Four Seasons 四季
関根信一

●その3●

<<<その2<<<

第四場 冬「バレンタインデーの夢と現実」
    
冬の休日の午後。
2月14日、今日はバレンタインデー。
のどかな日射し。

太一が人待ち顔で立っている。手には紙の手提げ袋。
下手から上手へ山ちゃんが通り過ぎる。やっぱり微妙にこそこそしたかんじ。
太一の前をこっそり会釈をしながら通り過ぎようとすると……

太一 (大声で)やーまちゃん!!
山下 何よ。やめてよ、大声で。

結果として立ち止まってしまう、山ちゃん。

太一 はい、これ。

と小さな包みを差し出す。

山下 何、これ?
太一 やだ、今日はバレンタインデー。チョコレートに決まってるじゃない。
山下 いらないよ。
太一 いいのよ、そんな気にしないで、義理チョコよ。
山下 太一から、義理チョコもらう義理はない。
太一 いいから、とっといて。今日はね、この庭を通った人全員に、私からの、そこそこ心のこもった義理チョコプレゼントしちゃうのよ。だから……
山下 やめてよ、僕はいいから。
太一 だめよ、もれなくなんだから。老若男女。ゲイもノンケもみなさんに。みんなもらってってくれてるのよ。
山下 何なのそれ? ここのしきたり?
太一 そうね、毎年恒例にしてもいいかも。うん、そうだわ。
山下 とにかく、いいから。ここで、こういうあれ、まずいから。
太一 カカオ豆のポリフェノールは血液さらさらにするのよ!
山下 僕はいいって。ちょっと糖尿気味なんでね。じゃあ。

山ちゃん、相変わらずこそこそと上手に消える。

山下 何よ、成人病野郎!! いいわよ、自分で食べるから。

と、上手から、道畑が登場する。

太一 道畑さん!
道畑 こんちは。
太一 あの、これどうぞ。
道畑 どうぞ受け取って。今日はバレンタインデー。チョコレートに決まってるじゃない。
山下 あ、おれ、いいから。
太一 いいから、とっといて。今日はね、この庭を通った人全員に、私からの心のこもったチョコプレゼントしてるの。どうぞ。

道畑、なんとなく受け取ってしまう。

太一 ジャン・ポール・エヴァンのチョコレートよ。うちのB1の一押し。すごい行列だったんだから。
道畑 やっぱりいいや。オトコからはチョコもらえない。おれ、そういうんじゃないんで。
太一 女ならよくって、オトコじゃだめなの?
道畑 あたりまえ。
太一 じゃ、私は女ってことで。
道畑 とにかく、俺、いいから。受け取る理由ないし。
太一 お願い、受け取って。ごめんなさい、好きなの、あなたのことが。言っちゃった。あ、あやまることないわね。そうよ、そうだわ。好きなの。
道畑 ……。
太一 だから、これ。受け取る理由出来たでしょ。
道畑 もらっても困るし。だって、俺、ゲイじゃないし。
太一 それなら、気にしなくていいの。別に、私、あなたがゲイかもしれないと思って、好きになったわけじゃないから。そんなの全然平気。心配しないで。
道畑 だから、おれ、そういうんじゃないから。
太一 そういうんじゃないってことは、は受け取り拒否する理由にはならないって言ってるの。はっきりしないわね。もし、私が嫌いなら嫌いって、そうはっきり言ってもらった方がどれだけいいか……
道畑 じゃあ、嫌い。俺、女が好きだから。
太一 ……
道畑 (ちょっと反省して)ていうか、俺、誰からもチョコレートとかもらわないから。イベントの客とかいっぱいくれるんだけど、断ることにしてて。
太一 市川さんからはもらったくせに、すごいうれしそうだったじゃない。
道畑 そんなことないって。
太一 嘘よ、ちゃんと知ってるんだから。
道畑 何だよ? 見てたのかよ?
太一 もろにね。さっきのあれは、私よ。ちょっと変装してみたの。

と紙袋から、ロン毛のウィッグを取り出す。かぶってみると、たしかに市川さんにそっくりだ。

道畑 まじかよ?
太一 もう、いいわよ。ふんだ! バカノンケ!!

太一、下手に退場。

道畑 目的は何なんだよ? わけわかんないな。

道畑、上手に退場。
間。
下手から、理彦と渉が登場。

理彦 今日、泊まってくの?
渉  ううん。もうそろそろ行くわ。明日までのレポート途中なんだよね。
理彦 そっか、じゃあ、これ。渡しとくね。

バレンタインデーのチョコを渡す。

渉  あ……
理彦 何?
渉  僕も買ってきちゃったんだよね、これ。

渉も、チョコの包みを出す。

理彦 いいんじゃない? 交換っていうことで。
渉  これってホワイトデーにも交換ってこと?
理彦 え?
渉  ノンケはさ、バレンタインデーにこっちからこっち、ホワイトデーはこっちからこっちって一方通行じゃない。
理彦 あ、そうか。ゲイは倍ってこと?
渉  何だか、チョコレート屋の思うつぼってかんじ。
理彦 ていうか、貢献してるよね、きっと、売り上げ。
渉  じゃあ、ホワイトデーはなしってことにしよう。
理彦 いいよ、イベントなんだから、何かしよう。倍楽しもう。

理彦 いいの、行かなくて?
渉  うん、まだいい。
理彦 おかしいよね。二人でどっか出掛けても、帰りに必ずここで一休みしちゃうよね。
渉  うん。部屋に上がると、帰るタイミング外すからかな?
理彦 前はさ、何だか、落ち着かなかったんだよね。ここって。いつも見られてる気がして。でも、そんなこと考えてもしょうがないと思って。別にいいやって。
渉  こっちのことって、こっちにはバレバレなの?
理彦 たぶんね。結局、隠そうていう努力、してないもんね。
渉  ていうか、成功してないかんじ。
理彦 だからって別に険悪なムードになるっていうかそういうのもないしね。
渉  何で、こっちに住んでんの? やっぱりめんどくさかった?
理彦 それもあるけど。
渉  あるけどなに?
理彦 あっちにいるとさ、ずっと面倒みてもらっちゃうみたいなことになりそうで。自立したいっていうの? 多分さ、みんな誰かの世話焼きたいんだよね。だったら、お互いにやってればいいのにって思うんだけど、それじゃおもしろくないみたいでさ。僕たちなんて、格好のターゲットってわけじゃん。
渉  それはあるかもね。
理彦 親切っていうのとおせっかいっていうのは違うじゃない。人のためっていうのと、そんなことしてる自分が大好きっていうのもちがうじゃない?
渉  そうだよね。
理彦 みんなはさ、たぶん、そのへんのこと気がついてないんだと思うんだよね。でも、あんまり直接言うと、角が立つ気がしてさ。
渉  たしかに立ちまくりそう。でも、おじさん結局感謝してるんじゃないかな? こっちが埋まって。家賃だいじょぶなの?
理彦 うん。ばっちり。
渉  ここ越してきてから、ちゃんとバイトしてるよね。それもさ、何だか嬉しい気がする。
理彦 そんな大人だもん。当然。

渉  仕事って今、何してんの?
理彦 派遣だよ。データエントリー。
渉  そうだよね。九時時五時だよね。
理彦 初めてスーツ買っちゃった。
渉  あのさ、二丁目でバイトしたりしてないよね?
理彦 え?
渉  あ、ちょっと友達に言われたんだけど、よく夜会ってたって。そんなに二丁目出たりしてないよねと思ってさ。
理彦 ああ、前でしょ、前。この頃、全然行ってないから。
渉  してたんだ、バイト?
理彦 バイトっていうか? ま、ちょっとね。
渉  店子?
理彦 え?
渉  バーのカウンター?
理彦 そうそう。
渉  どこ?
理彦 えーと。
渉  おしえてくれたら、行ったのに。水くさいなあ。
理彦 友達の代わりにちょっと入っただけだから。
渉  よかった。その知り合いさ、変なこと言っちゃって。ほら、一度飲んだ、イサオ。
理彦 ああ、イサちゃん、元気?
渉  まあね、それがさ。ウリ専みたいな店から出てきたって。そんなことあるわけないじゃないって、言ったんだけどさ。何でそういうこと言うかね? そう言ったらさ、だって、心配じゃないって。そんなこと言われたら、僕だって心配になるじゃない? ホントに心配するんだったら、そんなこと言わなきゃいいのにって、そう思わない?
理彦 そうだよね。
渉  そしたらちょっともめちゃってさ。でも、平気だから。店で会っても知らん顔するくらいだから。
理彦 あ、そうなんだ。仲直りしてよ。
渉  まあ、そのうちにね。でも、しつこいんだもん。どうかと思うよ。そうだ、今度会ってさ、ちゃんと言った方がいいよ。
理彦 いいって。
渉  でもさ……
理彦 いいから、もう前の話なんだから……
渉  それはそうだけど……え?

渉  前って何が、前?
理彦 だから、今はもう派遣の仕事、九時五時でやってるんだからいいじゃない。
渉  何、ちょっとひっかかる。
理彦 だからさ、前は前でいいじゃない、何してたって。そうじゃない?
渉  そうじゃないって、じゃあ、何してたの?
理彦 だから……
渉  ……もしかして、ウリ専?
理彦 ま、そういうこと。だって、お金なくって。それに、どんなとこか興味あってさ。いつかやってみるバイトなんだとしたら、今やってみた方がいいかなと思って。
渉  待ってよ、マジ?
理彦 だから、すぐやめたんだって。こっち引っ越してきてすぐに。
渉  でも……。何で黙ってたんだよ?
理彦 内緒にしとこうと思ったんだけど、平谷さんに見つかっちゃって。で、相庭さんが、ここに来なさいって。別に仕事止めろとか言ってるんじゃないんだよとか言っちゃって、完全に止めろって言ってるわけ。で、渉には黙っててっていうから……。でも、ほんとに内緒にしとこうと思ってたんだって。
渉  無理だね。おしゃべりすぎる。
理彦 イサオ?
渉  そうじゃなくて。
理彦 あ、僕か?

理彦 やっぱりショック?
渉  そんな「やっぱり」って聞くぐらいなら、なんでやるかな?
理彦 だから、いつかやるなら今かなって、そう思ったんだって。正解だったよ。すごい売れたもん。ナンバー・ワンは無理だったけど、ツーにはなれたんだ。
渉  ……。
理彦 って、これも言っちゃいけないことだったか……
渉  どういうことだよ?
理彦 僕何ともないよ、ちゃんとセイフセックスしてたし。だから……
渉  そういうことじゃない! なんであやまらないんだよ?
理彦 謝る? 何で、黙ってたこと? だからそれは……
渉  もういいよ!

弘毅と平谷と茂雄が登場。

平谷 アレ、来てたんだ?
弘毅 平谷君、今日は、バレンタインでしょ?
茂雄 あ、そうか。いいねえ……
三人 (ハモる)バレンタインデート。
平谷 今日は食事に行ったの?
弘毅 いいよね、若い二人は?
茂雄 おしあわせに!

渉、突然、出ていく。

平谷 何、どうしたの?
茂雄 何か、気に障ること言った?
弘毅 クリスマスのときと基本的に同じこと言っただけだよね。
平谷 うん。
理彦 あの……、話しちゃったんです。
弘毅 え?
理彦 バイトのこと?
茂雄 ウリ専?
理彦 はい。
平谷 あらら……
弘毅 でも、それは言わないって約束だったじゃない?
理彦 もうやめたことだし、いいかなと思って。あんまりそういうの気にするキャラじゃないと思ってたし……
弘毅 ああ、あの子ね、結構細かいとこ気にするのよ。だから、言ったのに……
平谷 でも、まあ、しょうがないよ。ずっと内緒にしとくより、言って、ひともめして、なかなおりできたら、それが一番いいんじゃないの?
茂雄 仲直りできたらね。
平谷 できるでしょ? ちゃんと話せば。

茂雄 (弘毅に)わかったでしょ、あんたの経験知はちっとも受け継がれてない。
弘毅 そんなことないでしょ?
茂雄 中途半端にきれいにまとめるからでしょ? 自分も昔、売り線でバイトして、それがもとで別れたんだって、そこまで言えば、あ、なるほどねって、じっくりしみるんじゃないの?
弘毅 そんなこと言ったって……
理彦 あの、もしかして、相庭さんも、昔……
弘毅 昔ね……、あ、すっごい昔だから。
平谷 そうなんだ。知らなかった。
弘毅 言っても信じてもらえないっていうか、昔はそんなだったんだっていう視線が辛くて。
茂雄 たしかにね。
理彦 じゃあ、二人が別れた理由ってそれがもと?
茂雄 そう。
弘毅 (同時に)ちがう。
平谷 どっちよ?
弘毅 じゃ、そういうことにしていいや。
茂雄 あれから考えたんだけど、やっぱりそれが引き金になってたんだってこと思い出したんだよね。
弘毅 茂雄ちゃんがつきあいかけた彼は、本井くんだっけ? 彼がいたからでしょ?
茂雄 そうだけど……、それだって、きっかけは……
平谷 はいはい……。もういいよ、どうでも……
茂雄 まあね……
弘毅 昔のことだからね。

理彦は、ややびっくりして二人を見ている。

弘毅 やめてよ、そんな目で見るの。面影探さないで、辛いから。
茂雄 写真見る?
弘毅 うるさい!
理彦 あの、相庭さん、なんでやったんですか? お金なかったから?

弘毅 ま、お金もなかったけど。
茂雄 荒れてたんだよね。
弘毅 うん。苦界に身を沈めてやるみたいなかんじ? でも、やってみたら、別にそんなでもないんだよね。その頃、親と喧嘩しててさ、僕はゲイだってカミングアウトしたんだけど、なんだそれはみたいな。言い合ってるうちに、ぽろっと言われちゃって、両親の実の子供じゃないんだって。ひどいでしょ? 普通言わないよね。喧嘩の最中に。だから、何よって思ってたんだけど、一気に敗色濃厚になっちゃって。だめーってかんじ。
茂雄 そのまんま家飛び出して、連絡とれなくなって。うちに転がり込んできたときは、お金持ちになってたわけ。
弘毅 あぶく銭ってやつ。二人でぱーっと飲んで、多分、泣いたかなんかして。で、いきおいで言っちゃったんだよね。実はねって。
茂雄 そうだった。
弘毅 あとになって気がついたんだけど、親と同じことしたなって。言わなくていいこと言ったかもって。ていうか、自分のことばかりかわいそがってて、茂雄ちゃんがどう思うかなんて、ちっとも考えてなかったってこと。反省した。
茂雄 へえ、そんなこと思ってたんだ。
弘毅 最近だから、最近。
平谷 そんなふうに話せるのっていいね。
弘毅 え?
平谷 別れた二人がさ、そうやって昔話できてるみたいな。
茂雄 だめだめ、調子に乗るから。さっきも言ったけど、僕たちの経験を伝えようとしたたくらみは、見事に失敗したみたいだし。
平谷 でも、何ごとも経験だよ。僕はそう思うな。
弘毅 そう思えたらね。そう思えるだろうか?
理彦 さあ……
弘毅 どうする?
理彦 え?
弘毅 これから?
理彦 それは……
茂雄 こういうときはすぐ手当したほうがいいよ。
平谷 そうだね。電話かメール。
理彦 何て言えばいいか……
弘毅 無言で切ったっていいから。ただ、何かを伝えたいんだってことだけを伝えるの。これ覚えとくといいよ。
茂雄 それで、あんなにワン切りの電話が多かったわけ?
弘毅 いいから、いいから。
平谷 ま、やってみなよ。年寄りの言うことは間違いない。
茂雄 やめてよ、そんな……ああ、いちいち言うのやめよ。
弘毅 ほれ……

理彦、どうしようか迷っている。

太一が登場。ニワトリのエサを手に。

太一 ハロー。
茂雄 エサ当番、ご苦労様。とってもお似合いよ。そういう農場の女みたいなかんじ。
太一 今、ちょっと弱ってんの、今度、倍にして返すから覚えてなさい。
弘毅 どうした、道畑くん?
平谷 渡せたの、チョコ?
太一 まあね。でも、玉砕よ。サクラチルってかんじ。もうやめよ、やめよ。きれいに忘れて、次に進むわ。
茂雄 あんたも学習しないわね。
太一 その言葉そっくりそのままお返しするわ。
茂雄 私は学んでます。学んでないのは、誰かさん。
太一 何よ、それ?

太一、ふとニワトリを見て、気がつく。

太一  やだ、死んでる。

暗 転 

 *      *      * 

第5場・冬「さよなら、メゾン・ラ・セゾン」

茂雄と弘毅、太一、平谷が登場する。

太一 ちょっと休憩しましょ。
茂雄 何言ってんのよ。(上手を指して)トラック来てるのよ。さっさとやんなさい。
太一 だって……
平谷 早くしないと終わらないよ。
太一 だいたい、一日で三つっていうのが無理なのよ。
茂雄 しょうがないでしょ。みんな、今日しか空いてないんだから。さ、文句言わずにとっととやる。
太一 わかったわよ。
弘毅 じゃ、行こう。

一同、上手に行きかけると、渉がやってくる。

太一 ハロー。
茂雄 こんちは。
平谷 久し振り。
渉  あれ、引っ越し?
弘毅 まあね。
渉  誰の? あ、そうか、山下さんが出ていくんだ? ニワトリ死んだから、もうここにいる理由なくなったって? いいね、みんなでお手伝い。僕も何かしようか?
太一 お気持ちはありがたいんだけど、基本的なところがはずれ、これは、山ちゃんの引っ越しじゃありません。
平谷 年度末で、仕事が忙しいから、もう少し先にするんだって。
渉  へえ。じゃあ、今日は誰のなの?

顔を見合わす、太一と平谷と茂。そして、手を挙げる。

渉  え? もしかして。三人ともなの?
茂雄 そういうこと。
太一 もう少し日程の調整できなかったの?
平谷 だから、しょうがないんだって。
渉  ドゥーに行くんだ? そういうことか?
弘毅 ドゥーは三部屋も空いてないから。
太一 この顔ぶれで、共同生活は絶対にいや。
平谷 なによ、その言い方?
茂雄 先に言ったモン勝ちね。今の言葉そっくりそのままお返しするわ。
太一 ふん。

渉  どうしちゃったの? みんな出ていくってことなの?
太一 まあね、そういうことよ。
渉  どうして?

顔を見合わす三人。

平谷 わかったよ。じゃ、僕から。父親倒れちゃってさ。
渉  倒れたって何で?
平谷 脳梗塞。買い物の途中だったんで、発見早くて助かったんだけど。一人暮らしだからさ、リハビリだなんだって、誰か見てないといけなくなって。僕一人息子だからさ。
渉  どこなんですか? 実家?
平谷 金沢。ま、いつかこういう日が来るんじゃないかとは思ってたんだけどね。ま、そういうわけ。
渉  太一さんは?
太一 転勤なの。
渉  デパガって転勤すんの? 新宿だけじゃないんだ?
太一 失礼ね、あっちこっちあるのよ。それでさ、今度、シンガポールの支店に出向しないかって話になって。
渉  なんかすごいね。
太一 独り身で優秀っていうので、目つけられちゃったみたいなのよ。困っちゃって。仕事の出来る女ゆえの悲劇ね。
茂雄 やっかいばらいってことじゃないの?
太一 違います。初めは断ろうかと思ったのよ。でもね、給料も上がるし、何より東南アジアでしょ。ちょっといいことあるかもしれないなんて思って、受けたのわけ。
渉  どのくらい行ってるの?
太一 それがわかんないのよね。前任者は、5年だったんだけど。ま、そういうこと。
渉  茂雄ちゃんは?
太一 ちょっと、これが一番すごいわよ。
茂雄 何よ、その言い方?
太一 金井不動産倒産したの。
渉  ウソ? マジで?
太一 マジよ、マジ。(茂雄に)こんな役立たず、ずっと使ってるんだもん、当然の結果よね。
渉  不動産会社って倒産するんだ?
茂雄 あのへんの丘の上の住宅地、造成したんだけど、売れ行き悪くってね。
平谷 あそこは売れないよ。バス、一時間に一本だもん。
茂雄 他にもバブルの頃に、地上げした土地やら何やら、たくさん持ったまんまにしてて。ついにアウトってわけ。
渉  あらら。でもさ、だからって、出ていかなくてもいいんじゃない?
弘毅 茂雄ちゃん、金井不動産がここの管理してるってだけで、ここにいたようなもんだもん。仕事がなくなったら、もういる理由ないの。
茂雄 ……。
太一 ま、そんなわけで、ここんち、顔ぶれリニューアルってことになりそうなの。相庭さん、いろいろ心細いと思うんで、よろしくね。
茂雄 なんだか、申し訳ないんだけどさ。
平谷 近藤くんと仲直りして……。それはまあ、適当に……
太一 私たちはいなくなるけど、メゾン・ラ・セゾンの伝統は守っていってほしいわけ。
渉  伝統って……?
太一 ゲイばっかりが住んでるってことよ。
渉  ああ……
平谷 友達とかさ、いたら、紹介してくれるとうれしいなあ。
茂雄 もちろん、ドゥーもね。
渉  わかりました。
太一 よし、じゃ、続きをやりましょう。

立ち上がるみんな。

弘毅 あのさ、そのことなんだけど。
太一 なに?
弘毅 もうやめようかなと思って。
平谷 やめるって何を?
太一 大家さん? そんなの無理よ。
弘毅 そうじゃなくて……メゾン・ラ・セゾン。

茂雄 なんで?
弘毅 ゲイばっかりが住んでるっていうの、おもしろそうだと思って始めたけど、あんまり人集まらないしさ。
太一 そんなことないわよ。望みを捨てちゃだめよ。
平谷 でも、出てっちゃうんだもんなあ。
太一 だって、それは……。いいじゃない、相庭さんがずっと守ってれば。私たちだって、応援するわよ。
弘毅 やっぱりみんな思ってることなんじゃないの? もう、限界なのかもって。だったらさ、そんなめんどくさいもの無理してつくるのやめにして、もっと気楽な、ただ寝に帰るって場所だけのアパートにした方がずっといいと思う。
太一 そんなのつまんないじゃないよ。
弘毅 うん、でもいいよ。それにさ、思ったんだよね。みんないなくなっちゃうんだなあって。初めはさ、ゲイばっかりが住んでるアパートがあったら、おもしろいなってそう思ったんだった。楽しかった。でもさ、僕たち、別にゲイだから仲良くて大好きなんじゃなくって。みんながいたから、やってこれたんだなって。誰でもいいんじゃないんだって。太一と平谷くんと茂雄ちゃん、近藤くんと渉と。そう思ったんだ。みんないたからやってこれたんだなって、そう思ったんだよね。

弘毅 また次の何か作ろうっていうのも、考えたんだけど、もういいやと思って。いろんな人に相談したんだけどね。やっぱり、こんなオンボロアパート取り壊して、更地にして売っちゃった方がいいみたいなんだよね。みんなに出してもらったお金だって、すぐ返せるようになるし。何よりすっきりする。
太一 じゃあ、私たちががんばったのは何だったのよ。このアパート守るために、力を合わせて、ドゥー建てたんじゃない。
弘毅 ドゥーは残すよ。住んでる人いるし。
平谷 じゃあ、こっちだけなくなるの?
弘毅 うん、そういうこと。じゃ、続きやっちゃおう。だから、今日、片づいたら、お別れパーティしよ。

弘毅、立ち上がる。
みんな座ったまま。

弘毅 そんな大したことじゃないから。前向きな決断だから。

弘毅、上手に退場。

太一 どういうことよ。
平谷 まいったなあ。こんなことになるなんて。
茂雄 ま、いいんじゃないの、弘毅が決めたことなんだから。
太一 何よ、薄情ね。
茂雄 だって、出ていく人間が、残ってる人間にあれこれ言うことできないでしょ。
太一 あんた、出てくのやめない? あんたが残れば、考え直すんじゃないの?
茂雄 無理だと思うよ。じゃあ、あんた考え直したら?
太一 ちょっと難しいと思う。(平谷に)あんたは?
平谷 ごめん、無理だわ。
茂雄 いいじゃない。私たちが出てって、ここがなくなるっていうのも、それはそれで……
太一 いやよ、納得いかないわ。
茂雄 勝手なこと言うのやめなさいよ。
太一 勝手なこと言うのやめたら、人類は進歩しないのよ。わがままな、端から見たら、バカじゃないのって思えるようなことの積み重ねで、人類はここまで進歩したの。
茂雄 あんた以外はね。

理彦が登場。

太一 あら、今頃おめざめ? おはようございます。
理彦 引っ越しですよね。
太一 だいじょぶよ。私たちでやれるから……
理彦 手伝います。
太一 けっこうよ。

太一、立ち上がり、出ていこうとするが、やっぱり立ち止まってしまう。

太一 私絶対あきらめないわよ。

太一、退場。

平谷 わがまま言うなよ。しょうがないじゃないか!
太一 しょうがなくないわよ。絶対にあきらめないから……

太一、退場。
続いて、平谷と茂雄が退場。

理彦 どうしたの?
渉  みんな出てくんで、メゾン・ラ・セゾンなくしちゃおうかって、おじさんが。
理彦 え、ほんとに?
渉  うん。前はさ、この庭がなくなるかもしれないっていうので、みんなでがんばったのに、今度はちょっと無理みたい。
理彦 そうなんだ。
渉  ドゥーは残すって言ってたよ。
理彦 そう。

と下手から、みんなが登場する。
理彦をとりかこむ。

理彦 何? 何なの?
太一 ちょっと話があるのよ。
渉  ……なんですか?
平谷 ちょっとね。
茂雄 相談があって……

にじりよる一同。

暗 転 

 *      *      * 

第6場・春「みんなの桜」

理彦と弘毅が上手から登場。

弘毅 じゃあ、ここで。ごめんね。引っ越し手伝えなくて。
理彦 いいんですよ。こっちから、こっちに移るだけですから。それに、みんな手伝ってくれてるし。じゃ、行ってらっしゃい。
弘毅 うん。
理彦 帰ってくるの、いつですか?
弘毅 あ、それは、ちょっとわからないかんじ。
理彦 は?
弘毅 やっぱり話しておこうかな……
理彦 話しておくって……?
弘毅 実は……
理彦 大阪行くって、茂雄さんに会いにじゃないんですか?
弘毅 やっぱりそんなこと考えてる。そんなんじゃないって。
理彦 じゃあ、何なんですか? 大阪って。
弘毅 植木屋に弟子入りするの。
理彦 は?
弘毅 樹医になろうと思って。樹医。樹のお医者さん。
理彦 何ですか、それ。突然。
弘毅 突然じゃないの、いつかなりたいなってずっと思ってて。勉強すれば資格はとれるんだけど、やっぱり実地だよねと思って。弟子入りするならここと思ってた大阪の植木やさんに、話したら、これから、見に行く松の木があるんで、来ないかって。だから。
理彦 なんだ、そうだったんですか。言ってくれればいいのに。
弘毅 やっぱりさ。樹って、いいよね。いつまでもここにあるっていうのが。世界で一番古い樹はね、メキシコにある樹齢三千年のなんだって。日本にも、そんな古い樹がいっぱいあるんだよ、屋久島とかさ。そういう古い樹ってどんどん病気になっちゃうんだ。それを治すのが樹医の仕事。この樹ずっと見てるうちに、そんなものになってみたいななんて……。いい年してって恥ずかしいんだけど。
理彦 そんなことないですよ。
弘毅 じゃ、あとのことはよろしくね。
理彦 はい。わかりました。
弘毅 なんだか、みんなで寄ってたかって押しつけたみたいでごめんね。断ってくれてもよかったんだよ。
理彦 みんなに言われて、思ったんです。僕、いつも、帰ってこよう、帰ってこようと思ってたけど、たまには。待ってる人になってもいいんじゃないかって。そういうのもありなんだなって。
弘毅 待ってる人?
理彦 考えてみたんですよ。僕、親とずっともめてるけど、ああ、あの人達も僕のこと待ってるんじゃないかなって。なんだ、そうかと思って。そしたら、何か、気分が変わって。
弘毅 仲直りできそう?
理彦 別に仲直りしようとか、思ってないんですけど。でも、そうなんだなあって。
弘毅 そうだね。

弘毅 じゃ、行くわ。えーと、太一が送ってきたドリアンケーキ、あれ、適当に食べちゃって。臭くて勘弁と思ったら捨てていいから。どうせ、いやがらせに決まってるから。
理彦 はい。
弘毅 平谷くんが送ってくれた干物。冷凍してあるからだいじょぶだと思うんだけど、こっちは早めにちゃんと食べて。油まわっちゃうと味落ちるから。
理彦 はい。
弘毅 じゃあね。
理彦 あの、応援してます。

弘毅、立ち止まって、戻ってくる。

理彦 ……。

弘毅、理彦に右手を差し出す。
理彦、その手を取る。
握手。

弘毅 あんたはあんたのやり方で。
理彦 はい。

上手から人の気配。
弘毅、大慌てで出ていく。
すぐに、市川、道畑、豊嶋が登場。

市川 今、出てったの、相庭さんですよね。
道畑 出てっちゃったの、もしかして?
理彦 ええ、まあ。
豊嶋 水くさいなあ。昨日、しばらく留守にするんで、よろしくって挨拶に来たけど。こんなに早く。
市川 言ってくれたら、みんなで挨拶できたのに。
理彦 そういうの苦手な人みたい。
豊嶋 そうなの? 結構イベント好きなのかと思ってた。
理彦 自分のことっていうと、ちょっとちがうのかも。すみません、何から何まで。
道畑 いいって、いいって。あらかた片づいたから、あとは、せーので荷物運ぶだけ。
理彦 運送屋、まだ来ませんか?
市川 前のが遅れたんでもう少しかかるって。
道畑 こっちからこっちなんだから、俺たちだけでいけるのに。
理彦 こんなに手伝ってもらえると思わなかったんで。
豊嶋 水くさいなあ。
理彦 ちょっと一休みしてください。なんだか働きすぎかも、みんな。
市川 そうね。じゃ。

みんな、一息。

道畑 この樹に花が咲けばねえ。役に立たないよなあ。
豊嶋 なんの樹なんだろう。
市川 さあ……
道畑 一年いるけど、ずっとこのまんまだよな。代わり映えしないっていうか。
市川 でも、いいじゃないですか。夏は日影になるし、風が吹くと揺れたり雨が降ったりすると、ざわざわして、部屋にいても天気が変わったのがわかって。
豊嶋 ああ、たしかにそれはあるかも。
道畑 じゃ、役に立ってるってことか。

みんなが樹を見ている。

市川 私、時々、この樹のてっぺんのこと考えるんです。枝の一番先のこと。
みんな 一番先。
市川 ちっとも大きくなってないように見える樹でも、梢の先の一番若いところでは、いつも新しい細胞が生まれてて。そんな生まれたばかりの新芽が、一番高いところで、風に吹かれてるんです。
豊嶋 そうか。なるほどね。
市川 この話を教えてくれたのは神経科の先生。私、会社に行けなくなった時期があって、ひきこもりみたいになって、それで、引っ越したら気分が変わるかなと思って、ここに来たんです。その時に、思い出したんですよ、その話。あ、ごめんなさい。こんな話して。
道畑 いいって、いいって。俺の友達にも、アル中とかヤク中とかいっぱいいるよ。
渉  それ、ちょっとちがうもんだと思うな。
理彦 樹のてっぺんか?

みんなで樹を見上げている。
と上手から声。

小池 あんたたち、何してんの。早く片づけないと日が暮れちゃうわよ。
市川 はーい、今行きます。

みんな上手に退場しようとすると、山ちゃんが上手からやってくる。

山下 すみません、手伝えなくて。
市川 いいんですよ、いってらっしゃい。

ドゥーの面々、退場。山ちゃん、逃げるようにして下手に向かう。

豊嶋 (呼び止める)あの、山下さん!
山下 ごめんね。急に出社しないといけないことになって。
豊嶋 それはいいんですけど。避けてるんですね。僕のこと。
山下 そんなことないって。
豊嶋 ちょっとお話があるんですけど。
山下 何かな?
豊嶋 引っ越すことないじゃないですか?
山下 その話なんだけど……
豊嶋 僕のこと気にしてるんだったら、やめてください。僕なんとも思ってないですから。
山下 なんの話?
豊嶋 僕もそうなんです。これでいいですか?
山下 あ、そう。……そうなんだ。
豊嶋 いつか話さないといけないと思って……。でも、ちっとも会えないから。(熱く)山下さん、実は僕ずっと前から……。
山下 ……?!
豊嶋 総務の入江隆史とつきあってるんです。
山下 あ、そうだったの? すごいねえ。そうか、そうだったんだ。
豊嶋 今度一緒に飲みましょう。
山下 うん。
豊嶋 じゃあ。
山下 あ……。引っ越し、手伝おうかな? まだ、ちょっと時間あるし……
豊嶋 はい。

二人が退場。
渉がやってくる。

理彦 来てくれたんだ? そうだ、相庭さん、急に出てくことになって。
渉  そこで会った。
理彦 そう。
渉  引っ越し?
理彦 うん。ドゥーのみんなが手伝ってくれて。いいって言ってるのに。前、ここに来たときも、みんなでわいわいやってくれたんだよね。
渉  僕たちが出てったときも。
理彦 うん、そうだった。
渉  あのさ。
理彦 なあに?
渉  僕もここ来ようかと思って。
理彦 いいよ、無理しなくて……。
渉  そうじゃなくて、うちのオヤジが、誰もいないのは心配だからって。
理彦 あ、部屋全部埋まっちゃいそうなんだ。話したら、引っ越してこようかなっていう友達いて。一緒にバイトしてた友達。あ……
渉  いいよ。やってみてよかったんじゃない。友達できて。
理彦 別にそういうんじゃ……。
渉  わかってるって。とにかく、引っ越してくるから。
理彦 でも、部屋が。
渉  おじさんのとこ、使っていいって。言ってた。
理彦 なんだそうなんだ。早く言ってよね。ていうか、相庭さんも何で黙ってるのかな?
渉  自分で言いなって。言われたんでしょうがなくっていうんじゃなくって、ほんとにここに引っ越して来ようと思うんだったら、自分でちゃんとそう言いなって。
理彦 ……。
渉  以上。

理彦 みんな、行っちゃったんだねえ。
渉  あれ、埋めてったのかな? フリマの売れ残り。
理彦 ああ、あれ。まだ。
渉  なんで? 今、どこにあるの?
理彦 僕が預かってる。
渉  ほんとに適当な人たちだよね。
理彦 みんな忙しくって集まれなかったから。
渉  じゃあ、今度埋めるんだ?
理彦 どうしようかと思って。
渉  まだ、読み終わってないから。ガラスの仮面。それに、壊れてた時計、なんだか動き出したんだよ。だから、使ってるだ。
渉  微妙に押しつけられた気がしない?
理彦 でも、いいよ。
渉  ここのこともさ。そうじゃないの?
理彦 いいよ、いいんだ。僕、待ってるから。で、ずっと持ってようと思うんだ。

市川登場。

市川 近藤さん、あの、なんかすごいもの見つけちゃって、今ちょっと問題になってるんですけど。来てもらえませんか? 小池さん、腰ぬかしちゃって。
理彦 わかった、今、行く。

市川、退場。

渉  ゲイ雑誌?
理彦 たぶん。
渉  ちゃんと片づけてなかったの?
理彦 一人でやろうと思ってたからさ。
渉  一人はきついんじゃない?
理彦 たしかにね、かなり助かった。
渉  じゃあ、行こう。
理彦 うん。

理彦、立ち止まる。

渉  どうしたの?
理彦 桜の花びらだ。
渉  何言ってんの? ここからは見えないって。桜が見えないけど、やるお花見。それが、僕らの花見のコンセプトなんじゃない。
理彦 そうかな、たしかに見たんだけど。
渉  行こう、引っ越し、引っ越し。それから花見。
理彦 うん。

渉、理彦、上手に退場。
誰もいない庭。
やがて、空の高いところから、桜の花びらが一枚、二枚。
そして花びらは見る見る数を増し、いつか満開の桜が降り始める。

 幕 

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