「Four Seasons 四季」
関根信一

●その2●

<<<その1<<<

>>>その3>>>

第三場 冬「入れないクリスマス」

冬の夕方。
正確には十二月二十四日、クリスマスイブの午後四時過ぎ。
理彦と渉がベンチに座っている。
出かけるかっこのまま。

理彦 そろそろ行かない?
渉  うん。
理彦 まだ早いか?
渉  うん。
理彦 なんだよ、ちゃんと話聞いてんの?
渉  聞いてるって。
理彦 じゃあ、どうする?
渉  え?
理彦 どうするの?
渉  どうするって?
理彦 行くの? 行かないの?
渉  行くよ。
理彦 じゃあ。

理彦、立ち上がる。
渉、そのまんま。

理彦 何だよ、もう。
渉  何、イライラしてんの?
理彦 そっちのせいでしょ!!
渉  え?
理彦 もう……、前からずっとそう?
渉  
理彦 そんなかんじ?
渉  
理彦 そうだよね。そうなんだよね。あーあ、最初に会ったときは、変わってておもしろいと思ってたのになあ。
渉  おもしろい?
理彦 そうだよ。でも、今はイライラするだけ。
渉  イライラするなよ。
理彦 ……。

理彦 ねえ、初めから、僕がここに住んでるって知ってて、声かけた?
渉  え?
理彦 ちゃんと答えてくれるかな? はっきりしときたいんだ。別にそれでも全然いいから。ただ、知りたいだけ。
渉  聞いてどうするの?
理彦 やっぱりそうなんだ。ていうか、どうして、そういう返事のしかたするかな?
渉  ごめん。
理彦 もういいよ。僕は利用されたんだね。
渉  そんなんじゃないって。
理彦 いいよ。
渉  ほんとだって。ここに来たとき、見かけたことあったのはほんと。で、あそこであって。すっごい偶然だなって。
理彦 ……?
渉  もし、出会えてなかったら、おじさんのとこ行ってたと思うけど。そんなことずっと考えてたんだ。
理彦 何で来たの? ここに?
渉  あの人、有名だから、親戚中で。カミングアウトしてるし。会うのほんとに久し振りだし。話してみたいなって。
理彦 言ってくれたらいいのに。
渉  だから、話したじゃない。
理彦 今でしょ?
渉  そうだけど。遅いかな?
理彦 遅いよ。あーあ、なんだか、また違った意味でドキドキしなくなった。そうだよね、もうじき3ヶ月だもんね。
渉  僕はドキドキしてるよ。
理彦 ……。
渉  ごめん。
理彦 だから、あやまることないって。

上手から、弘毅と茂雄が登場。

理彦 あ、こんにちは。
茂雄 あれ、出かけるんじゃなかったの?
渉  茂雄さんこそどうしたんですか?
茂雄 実はね……
弘毅 あ、何でもない。ちょっとお願いしたいことがあって、来てもらったの。仕事、仕事。
渉  そうなんですか?
茂雄 まあね。あーあ、いいわね、若い二人は。うらやましい。
弘毅 どっか行くの? 映画?
理彦 食事の予約をしてあるんで。
茂雄・弘毅 クリスマス・ディナー?!
渉  ええ、まあ。
弘毅 すっごい! やるね?
理彦 ええ。
茂雄 へえ。
弘毅 なんだか、急に年取った気がしない?
茂雄 すっごい、する。楽しんできて、私たちの分も。
渉  はい。
理彦 じゃあ。

二人、出かけていく。
茂雄と弘毅、見送って。

茂雄 あーあ、みんな楽しそうね。
弘毅 まあね、クリスマスだから。
茂雄 それにしても、ちょっと遅くない?
弘毅 だから、クリスマスだから。ちょっと遅くなるって言ってたじゃない。
茂雄 そうだけどさ。寒いなまったくもう!!

茂雄、そのへんを歩き回る。

弘毅 何だか悪いね。だいじょぶなの? 仕事抜けてきて。
茂雄 まあね。これも一応、仕事ってかんじだから。ていうか、ヒマだったから。クリスマスイブの週末に部屋探そうなんて人間もそういないしね。
弘毅 じゃあ、今日はもうおしまい?
茂雄 まあね。あとで電話してそのつもり。
弘毅 やったじゃん。
茂雄 あのね……
弘毅 わかってる、反省してます。
茂雄 何、みんな出かけてるの?
弘毅 うん。太一と平谷くんはデートだって。それぞれ別々にね。
茂雄 あの女、また仕事休んだんでしょ? よくクビにならないわね。
弘毅 今日、初めて会うんだって、気合い入ってたよ。
茂雄 馬鹿じゃないの? イブに初デートって、何よ、それ? 相手は?
弘毅 知らない。でも、今度こそバッチリって言ってたけど。
茂雄 「今年のクリスマスは一人じゃないのよ」って言ってたけど、どうせ間に合わせってかんじなんでしょ?
弘毅 ていうか、すべりこみセーフってかんじなんじゃないの?
茂雄 無理無理。アウトよ、アウト。
弘毅 茂雄ちゃんって、今どうしてんのよ?
茂雄 どうって、男?
弘毅 そう、男。
茂雄 そっちこそ、どうしてんのよ?
弘毅 どうって、何も?
茂雄 あんたさ、太一見習えとは言わないけど、少し外出たら?
弘毅 まあ、そうなんだけどさ。いいじゃない、わざわざ暮れの忙しい時期に何しなくっても。ほら、大掃除とかさ、いろいろとあるし。
茂雄 いいの、そんなんで?
弘毅 いいよ。だめかな?
茂雄 だめじゃないけどさ。なんかこうイライラしちゃんだよね。
弘毅 僕が男作らないと?
茂雄 そういうんじゃないけど、なんとなく。
弘毅 じゃあ、茂雄ちゃんも新しい恋人作んなよ。人のこと言ってないで。
茂雄 ふふふ、知らないな。それなりにちゃんとやってるんだから。
弘毅 ほんとに?
茂雄 ほんとだって。
弘毅 じゃあ、今日の予定は? こんなにのんきにしてていいわけ?
茂雄 それは……
弘毅 やっぱ、嘘なんだ。もう、見栄はっちゃって。無理することないのに。
茂雄 嘘じゃないって……。もういいよ。

弘毅 前もさ、よくクリスマスに喧嘩したよね。
茂雄 喧嘩は昔からだよ。もう何十年。
弘毅 ていうかさ、イベントのたびに喧嘩してたじゃない?
茂雄 そうだっけ?
弘毅 そうだよ。誕生日とかさ。旅行に行ったりとかさ。そのたびにいつも喧嘩して。
茂雄 そうだね。
弘毅 たぶんさ、期待しすぎてたんだよね。二人でなんかこうすごいロマンチックな時間を過ごすんだって。でも、実は全然そんなんじゃないから。
茂雄 悪かったね。お互い様です。
弘毅 だから、こうして、何もしないでのんきにしてるほうがずっといい。そう思わない?
茂雄 思わない。でも、太一みたいに、何が何でもってノリじゃないけど。
弘毅 ふーん。
茂雄 やっぱり寒くない?
弘毅 うん、でも、もう少しだから。
茂雄 (正面の木を指して)ねえ、これ点けてみない? イルミネーション。せっかく飾ったんだし。
弘毅 まだ明るいのに。ていうか、ほんとに点くの?
茂雄 点くって。昨日、平谷くんと試してみたんだから。
弘毅 あやしいな。
茂雄 ほんとだって。
弘毅 これってどこから電気ひっぱってきてるの?
茂雄 平谷くんの部屋のコンセント。もうすごいよ、彼、こういう仕事得意だから。
弘毅 でも、なんだか、やりすぎってかんじしない?
茂雄 そんなことないって。無理矢理クリスマスツリーにしちゃったわけじゃないし。ただのイルミネーションだから。うちで管理してるマンションのエントランスの飾り付け、持って来ちゃったから、ほんとに「ただ」だし。
弘毅 いいの、そんなことして?
茂雄 いいの、いいの。
弘毅 びっくりしてるよ。この木もきっと。
茂雄 よし、じゃ、ちょっと電源見てくるわ。

と言って、歩き出すと、帰ってきた太一に出くわす。

太一 あ……
茂雄 あら、早いじゃないよ、どうしたの? さては、振られたのね。だから、言ったじゃない。
太一 やだ、なんであんたこんな時間にここにいるのよ?
茂雄 仕事です。
太一 どうせ油売ってるんでしょ? こんなやつの給料のために無駄金使うことないわよ。まったく。

太一、椅子に座る。

弘毅と茂雄、顔を見合わす。

弘毅 別に、無理矢理聞き出そうってわけじゃないんだけど、もしよかったら、何があったのか話してみない?
太一 もう聞いて!!! 騙されたのよ!
弘毅 何、それ?
茂雄 またかってかんじね。
太一 新宿の南口で待ち合わせしてたんだけど、なかなか来ないのね。で、それでも、待ってたの。で、十五分経っても連絡ないから。メールしたのね。とにかく、初対面だから、どんなかっこしてるって? そしたらね。となりに立ってたおじさんの携帯が鳴ったの。
弘毅 おじさん?
茂雄 あら、あんた、いつから老け専になったの?
太一 そうじゃないのよ。三十歳のリーマンって言ってたのよ。何度かメールのやりとりしてたし。お互いのプロフちゃんと確認して。
弘毅 老けてる三十歳なんじゃないの?
太一 そんなことない。あれは絶対四十代です。ていうか、ちょっとくらい年サバ読んでてもしょうがないとは思うのよ。でも、あれはだめ。あれは犯罪。
茂雄 で、どうしたの?
太一 どうって、何も。向こうは、かなり、ノリノリってかんじだったんだけど。丁寧にお断りして帰ってきたわよ。
弘毅 丁寧って?
太一 「ごめんなさい。急に友達と会う約束ができちゃって……。じゃあね!」
弘毅 全然丁寧じゃないじゃない。
太一 もう、動揺してしまったのよ。ほんとにびっくりしたんだから……
茂雄 ちょっと、待って。となりにいて、向こうも気がつかないってことは、あんたもかなりいいかげんなデータ渡してたんじゃないの?
太一 え?
茂雄 図星ね。
太一 いいのよ、向こうに比べれば、全然かわいいもんよ。
弘毅 開き直ってるし。
茂雄 だから、言ったじゃない。十二月は強化月間なんて言ったって、無理なモノは無理なのよ。この時期売れ残ってるもんなんて、どうせみんな訳ありの粗悪品なんだから。そんなのばっかがバーゲンセールのたたき売りしてんのよ。
太一 その言葉そっくりそのままお返しするわ。訳ありの粗悪品のあなたに。
茂雄 ごめんなさい。これは、非売品なの。
太一 売っても売れない言い訳ね。
茂雄 なんですって!!!
弘毅 やめなって。もう、いいじゃないの。お疲れさま。でも、めずらしいね。そんな話、わざわざ言いに来るなんて。
太一 そうじゃないのよ。アタシのことはどうでもいいの。話したいのは、平谷くんのことなの?
弘毅 平谷くんがどうしたのよ?
太一 私、あの人に会っちゃったのよ。
茂雄 どこで?
太一 東急ハンズで。
茂雄 やだ、これの飾りかな? もういらないって言ったのに。
太一 そうじゃないの。それがね、なんかプレゼント買ってるのよ。大きな包み。ラッピングもして。アタシ、ヤケになって、高島屋で買い物しようと思って南口から歩いていったのね。さすがに自分とこ行くわけいかないし。
茂雄 そうよね、風邪で四十度の熱があることになってるのよね。
太一 そう。そしたら、あの人、一人で歩いてて。これは、デートねと思ったから、つけてみることにしたの。
弘毅 やめなさいよ。
茂雄 何してんのよ、あんた。最低ね。
太一 だって、声かけたのに、気がつかないのよ。よっぽど舞い上がってたんだわ。
茂雄 それで相手は?
弘毅 茂雄ちゃん……
太一 ずっと後つけてったら、タカノのフルーツパーラーに入ってったわ。私も、後から、見つからないようにこっそりと。それにしてもタカノでデートってどうよ? クリスマスイブよ? よくそんなことできるわね。あの人らしいっていうか、どんな男が相手なわけと思ってたら……
二人 うん。
太一 女だったの。
二人 え?
茂雄 女ってどんな?
太一 どんなって、たぶん三十代のきれいなかんじ。見てみる?

太一、携帯を取り出して、写真を見せようとする。

茂雄 あんた何してんのよ?
太一 こういうときのための携帯でしょうよ。大丈夫、うまくこっそり撮ったから。
茂雄 そういう問題じゃないの!

太一、写真を見せる。

太一 ね?
弘毅 ほんとだ。
茂雄 なんだか深刻そうなかんじね。
太一 何、話してるんだろうと思って、録音にも挑戦したんだけど、さすがにそれは無理だったわ。席離れてたし。雑音ばっかしで。一応、聞いてみる?
茂雄 けっこうです。
弘毅 長くしゃべってたの?
太一 ううん、十分かそこいら。女の方が先に出ていって。平谷くん、それから、しばらく一人で座ってた。何か思い詰めてるみたいにして。で、そのうち出てったの。何だかすっごい落ち込んでるみたいだったわ。何かショックなこと言われたのね、きっと。
茂雄 その後は、尾行してないの?
太一 うん。すぐに追いかけたんだけど、見失ってしまったの。
茂雄 役に立たないわね。
太一 何よ。もう、すごい人だったから。新宿。
弘毅 何、話してたんだろうね?
太一 ていうか、あの女はなんなわけ?って思わない?
弘毅 ……うん。思うけど。
茂雄 まあね。
太一 自分で言うのも何なんだけど、私、すっごい口軽いじゃない? 放送局って言われてるくらい。たいていのことは、公共の財産!だと思って、みんなにしゃべっちゃうんだけど、ずっと黙ってたことがあるのね。実は、平谷くんのことなんだけど、あの人ね、バツイチの子持ちなのよ。
二人 ……!
太一 びっくりでしょ? 私もマルさんに聞いたときはほんとにおどろいたの。平谷くん、あんまり自分のことしゃべる方じゃないし、カミングアウトなんて誰にもしてないし、この業界にデビューしたのだって、とっても遅かったって言ってたじゃない。だから、なるほどねと思ったんだけど、やっぱりショックね、目の当たりにして見ると。
茂雄 じゃあ、相手の女は別れた奥さんってこと?
太一 そうよ。決まってるじゃない。どう、びっくりした?
弘毅 うん、びっくりした。
太一 (茂雄に)あんたは?
茂雄 びっくりしたわよ。
太一 でしょ?
茂雄 あんたが知ってたってことに。
太一 え?
弘毅 ていうか、知ってたのにずっと黙ってたってことにかな?
茂雄 そうね。そっちの方が驚きね。
太一 何よ、あんたたち、ご存じってわけだったの?
茂雄 当たり前でしょ、大家さんなんだから。
太一 あんたは何でよ?
茂雄 いいでしょ。教えてもらったのよ。
太一 何で、あんたたち、私に言わないのよ。
茂雄 今、自分で言ったでしょうよ、すっごい口軽いって。だからよ。
太一 何、それ、どういうことよ?
茂雄 そのまんまよ。
太一 なんだそうだったんだ。
弘毅 平谷くん、すっかり音信不通なんだけど、年に一度だけ、奥さんと子供と会ってるって言ってたから、今日がそうだったんだね、きっと。
茂雄 あんたの言葉を信じるなら、何で落ち込んだりしたのかな?
太一 ほんとよ、ほんとに沈んでたんだから。ほら。

と言って、また携帯を見せる。

弘毅 あ、ほんとだ。がっくりってかんじ。
茂雄 肩の線に哀愁がただよっちゃってるわね。
太一 私、考えたんだけど、もう会わないとかそんなこと言われたんじゃないかと思って。
茂雄 それでそんなに落ち込んだりする?
太一 するでしょ? しないかな?
弘毅 子供にもう会わないでって言われたとか?
二人 え?
弘毅 その方がショックじゃない? あの人、子供好きだから。
茂雄 あ、そうかも。
太一 そうね……。あ!
弘毅 何?
太一 あの人、ほんとは今日、子供も一緒に会うことになってたんじゃない? だから、プレゼント買って。でも、待ち合わせのタカノには別れた妻しかいなかった。で、彼女の話はこう。もう子供には会わないでほしいの。
弘毅 そんな?
茂雄 でも、あり得る。
太一 でしょ? そうよ、きっとそうよ。
弘毅 持ってったプレゼントはどうしたの? 奥さん持ってったの?
太一 え? 待って。

太一、また携帯をチェック。
三人で見る。

茂雄 あ、置きっぱなしだわ。
太一 持ってかなかったのね。
弘毅 ていうか、渡さなかったのかも?

茂雄 どこ行ったのかしらね。
太一 まだ帰ってきてないところ見ると、ヤケ酒でも飲んでるんじゃない? そんなかんじだったわよ。
弘毅 そんなに?
太一 そうよ。目が何て言うか、思い詰めてたもん。あ!
茂雄 何よ?
太一 もしかするともしかするかも……。
弘毅 やめてよ、そんなことあるわけないでしょ。
太一 わかんないわよ。
弘毅 (太一に)ちょっと電話してみて。
太一 やーよ、もしつながらなかった、もっと心配になるじゃない。
弘毅 何言ってんの? (茂雄に)じゃあ、お願い。
茂雄 うん。

茂雄、携帯を取り出し、電話をかけようとする。
と、上手から平谷賢がやってくる。
手ぶらである。淡々としている。

太一 (気づいて)あ!

みんな、ふと見つめ合ってしまう。

弘毅 おかえり。
太一 おかえりなさい。
茂雄 寒いね。
賢  どうしたの? 三人そろって?
茂雄 えーと……
弘毅 ちょっと見てたの、イルミネーション。すごいね、これ。暗くなるの、すっごい楽しみ。

賢、無言で木を見上げている。
彼を見ている三人。
やがて、賢、下手へ退場。

弘毅 行っちゃった。
茂雄 やっぱりちょっと様子が変ね。
弘毅 たしかに。
太一 一人にするのまずいんじゃない?
茂雄 一人って……?
太一 いいから、ちょっと呼んできなさいよ。
茂雄 でも……
太一 見たでしょ、今の。早く!!
茂雄 わかったわよ。

茂雄、あわてて、下手に退場。

弘毅 手ぶらだったね。プレゼントはどうしたんだろう?
太一 だめよ、聞いちゃ。とにかく、今は一人にしないことよ。
弘毅 うん。

茂雄が賢を連れてもどってくる。

賢  何か用かな?
弘毅 あ……、ちょっとおしゃべりしない?
茂雄 クリスマス、暇なもん同士。
太一 (小声で)バカ!
賢  ここで? 寒くない?
弘毅 そうなんだけど、ちょっとだけ。
太一 実は、これから、私たち、大人だけのクリスマスパーティっていうのを渋く開催するんだけど、あんたもどうかしら?と思って。
賢  ……俺はいいや。
茂雄 そんなこと言わないで。
賢  ちょっと一人になりたい気分なんだ。
三人 ……。
賢  なんつって。
三人 ……。
賢  じゃ。

賢、歩き出す。

太一 (大声で)あ、ごめん。言い忘れてた。
賢  (立ち止まって)何?
太一 アパートね、入れないの。停電しちゃって。
茂雄・弘毅 え?
賢  停電?
太一 そうなのよ。寒くて寒くてしょうがないし、どんどん暗くなってくるから、しょうがなくてこうして外でおしゃべりしてるのよ。
賢  何、また、水槽にドライヤー落としたの?
太一 そうなの。
賢  今度こそ死んだ、金魚?
太一 生きてます。
賢  すごいよね。ヤツ。
太一 それでね、またブレーカー上げればいいのねと思ったんだけど、だめなのよ。上げてもすぐ落ちちゃうの。で、しょうがないから、不動産屋に電話して、この人に来てもらったの。でも、全然役にたたなくて。電気屋に電話して、見てもらうことになったんだけど、クリスマスでしょ? なかなか来ないのよ。で、こうしてずっと待ってるってかんじなの。
茂雄 あんたって……
賢  そうなんだ。俺、ちょっと見ようか?
太一 あ、いいから。ここで待ってましょう。あ、でも、寒いわね。そうだ! 相庭さんのとこでお茶でもしない? 停電してるのアパートだけだから。ね? ああ、寒い、寒い。さ、行きましょう。
弘毅 ちょっと待って。それ、だめなんだわ。
太一 何よ、だいじょぶよ。ちょっとくらい散らかってたって、気にしない。そうよ、じゃあ、みんなで大掃除の前倒しよ。さ!
弘毅 あのね、入れないの!
太一 え?
弘毅 鍵なくしちゃったの。
太一 うそ。
茂雄 ほんとよ。
弘毅 さっきビデオ返しにツタヤに行ったんだけど、たぶんその途中で。すっごい探したんだけど、全然なくて。もうどうしようもないから、茂雄ちゃんのとこ行ったんだけど。アパートの鍵のスペアあるけど、大家さんの鍵はないなあって社長に言われて、もどってきたの。
太一 何してんのよ?
茂雄 携帯も部屋の中だっていうから、今、鍵の110番に電話したところ。でも、時間かかりますって。クリスマスだから。
太一 何なのよ、それ? クリスマス関係あるの?
茂雄 とにかく、向こうはそう言ってたわよ。
太一 じゃあ、どうすんのよ、私たち。
茂雄 おしゃべりしましょ。
太一 やだ、寒いじゃないのよ。
茂雄 あんたのせいよ!!
賢  ま、いいじゃん。しょうがないよ。ここで待ってよう。
弘毅 ごめんね。
賢  いいって。

四人、それぞれ座る。
とっても長い間。

太一 ねえ、おしゃべりしましょうよ。黙ってないで。
茂雄 そうね。
弘毅 そうだね。

茂雄 何よ、あんた、しゃべりなさいよ。
太一 そんな……。
弘毅 そうだ、あんたたち、踊ったら、モー娘。ずっと練習してたじゃない。
茂雄 ここで?
太一 アタシはパスするわ。そうだ、一人でやってみて。私も見たいわ。振りチェック。
茂雄 やーよ。何でそんなことしなきゃいけないのよ。
弘毅 ……!
茂雄 ごめん、ちょっと肩胛骨が痛くって。やめとくわ。
賢  肩胛骨? だいじょぶ?
茂雄 ありがと。

太一 そうだ! しりとりしない?
弘毅 しりとり?
太一 そうよ。冬の外遊びにはしりとりでしょ。やっぱり。
茂雄 何よ、それ?
賢  いいじゃん。やってみよ。ヒマだし。
太一 じゃ、いくわよ。「ゆうやけぐも」
賢  も、も、「モスラ」。
弘毅 ら、ら「ラッコ」
茂雄 こ、こ「こども」
弘毅・太一 
茂雄 ……じゃないや、「コロモ」。てんぷらのコロモ。
太一 やめましょ。危険すぎ。
賢  え?
太一 思ってたほど、盛り上がらないわね。じゃあ、えーと、次は……
弘毅 何、まだやるの?
茂雄 しりとりやろう。おもしろいじゃない。
太一 あんた才能なし! もう、おそいわね、鍵の110番。
茂雄 電気屋も来ないわね。(太一に)ていうか、来るわけないじゃない。どうすんのよ?
太一 相庭さんとこでしゃべってるうちに修理完了の予定だったのよ。
茂雄 もう寒くて死にそうよ、どうしてくれるの!!

そこへ、下手から、渉がやってくる。続いて理彦も。

弘毅 おかえり。早くない?
茂雄 どうだった、クリスマス・ディナーは?
賢  へえ、クリスマスディナー?
太一 ちょっと、あんたたち、どっか行ってなさい。私たち、今、ここで大人の会合してるんだから。
渉  ……。

渉、椅子に座る。
理彦、離れて、ベンチに座る。
その間の大人達。

弘毅 別に、無理矢理聞き出そうってわけじゃないんだけど、もしよかったら、何があったのか話してみない?

理彦 店の人と喧嘩して……
弘毅 喧嘩って、どうして?
渉  だって、すっごい悪い席に通されて。だから変えてほしいって言ったんだけど、予約が入ってますからって。
理彦 しょうがないよ、イブなんだから。
渉  だから、少し早めの時間に予約したんじゃないか。男二人ですけどって、初めからちゃんと言ってたのに……。なのに、すっごく迷惑そうな顔されて。
理彦 そんなの考えすぎだって。
渉  でも、いやだったから、あんなところで隠れるみたいにして二人で食事するの絶対にいやだったから、帰ろうって言ったのに。
理彦 だって、せっかく出かけたのに。
渉  だから、一人で店を出たんです。
理彦 しょうがないから、すぐおいかけて。
弘毅 二人でかえってきたの?
理彦 ええ。
弘毅 いいじゃないの、じゃ、みんなでクリスマスしよう。
渉  キャンセル料取られなかったっていうのも、また腹が立ってきて。
茂雄 そんな、悪い方にばっかり考えることないって。
太一 そうよ。そんな、いやな思いして、お金取られるなんてばかばかしいじゃない。
渉  でも、なんだか……納得いかなくて……。
理彦 ずっと、こんなふうで……部屋に帰ってからも、ずっとふくれてて。
弘毅 まあ、気持はわからないじゃないけどね。
賢  あ、そうだ。電気だいじょぶだった?
理彦 え? 電気って?
賢  停電。ブレーカー全部落ちちゃって原因不明って。
理彦 いえ、電気ついてましたよ。ね?
渉  うん。停電なんてしてないですよ。パソコンも何ともなってなかったし。どうかしたんですか?
賢  え?
太一 あら、おかしいわね。私の部屋だけだったかしら?
弘毅 もういいじゃない。やめよう。寒いし。
太一 ちょっと……
弘毅 ……いいから。(賢に)平谷くん、一人にするの心配だったんで、そんな嘘ついたの、この人が。そ、停電なんてしてないの。
茂雄 ほんとに余計なこと言うんだから。
太一 とっさのひと言よ!
賢  そんな、何で心配なんて……?

太一 新宿で、私、見ちゃったのよ、あんたが女の人と会ってるとこ。
賢  ……。
太一 だもんでちょっと心配になっちゃって……
賢  ……そうだったんだ。
弘毅 奥さん……だった人?
賢  うん。
弘毅 ごめんね、平谷君のこと。この人にしゃべっちゃったの、ごめんね。ま、話す前に知ってもいたらしいんだけど。
賢  そんな心配なんてすることないのに。ちょっと会って話しただけだから。再婚するんだって。その報告。で、子供の親権をどうするのかって話。ずっと養育費払ってるんだけど、もういらないって。そのかわり、もう子供の親だとは思わないでほしいって。それがいやなら、子供引き取って育ててほしいって。
太一 何なの、それ?
賢  いつかはそういう話になるんじゃないかと思ってたんだけどね。
弘毅 で、決めてきたの?
賢  ……。
太一 いいじゃない、だいじょぶよ、ここにはベビーシッターがいっぱいよ。おばさんはみんな赤ちゃんが大好き!
弘毅 言っとくけど、ベビーじゃないからね。中学三年生の男の子?
太一 やだ、そうなの?
茂雄 ちょっと難しいよね。
賢  うん。だから、わかったって言ってきた。言うとおりにするって。そうだよね。年に一度しか会わない父親なんてね。
弘毅 でも、もう中学生なんだから、会わないって言ったって、そう簡単にはいかないでしょ。
賢  だから、僕が会おうとしないってこと。だんだん遠くね、もっともっと遠くなってく。それだけの話。

賢  結婚したとき、まだ、全然、ゲイだなんて思ってもみなかったから。そうなんだって気がついたときには、もう生まれてたんだよね。俺さ、若い父親ってあこがれててさ。うちのオヤジ、すっごい老けてて。俺、オヤジが四十二のときに生まれたからさ。だから、あんまり一緒に遊んだりとかしてくれなくて……。だから、自分が親になったら、子供がいやにいなるくらい、遊び倒してやろうって思ってて。野球とかサッカーとか。できなかったけど。

賢  正式に離婚して、もう十年も経つから、いいかなと思って、言っちゃったんだよね。実はゲイなんだって。バカだったな。言わなきゃよかった。言う前と言った後と、俺は何も変わってないのに、もう会わないでくれってどういうことよ。ねえ?

賢  次の段階に進めるような気がしてたんだけどな。勘違いだったってわけ。
弘毅 時間をかけてゆっくり話し合っていけば、なんとかなるかもよ。
茂雄 うん。
賢  ま、そうかな。何だか心配かけて悪かったね。じゃ、行くわ。ありがとう。

賢、下手に帰ろうとする。

太一 だめよ。今夜はパーティよ。こんな夜に一人はだめ。みんなでわいわい騒ぎましょう。せっかくみんなそろったんだし。
茂雄 図らずもね。
弘毅 でも、どこで? うちの鍵が出てくるまではもう少し時間がかかりそうだけど?
太一 いいのよ、ここでやるのよ。
茂雄 やめてよ、凍えて死ぬわ。
太一 寒くなったら、踊るのよ。
茂雄 バカじゃないの?
太一 (賢に)さ、これ点けましょう。アタシね、昔、父親に言われたことあるのよ。男ってもんは、一軒の家と一本の木と一人の息子を持って一人前なんだって。そんなのちゃんちゃらおかしいわって思ってたんだけど、なんとなくこの頃わかる気もするようになったのよ。でも、アタシはいらない。そう思ってるんだけどね。でも、ちょうど、ここに一本の木があるじゃない。豪華に飾り付けられて、そうよ、これがアタシたちよ。それでいいのよ!
茂雄 あんた、何言ってるか全然わかんないわよ。
太一 いいのよ、とにかく。イルミネーションよ。まずはそれから。あとはぱーっと盛り上がればいいの。(賢に)よろしくね。
賢  ……わかった。

賢、一旦、下手に退場。すぐもどってくる。

弘毅 あれ点かないよ。
賢  じゃーん。

と言って、リモコン装置を出す。

理彦 何ですか、それ?
賢  え? リモコン。
茂雄 こんなもの遠隔操作する理由があるわけ?
賢  いいじゃん。よし、じゃあ、行くよ。
太一 せーの。
賢  スイッチ、オン!

スイッチを押すと、一瞬イルミネーションが輝く。
見つめているみんなの顔。
とその瞬間、イルミネーションは消えてしまう。
真っ暗闇。

太一 何これ?
賢  ブレーカー落ちたみたい。

暗 転 

第四場 春 その1「エイプリルフール」

いつもの庭。4月1日。
茂雄が一人で座っている。
そこへ、太一が登場。

太一 何なの、話って?
茂雄 ま、いいから座んなさいよ。
太一 あーあ、眠いわね。「春眠暁を覚えず」ってかんじ。
茂雄 ……。
太一 何よ。つっこまないの? やる気ないわね。
茂雄 ……ああ、そうね。
太一 なんか、調子狂うわね。
茂雄 ああ、そうかな。
太一 どうかしたの?
茂雄 今日の予定は?
太一 別に何も。のんびり休みってかんじ。久し振りに日曜休んじゃったから、みんなでご飯でも食べに行こうかな……なんて考えてはいるんだけど……。あんたもどう? よかったら?
茂雄 ああ、そうね。
太一 どうしたのよ。どっかおかしいんじゃないの?
茂雄 あんたさ、アパートの契約の更新した?
太一 え?
茂雄 ちょうど二年でしょ? どうした?
太一 だって、自動的に更新されるんじゃないの? 別に何もしてないけど? あ、そういえば、更新料とかなんとかって言ってきてないわよね。もしかして、その話? やだ、そういうのないって聞いてるわよ。違うの?
茂雄 じゃあ、まだ何もしてないわよね。
太一 うん。
茂雄 ねえ、もし、ここ出てってくれないって言ったら、どうする?
太一 え? やーよ。そんな。
茂雄 じゃあ、「お願い出てって」って頼んだら、どうする?
太一 同じでしょ? やーよ、何で出てかなきゃいけないのよ?
茂雄 ちょっと事情があって……
太一 何なのよ、事情って? 古いモノから順に出ていくなんてきまりができたってわけ? 「姥捨て山」ってこと? そんなの聞いてないわよ。絶対に出ていかないから!
茂雄 わかった、じゃあ、いいわ。いいわよ、もう行って。
太一 ちょっと、何なのよ。人のこと呼び出して……。

太一、下手に歩いていく。
と賢と理彦と渉がやってくる。

賢  何なの話って?
茂雄 悪いね、休みなのに。
賢  いいよ。どうしたの?
茂雄 集まってもらったのは、ちょっと大事な話があって……
理彦 なんですか、大事な話って?
太一 ちょっと待ってよ。何、みんな呼んでるの? 何で私だけ別枠なわけ?
茂雄 意味はないわよ。
太一 じゃあ、一緒に聞いてててもかまわないわね。
茂雄 ……好きにしなさいよ。
渉  なんなんですか?
太一 言っておくけど、私は出ていきませんから。
賢  え?
茂雄 そうじゃなくて……
太一 じゃあ、この中の誰を追い出すのか、決めるの、これから? そういう集まりなの? ねえ?
茂雄 もう、うるさいわね、あんた。ちょっと黙っててよ。
太一 だって……。
賢  話が全然見えないんだけど……
理彦 僕も。
渉  うん。
茂雄 実は、弘毅がこのアパートを売らなきゃいけないことになりました。
一同 え?!

短い間

太一 だめよ、騙されちゃ。今日、エイプリルフールじゃない? 嘘でしょ。嘘。
茂雄 ほんとなんだって。(渉に)何も聞いてない? うちの人から?
渉  いえ、何も。
茂雄 そう。すっかり整理したつもりだったんだけど、弘毅のおやじさん、事業でつくった借金がいっぱいあって。それが今頃になって出てきて。どうやら、弘毅は知ってて黙ってたらしいんだけど。もうどうにもならなくって。こないだ、親戚が集まって話したんだって。で、結局、このアパート、売って、それにあてようってことになったわけ。
太一 ちょっと、それ、どういうことよ? 聞いてないわよ。
茂雄 僕だって、昨日、初めて聞いたんだから。話を仕切ってるのは、君のお父さんらしいよ。もう任せておけないって、さっさと整理しろって、せっつかれたらしい。
渉  ……。
茂雄 アパートがこのまんま残って、持ち主が代わるだけなのかと思ってたんだけど、きれいに更地にして、この庭と一緒に売ることになったんだって。そういうわけです。以上。
賢  以上って……。
太一 何よ、じゃあ、アタシたちどうすればいいのよ?
茂雄 どうでも……。好きにしていいよ。
理彦 好きにって?
太一 あんた、どうするのよ?
茂雄 探すよ、他の部屋。あ、みんな、この近所でよかったら、相談にのるから。立ち退いてもらうってことになるんで、いくらか、お金は渡せると思うんで。
賢  そんな……
太一 何よ、納得いかないわね。いやよ、そんなの。絶対に納得できないわ。(賢に)あんたは?
賢  今聞いたばかりだから何とも言えないけど……
太一 (理彦に)あんたは?
理彦 急に言われても、ほんとに僕どうしようもないし。
茂雄 だから、お金のことだったら、何とかするから。安心して。
太一 お金で解決しようっていうの? 冗談じゃないわ。……って、怒らせておいて、「嘘よ、ひっかかったわね」ってひっくり返すんじゃないの? ねえ、そうなんでしょ?
茂雄 そうだったら、いいんだけど。嘘でも冗談でもない。ほんとは、弘毅が話すのがスジなんだけど、一応、仕事なんで、僕が代わりに。できるだけ早く、どうするか決めて返事してください。お願いします。

茂雄、上手に退場。
残った面々。

太一 なんなの、あれ?
賢  どうする?
太一 どうするって? 納得いかないわね。
賢  急な話だよね。
太一 (渉に)あんたのオヤジさん、どういうヤツなのよ?
渉  どういうって……。
太一 なんだかめんどくさそうね、さっさと出てってすっきりしちゃおうかしら?
理彦 それよりも、一度、相庭さんと話してみた方がいいんじゃないかな?
太一 そうね。あの人、きっと、言い負かされちゃったのよ。気が弱いから。もっと威張ってていいのに。そうよね、あの人にはっぱかけてどうにかするって手だってまだ考えられるわよね。

上手から弘毅と茂雄が登場。

理彦 あ……
太一 今、この人から聞いたんだけど、ほんとなの? ほんとにこのアパートなくなっちゃうの?
弘毅 ……嘘です。なくなったりしません。
太一 なんだやっぱりそうだったのね。あーあ、もう少しでひっかかるところだったわ。もう、クサイ芝居しちゃって。
渉  (弘毅に)ほんとにダイジョブなんですか? うまく片づいたんですか?
弘毅 ……うん。
渉  でも……。
弘毅 片づいたのよ。決めたから。えーと、いい機会なんで、話しておくね。僕、ここを出ていくことにしました。茂雄ちゃんが、アパートと庭売らないといけないって話したと思うけど、そうじゃないんで。売ることにしたのは、こっち。こっちの土地と建物をそのまんま売ることにしました。それで、全部解決したので。以上。
太一 以上って。じゃ、やっぱり嘘じゃなかったの?
弘毅 茂雄ちゃん、勝手に、話すすめようとして、みんなにそんなこと言ったんだと思う。でも、僕はそうは思ってないから。だから、今までどおり、住んでてもらって、だいじょぶ。僕は、ずっと大家さんだから。
賢  ちょっと、待って。それはいいけど、相庭さんはどうするの?
弘毅 僕、僕は、適当に。
理彦 出て行くって、あてはあるんですか?
弘毅 なんとかなるよ。茂雄ちゃんにも相談に乗ってもらうし。
茂雄 そんなのおかしいって。
弘毅 なんで? おかしくなんかないよ。このアパートうっちゃったら、僕、収入なくなっちゃうし。だったら、僕は適当にどこかに住んで、ずっとみんなの大家さんでいたほうがいい。

弘毅 ごめんね、黙ってて。実は、この土地と家のことはもうずっと前からわかってたんだよね。でも、ずっと先延ばしにしてて。みんなに来てもらったとき、契約は2年って。ちょうどいいかなって思ってたんだよね。オカマばっかりが集まってくらしてたら、きっともめ事が起こって、2年も経てば、もういいやって気になるって。だから、そうなったら、さっぱりとやめてしまおうって思ってた。2年間だけ、夢を見てしまおうって思ってた。2年経ったらぱっちり目を覚ませばいいやって思ってたんだけど。みんな、もめないんだもん。だから、今日まで話せませんでした。ごめんなさい。

弘毅 じゃ、そういうことで。
茂雄 そんなんでいいの?
弘毅 いいよ。じゃあ。解散。

賢  引っ越しはいつ頃?
弘毅 できるだけ早くかな?
賢  送別パーティ、ちゃんとやるから。
弘毅 ありがとう。
太一 ねえ、これも嘘なんじゃないの? ねえ? 白状するなら今よ?
弘毅 嘘じゃない。大したことじゃないから。じゃ、解散。

みんな動こうとしない。

弘毅 解散!!

賢、太一、理彦、渉、しぶしぶ退場する。
茂雄は残っている。

弘毅 ありがとね。心配してくれて。
茂雄 僕出ていくから、あの部屋に弘毅、入ればいいじゃない。
弘毅 茂雄ちゃん、出ていくことないって。
茂雄 あんた、どっか行く気でしょ?
弘毅 どっかって?
茂雄 遠くに。
弘毅 そんなことしない。もし、どこかに行ったとしても、僕はここの大家さんだから、いなくなったりはしないって。だいじょぶ、だいじょぶ。
茂雄 ……。
弘毅 いいから、行って。

茂雄、退場。
一人残った弘毅。アパートと母屋と庭をながめている。
そこへ、下手から理彦がやってくる。

理彦 あの……
弘毅 何?
理彦 こんなことになっちゃったの、僕が家賃払えなかったからですか?
弘毅 違うよ。家賃、ちゃんともらってるよ。渉から。
理彦 あんなの少しだけじゃないですか。
弘毅 いいの、いいの。それとこれとは全然関係ない。だって、僕がいいって言ったんだから。エラクなったらちょうだい。だいじょぶだから。
理彦 行くとこなくなっちゃったんですよね?
弘毅 ……まあね。あ、あんた、初めて来たとき、そんなこと言ってたね。
理彦 僕、出ていきますから、相庭さん、僕の部屋に移ってください。
弘毅 いいから、いてよ。渉もいるんだから。
理彦 でも……
弘毅 お願いそうして。ちょっとだけ、何かの役に立ってるって思ってたいのよ。ちょうど、あんたぐらいのとき、僕、うち飛び出して、茂雄ちゃんと一緒に暮らしてたのね。その頃思ったのよ、大人になって、エラくなったら、苦労してる若いゲイを助けてあげましょうって。それ、今、やってるだけだから、やらせといて。
理彦 そんなのなんだか悪いです。僕、なんとかやってけますから。
弘毅 でも、行くとこないんでしょ?
理彦 ……。
弘毅 実家、どこなんだっけ?
理彦 帰りません。
弘毅 「帰りません」か……。僕も、昔、ずっとそう思ってたんだよね。
理彦 ……。
弘毅 僕ね、血がつながってないのね。死んだ両親と。男の子がほしくって、養子にとったんだって。だから、渉の母親とあんなに年離れてるわけ。そのこと聞かされたのはね、二十歳の時、僕はゲイだってカミングアウトして。それも、つまんないことで喧嘩したついでみたいにしてさ。それまで、すっごい自信満々だったんだけど、もう「負け」ってかんじ。くやしかったな。そんでね、家、出たわけ。親としては、当てが外れたわけよね。跡取りがほしかったわけだからさ。それから、ずっと、あんまり帰ってこなかったんだよね。今は、こんなふうに納まっちゃってるけど、全然実家になんかよりつかなかった。たまに帰ると、喧嘩ばかりして。だからね、死んじゃってからのほうが近いのよ? 今じゃ、毎日、仏壇にお線香上げてるんだもんね。
理彦 ……。
弘毅 家族っていいなって思えるのって、絶対に一人でいるときなんだよね。ふるさとは遠きにありて思うモノってほんとなんだと思うよ。だから、そういうふうになりたいんだ。みんなとも。
理彦 一人になっちゃうじゃない?
弘毅 このアパート売って、みんながどこかにいなくなっちゃった方がずっと一人でしょ。だから、だいじょぶだから。遠くにいても、そういう人たちがいるんだって思える方がいいじゃない。それにね、このアパート、やっぱり売りたくないの。だって、僕のために残してくれたもんだから。心配してたんでしょ。いつまでもふらふらしてるから。そんなもんいらないよって言うつもりだったんだけどね。その前に、死んじゃったからさ。しょうがないから、もらってあげたの。
理彦 ……。
弘毅 ま、そういうわけだから、君は何も心配しないで、今までどおりにね。じゃ。

弘毅、上手に退場。

みんながやってくる。

太一 そうだったの…… (茂雄に)知ってたの?
茂雄 うん。つき合ってた頃、ほんとに大変だったから。弘毅、荒れてたし。
渉  うちの父親とは、もともと折り合いが悪くて。あの人がゲイだってことは、親戚中では有名だったし。そこに、僕がカミングアウトしたもんだから、たぶん、余計に、今度のことでもめてるんだと思います。
太一 (茂雄に)あんたさ、思い切って、よりもどすっていうのはどう? あの人引き取って一緒に住んじゃいなさいよ。
茂雄 それはだめ。それはできない。
太一 いいから、一緒に住みなさい。そしたら、なんとかなるもんだって。
賢  そうだよ。きっとうまくいくよ。
茂雄 そんなことできない。
太一 誰か反対する人いる? ほら、いないじゃない。
茂雄 そんな、会社でばれたら何て言えばいいか……
賢  だって、ばれてないんでしょ? 何も。
茂雄 僕はそうだけど。弘毅のことは……、ていうか、このアパートのことは、微妙だから。
賢  何、そうなの?
渉  どうにかしましょう?
太一 きっと何か良い考えがあるはずよ。智恵をしぼって考え出すのよ。

みんなそれぞれ考えている。

 暗 転 

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