美女と野獣
Kiss changes everything?

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 劇団フライングステージ第16回公演上演台本
 第9回池袋演劇祭「審査会特別賞」受賞

  美女と野獣 Kiss Changes Everything?

                                   関根信一 

人 物
 グロリアと呼ばれるオカマ
 リュウジと呼ばれるチンピラ

ところ
 町の中心から少し離れたところに建つ古いマンションの地下室。
 このマンションは古くなったため取り壊し、新しく建て直すはずだったが、バブルの崩壊とともにその計画も取りやめになり、いつの間にかすっかり忘れられてしまった。
 この部屋は、本来は倉庫して使われていたらしい。しかし、今この部屋には、何でこんなものがここにあるのかというような古ぼけた家具が並んでいる。
 部屋の中央にはテーブル。鉄製の燭台が置かれている。テーブルと全くつりあっていない椅子が二脚。明らかに寄せ集めであることがわかる。
 上手側にはソファ。古ぼけてはいるが、大きさは人が一人横になるのに十分なだけある。一体、誰が運び込んだのか?
 下手側の壁には本棚があるが、ケバケバしいかつらやアクセサリー、それに鏡や写真立てが並べられている。あちこちで往年の大女優のブロマイドが微笑んでいる。
 舞台奥には、藤製の衝立が置いてあるが、衝立自体は上に掛けられたドレスやキモノに隠れてほとんど見えない。ここでも女優たちは微笑んでいる。
 客席に面した壁には、大きな鏡が立てかけてある心持ち。
 舞台奥には、地上から降りてきている鉄の梯子が見える。これがこの部屋と外界とをつなぐ唯一の出入口である。
 部屋の中央に裸電球が一つ。壁の上部には明かり取りの嵌め殺しの窓があり、外の光がここから差し込んでくる。

時 間
 夏の終わり

*          *           *

 深い闇。
 雨の音。そして雷鳴。
 大きな枝付きの燭台に火が灯る。一つ、二つ、三つ。
 火を点けたのは、豪華なドレスに身を包んだ女、もとい女装した男。ドレスに負けないくらいどぎついメーク。派手なカツラはとても人間のものとは思えない。
 彼女は、これから先、グロリアと呼ばれることになる。
 部屋の隅に置かれたラジカセから音楽が流れだす。曲はグロリア・ゲイナーの「恋のサバイバル」。
 彼女は、大きな鏡に映る自分の姿を見ながら、歌い踊りだす。
 ただし、声は聞こえない。音楽に合わせて、口ぱくとオーバーな表情と身振りで、リップシンクのショーの練習をしているのだ。
 とりわけ大きな雷鳴とともに、奥の梯子段の上から男が降りてくる。ひどく慌てているようす。誰かに追われているのか? 二十歳前後のその男は、これから先、リュウジと呼ばれることになるだろう。
 男は、歌い踊る彼女の姿を見て、呆然として、立っている。彼女は、まだ男の存在に気付いていないが、ちょうど振りの途中で振り向いた途端、二人は向き合う。
 悲鳴をあげる彼女。男は何とか悲鳴を飲み込む。

グロリア 誰なの、あんた?
リュウジ 静かにしろ!
グロリア 管理人さん? 違うわよね、まさか、こんな夜中に……
リュウジ いいから止めろ!
グロリア 止めろって何?
リュウジ 音だよ、音!
グロリア あ、はい、はい。

 彼女は、テープを止める。
 雨と遠い雷の音だけが聞こえる。

グロリア ねえ、止めたけど、ちょっと、あんた……
リュウジ お前も黙ってろ!

 男、今入ってきた梯子に足をかけ、上の様子をうかがったりしている。

グロリア やだ。もしかして、追われてるの、誰かに?
リュウジ ……。
グロリア それどころじゃないみたいね。じゃあ、いいわ。答えてくれなくて。
リュウジ ……。
グロリア ねえ、他に何かある、私にできること?
リュウジ
(怒鳴る)うるせえな! 黙ってろって言ってるのがわからねえのかよ!
グロリア しーっ! 静かにしてた方がいいんじゃないの?
リュウジ ……。
グロリア 平気よ、そんなにビクビクしなくって。
リュウジ 何だと?
グロリア ここ地下室だから。
(上の方を指して)あそこの窓だって分厚いガラスがはまってるし……

 男、突然、彼女に近づく。

グロリア(怯えて)やだ、何? ごめんなさい!

 男はテーブルの上の蝋燭を一気に吹き消す。
 暗黒。
 時折、閃く稲妻で暗闇に浮かび上がる二人。

 間

 息を凝らしていた男。
 ライターに火を点け、それを便りに梯子段を上り、外を見回してから下りてくる。
 少しほっとしている様子。
 煙草を取り出し、ライターで火を点ける。

グロリア もう、いいみたい?
リュウジ ああ。
グロリア よかった。明かりつけていいわね。苦手なの、こういう緊張感。
リュウジ おい、待て!
グロリア 平気よ、窓なら。中庭に面してるから外からは見えない、本当よ。

 間

グロリア 見つかって困るのは、あたしだって同じなの。こんなとこでこんなことしてるんだから。まあ、私は別に誰かに追われたりしてるわけじゃないけど。

 彼女、柱の陰の電灯のスイッチを入れる。
 部屋の中央に下がっていた裸電球がぼんやり灯る。
 すべてのものがはっきり見えるようになる。もちろん、彼女の姿も。
 男、唖然としている。

グロリア(男の視線に気付いて)何見てんの?
リュウジ やっぱり……
グロリア 何、やっぱりって?
リュウジ お前、男なのかよ?
グロリア 私は女よ。
リュウジ チッ、オカマかよ。
グロリア 悪かったわね! ああ、やだやだ、一番やな展開。
リュウジ 何してんだよ、こんなとこで?
グロリア 別に何も。
リュウジ 別に何もって恰好じゃないだろ、それは?
グロリア あんたこそ、何なの一体? 教えてくれたら、答えたげてもいいわよ。
リュウジ 関係ねえだろ、うるせえな。
グロリア だったら、いいじゃない、私がここで何してようと…………。
リュウジ 何見てんだよ?
グロリア ……ううん、何でもない。ちょっと、知り合いにそっくりだったもんだから。
リュウジ オカマに知り合いなんかいるわけねえだろ!
グロリア あら、そう、悪かったわね。

 男は、彼女が男だとわかった瞬間から、態度が変わる。
 部屋のあちこちを見回し、我が物顔で歩きまわっている。

グロリア ねえ、悪いんだけど、出てってくれない? 続きがやりたいの。
リュウジ 何だよ、続きって?
グロリア さっきの。見てたでしょ? あれ。
リュウジ ああ。
グロリア じゃあ……
リュウジ しばらくここにいさせてもらう。
グロリア 何、ちょっとそれどういうこと?
リュウジ そういうことだ。
グロリア ……そう。じゃあ、私も勝手にやらせてもらうわ。

 ラジカセのスイッチを入れる彼女。再び流れだす「恋のサバイバル」。
 男、無言で止める。
 間

グロリア じゃあ、今日はあきらめるわよ。勝手にしなさい。じゃあね。

 彼女は、荷物をまとめて奥に向かって歩きだす。

リュウジ おい、こら、待てよ!
グロリア ねえ、一体、私はどうすればいいのよ? めんどくさい男ね、全く。
リュウジ 俺と一緒にここにいるんだ。
グロリア ……シチュエーションによっては、まんざらでもないお誘いだけど、今はごめんなさい。あんたとこんなとこに閉じこもるのは、パスだわ。じゃあね。
リュウジ 待てって言ってるんだろうがよ!
グロリア 何したのか知らないけど、私、あんたみたいなタイプ一番きらいなの。かかわり合いになるのもかんべんしてってかんじ。あんたが出てかないなら、私が出てくわ、それだけのことよ。
リュウジ オカマのくせしやがって生意気なこと言うじゃねえか。俺だって、オマエみたいなオカマ、死ぬほどきらいなんだよ。でも、今出てかれたら困るんだ。いいから、言うとおりおとなしくしてろ。
グロリア やだ! じゃあね!

 と言い捨てて、出て行こうとする。
 男、彼女の前に立ちはだかり、ピストルをつきつける。

リュウジ 動くんじゃねえ!

 凍りつく彼女。

グロリア ……またまた、冗談でしょ? 何よ、これ?
リュウジ 見てわかんないかよ?
グロリア 本物?
リュウジ 試してみてもいいんだぜ。
グロリア そう、じゃあ、ちょっと、あのへん撃ってみてくれる?

 と遠くを指すが、男は動かない。

グロリア わかった。いいわ。試さなくて。
リュウジ ……。
グロリア やだ! もう、よそう、よそう、こういうの。ね! 私が何すると思ってんの? 誰にも話したりしないわよ、あんたのこと。
リュウジ どうして信じられる?
グロリア もう、信じなさい! だって、何かいいことある? 私、何も知らないのよ。あんたが、誰かだって。本当よ。本当だって!
リュウジ ……。
グロリア わかったわよ。じゃあ、ここにいるわよ。ここにいる! だから、お願い。それ、こっち向けるのやめて!
リュウジ ……。
グロリア 先端恐怖症なのよ、私!
リュウジ 黙って、そこに坐れ!
グロリア もう、何で、こんなことになるのよ?
リュウジ いいから、言うとおりにしろ!

 彼女、言われた通りに、腰を降ろす。
 ほっとする男。ピストルをしまおうとすると、突然ピストルが暴発する。
 彼女は悲鳴を上げる。そして、雷鳴。
 男、ピストルを放り出し、床に転がり苦しんでいる。
 どうやら、自分の足を撃ってしまったらしい。
 彼女は、しばらく呆然として男を見ている。

リュウジ(視線に気付いて)何見てんだよ?
グロリア ……。
リュウジ とっとと行けよ! 行けばいいだろ。畜生!

 彼女、気がついて、慌てて逃げだす。
 奥の梯子を上りかけるが、振り返って、男の様子を見てみる。
 間
 彼女、ゆっくり、梯子を下りてくる。
 苦しんでいる男に近づき、床に転がっているピストルを手に取る。
 男、慌てて取り上げようとするが、間に合わない。

リュウジ よせ、ばか!
グロリア
(ピストルを持って)うわ、重いんだ。
リュウジ 触るな、おもちゃじゃないんだ。バカ!
グロリア わかってるわよ、今見てたから。……預かっておくわね、これ。物騒だから。
リュウジ 畜生、返せ、このやろう!

 男、怒鳴るが、痛みに耐えかねて、また苦しんでいる。
 彼女は、ピストルを、男から遠く離れた棚に置く。

グロリア 待ってなさい。今、救急車呼んでくるから。
リュウジ 余計なことするな!
グロリア だって、血出てるじゃない。すごい怪我よ。
リュウジ 大丈夫だ。
グロリア 悪いんだけど、私が駄目なの。血嫌いなのよ、私! いいから、待ってて!

 と言って、駆けだす。

リュウジ 畜生、勝手にしろ!

 彼女は立ち止まる。
 男は苦しんでいる。

グロリア もう、どうすればいいのよ!

 彼女、部屋の中央に戻ってくる。
 棚から、派手なスカーフを取り出し、男の足に手をかける。手当てのつもりか?

リュウジ(痛い)さわるなよ!
グロリア しょうがないじゃない。
リュウジ いいから、放っとけよ!
グロリア 放っときたいわよ、できることなら。
リュウジ オカマの世話になんかなってたまるか!
グロリア これ以上私の部屋を汚さないで!
リュウジ ……畜生!
グロリア いいから、貸しなさい。

 男、苦しんでいる。
 彼女、慣れない手つきでスカーフで傷口をぐるぐる巻きにする。止血のつもりらしい。
 何とか手当てを終える。

グロリア 少し横になったら? 歩ける?

 男、立ち上がろうとするが、ひどく痛む。
 何とかソファにたどりつき、彼女の背を向けて、横になる。
 彼女は、自分のバッグから薬を取り出して、テーブルの上のミネラルウォーターと一緒に、男の前に突き出す。

グロリア ねえ。
リュウジ
(薬を見て)何だよ、それ?
グロリア 鎮痛剤。頭痛がするときいつも飲むの。少し眠くなるかもしれないけど。痛み止めにもなるから。
リュウジ ……。
グロリア 飲みなさい!

 男、いやいや薬を飲む。

 間

 遠く、パトカーの通りすぎる音が聞こえる。
 緊張する男。

 長い間

 彼女は、椅子に腰を降ろす。

グロリア どう、具合は?
リュウジ ……。
グロリア 黙ってないで何か言ったら?
リュウジ ……。
グロリア 雨止んだみたいよ。
リュウジ ……。
グロリア 関係ないか。
リュウジ ……。
グロリア じゃあ、私しゃべるわよ。また、うるさいとか黙れとか言わないでよね。
リュウジ ……。
グロリア 第一の質問。あんた、これからどうする気?
リュウジ ……。
グロリア パスね。じゃあ、第二の質問。私はこれからどうなるの?

 男は、背中を向けたまま、答えようとしない。

グロリア わかった。じゃあ、勝手にするわ。悪いけど、そっち向いててね。
リュウジ(振り返って)何する気だ?
グロリア 着替えるのよ。こんな格好じゃ、外歩けないでしょ。
リュウジ 帰るのか?
グロリア 当たり前でしょ。

 彼女は、衝立の陰で着替え始める。

グロリア ねえ、やっぱり病院に行ってちょうだい。途中で電話しとくわね、救急車。
リュウジ 余計なことすんじゃねえよ!
グロリア 知らないわよ。大変なことになったって。
リュウジ 弾は貫通してるし、もう血も止まった。すぐに歩けるようになる。
グロリア すぐってどれくらい?
リュウジ さあな。
グロリア それまでどうするのよ? いつまでもここにいるつもり? 言っとくけど、ここは私の部屋よ。
リュウジ 誰が好きでこんなとこにいるかよ。
グロリア 悪かったわね、こんなところで。じゃあ、いいのよ、今すぐ出てって!
リュウジ ……。
グロリア 面倒くさいことにかかわり合いになるのは御免なの。これから、ここ出て、救急車呼ぶわ。知らん顔して。それで、おしまい。
リュウジ いいのかよ、そんなことして? そんなことしたら、お前だって、ここにいられなくなるんじゃないのか。これだって、れっきとした住居不法侵入だろうが。

 彼女、着替えを済ませて衝立の陰から出てくる。ふだんの男の恰好。ただし、メークはそのまま。

グロリア いいのよ、私のことなら、別に、言ってくれたって。ほとぼりがさめた頃にまた戻ってくればいいんだから、気にしないで。だから、あんたはあんたで好きにしなさい。きっと私のこと話すついでに、あんたのこともいろいろ聞かれると思うから、そのときは正直に話すことね、警察に。何で、こんなところに逃げて来たのか? 何でピストルなんか持ってるのか? それから、誰に追われてるのか? ちょうどいいじゃない。
リュウジ そんなことしたら殺される。
グロリア
(信じてない)またまた。何言ってんのよ。
リュウジ 嘘じゃない。やつら俺のこと殺そうとしやがった。畜生!

 間

グロリア 何だか、とんでもない話になってるわね。もう、何で、心優しいドラッグクィーンが、こんなB級バイオレンスに巻き込まれなきゃなんないのよ!
リュウジ それはこっちのセリフだ。大体、お前がこんなところにいるのが悪いんだろうが。

 彼女は、棚からクレンジングクリームとティッシュを取り、手早くメークを落とし始める。

グロリア いい、ここは、私の部屋なの。先にいたのは私。あんたは、さっき来たばかりでしょ。大きな顔するのはやめてちょうだい。
リュウジ いつから、お前の部屋になったんだよ。
グロリア この二月ばかりかしら?
リュウジ よく気味悪くないな。こんなところ。
グロリア やだ、怖いの、あんた? 一人じゃ何にもできないのね、あんたたちって。
リュウジ 俺の話はしてない。このマンション、有名じゃないか、出るって。
グロリア 出るって何が?
リュウジ 幽霊。知らないのかよ。四階の窓のところに髪の長い女が立って、叫んでるんだってさ。血にまみれて。
グロリア あ、それ、たぶん、私だと思う。
リュウジ ?
グロリア ほら、いつも、ここにばっかりいても何だかつまんなくてさ。ちょっと上の方に探検に行ってみたの。すっごいいい月が出てて。ラジカセ持って、ちょっと歌ってたのよ。窓ガラスに向かって。でも、失礼しちゃうわ、何で幽霊なのよ。それに血なんか出してないわ。本当に噂っていいかげん。
リュウジ まあ、似たようなもんだよな、オカマも幽霊も。
グロリア 何ですって?
リュウジ 何でもねえよ。
グロリア あ! でも、それでかもしれない。誰も来なくなったの。このマンション、いいかげんボロじゃない。本当はとっくに取り壊してるはずだったのに、いつまで経ってもこのまんま。バブルなんかがはじけちゃったから、もう放ったらかし。
リュウジ それでお前が住みついてるのか?
グロリア だって、もったいないじゃない。そう思わない。
リュウジ さあな。
グロリア 初めはちょっと怖かったのよ。でも、全然平気だった。ドレス着て、歌ってると、何だか怖いものなくなっちゃうの。
リュウジ 何だそれ?
グロリア そういうもんなのよ。

 メークを落とし終わり、素顔になった彼女。
 眼鏡をかけようとするが、やっぱりやめてシャツのポケットにしまう。
 男、そんな彼女をまじまじと見ている。

グロリア やだ、何見てんのよ?
リュウジ ……。
グロリア 何よ、何か文句ある?
リュウジ ……変われば変わるもんだな。
グロリア やめてよ、じろじろ見るの。じゃあ、行くわね。
リュウジ ……。
グロリア また、明日の夜、来てみるから、それまで元気でね。
リュウジ ……。
グロリア そうだ、たばこの火には気をつけて。それから、お手洗いは、そこのドアを出て、突き当たりの右側にあるから。頑張って一人で行ってちょうだいね。私の部屋でおもらしはごめんよ。
リュウジ するか。ばか!
グロリア それから、明日来てみたら、死んでるっていうのも、やめてね。とっても迷惑だから。
リュウジ 死ぬわけねえだろ!
グロリア あ、そうだ。一言忠告しとくわね。トイレの先に階段があるけど、上に行こうとか思わない方がいいわよ。もし、その足で階段上ることができて、一階の玄関ホールまでは行けたとしても、ドア厳重にロックされてるから。チェーンでグルグル巻き。それに、あそこ、外から丸見えなの知ってるわよね。
リュウジ 畜生!
グロリア まあ、何があったのか知らないけど、本当にドジよね。でも、しばらく面倒見てあげるわ、しょうがないから。
リュウジ ……。
グロリア ちょうど退屈してたの。あんたはペットよ。
リュウジ ふざけんなよ、このやろう!
グロリア
(棚からメロンパンを取り、男に放り投げる)そうだわ、これ食べる、メロンパン?

 男、思わず受け取ってしまう。

グロリア じゃあね。

 彼女は歩きだす。
 男は横になる。
 ふと立ち止まる彼女。
 寝ている男に近づくが、男は彼女に背を向ける。

グロリア(棚からピストルを取り上げ)やっぱり、これ、持ってくわ。
リュウジ おい、待てよ。いいから、こっちによこせ!
グロリア 言っとくけど、私、あんたのこと、全然信用してないの。渡した途端に撃たれたりしたらたまらないじゃない。
リュウジ 撃つわけねえだろ。
グロリア じゃあ、いいじゃない。必要ないでしょ。こんなもの。
リュウジ
(下手に出て)もし、やつらが来たらどうするんだよ。頼む、返してくれ。
グロリア もう来やしないって。
リュウジ お前に何がわかるんだよ。いいから、返してくれよ。俺、それ持ってないと何だか落ち着かないんだよ。いいだろ?
グロリア 駄目、渡せない!
リュウジ
(高飛車に)ざけんなよ、この、オカマ野郎!

 立ち上がり、彼女に向かっていくが、足の痛みに耐えきれず、無様に床に転がる。

リュウジ 畜生!
グロリア さっきも言ったわね。私、あんたのこと信じてないの。あんたが私のこと信じてないのと同じくらい。でもね、あんたは私を信じるしかないの。だって、あんた、ここから出られないでしょ、その怪我じゃ。それに、あんたがここにいることは誰も知らない。もし私がここに来るのやめたら、あんたは死ぬのよ、多分。
リュウジ ……。
グロリア そんなの迷惑だから、また明日も来てあげるって言ってるんじゃない。内緒にしておいてほしいんでしょ。あんたがここにいること。私、あんたの言うとおりにしたげてるんじゃない、違う?
リュウジ ……。
グロリア 仲良くしましょう。
リュウジ ……勝手にしろ!
グロリア じゃあね、また明日。

 彼女、出て行きかけるが、ふと振り返る。

グロリア あんた、名前何ていうの?
リュウジ ……。
グロリア 黙ってると、勝手に呼ぶわよ。「チンピラ一号」とか。
リュウジ 何!
グロリア 嫌なら答えなさい。嘘でもいいから。
リュウジ ……
(ぼそっと)リュウジ。
グロリア そう。リュウジ。私はグロリア。よろしく。
リュウジ グロリア?
グロリア 言っとくけど、本名じゃないわよ。
リュウジ わかってる。
グロリア 私の好きな映画のヒロインの名前なの。知ってる?
リュウジ 知らねえよ。
グロリア そう。いい映画よ。大好きなの。
リュウジ へえ。
グロリア ここ出られたら見るといいわ。絶対、お勧め。
リュウジ ……。
グロリア 電気消してくわね。何度も言うけど、お願いだから死んだりしないでね。本当迷惑だから。
リュウジ ……。
グロリア じゃあね、また明日。

 グロリア、電気のスイッチを切る。暗くなる室内。梯子を上り、部屋を出ていく。
 リュウジ、やっとの思いで体を起こす。

リュウジ 畜生!

 リュウジ、メロンパンをグロリアの出て行った方に投げつける。

                               暗 転

.

>>>第2場>>>