関根信一の観劇!感激!

  

. 「上野動物園再々々襲撃」
☆●
青年団公演
2001年6月3日 シアタートラム
原作:金杉忠男
脚本・構成・演出:平田オリザ
◎ 出演 ◎
足立 誠 安部聡子 猪股俊明* 大崎由利子* 大塚 洋 木崎友紀子 志賀廣太郎
篠塚祥司* 高橋 縁 谷本 進*(NEVER LOSE) 辻 美奈子 天明留理子
羽場睦子* 平田陽子 松田弘子 安田まり子 山内健司 和田江理子
(50音順/*=旧金杉アソシエーツより参加)
「70年代から80年代、伝説のアングラ劇団中村座を主宰、 90年代には金杉アソシエーツを結成し、果敢な変貌を遂げた金杉忠男。 4年前に急逝した金杉氏が病床で書き記した遺稿と、 名作『上野動物園再襲撃』をはじめとする中村座時代の旧作を 平田オリザがコラージュして送る最新作。
 すでに初老を迎えた四つ木橋の少年たちは、再び上野動物園に忍び込み、 駱駝を盗み出すことができるのだろうか。 新しい幻想の演劇が、いま創られる。」(フライヤーより)

 僕が芝居を始めたのは、高校生の頃で、当時葛飾区立石の実家に住んでいた僕は、「信ちゃんが芝居を始めた」というふうに近所では噂されてたんだと思う。
 お隣の秋元さんのおじさんが「俺の同級生の金杉ってやつが芝居やってるんだけど、今度見に行ってやってくれない?」という話をしてくれたのはいつの頃だったろう。
 結局、僕はおじさんの同級生の人の芝居を見に行かないまま、引っ越してしまった。
 おじさんの同級生、つまり、僕もそこの卒業生でもある本田小学校の同級生の金杉さんというのが金杉忠男さんという人で、「中村座」という劇団を主宰し、地元の立石や四つ木を舞台にたくさんの芝居を書いて上演しているということを知ってからも、僕はなんだか見に行くことができないでいた。
 中村座を解散して、「金杉アソシエーツ」での活動が始まって、じゃ、今度行ってみようかなと思い始めてた頃に、金杉さんは急に亡くなってしまった。
 当たり前だけど、芝居は今見とかないともう見られないもんなんだ。
 遅すぎってかんじ。
 去年、「ゴッホからの最後の手紙」で一緒だった吉田直子ちゃんは、舞台芸術学院の卒業生で、当時、金杉さんは舞芸の校長先生だった。その縁から吉田さんは金杉アソシエーツの公演にも出演してる。
 札幌で「ゴッホ……」の稽古をしながら、僕はまだ会ったことのない金杉さんの話をいろいろとした。
 そして、今回、青年団の平田オリザさんが「上野動物園再々々襲撃」を上演すると知って、「これは行かなくちゃ!」とばかりに見てきた。ようやく金杉さんに会いに行ける。そんなつもりの観劇だった。

 前置きが長くなりました。
 いつもなら舞台の感想を、さくさく書くだけなんだけど、この芝居に関しては、このあたりの経緯を言っておいたほうがいいような気がしてのでね。
 つまり、僕は、この舞台を、とんでもなく「身近なもの」として見てきてしまったんでした。
 こんな経験は初めてで、何ていっていいのかわからないんだけど、何ともいえず、切なくてね。泣けて泣けてしかたなかった。

 舞台は、四ツ木にある喫茶店。
 小学校の同級生、というか同窓生の仲間、つまりご近所の仲間の一人が急に亡くなって、今日はその告別式。葬儀場帰りの仲間たちが喪服のまんま、今晩の飲みの待ち合わせ打ち合わせのために、行きつけの喫茶店に集まってくる。
 みんなおじさんで、それぞれいろんなものを抱えている。
 前の妻との間にできた娘に突然訪ねてこられたり、肝臓ガンにかかってたり。
 一人、仲間うちのマドンナと呼ばれていた女の子、今はもうおばさんなんだけど、が突然やってくる。
 友人の死の知らせを聞いて、お焼香にやってきたんだ。
 舞台では事件として何が起こるわけでもない。
 平田オリザさんの舞台は、夕方のある時間をきちんと切り取って、そこにやってきては去っていく人達をたんたんと描いていく。
 ただ、描かれる人達がすごいんだな。演じている人たちのことなんだけども。
 中年もおわりにさしかかってる、「俺の人生こんなもんでしょ」とあきらめてしまってるような、それでも「まだまだ」としがみついてがんばってるような、そんなおじさんたちのいかたはなんともいえず味わい深いもんだった。
 かといって、それがかっこいい!ってなもんでは全然ないんだよ。時々盛り上がるギャグにしたってださださだし、風采だって上がらない。でも、なんだかすごいんだな。
 芝居が始まってすぐ、僕は、もうそれだけでうれしくなってしまってね。
 何でだろう?
 そうだ、声だ。みんなすごくいい大人の声で芝居をしてるんだ。
 青年団の芝居はとってもナチュラルなふうをよそおった実はものすごく緻密につくられた芝居なんだけど、みんなとってもふつうなしゃべり方をする。時々は「え、聞こえないよ!」って思ってしまうくらい。
 でも、この芝居でのおじさんたちは、みんなきっちりしゃべっていてね、何気ないおしゃべりに実に味があるんだ。かといって、声を張ったりしてるわけじゃ全然ないんだけどね。
 劇中のおじさんたちは、地元の本田小学校、本田中学校の卒業生ってことになってて、それはまんま僕とおんなじ。
 おじさんたちは、僕のずっと上の先輩、しかもご近所のひとたちなんだ。
 亡くなった友人っていうのは、間違いなく、金杉さんで、四ツ木のバス通りの喫茶店にみんなが集まってるその状況はとっても身近で、どこまでが嘘かホントかわからなくなってくるようだった。
 やってくるマドンナが、嘘ばっかりついていて、でも、みんなは面と向かってそれを言えないでいて、それを知ってか知らないでか、彼女はとっても元気でかっこよく振る舞ってる。
 ひさしぶりに帰った故郷で、みょうにかっこつけてイキがってしまう気持ち。
 なんだかそれも悲しくってね。
 ていうか、むちゃくちゃ身につまされてしまってしかたなかった。
 彼女には若くして死んだ妹がいて、芝居の最後に、まるで夢のように、彼女はその妹と再会する。修学旅行に姉は行けなかったけど、妹は姉が働いてくれたおかげで行けた。そのお礼をいう妹。「いいんだよ」と聞き流す姉。
 一人の友人の死を扱うこの舞台で、かんじんの死んだ男=金杉さんじゃなくて、そんな周辺で死んだしまった女の子を一人登場させるという、お話の作り方は、とっても微妙なところで、大成功している。
 最後に、子どもの頃、盗み出せなかったラクダをもう一度上野動物園に盗みに行こうというおじさんたちの騎馬は、とっても不格好で、童謡「月の砂漠」を歌うのも、むちゃちゃくべたでかっこわるい終わり方になりそうなんだけど、かっこわるいってことで開き直ってるおじさんたちが歌っちゃうことで、何ともいえない切なさが伝わってくる。
 肝臓ガンで死にそうでもう後がないおじさんに、マドンナは、「月の砂漠」を歌いながら、その合間に「死ぬな!」と呼びかける。おじさんも「おお」と答える。
 「死ぬな!」
 その声は、死んでしまった妹、いっしょうけんめい今を生きようとしているかつての仲間に向けられているのと同時に、この芝居全部の行く先=金杉さんへの哀惜の言葉として響いてきた。
 マドンナを演じる大崎由利子さんは、とんでもなくかっこよくて、でも、その向こうに強がらないではいられない大人の切なさを抱えて、それは見事だった。
 久し振りのふるさとでの居心地の悪さみたいなものが、すっごいよくわかってしまって、それは僕の実生活でもあるし、今度の舞台「ひまわり」の僕の役でもあるんだけども、そんな意味でも、すっごい今見ることができて、嬉しい舞台だった。
 僕もがんばろう。
 芝居も、そうじゃないところでも。
 何だか、そう思えた。思えるようになったんでした。

 ☆☆☆☆☆!

 

 

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