「Four Seasons 四季」
関根信一

●その1●

>>>その2>>>

劇団フライングステージ 第24回公演上演台本

 Four Seasons 四季
  
                                関根信一

清水太一(33歳・デパート勤務)  …… 石関 準
平谷 賢(34歳・高校教師)    …… 野口聖員
田口茂雄(35歳・不動産会社勤務) …… 増田 馨
相庭弘毅(35歳・大家さん)    …… 関根信一
近藤理彦(22歳・フリーター)   …… 早瀬知之
二階堂渉(24歳・大学院生)    …… 小林高朗

舞台は、相庭弘毅が経営するアパート「メゾン・ラ・セゾン」と彼が住んでいる家の間にある庭。
下手側が「メゾン・ラ・セゾン」、上手側に弘毅の家があるのだが、ここからはどちらも見えない。
この庭、そして、コーポと母屋は、塀で囲まれており、外からは見えないようになっている。
ベンチが一つと、ガーデンテーブルと椅子のセットがおいてある。
正面に大きな木が一本。客席の中央あたりにある気持。もちろん、この木も見ることはできない。

 *       *       *

 

第一場 夏「引っ越し」
    
夏の午後。
ビーチチェアーで日焼けをしている清水太一。ヘッドフォンで音楽を聞いている。
サングラスに派手目な服装。
日焼けをしたいというのでもない、つまりはのんきな昼寝である。
そばのテーブルには、MDのデッキと飲み物がおいてあったりする。
しばらくの間。
下手から、平谷賢(まさる)がやってくる。
汗をかいている。手には軍手。
のんきにしている太一を見て、あきれている。

賢  ねえ!

太一は、無反応。

賢  寝てるの?
太一 ……。
賢  寝たふりか?
太一 ……。

賢、近づいて、MDのボリュームを思い切り上げる。

太一 うわ!

と言って、飛び起きる。

太一 何すんのよ!?
賢  何してんの?
太一 聞いてんのよ、あややの新曲。
賢  そうじゃなくて、手伝ってよ。
太一 私はいいわよ。
賢  きまりでしょ。新人が来たら、みんなで手伝うって。
太一 だって……
賢  みんな汗かいてやってるんだから、ほら。
太一 ね、それってさ、不公平だと思うのよ。
賢  何?
太一 アタシ、そんなふうに手伝ってもらわなかったわよ。
賢  しょうがないじゃない、太一、一番最初にここに来たんでしょ。一番の古株。
太一 そうよ。たった一人でもう大変だったわよ。
賢  嘘だね。引っ越しお手軽便で何もしないですんだって、相庭さんが言ってた。ほれ。
太一 まあ、座りなさいよ。すごい汗。はい、タオル。
賢  サンキュ。
太一 荷物多いの?
賢  そうでもない。まあ、もうじき終わりそうなんだけど。
太一 だったら、いいじゃない。あんたも少し休んでいきなさいよ。
賢  だったら、みんなで一休みした方がいいし……
太一 はい、これ。

と言って、ペットボトルを渡す。
太一は、またヘッドフォンにサングラス。

賢  ま、いっか。

賢、椅子に腰掛けて、ペットボトルを開ける。
セミが鳴き出す。どうやら、正面に立っている木にとまっているらしい。
賢、立ち上がって、そのセミを探してみる。
わりと低いところにとまっているのを発見。なんとかして捕まえてみようとする。
と、下手から、田辺茂雄が登場する。手には軍手。そして、汗だく。
賢はセミに夢中で気がつかない。

茂雄 ちょっと!
賢  (びっくり)うわ!!

セミは逃げていってしまった。

賢  何だよ?
茂雄 何してんの?
賢  何って、セミが……
茂雄 太一呼んでくるって言ってたじゃない。セミなんか捕ってどうすんの?
賢  珍しいじゃん、この頃あんまり見ないし。知ってる? 都内のセミって、すっごい少なくなってるんだって。
茂雄 だったら、捕まえないでそっとしといてあげればいいでしょうよ。
賢  まあ、そうなんだけどさ。何て言うの、こう、狩猟本能っていうの? うずいちゃってさ。ほんとなんだって。こんな低いところにとまるなんて、もう挑発的っていうか。
茂雄 もう、馬鹿じゃないの?
賢  何だよ。(木の幹を見て)あ、抜け殻だ。今朝、脱皮したばかりなのかもしれないな。

と、拾いに行きそうな勢い。

茂雄 それはいいから。太一は?
賢  そこにいるじゃん。
茂雄 そうじゃなくて……
賢  あゆの新曲聞いてるって。
茂雄 それを連れて来なきゃだめでしょうよ。
賢  言ったよ、言ったんだけど、ダメだったんだよ。
茂雄 もう、ほんとに役に立たないんだから!(太一に)ちょっと、起きなよ。
太一 ……
茂雄 寝てんの? 起きなさいってば?
賢  聞こえてないと思うよ。
茂雄 もう信じられない。何なのよ、この女。この暑い中、手伝いたくないのはみんな一緒じゃない。どうして、一人だけ、こういうことができるわけ?
賢  しょうがないよ。
茂雄 ねえ、どうして、そう甘いわけ? そうやって甘やかすからいけないのよ! 大体、この女わがまますぎよ。人のこと考えないっていうか。こないだだって、夜中の一時過ぎにあんまりうるさいから、言いに行ったのよ。そしたら、信じられる。モー娘。の振りの練習してんのよ。しかも衣装着て。もう信じられない。
賢  ああ、あれか。
茂雄 別にやるなとは言わないわよ、でも、真夜中はだめでしょ? いくら、壁が厚いからって、アパートなんだから。隣に住んでるものの身にもなってよ。
賢  でも、一緒にやるんでしょ? モー娘。
茂雄 え?
賢  言ってたよ。今度一緒に練習するんだって。
茂雄 そうだけど……しょうがないのよ。丸め込まれたのよ!
賢  じゃあ、いいじゃん。
茂雄 よくないわよ。大体、この女はいつもそうよ。いつの間にか、自分に都合のいいように、話をもってっちゃうのよ。ほんとにたちが悪いんだから。
賢  聞こえるって。
茂雄 聞こえるわけないでしょ。どうせ、ぐーぐー寝てるんだから。ほんと馬鹿よね。こんな真夏に焼いたら、真っ黒になっておしまいなのに。もう若くもないのに、今さら、努力したって無駄ってかんじ。ていうか、今はみんな美白してるっていうのに。馬鹿じゃないの?
太一 あら、聞こえてるわよ。ごめんなさいね。

太一、起きあがる。

太一 心配してくれてありがとね。でも、ちゃんと日焼け止め塗ってるから。(賢に)それから、あゆじゃなくてあややだから。
賢  どう違うの?
茂雄 ちょっと手伝いなさいよ。
賢  そうだよ、わざわざ仕事休んだんじゃないの?
太一 そうよ、デパガにとって、日曜休むってことがどれだけひんしゅく買うことかって、わかってるわけ? どれだけイヤミ言われるか?
茂雄 そんな思いまでして休んだんだったら、思う存分働きなさい、ほれ!
太一 だって……、もう終わりでしょ? そろそろ?
茂雄 あんた何にもしないでそれで済むと思ってんの?
太一 だって、マニキュアが……
茂雄 なんで、引っ越しの手伝いするっていうのに、朝っぱらからマニキュア塗るのよ。
太一 いい色だったのよ!
茂雄 (手を見て)塗ってなんかいないじゃない。
太一 塗ってみたら、似合わなかったのよ。いい色っていうのと似合うっていうのは別問題なの。
茂雄 もう、見え見えよ。楽したいっていうのが。いい、みんなね、好きでやってるわけじゃないのよ。でも、何て言うの。暖かく迎えてあげたいじゃない。見ず知らずの新らしい部屋に引っ越してきたのよ。さりげなく手伝ってもらったら、うれしいじゃない。仲良くなれるじゃない。
太一 私、いいから。隣近所で男ゲットする、そんな安い女じゃないから。
茂雄 そういう問題じゃないの。これは決まりでしょ。
太一 だって、アタシが来たときは、誰も手伝ってくれませんでした。
茂雄 じゃあ、どっか引っ越してごらんなさいよ。みんなで思いっきり手伝ってあげるから。
太一 何よ、追い出す気?
茂雄 引き留めるつもりはないわよ。
太一 なんですって!
弘毅 あれ、もう終わったの? 早いね。

声の主は、相庭弘毅。
喪服を着ている。

茂雄 あ、お帰り。
太一 お帰りなさい。
弘毅 暑いね。あれ、彼は?
茂雄 まだ、あっち(と指す)。
弘毅 何、じゃあ、終わってないの?
茂雄 そういうこと。
弘毅 だめじゃない、こんなところで、のんびりしてちゃ。僕がいないから、後はお願いねって言ったじゃない。
太一 くつろいでなんかいません。
茂雄 どのクチが言うか! 太一なんか挨拶にも行かないんだから。
弘毅 やだ、ちゃんとしてよ。
太一 だって……。わかったわよ。
弘毅 ねえ、すぐ行って。平谷くんも。
賢  じゃあ、行こう。
太一 ふん。あ、日焼け止め。

太一、日焼け止めを手にして下手に去る。
賢も、汗をふきながら退場。

茂雄 もう、全然時間通りに来ないんだもん。この暑い日に、午前中には終わるかと思ってたら、全然だめ。信じられる? トラック来たの2時よ。
弘毅 そう。ずいぶん待ったんだ。
茂雄 でもさ、こう、あんまり「待ってました」っていうのもあれじゃない? だから、ちゃんと、「引っ越しですか? なんだ、じゃあ、手伝いましょうか?」っていうノリは守ったから。
弘毅 ありがとう。ご苦労様。
茂雄 そうだよね。引っ越してきた早々さ、アパートの住人が寄ってたかって手伝ったら、引くよね。普通。
弘毅 いいの。そこから、ご近所づきあいが始まるんだから。茂雄ちゃんのときだって、大助かりだったでしょ。
茂雄 でも、だったら、初めから言っておいてほしかったってかんじ。ノンケの友達に手伝い頼んでたから、びっくりしてたよ。
弘毅 いいじゃないの、あんただって、どうせバレバレなんだから。
茂雄 そんなことないです。
弘毅 職場でカミングアウトしてないなんて、そんなのあんたが勝手に思ってるだけよ。社長だって、はっきりとは言わないけど、わかってるに決まってるんだから。
茂雄 そんなことないです。だって、それがバレたら大変なことになるじゃない。
弘毅 そうでしょ、だから、僕は心配してるわけよ。
茂雄 (心配して)うそ? ホントに?
弘毅 大ジョブだって、ちょっと言ってみただけ。茂雄ちゃんのことも、このアパートのことも、全然ばれてなんかいない。だいじょぶ。

茂雄 法事、無事に終わったの?
弘毅 うん。
茂雄 僕も行けばよかったかな?
弘毅 いいって。もう三回忌なんだから。茂雄ちゃん、よくやってくれたもん。僕、一人で残っちゃって、この家と、建てかけのこのアパート残っちゃってさ。どうしようかって困ってたら、全部やってくれたじゃない。お葬式だとか、保険のこととか、相続のこととか。
茂雄 一応、専門だから。
弘毅 助かった。おかげで、こうして、ここにずっと住んでられるんだもんね。アパートもあるし。
茂雄 でも、あの丘全部売らなきゃなんなかった。
弘毅 しょうがないって。知らない間に、この土地、むちゃくちゃ値上がりしちゃってたんだから。うちの父親も、税金のこと考えてない訳じゃなかったんだけど、まさか、あんなに早く死ぬとは思ってなかったのよね。しかも二人そろってさ。
茂雄 もう少しがんばれば、賠償金がっぽり取って、土地なんか売らずにすんだのに。
弘毅 いいの。だって、悪いの、うちの父親だったんだから。相手の車に文句言えないって。
茂雄 ……。
弘毅 よし、じゃあ、新人くんに会いに行ってみるか?
茂雄 何、そのかっこで?
弘毅 うん。とりあえずはね。
茂雄 あ、スーツ着てると五割り増しっていうの、ねらってる?
弘毅 ねらってない。これ、久し振りに着たら、ウエストしまらないんだもん、今だって、ベルトでごまかして。だから、ずっと上着着たまんま。
茂雄 中年太りか?
弘毅 中年って言うのやめて。ただ太っただけ。

弘毅 ちょっといいかんじでしょ?
茂雄 まあね、3割くらいはアップしてるかな?
弘毅 そうじゃなくて、新人。
茂雄 ああ、そうだね。でも、僕、あんまり若いのタイプじゃないから。
弘毅 若い? たしか、茂雄ちゃんと同い年だよ。
茂雄 うそ? マジ? 信じられない。あ、でもそうかもね。(納得して)うん、ありうる。
弘毅 これまでにいないタイプでしょ。ガチムチっていうの?
茂雄 ガチムチ? 結構、スリムだったよ。
弘毅 え? 柔道やってます!ってかんじでしょ?
茂雄 ああ、たしかに少しO脚気味かも。
弘毅 なんていうかさ。うちって、ゲイばっかりが集まってるわりには、こうあんまりゲイゲイしたキャラがいないのよね。それってちょっと物足りないっていうか。だから、マルさんから紹介されたとき、いいわって思ったの。だって、超男クサイかんじじゃない? ほとんど用心棒よね。身長185あって、実業団でラグビーやってるんだって。もう、昔の僕だったら、それだけでもうメロメロってかんじ。
茂雄 ちょっと待って。それ違くない?
弘毅 違うって? 何が?

太一と賢がやってくる。

太一 大変よ。大変!
弘毅 何よ、また、ほったらかして。
太一 そんなことじゃなくて。あいつ、別人よ。
弘毅 え?
茂雄 そうだよね。どうも話が変だと思った。やっぱりそうだったんだ。
弘毅 ちょっと待ってよ。でも、あんた何でわかるの、そんなこと?
太一 前に見たのよ。マルさんの店で。こっそりね。直接話したわけじゃないんだけど、マルさんに教えてもらって。
弘毅 そうだったの?
太一 あんな若い子じゃなかったわよ。絶対に。
弘毅 でも、そんなことってある?
賢  俺もさ、ラグビー選手だって、教えてもらったから、どんなヤツだろうと思ってたんだけど、なんか違うなって……
太一 もう、だったら、早く言いなさいよ。
賢  でも、ああいうのもありかなと思って。
弘毅 どんな子?
太一 若いのよ、もう、イライラするくらい。それに細いし。小さいし。
賢  わりと今時なかんじ、もう少しでイケメンってとこ。
弘毅 この二人が同一人物ってことはほぼありえないわね。
太一 ほぼじゃなくて、絶対によ。どういうことなの?
弘毅 本人は何て言ってんの?
太一 何も。当たり前みたいに引っ越しの荷物片づけてるわよ。
弘毅 手伝いに来てるんじゃないの? 友達とか彼氏とかで?
賢  それは確認した。だって、ちゃんと挨拶したもん。これからよろしくって、俺たちに。手伝いなんて、運送屋の連中だけだったし。
弘毅 茂雄ちゃん、金井不動産に連絡は?
茂雄 そんなの何もないって……たぶん。ちょっと聞いてくる。
弘毅 マルさんにもね。
茂雄 わかった。

茂雄、上手に退場。

太一 ねえ、どうする?
弘毅 どうするって……茂雄ちゃん。待つ。わかってから、対応する。
太一 だめよ、そんなのんきにしてたら。もっと、ぱんぱんぱーんと。
弘毅 でも、彼だってゲイなんでしょ?

賢と太一、顔を見合わせる。

賢  わからない。
太一 そうね。ちょっと見たところじゃそれっぽいけど、油断はならないってかんじ。
弘毅 だって、全然関係なくって、突然引っ越してきたりする?
太一 忘れたの? 去年あったじゃない。金井不動産の社長が、ぼんやりしてて、ノンケの女から手付けもらっちゃったこと。
弘毅 ああ、あれ。あれは、茂雄ちゃんが盲腸で入院してたから。
太一 だから、言ってるでしょ。不動産屋に間に入ってもらうのはあぶないって。そりゃ、契約とかそういうことは、きっちりするけども。
賢  茂雄ちゃんも、あんまり当てにならないしね。
太一 ていうか、全然よ。
弘毅 心配することないって。ラグビー男の都合が悪くなって、人に回したのよ。
太一 だったら、連絡ぐらいあってもいいじゃない。
弘毅 それはそうだけど。部屋の荷物に何か、ゲイだってわかるようなものは?
太一 え、(賢に)どうだった?
賢  別に何も。ていうか、ゲイだってわかるものって何?
弘毅 え? やたら、洋服がたくさんあるとか、テディベアがあるとか。鉢植えがいっぱいとか。
賢  よくわかんないな。とりあえずゲイマガジンはなかったけど。
太一 そんなもの丸出しにして引っ越すわけないでしょうよ! もう頼りにならないわね。もし、あいつがノンケだとしたら、どんだけ面倒なことになるかわかってんの? いい、ここ「メゾン・ラ・セゾン」は、ゲイばっかが住んでるアパートなのよ。大家さんも含めて。でもね、それは表向きは内緒なの。内緒っていうか、わざわざ言ってないの。でも、それで何にも困ってない。アパートも、母屋も、この庭もきっちり植え込みと塀で囲まれてるし、アタシたちはただの、ちょっとだけイカしたご近所さんってだけなの。
賢  わかってる。
太一 でも、アパートの全員がこっちの人間だってことがどれだけラクチンか。派手な下着だって平気で干せるし、大声でオネエ言葉でおしゃべりできるし。こんなに住みやすいアパート他にないわよ。
賢  うん。
太一 なのに、どこの誰とも知らないバカノンケが一人紛れ込んじゃったらどうすんのよ。ずーっと気つかってなきゃなんないじゃない。そんなの、わざわざここに住んでるメリットがなーんもなくなるじゃない。
弘毅 ちょっと待って、何よ、ここってそれしかメリットないの? ねえ、そうなの?
太一 そうじゃないけど、一番のポイントはそれでしょうよ?(賢に)あんただってそう思うでしょ?
賢  うん。まあ、この条件で、こんなに安い家賃っていうのは、他にはないと思うけど。
太一 だからよ、何も知らないノンケがふらっと来てみたくなったりするのよ、もうどうするのよ、信じられない。
弘毅 ああ、わかったから。いいわ、会って話す。ゲイだとか何とかそういう以前に、これって変だもの。ちゃんと話す。大家さんとして。
太一 そうよ、がんばって。
弘毅 そうだよね。うん。でも、もう荷物入れちゃったんだよね。今更、文句言っても遅かったりしない?
賢  弱気になってどうするの?
弘毅 だいじょぶ。ちゃんと話してくる。……あれ、茂雄ちゃん遅いな。
太一 もう、そうやって時間稼ぐ気ね。(賢に)ちょっと、呼んできて。
賢  うん。

賢、下手に向かうが、同時に謎の新人、近藤理彦が登場。

賢  あ……。
理彦 こんにちは。

一同 (ぎこちなく)こんにちは。
理彦 あの、大家さんのうちってこっちですか?
弘毅 あ、(上手を指して)あれがそう。
理彦 ありがとうございます。
太一 (弘毅に)馬鹿ね、何してんのよ。
弘毅 あの……
理彦 (立ち止まって)はい?
弘毅 あの……私が大家です。
理彦 なんだ、そうだったんだ。はじめまして、これからお世話になります。近藤です。
弘毅 近藤さん?
理彦 はい。
弘毅 あの、つかぬことをお伺いしますけども、あなたって、今日引っ越して来る人でしたっけ?
理彦 は?
弘毅 あのね。だから、何ていうか……、今日越してくるの、もっと違う人だって聞いてたんですけど。あなたがご本人様?
太一 敬語が変!
理彦 はい、そうですけど。
弘毅 それ全然聞いてないんだけどな。
理彦 え?
太一 やっぱり、そうよ、不動産屋のオヤジが間違えたのよ。(弘毅に)いいから、追い出しなさいよ。
弘毅 でも……
太一 とりあえずはお引き取りいただいた方がいいでしょ?
弘毅 でも、一応、聞いてみないと。
太一 どう聞くのよ? あんたはゲイ?って? 馬鹿ね、もし、そうじゃなかったら、どうすんのよ?
弘毅 だって、ほかに聞きようがないじゃない?
太一 だから、考えるのよ。一番いい方法を知恵をしぼって考えだすのよ。
理彦 あの、どうしたんですか?
太一 あ、だいじょぶ。
弘毅 ちょっと待ってね。
賢  (弘毅と太一に関係なく理彦に)部屋もう片づいた?
理彦 はい。どうもありがとうございました。こんなのはじめてです。あんなに手伝ってもらっちゃって。
賢  びっくりした? 
理彦 ええ、まあ。
賢  ここはずっとそういうしきたりなんだって。飯は食った?
理彦 いえ、まだ。
賢  夕方から、みんなで飯食わない? 歓迎パーティっていうかさ。
理彦 あ、ありがとうございます。
太一 余計なこと言わなくていいの。
賢  あ、そうだ、ちょっと聞いときたいんだけど、お宅ってゲイなの?
理彦 ……!
弘毅 台無し……。
太一 ていうか、何よ「お宅」って?

理彦 (急に硬くなって)どうして、そんなこと言わなきゃいけないんですか?
賢  え?
理彦 どうして、そんな質問に答えなきゃいけないんですか?
賢  どうしてって、ちょっと聞いてみただけなんだけどさ。(急に弱気になって弘毅に)どうしよう?
太一 バカ!
賢  だって、ああ聞いたら、普通は「はい」か「いいえ」のどっちかでしょ? 違うかな?
弘毅 一番、踏んじゃいけない地雷踏んづけたみたいね。
太一 ていうか、もう答えは出たも同然よ。もしノンケなんだったら、すぐに「違う」って答えるに決まってるじゃない。
賢  あ、そうか!
理彦 (割り込む)そんなことわからないじゃないですか?
太一 何なのよ、この子。絶対に、ノンケじゃないわ。間違いなく、オカマ。しかも、かなりすれっからし。
弘毅 やめなさいよ、もう。
理彦 (強く)そんなんじゃないです!
弘毅 え? 何がそんなんじゃないの?
理彦 ……。
弘毅 (太一に)もう、ますますわけがわかんなくなったじゃない。余計なこと言うのやめて。
太一 わかったわよ。
賢  あのさ……
弘毅 (賢に)あんたもよ!
賢  はい。

弘毅 まいったな……ほんとはもっとなんて言うか、デリケートに聞こうかと思ったんだけど、これ以上、めんどくさくなるのやだから、はっきり言うけど、ここは、このアパートは、ゲイばっかりが住んでるアパートなの。僕は大家なんだけど、僕もね。今日、引っ越してくるはずの人は、もしかしたら、あなたの知り合いなのかもしれないけど、ゲイな人で、二丁目のファンタスティックって店のマルさんてママの紹介で、ここに来ることになってたのね。だから、そのつもりでいたら、全然、違う、あなたが来てるし。はっきり、言うね。もし、もしも、あんたがゲイじゃないんだったら、ほんとに申し訳ないんだけど、出てってほしいの。わかってくれた?
理彦 はい。
弘毅 出ていく? それとも、ここで一緒に暮らす?
太一 何聞いてんのよ? どういう聞き方してんのよ? そんなんじゃ、もしこの子がノンケだとしても、ゲイだって嘘ついちゃえば、ここにいられるわけでしょ? そんなんじゃだめよ。もっとちゃんと聞かなくちゃ、ノンケかゲイか?
弘毅 (太一に)いいから。(理彦に)どうする?

理彦 ここにいたいです。僕、もう行くとこないし。

長い間

弘毅 じゃ、よろしくね。

弘毅、右手を差し出す。
理彦、一瞬びっくりする。

弘毅 あ、ごめん。
理彦 いえ、いいんです。

理彦、右手を差し出して、二人、握手。

賢  だから、言ったじゃん。
太一 だまってなさいよ。
弘毅 どうして、あんたがここに越してくることになったの?
理彦 日向さん、アメリカに行くことになっちゃって。
太一 日向さんって?
弘毅 ラグビーな彼。(理彦に)彼とはどういう?
理彦 ……
弘毅 つき合ってたの?
理彦 はい。……たぶん。
弘毅 それで?
理彦 お前は連れてけないからって。別れようって。僕、日向さんの部屋で暮らしてて。急にそんなこと言われても困るって言ったら、急に決まったんだからしょうがないだろって、怒られて。
弘毅 それで。
理彦 ちょうど引っ越ししようと思って、契約したアパートがあるから、お前、そこ行くといいって。大家さんには話しておくからって、何もしてくれてなかったんですね?
弘毅 うん、連絡はね、何も。
太一 ひどいわね。どういうことよ。手切れ金がわりってこと?
弘毅 ちょっと……
太一 ねえ、いいの、そんなのほっといて。押しつけられたのよ。飽きた子犬をよそんちの庭に置き去りにするみたいに。
弘毅 一人残してくの心配だったんでしょ、きっと?
太一 ほんとに引っ越してくるつもりあったのかしら?
弘毅 いいじゃないの、そんなのどっちだって。

茂雄が走ってくる。

茂雄 あ、ごめん。遅くなって、社長に聞いたら、違う人間が入居しますって連絡あったんだって。昨日。大家さんによろしく伝えてくれって。
弘毅 うん、今、聞いた。
茂雄 あれ、何、もう問題解決ってこと。何だ、そうなんだ。
太一 ほんとにあんたって役に立たないわね。
茂雄 何のことよ?
賢  そうだそうだ。
太一 あんたも人のこと言えないから。
弘毅 みんなそろったね。この顔ぶれが、「メゾン・ラ・セゾン」の住人ってこと。
理彦 よろしくお願いします。
弘毅 ちょうどいいから、ここで自己紹介しちゃいましょ。
太一 この暑いのに? いいじゃない、夜になってからで。
弘毅 (無視)えーと、近藤くん。102号室。
賢  下の名前は?
理彦 理彦(みちひこ)です。
太一 いくつ?
理彦 二十一。
太一 言っとくけど、アタシにだって、二十一のときはあったのよ。いつだったか、もう忘れたけど。
弘毅 (太一を指して)201号室の清水さん。みんな太一って呼んでる。ゲイ御用達のデパートに勤めてます。
太一 受付嬢よ。
茂雄 嘘よ、総務のお局。
太一 同じようなもんよ。
賢  俺は、平谷賢、101号室、となりだね。高校で国語の教師やってます。よろしく。
理彦 よろしくお願いします。
茂雄 僕は、田口茂雄。202号室。あの、このアパートの管理を、とりあえずっていうか、形だけ請け負ってる、金井不動産の人間です。
太一 隠れホモよ。
茂雄 (オネエで)うるさいわね、あんたに言われたくないわよ!
理彦 ……!
茂雄 よろしく。
理彦 よろしくお願いします。
弘毅 僕は、大家の相庭弘毅です。仕事は、別に何もしてません。向こうのうちに住んでます。このアパート、新築中にうちの両親自動車事故で死んじゃって、そっくりそのままもらっちゃって、今は、大家さんやってます。一応、同じ、敷地内なんで、もしかすると気兼ねするかもしれないんだけど、あの、あんまりうるさくいろいろ言ったりしないんで、そのへんは安心して……。
理彦 はい。
弘毅 この庭は、好きに使ってもらっていいです。ほんとはね、テニスコートにするとか、もっとうまいやり方あるのかもしれないんだけど、とりあえずこのまんま。走るには狭いし、ガーデニングするのは広すぎるんでちょっともてあましてるんだけど、好きにして。
理彦 はい。
弘毅 えーと、ずっと空いてた、102号室に新しい人が来てくれてうれしいです。あの、せっかく、みんなで住んでるんで、楽しくやっていけたらいいなって。別にきまりとかそういうのないです。ただ、新しい人が来たら、引っ越しは手伝おう。出ていくときももちろんってそれくらい。来る者拒まず、去る者追わずがモットーなので。よろしくお願いします。
理彦 よろしくお願いします。
太一 じゃあ、もう解散していい? 暑いわ。ねえ、今晩は何時集合?
弘毅 そうだね。ちょっと早いけど、五時ということで。
太一 はーい。ああ、シャワー浴びるわ。お先に。
賢  (理彦に)もう少し手伝おうか? 段ボール開けたりとか。
太一 いいです。そんな……
賢  遠慮すんなって。隣同士なんだから。
太一 はあ……
茂雄 だいじょぶよ、ちょっとオヤジくさいだけで、害はないから。
賢  なんだよ、それ? 行こう。
理彦 はい。(弘毅に)じゃあ。

賢と理彦、退場。

茂雄 いいかんじの子じゃない。ガチムチの実業団よりずっといい。
弘毅 あ、タイプか? もしかして? そうか、そうだよね。
茂雄 違うって。で、何、なんであの子は来たわけ、ここに?
弘毅 ガチムチとつき合ってたらしいよ。で、彼はあの子を捨てて。アメリカに行っちゃったと。
茂雄 へえ、そうなんだ。
弘毅 ねえ、家賃ってどうなってるの?
茂雄 え?
弘毅 あの子が払うの? そういうことになってるの?
茂雄 半年分、前払いしてあるって。社長が言ってたけど。
弘毅 半年か……、それも何だかね。
茂雄 だって、別れたんでしょ。
弘毅 まあ、そうなんだけどさ。半年分の家賃って、どのくらいの値段だったんだろうね。彼らにとって。
茂雄 安いか、高いか?
弘毅 まあね。
茂雄 ちゃんとその話、しなきゃだめだよ。
弘毅 はい、わかってる。
茂雄 ほっとくと、家賃いくらためられても何にも言わないんだから。
弘毅 だってさ、僕、別に生活に困ってるわけじゃないんだもん。わあ、なんかすっごいこと言ったね、今?
茂雄 だめなんだよ、それじゃ。だから、うちの会社が形だけ間に入るようにしたんだからね。
弘毅 じゃあ、茂雄ちゃん言ってよ。
茂雄 わかった、はっきり言っとくから。

弘毅 そうか、二十一か。
茂雄 その年で、男と別れて、アパートの家賃半年分ゲットってどうよ?
弘毅 ねえ、僕たち一緒に住んでたの二十一だったよね。
茂雄 もう、全然違うよね。世代っていうの? あんなに汚れてなかった気がするね。
弘毅 何、それ。あの頃さ、ベランダに洗濯モノ干すのも気使ってたよね。ばかみたいだけどさ。
茂雄 あそこ借りるのだって大変だったじゃん。男二人ってだけでさ。
弘毅 すっごい断られたよね。あのとき思ったんだ。いつか、誰にも気兼ねしないで、男と二人のびのびと住んでやるって。
茂雄 夢かなってるじゃん。
弘毅 二人じゃないし。今は。
茂雄 まあね。
弘毅 ね、やっぱり、タイプでしょ。あの子?
茂雄 しつこいな、何言ってんの?
弘毅 あの子さ、昔の茂雄ちゃんに似てるよ。ゲイなのかって聞かれたら、どうしてそんなこと答えなきゃいけないんですかって。ムキになって。
茂雄 ほんとに?
弘毅 うん。あんなふうにぴりぴりしてた時期があったんだなあって、ちょっと懐かしかったかもしれない。
茂雄 年寄りくさい。さ、パエリアの支度をするか。

二人、立ち上がる。上手に向かいながら……

弘毅 ねえ、いつも思うんだけどさ、あのムール貝ってどうしても入れなきゃいけなきゃいけないの? あれを入れる意味はなに? 全然食べるとこないんだけど。
茂雄 彩りよ、彩り。あれがないと、パエリアだかなんだかわかんないでしょ。
弘毅 だって、おいしくないよ。あれって。

暗 転 

 

第二場 秋「恋人たちの」

誰もいない庭。秋の午後。いい天気。
理彦がレジャーシートを持って登場。

理彦 あの、このへんでいいですか?
太一 (声のみ)いいわよ! キャー!(すごい悲鳴)
理彦 えっ?

太一がやってくる。いろいろと荷物を抱えている。
すぐにわかるが、これは、これからここで始まる「バーベキュー大会」のための彼の手料理の数々である。

太一 ああ、びっくりした。猫、猫、野良猫が私の足下走っていったの。見たことある、黒くて、鼻の頭だけが白いやつ?
理彦 ええ。
太一 もう、誰かえさやってるんじゃないかしら? もう、いやだわ、すっかりいついちゃって。
理彦 猫、嫌いですか?
太一 やだ、あんたなの?
理彦 違いますよ。あ、でも……
太一 でも、何?
理彦 いえ、別に。
太一 いいから、言いなさい。
理彦 平谷さんが、そこのローソンで猫缶買ってるの見たことあります。
太一 猫缶?
理彦 ええ、モンプチ。
太一 やっぱり。これね?

と猫缶の空き缶を出す。

理彦 何で持ってるんですか?
太一 そこに落ちてたのよ。まだそう時間は経ってないってかんじ。やっぱりそうだったのね。もう、とっちめてやらなくちゃ。
理彦 あの、ここってペット飼っちゃいけないんですか?
太一 野良猫はペットとは言わないでしょ? 飼うなら飼うでちゃんと責任持たなきゃだめよ。こういう中途半端が一番よくないの。さ、じゃ、さっさと支度しましょ。

太一、風呂敷に包んだ重箱を広げる。

理彦 うわ、すっごーい!
太一 これ、そっちに置いて。
理彦 はい。あの、一品持ち寄りって言われたんで、僕こんなものしかないんですけど。

とポテトチップスを出す。

理彦 すみません。
太一 別に、何か食べるのが目的ってわけじゃないんだから。何だって。相庭さんから聞いてると思うけど、二月に一度ね、こうやって集まって、みんなでご飯食べましょって。それだけなんだから。
理彦 でも、すごいですよね。今日はバーベキュー大会って田口さん言ってましたけど。
太一 そうよ、もう平谷くんと二人して盛り上がっちゃって、今だって、アレでしょ、ホームセンターにバーベキュー用の燃料とか買いに行ってるんでしょ? もう、やーよ、バーベキューって、煙くさくなるから。ていうか、獣くさいってかんじ?
理彦 でも、おもしろそうですよね。僕、すっごい久し振りです。そういうのって。
太一 春はお花見、夏はビアガーデンって、理由つけちゃ、イベントにしたがるのよ、あの二人が。お花見なんて言ったって、ここからは桜なんて見えないのよ。ま、大勢で行く、お花見はもちろん別にやるんだけどね。
理彦 (目の前の木を見て)これって、桜じゃないんですか?
太一 違うんじゃない。花咲いてるの見たことないし。
理彦 はあ……
太一 ねえ、先にちょっと飲んでない?
理彦 いいんですか? 飲み会っていうよりは、ミーティングだって聞いてるんですけど。
太一 ミーティングだけど、結局は飲み会なんだから、いいのよ。ちょっと先に始めるだけ。はい(と缶ビールを渡す)。
理彦 どうも。あ、でも、僕いいです。
太一 そう。じゃ、私、お先にいただくわね。

太一、ビールをおいしそうに飲んでいる。
理彦は、太一が置いた重箱やら、コップやらを、並べ始める。

太一 ああ、おいしい。ビールってなんで昼間飲むとおいしいかね。外で飲むとさらに倍おいしいかも。
理彦 あの?
太一 なに? やっぱり飲む?
理彦 いえ、そうじゃなくて、さっきの話なんですけど。
太一 さっきって?
理彦 ペットって、やっぱりだめなんですか? あの、契約書には何も書いてなかったんですけど。
太一 何、何か飼いたいの?
理彦 いえ、そうじゃないんですけど……
太一 別にいいんじゃないの? 人に迷惑かけるんじゃないなら。ペットぐらい。別に男連れ込むわけじゃないんだし。そうよ、気にしない、気にしない。
理彦 あの?
太一 何?
理彦 いけないんですか、男連れ込んじゃ?
太一 何、誰か連れ込みたいの?
理彦 いえ、そうじゃないんですけど……、契約書には何も書いてなかったし。
太一 当たり前でしょ。不動産屋が作ってる契約書に、「男を連れ込むことを禁ず」なんて書けるわけないじゃない。
理彦 じゃあ、誰も連れ込んでないんですか? 太一さんも?
太一 悪かったわね。まあ、何て言うか、不文律のルールっていうの? ほら、そういうのって微妙じゃない? 私も初めはそう思ってたのよ。ゲイばっかりが住んでるんだし、真夜中に男連れ込もうが何しようがおかまいなし、やった、天国ね!って。でも、そうじゃなかったのよね。
理彦 どうしてですか?
太一 男が出来なかったのよ。って、そうじゃなくて。別に連れ込むこと自体はいいんだけどね。何て言うか、微妙なのよ。たとえばさ、家族と同居してるときに、突然、恋人連れてきて、一緒に泊まっちゃうって、むずかしいでしょ? ああいうかんじなの。
理彦 はあ。
太一 別に気にしないならしないで全然かまわないんだけど、妙にね、恥ずかしいのよ。何の関係もなく、ただのお隣さんだったら、ドアを閉めれば、それっきりなんだけどね。そういうんじゃないから。
理彦 はあ。
太一 やだ、誰かいるの? 私には、話しなさい、悪いようにはしないから。
理彦 あの、賢さんから、聞いたんですけど、相庭さんと茂雄さんって前つき合ってたってほんとなんですか?
太一 そうそう。
理彦 そういうのはいいんですか?
太一 あそこんちは何ていうのかね。もう、きれいさっぱり何もない関係。何て言うの? ただの友達が、一緒に住んだりすると、もしかして、これからそういう関係になったらどうしようって心配になるじゃない? でもね、一番安心なのは、やってみたけどダメだったってことがはっきりしてるパターンなのよ。あそこんちみたいに。
理彦 あの、太一さんってつき合ってる人とかいないんですか?
太一 なんで、否定の疑問文なの?
理彦 あ、すみません。つき合ってる人っているんですか?
太一 いません。もう、無理なのよ、デパガに恋はできないの! これまで何度転職しようと思ったか。売り場じゃ、ゲイのカップルがうれしそうに買い物してんのよ。それを見て「いらっしゃいませ」ってにっこりしてる私は何なわけ?
理彦 でも、そういう人もいないと……
太一 私は、そうじゃない人になりたいのよ! こっちの人に!
理彦 ……
太一 まあ、いいわ。で、何、あんたはどうなのよ?
理彦 ま、適当に。
太一 あーあ、いいわね、適当にしてて、恋人ができるなんて。私なんてもうだめ……

と言いながら、新しい缶ビールに手を伸ばす。

理彦 あの……
太一 わかったわよ、これでやめておくから。
理彦 あの、太一さんって、ここで一番古いんですよね。
太一 悪かったわね。
理彦 あの、そうじゃなくて、これまで、彼氏と一緒に住んでた人とかっていないんですか?
太一 いないわよ。
理彦 ほんとに?
太一 間取り的には全然OKなんだけど。でも、いないわね。アタシの知ってる限りじゃ。
理彦 そうですか?
太一 何、あんた、まさか彼氏と一緒に住もうと思ってんの?
理彦 いえ、そんなんじゃないです。
太一 だめよ。きまりなんだから。
理彦 さっきと言ってることが違うじゃないですか?
太一 いいのよ、とにかく、男は厳禁なの。ここは、男子禁制の清らかな修道院のようなアパートなの。
理彦 男子禁制って……
太一 ってことは、やっぱりそうなの? そういうことなの?
理彦 違いますって。

賢と茂雄がバーベキューセットを持って、登場。

賢  何、もう飲んでんの? どうして待ってられないかな?
太一 遅過ぎよ、あんたたち。何時だと思ってんの?
茂雄 弘毅も来てないじゃない。
太一 ちょっと買い物行ってくるんで遅くなるって電話あったわよ。それより、平谷さん、これは何ですか?
賢  空き缶。
太一 そうじゃなくて、あそこに落ちてたのよ。どういうこと?
賢  じゃあ、捨てとく。
太一 そうじゃないの! なんで、あんなとこにモンプチの空き缶が転がってるの?
賢  だから捨てとくよ、燃えないゴミは木曜日でしょ?
太一 そうじゃなくて!! あんた野良猫にえさやってるでしょ?
賢  うん。
太一 うんじゃないでしょ。やめてよ、そういうの。
賢  どうして?
太一 飼うならちゃんと部屋に上げて世話してちょうだい。
賢  だって、上がりたがらないんだよ。今のままじゃだめなわけ?
太一 だめよ。ペットは厳禁。そんないい加減な飼い方認められるわけないでしょ。
茂雄 何言ってんのよ、あんただって、飼ってるじゃない。ペット。
太一 あれはペットじゃありません。
理彦 何飼ってるんですか?
茂雄 金魚。
理彦 金魚? それってどんなのですか?
太一 どんなってふつうのよ。
賢  こんなに大きいやつ。
理彦 すごいな。
太一 最初は、こんなに小さかったんだけどね。元々は、アロワナ飼ってたんだけど、あれってエサで金魚食べるのよ。生きてるやつ。で、毎日こうやってやってるうちに、なんだか憎らしくなっちゃってね。肉食っていうの? ああいうのって、肌にあわないのよね。残酷じゃない? だんだん金魚かわいそうになっちゃって。情が移るっていうの? で、何となく、あんまりエサやらないでいるうちに、アロワナ死んじゃって。で、金魚が残ったの。
茂雄 そっちの方がかわいそうじゃないの? ていうか、あんたが残酷よ。
太一 そんなことありません。
賢  金魚はペットじゃないっていうわけ?
太一 呼んでも返事しない生き物はペットとはいいません。
賢  そんなのズルだ!
太一 とにかく野良猫の餌付けは禁止です。
賢  そんな……

と言い合っていると、弘毅がやってくる。

弘毅 ごめんね、遅くなって。何、どうかしたの?
太一 こういう時は大家さんに決めてもらいましょ。ちょっと聞いてよ、この人、野良猫に餌付けしてんのよ? ゴミも片づけないで。
弘毅 野良猫ってニャオンのこと?
太一 は?
弘毅 黒くって鼻の頭だけ白い。
賢  そうそう。
弘毅 なんだ、平谷くんも餌付けしてたんだ。かわいいよね。この頃、ニャオンって呼ぶと返事するようになったし。
太一 ……。
弘毅 何、どうかした?
太一 もういいです。
弘毅 みんなそろったし、じゃ、始めようか?一応、乾杯とかしてみる?

賢と弘毅、ビールを注いでみんなに渡す。

賢  (理彦に)あれ、友達来てるんじゃないの?
理彦 え?
賢  部屋にいたよね。呼んできたら?

少し離れていた太一がやってくる。

太一 友達?
理彦 そんな誰もいないですよ。
賢  いたよ、さっき挨拶したもん、ベランダごしに。あ、怪しいな、隠すところ見ると、彼氏だったりして?
太一 彼氏?
茂雄 昨夜からいたよね。昨夜帰ってくるとき、二人で部屋に入ってくの見た。コンビニの袋持って。あれがそうなんだ? へええ!!
理彦 ……。
太一 (理彦に)このアパートの恐ろしさがわかったわね。こういうことなのよ!
賢  まだ、いるんでしょ?
理彦 ええ、まあ。
弘毅 じゃあ、呼んでおいでよ。別にかまわないから。あ、別に無理強いはしないけど。
太一 ていうか、その前にはっきりさせましょうよ。それって友達なの、彼氏なの?
弘毅 いいじゃない、そんなの。
茂雄 あんた、何ムキになってるの? 見苦しいわね。
太一 ほっといてちょうだい。どっちなのよ?
理彦 彼氏です、一応。
太一 やっぱり! やるわね、若いのに。
賢  やめなよ、そういう言い方。
理彦 あの、相庭さんにお話があって……
太一 何?
理彦 あの、しばらく僕の部屋にいさせちゃいけないですか? うちで親ともめて飛び出してきちゃって、それで行くところがないって。別に内緒にしてるつもりはなかったんですけど、別にいちいち報告することでもないしと思って……。だめですか?
弘毅 だめじゃないけど……、あ、それってずっとなのかな? って、別にかまわないんだけど。
理彦 ほんとですか?
弘毅 うん。
理彦 よかった。
弘毅 呼んでおいでよ。一緒に飲もう。
理彦 はい。

理彦、走っていく。

太一 もう、甘いわね。どうしてよ?
賢  ていうか、そんなにイジワルになることないじゃない。かわいい子だったよ。
弘毅 あ、そう。若いんだ?
賢  うん、同じくらいかな?
太一 あんたって、ほんとに若い子好きよね。それでよく問題起こさないわね。
賢  仕事は仕事。それって犯罪でしょ。
茂雄 やつあたりはやめなさい。
太一 そんなんじゃないわよ。
茂雄 くやしかったら、あんたも男連れ込んでごらんなさい。誰も、邪魔しないわよ。
賢  ていうか、応援するよ。
太一 けっこうです。
弘毅 これって、応援ってことになるのかな?
茂雄 なるでしょ? 親ともめてる若いゲイの子に居場所を提供するんだから。
弘毅 そうか。
賢  そうだね。
弘毅 ああ、なんかいいかんじ。こういうのってやってみたかったんだよね。何かの役に立ってるっていうの?
茂雄 そんな大したことじゃないと思うけど。
太一 そう。
賢  でも、大事なことだと思うな。何か困ったときに、相談できる誰かがいるのって、すごくいいんじゃないのかな?
太一 そんなの余計なお世話だっていやがられておしまいよ。そういうもんよ。
茂雄 それはあんただからでしょ?
太一 そんなんじゃないです。
賢  あ、来た。来た。

理彦がウワサの恋人、二階堂渉を連れて登場。
みんなも微妙に緊張のおももち。

理彦 (紹介する)二階堂くん。
渉  どうも、おじゃまします。
みんな どうも。
理彦 えーと(一人ずつ紹介)平谷さん。
賢  さっきはどうも。
渉  いえ。
理彦 田口さん。
茂雄 どうも。
理彦 清水さん。
太一 (そっけなく)よろしくね。
理彦 それから、相庭さん。大家さんね。
渉  どうも。
弘毅 ……どうも。
理彦 どうかしました?
弘毅 どうって、別に……

渉がみんなとやりとりをしている間、弘毅はなぜか呆然としている。

茂雄 学生なの?
渉  はい。大学院に。
賢  何学部?
渉  医学部です。親が開業してるんで。
賢  すごいじゃん、エリートじゃん。
太一 (いやみっぽく)玉の輿ね。
茂雄 親ともめてるって、どうしたの?
太一 僕一人っ子なんですよ、それで、こないだカミングアウトしたら、どういうことだって。後継がないのかって。だから、ちゃんと医者にはなるって言ったんですけど、そういうことじゃないって。結婚して子供を産んでっていうのが、後を継ぐってことだって言われて。そんなんじゃないですよね?
賢  うーん、微妙だな。
茂雄 そうだよね、一人っ子ってむずかしいよね。
太一 何言ってんのよ、いらいらするわね。親なんてどうせ先に死んじゃうんだから、それまでひっぱっとけばいいのよ。そのうちそのうちって言ってるうちに、どうでもよくなるんだから。そういうもんよ。
渉  そうでしょうか?
太一 そうよ、ま、どういう状況かよくわかんないけど、親御さんも取り乱してるだけだと思うわよ。時間かけて、ゆっくり何とかしてくのね。とりあえずもめちゃってるんだから、これ以上悪くなるわけはないんだし。ま、しばらくここにいて、ほとぼりがさめるの待つがいいわ。
茂雄 すごいじゃん、大人じゃん!!
太一 私はいつだって、大人よ。
理彦 よかったね。
渉  うん。
理彦 ありがとうございます。じゃあ、よろしくお願いします。
賢  じゃあ、飲もう。
茂雄 そうだね。

みんな、それぞれ缶ビールを手にする。

弘毅 ちょっと待って。
茂雄 いいじゃん、さくっと乾杯。
弘毅 そうじゃなくて……帰ってくれるかな? ここに住むっていうのは、ごめん。かんべんして。
茂雄 何、どうしたの?
弘毅 どのくらい帰ってないの?
渉  三日……四日です。
弘毅 連絡は?
渉  するわけないじゃないですか?
弘毅 心配してると思うよ。電話だけでもしとかないと。
渉  出てけって言われたから出てきただけなんですけど。
弘毅 理屈言うんじゃないの。
渉  ……。
弘毅 面倒なことに巻き込まれたくないの。だから……
渉  どうしてですか?
弘毅 わからないの?!
渉  ……わかりません。
弘毅 とにかく帰って。もし、ずっとここにいるっていうんだったら、考えがあるから。
渉  考えって?
弘毅 ……。

弘毅、母屋の方へ歩いていく。

茂雄 ちょっと!
太一 何、あれ? どうしちゃったの?
渉  ちょっと行って来る。
理彦 僕も行く。
渉  いいから。

渉、弘毅の後を追っていく。
残されたみんな。

理彦 どうしたんだろう、急に?
賢  さっきはあんなに盛り上がってたのに。
茂雄 おかしいな?
太一 あやしいわね?
一同 え?
太一 あやしすぎるわよ。
賢  あやしいって?
太一 あの二人、初対面じゃないわね。
茂雄 どうしてそんな?
太一 見たでしょ、今の? なんていうか? 目と目で会話しちゃってるみたいな。
賢  何それ?
太一 (茂雄に)相庭さんって、最近、男関係ってどうなってんの?
茂雄 何、そんなの知らないよ。
太一 元彼でしょ? そのくらいの情報交換してないの?
茂雄 してないよ、元彼ってそういうことしなきゃいけないわけ?
太一 怠慢ね、全く。
賢  ねえ、もしかして、それって、相庭さんとあの子に何かあったってこと?
太一 そうよ、アタシのにらんだところじゃね。
茂雄 まさか……
太一 そりゃあんたには信じられないかもしれない。でもね、人は変わるモノなの。あんたでいいって思ってた人だって、いつの間にかやっぱりああいう子がいいと思うようになるのよ。
茂雄 あんた「で」って何?
太一 いつかはこういうことが起こるんじゃないかと思ってたのよ。たまたま来た新しい住人が誰かの昔の男だった。やっぱり世間はせまいわね。(理彦に)まあ、そういうわけだから、運命だと思ってあきらめなさい。
理彦 そんなのひどい。
太一 人生にはね、「そんなのひどい!」って思うような理不尽なことがいっぱいあるのよ。あんたはまだ若いからそんなのに出っくわしてないだけで。
理彦 そんな……
太一 (理彦に)どこで知り合ったの?
理彦 そんなこと言わなくちゃいけないんですか?
太一 わかったわ、言えないようなところね。OK。
理彦 違います。二丁目のバーで。
太一 いつからなの?
理彦 もうじき一ヶ月。
賢  そうだよね。こないだまで、実業団がいたんだもんね。
理彦 ……。
賢  あ、ごめん。
理彦 僕も親ともめて、それで東京に出てきたんです。だから、すっごい気持がわかって。できることなら力になってあげたいなって、そう思って。
太一 当然よね。わかったわ。私にまかせなさい。
理彦 え?
太一 私が何とかしてあげるから。
茂雄 何とかって何?
太一 いいのよ。私は弱いモノの味方よ。
賢  なんだそれ? それよりもさ、ねえ、そろそろ始めない? 天気悪くなってきたよ。降水確率60%って言ってたし。
太一 そんなことしてる場合じゃないでしょ。
賢  じゃあ、これどうするの? これ?
太一 ドラマを楽しみましょう。
茂雄 そんなの味方じゃないじゃない!
太一 いいのよ。
理彦 僕ちょっと見てきます。

そこへ、渉が登場。
続いて、弘毅も。

理彦 (渉に)どうしたの?
渉  ……行くよ。
理彦 そんな……、どういうことなんですか?
弘毅 そういうこと。
太一 帰ることないわよ。いいから、いなさい。

太一 あんたたちの間に何があったのか、知らないけど、そんなの昔のことでしょ? 私がここに来たとき、あんたは言ったわよね。どこにも行き場のないゲイが集まるようなところになればいいって。私、それ聞きながら「ちょっとそれってどういうことよ?」って思ったけど、言いたいことはわかる気がしたわ。だから、こんな小さな集まりだけど、ここは特別な場所なのよ。少なくとも私はそう思ってる。この子が来たとき、ここにいなさいって言ったのはあんたでしょ? どうしてこの子がよくって、この子はだめなの?
弘毅 そういう問題じゃないの?
太一 じゃあ、どういう問題? そりゃ、こんな狭いところに昔の男が二人もいたら、そりゃ、どうかと思うわよ。でも、忘れるのよ、昔のことは、明日を生きるのよ。
弘毅 だから、そういうことじゃないの。
太一 わかったわ、じゃあ、この子たちが一緒に住むことが気に入らないのね。OK、あんた、私のとこにいらっしゃい。だいじょぶよ、誰にも文句は言わせないから。
賢  どんどん話が遠くなってるんですけど、自分に都合のいい方向に。
太一 じゃあ、どうすればいいのよ?
茂雄 (弘毅に)いつからの知り合いなの?
弘毅 ……え?
茂雄 そんな昔じゃないよね? 別にどうこういうんじゃないけど。ちょっと知りたいなと思って。
弘毅 いつからって、すっごい昔。
茂雄 別れてすぐってこと? そんな年が合わない。
弘毅 もっと昔。
茂雄 え?
弘毅 この子が生まれたときから。

賢  何それ?
弘毅 甥っ子だもん。姉貴の息子。
理彦 ほんとなの?
渉  うん。
理彦 知ってたの?
渉  うん。
太一 すごいじゃない。親戚ってこと?
弘毅 まあね。
太一 ちょっと、じゃあ、喜びなさいよ。何も悩むことないじゃない。お姉ちゃんに報告すればいいでしょ? うちにいるってそしたら安心するでしょ? 全部丸く納まるじゃない。
弘毅 そういうわけにはいかないの。
茂雄 カミングアウトしてないとか、そんなことないよね。
弘毅 ずっと昔にしてます。姉とはとっても仲良しでした。
茂雄 そうだよね、僕も何度か会ったことある。
弘毅 結婚してからはね。あんまり会わなくなって。この家の相続のときも、ちょっとだけもめて。まあ、解決はしたんだけどね。とにかく、面倒なことに巻き込まれるのいやなの。もめごとはもうたくさん。
茂雄 かわったね。昔はもめごと大好きだったのに。
弘毅 昔はね。でも、今は違うの。そりゃ、ひさしぶりに会って、ゲイだってことがわかれば何だかうれしいような気もするけど、だったら、何もここに来なくてもいいじゃない。
太一 野良猫の面倒は見るけど、行き場のない甥っ子は見放すんだ。
弘毅 ……。

賢  あ、雨だ。

雨が降ってくる。

賢  なんだよ、まだ始めてもいないのに。
太一 いいから、アタシの部屋で続きやろう。
賢  OK。
太一 行くわよ。

賢と太一、去る。

茂雄 じゃ、これも片づけよう。(理彦に)そっち持ってくれる。
理彦 はい。

茂雄と理彦、バーベキューセットを手に退場。
弘毅と渉が残った。
二人とも、黙って立っている。
太一が傘を一本手にして登場。

太一 バカね、こんなとこでにらみあってたってしょうがないでしょ。いいから、来なさいよ。

二人、無言。

太一 勝手にしなさい。

太一、傘をどっちに渡すか迷って、結局、渉に渡して、退場。
雨は降っている。
傘を差す渉、弘毅にさしかける。

弘毅 身長いくつあるの?
渉  178。
弘毅 大きくなっちゃって。前はこんなに小さかったのに。
弘毅 前にここに来たのっていつだっけ?
渉  まだ古い家だったころ。
弘毅 じゃあ、15年ぶり?
渉  たぶん。
弘毅 変わったでしょ? あんなもん建っちゃったし。
渉  前はもっと広かった気がする。
弘毅 そうだよね。この向こうもずっとうちだったからね。去年、売っちゃったの。思い切って。
渉  よく遊んでくれたよね。あの辺にちょっとした林みたいなところがあって。
弘毅 へえ、覚えてるんだ。
渉  あと、もう一人いたの誰だっけ。すっごい女の子みたいだった。
弘毅 あれ、茂雄ちゃんじゃない。さっき居たでしょ?
渉  え、ほんとに?
弘毅 そうだって、まあ、あの人も全然覚えてなかったけども。やだ、おかしいよね。ゲイが三人そろって、遊んでたなんて。
渉  ちっとも知らなかった。
弘毅 あんた甥っ子の相手しながら、男の子だし、男の子っぽい遊びじゃなきゃいけないって、すっごい無理してた覚えがある。
渉  そうだったんだ。
弘毅 ママゴトとかしちゃえばよかったあね。

弘毅 ねえ、この木、おぼえてる?
渉  覚えてる。のぼった。
弘毅 そう、のぼった。猫、追いかけて。で、降りられなくなった。
渉  そうだったっけ。
弘毅 大騒ぎになって。ハシゴ車呼んだじゃない。
渉  覚えてないな。
弘毅 都合の悪いことは忘れてるんだから。でも、そのうち、思い出すようになるわよ、いつか、きっと。

渉  ねえ、この庭は売らないでいいの。もう、これでおしまい? もう、これ以上、売ることはないの?
弘毅 何?
渉  オヤジがいろいろ言ってたから。
弘毅 だいじょぶ、わかってるから。ま、なんとかなるって……。だいじょぶよ。まかしといて!

弘毅、渉が持っている傘を取り上げる。

弘毅 行こう。
渉  うん。

歩いていく二人。
雨が降っている。

 暗 転 

>>>その2>>>