸に響いてこそだと思った。
 けだるくソファに横たわる、彼女たち。疲れていたり、アンニュイだったり、いずれにしろ、椅子にきちんと座って、また去っていく男達に比べて、どれほど、存在が深く、身近に感じられることか。
 中でも、次女・雅子(原作ではマーシャ)役の風吹ジュンさんは、イカしてた。こんなに舞台で光る人だとは正直思っていなかった。
 二幕(今回の上演は、全二幕)の半ばで、森の奥から聞こえてくる(という)ピアノに耳を傾けながらずっと舞台中央に立ちつくす風吹さんは、すごかった。
 戦争に行って、戦死した牧師の弾くピアノが今も聞こえるといいながら、彼の思い出を語っていく。
 十代で学校の教師と結婚した彼女にとって、その牧師さんは、初恋の相手だったのじゃないかしら?
 僕は勝手にそんなことを思って、せつなくてたまりませんでした。
 すっきりと何もない舞台に、椅子を並べ、舞台の奥には白樺の林。
 終幕の軍隊の出発の場面では、落ち葉を一面に敷き詰めて、とても美しくすがすがしい、そして、何もないやるせなさに満ちた、今回の「三人姉妹」は、僕にとって、これまで苦手だったこの芝居を、違った方向から光を当てて、身近なものにしてくれました。
 残念だったのは、こんなに面白い舞台にお客さんが少なかったことです。
 こんなだったらシアタートラムでもよかったんじゃないの?と思ったりしたのですが(ごめんなさい)、あの「何もない、やるせなさ」は、パブリックシアターの舞台を思い切り広く使ったればこそでしょう。
 ★は、イカした姉たちに★★★★★!


 

 

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