「Four Seasons 四季」
関根信一

●その3●

<<<その2<<<

第五場・春 その2「彼らは何をしたか」

一人でいる弘毅。
下手から、みんながやってくる。

弘毅 やだ、どうして、何も手伝ってくれないわけ? 普通、こういうのって、みんなでやってくれて、僕はゲストってことになるんじゃないの?
太一 送別パーティは中止よ。
弘毅 ……え?
茂雄 あんたは、ここ出て行かなくていいことになったの。
賢  この土地売ることもなくなったし。
弘毅 ちょっと、なんでよ?
太一 ふふふ、聞くがいいわ。
弘毅 ……?

弘毅をのぞくみんな話を始める。
弘毅は聞くしかない。

賢  こないだの話でわかったのは、やっぱりポイントは、彼(渉)のオヤジさんじゃないかってこと。
茂雄 どういう負債なのかわからないけど、いずれにしろ、一度はきれいに片づけたんだから、今頃出てくるのはおかしいよね。それに、もしその借金がほんとにあるんだったら、何も弘毅が一人が背負うことないんだから。
太一 でね、こうなったら、直接話すのが一番だと思って出かけたの、みんなで。
弘毅 みんなで? (渉に)ほんとに行ったの?
渉  はい。いらっしゃいました。
理彦 すごい病院だよね。びっくりした。
太一 何よ、あんたお坊ちゃんなんじゃない?(理彦)あんた、玉の輿よ。
理彦 え?
賢  俺たちは、渉くんを連れてもどった、友人ってことで、オヤジさんに会うことにした。
太一 もちろん素性は明かさずにね。
茂雄 応接室に通されて、オヤジさんがやってきた。
太一 やだ、ちょっといい男じゃないの!
茂雄 バカ!
理彦 みんなで静かにお茶を飲みながら、楽しくおしゃべり。
渉  オヤジが言う。
賢  ほんとにこいつには手を焼いてるんですよ。いやあ、ほんとうにありがとうございました。どうお礼を言っていいかわかりません。
太一 別にお礼を言ってもらいたいとは思いませんよ。
茂雄 ただ……
太一 いただけるものがあるなら……ていうか、あんたの息子がホモだってバラされたくないんだったら、金出しな。
茂雄 五万や十万のはした金でケリをつけようと思っちゃいけないぜ。
理彦 いくらくれとは言わないが。
賢  ここはぽーんと気前よく。
太一・茂雄・賢・理彦 はずんでもらおうじゃないか!
渉  (心細げに)お父さん!!
弘毅 あんたたち何してきたのよ? バカじゃないの? 脅してどうすんのよ?
太一 まあ、これは計画だけだったんだけどね。
賢  練習したんだけどね。
渉  ええ。
茂雄 やっぱり、ちゃんと話そうってことになったわけ。
太一 いなくなってた息子を連れてきたんだから、一応、丁寧に迎えてくれて。
賢  俺たちはちゃんと名前を名乗って。
理彦 なくなるかもしれないアパートに住んでるんだって話して。
太一 あとはこの人(茂雄)の出番。難しい法律のこといろいろ話して。
理彦 親の負債なら、姉弟二人で負担するべきじゃないのかとかね。
渉  それで、結局、オヤジは折れました。
賢  まあ、ところどころ、脅かしもしたんだけど。出るところ出てもいいんだよって。
弘毅 やめてよ、ちょっと。
賢  ちょっとだけだって。
茂雄 でも、一番きいたのは、この人(渉)の話。きっちり話してくれて、それで話がついたわけ。
渉  借金の半分を、オヤジが出すってことに。
太一 あんた、いいように丸め込まれてたのよ。なくさなくていいもんまでなくしちゃうところだったんだから。
賢  とにかく、借金は半分になった。これで、これで、庭と母屋のどっちかだけ売れば話は済む、やった!って大喜びで帰ってきたの。この子(渉)は置いてね。
茂雄 どう、大したモンでしょ?
弘毅 信じられない。
太一 どう、これで、話は決まったわ。もう、庭と母屋一緒に売ることはないのよ。どっちかは残るの。
理彦 そうと決まれば善は急げ。
茂雄 弘毅に報告だ!
みんな うん!
賢  と思ったんだけど。
太一 でも、ちょっと待って。
茂雄 何よ?
太一 あの人、庭売らないで母屋売ろうとするんじゃないかしら?
理彦 どうしてですか?
賢  この木?
太一 それもありうるわね。
賢  でも、母屋を売ったら、結局、相庭さんはどこに行くの?
茂雄 さあ。
太一 庭に家を建てればいいんじゃない。一軒の家を。
賢  それは無理でしょ?
茂雄 じゃあ、庭を売るのよ。決まりよ。
太一 あ、でもなあ。
茂雄 でも、何?
太一 ここにマンションかなんか立ってごらんなさいよ。なんか、やーね、そんなの。
賢  それに、もし何かあったとき、土地はつながってた方が高く売れるよね。
理彦 相庭さん、そんなこと言うかもしれない。
太一 で、結局、あの人はどっか行っちゃうのよ。
賢  だめじゃん。
理彦 どうしよう?
太一 (弘毅に)って考えてしまったのね。
茂雄 (弘毅に)図星でしょ?
弘毅 それから?
賢  困ったな、どうしよう。

みんな(弘毅以外)頭を抱える。

茂雄 そしたら、この女がね。
太一 ねえ、すっごいアイデア思いついちゃった。すごいわ、これ。
茂雄 何なのよ、期待できないけど、ま、言ってごらんなさい。
太一 ここに新しいアパートもう一つつくるのよ。


みんなびっくり。

理彦 ここにですか。
太一 そうよ。母屋をつぶして。で、新しい住人を入れて、アパートを経営するの。あの人が。
賢  資金は?
太一 土地を担保にすれば、銀行が貸してくれるはず。そうよね。
茂雄 そうかもしれない。うん、これだけの広さならきっとだいじょぶだ。
賢  待って。土地を担保にするって、半分売らないといけないんでしょ?
太一 そこがミソよ。
みんな え?
太一 アタシたちで買い取るの。
みんな 
太一 正確にはそうじゃないけど、私たちが相庭さんに出資するのよ。で、借金を整理してもらって、この土地をまるまる残してもらって、そこにアパートを建ててもらうの。つまり、アタシたちは、出資者ってことよね。
賢  なるほど。
太一 で、いい。ここがポイントよ。私たちは、あの人の共同経営者になるわけよ。
賢  そうか!
茂雄 あんた、バカだと思ってたけど、天才肌のバカね。
太一 ありがと!

この話の間、理彦は話に入れない。
次第に渉のそばに寄り添っている。

賢  でも、金そんなにないよ。
茂雄 いくら貯金ある?
太一 アタシ、老後の備えに貯金だけはしてるから、「そこそこ」はあるわよ。あんたは?
賢  そのうち田舎に引っこんで、一軒家買おうかと思ってたから、そのくらいは……
太一 何よ、養育費払いながら、そんなことしてんの? すごいわね。
茂雄 そうか、もういらなくなったんだもんね。
賢  そんなことない。それはずっと送り続けてるし。それはそれ、これはこれ。
太一 (茂雄に)あんたは? ……ああ、だめね。きっと。
茂雄 そんな……。まあ、世間並みには。
賢  それで、みんなの貯金を足したんだけど……
太一 だめよ、全然足りないわ。
賢  どうしたらいいんだ?

弘毅は彼らを見ている。
彼らも時々、弘毅に向かう。

茂雄 で、この人(渉)も巻き込むことにしたの。
太一 いらっしゃい。

太一、渉を連れてくる。

太一 あんた、お父さんにおねだりしなさい。
茂雄 お金くれなきゃ、医者にならないってだだこねなさい。
賢  真剣に頼めばわかってくれるはずだよ。
渉  はい!!

みんな、弘毅を見る。

弘毅 わかってくれたの兄さん?
渉  高齢者向けのアパートメントの将来性について、話したら、わかってくれました。
弘毅 高齢者向けって、そうなの?
太一 違うけど、いいのよ、なんだって、そのうち、みんな年取るんだから、いっしょよ、いっしょ。
弘毅 お金出すって?
渉  ええ。ただし、条件付きで。
弘毅 条件?
渉  僕が、家に帰ること。

それまで、ずっと話の外にいた理彦、ふと目を向ける。

弘毅 飲んだのその条件?
渉  はい。
弘毅 いいの?
渉  もちろん。
弘毅 ……。

渉  そういうわけで、準備は全部ととのってます。
太一 この人(茂雄)の会社の紹介で、まだ若いけど腕のいい設計士さんとのうち合わせもできるようになってるのよ。
賢  ちなみに、彼もこっちの人間。
茂雄 どうする、弘毅?
太一 あんたさえ、OKって言ってくれたら、すぐに準備にとりかかれるのよ。
賢  どうする?

弘毅 待って、この子(理彦)はどうするの? 一人になっちゃうよ。そんなのだめだって。あんた一人ソンすることないって。
理彦 僕ならダイジョブなんです。僕、うちに帰ってみようかと思って。一人ぐらしで苦労してみるかとも思ったんだけど、同じ苦労なら、今までやったことのないことしてみようかと思って。
渉  別に、ずっと別れるわけじゃないし。全然、会えるんだから。
理彦 ダイジョブなんです。
弘毅 ……。
太一 さあ、あとは、アンタが決めるだけよ。
賢  乗ってみない?
太一 これまでは、あんたが大家さん。でも、これからは、ちょっと違う。アタシたちは一緒に新しいアパートを経営していく。
賢  会社をつくるっていうのもいいね。
太一 素敵ね、アタシ、秘書課ね。
理彦 そういうのはないんじゃないかな。
太一 じゃあ、ショムニ。
渉  それもちょっと……

茂雄 どうする?
賢  やってみようよ。
弘毅 あんたたちって……

考えている弘毅。

暗 転 

エピローグ

下手から車の音。
理彦と渉が引っ越していった。
弘毅、太一、茂雄、賢がやってくる。
引っ越しの作業の直後。
手には軍手。

茂雄 行っちゃったわね。
弘毅 うん。
太一 なんか、あれね。ここ来てから、ずっと、引っ越してくるの手伝ってばかりいたけど、引っ越して行くお手伝いって初めてだったわね。
茂雄 何言ってんのよ、あんた、いつも何もしてないじゃない。
太一 そんなことないです。
賢  なんだか寂しいね。
弘毅 うん。
茂雄 平均年齢がどーんと上がったわね。
賢  うん。
太一 ていうか、なんだかしゃくね。どうしてかしら。微妙に取り残されたような気がしちゃわない? なんだかすっごい楽しそうだったじゃない、二人とも?
茂雄 何ひがんでんのよ。じゃあ、あんたも出てったら? 誰も止めやしないわよ。
太一 そういうんじゃなくて……。いいわよ、もう。
茂雄 じゃ、続き、やっちゃいましょ。
太一 ねえ、やっぱり、またにしない? 取り壊しってまだ先なんでしょ?
茂雄 何言ってんのよ、何日も休むのアレだから、一度にやっちゃおうって言ったの、あんたでしょ?
太一 でもさあ……
茂雄 だめよ、引っ越し屋、頼んじゃってるんだから。
弘毅 ごめんね。そんなに大変じゃないと思うから。あらかたモノ捨てたし。
茂雄 謝ることないわよ。また、わがまま言ってるだけなんだから。
太一 断ることなかったじゃない。せっかくまた手伝いにもどってくるって言ってたんだから。
弘毅 そんな大変でしょ。わざわざ。一日に二つも引っ越しなんて。
太一 言っとくけど、私たちはみんな一日に二つなんだからね!
茂雄 あんたは合わせてやっと0・3ってかんじよ。
賢  まだ時間あるんでしょ? ちょっと休もう。
太一 そうしましょう。
茂雄 もう甘いんだから。だいじょぶ?
弘毅 うん、

賢  いよいよだね。
太一 ねえ、やっぱりさ。地下にジャグジー付きのプールつくっちゃだめ? オカマはみんな大好きよ。
茂雄 だめ。予算的に全然だめ。
太一 もう、その分、家賃高くすればいいじゃない。
茂雄 何言ってんのよ、もう綿密に計画立てたでしょ? これからだって、どんどん余計なお金かかってくるにきまってるんだから。まずは節約よ。
太一 何よ、けち。
弘毅 ねえねえ、思うんだけど、こっちにそんな新しいイカシたのができちゃって、あんたたちかまわないの?
太一 いいのよ、そしたら、引っ越すから。
茂雄 あんたね?
太一 あら、だめなの? かまわないわよね。アタシはそのつもりよ。ま、できあがってからの話だけど。
賢  それで、名前の話なんだけど……
茂雄 ああ、そうだったわね。
賢  やっぱり「メゾン・ラ・セゾン2(ツー)」ってことでどうかな?
太一 それはちょっとどうかと思う。フランス語だったら「ツー」じゃなくて「ドゥー」でしょ?
茂雄 ああ。
賢  ちょっとアレだね。
太一 ていうか、「メゾン・ラ・セゾン」っていうのも、ちょっと変だと思うのよ。「メゾン・ド・セゾン」じゃないの、正しいのは。
茂雄 (弘毅)どうなの?
弘毅 アン・ルイスが歌ってたじゃない「ラ・セゾン」って、あれでいいかと思ったのよ。
茂雄 山口百恵が作詞よね。
太一 やめてよ、古すぎ。
茂雄 知ってる時点であんたも一緒よ。
太一 でもさ、あれって、「発情期」とかそういう意味よ。
茂雄 あんたにはぴったりね。
太一 何よ。
賢  じゃあ、「メゾン・ラ・セゾン2(ドゥー)」ということで。
茂雄 まだ、決まってないから。
賢  じゃ、仮にということで。
太一 そうなの?
弘毅 気に入ってるんでしょ?
賢  ちょっとね。

風が吹き抜ける。木の梢を揺らして。

太一 ねえ、前からずっと気になってるんだけど、この木ってなんの木かしらね?
茂雄 そうね。
賢  なんだろう?
太一 花が咲くわけじゃないし、葉っぱが紅葉するわけでもないし。特徴がないっていうか、役に立たないっていうか。
弘毅 もみの木?
茂雄 それはクリスマスツリーにしただけだから? 違うわよね?
賢  違うと思う。葉っぱの形が。
弘毅 たしかに変だよね。子供の頃からずっと見てるけど、ずっとこのまんまだった気がする。あ、少しは大きくなってるのかな?
太一 そんな木ってあるの? ねえ、この木の目的は何なわけ?
茂雄 何よ、目的って。
太一 だって、花も咲かない、実もつけないって何のために立ってんのよ?
賢  雄の木なんじゃない? ほら、木って、雄の木と雌の木ってあるから。
太一 でも、それだって、花咲くんじゃないの? 雄なりに。
茂雄 咲かないのよ、あんたと一緒よ。
太一 私はちゃんと咲いてます。悪いけども。
茂雄 そうかしら、ただ枯れないでいるってかんじよね。
太一 ほっといてちょうだい。
弘毅 ねえ、しりとりしない?
賢  しりとり?
弘毅 でも、木の名前しか言っちゃいけないの。
太一 木の名前って……
茂雄 むずかしそうね。
賢  いいよ、やってみよう。
弘毅 じゃあね、カヤ。
茂雄 ヤナギ。
太一 ギ、ギ、ギンナン。
茂雄 だめよ。それに、木じゃないじゃない。
太一 だって、ギのつく木なんてある?
賢  銀ヤナギ。
太一 またギじゃない。
茂雄 じゃあ、やりなおし。ケヤキ。
弘毅 キリ。
賢  リラ。
太一 ライラック。
茂雄 リラとライラックは同じよ。
太一 いいのよ。ライラック。
茂雄 ク、クヌギ。
太一 また、ギじゃない。だめよ、このしりとりには無理があるわ。やめましょう。
弘毅 じゃ、しりとりじゃなくて、何でもいいから、古今東西、木の名前は?
茂雄 そうね。それならいいかも。
弘毅 じゃあ、行くよ。古今東西、木の名前。シラカバ。
賢  フジ。
太一 マツ。
茂雄 スギ。
弘毅 ナラ。
賢  ポプラ。
太一 イチョウ。
賢  ブナ。
弘毅 シイノキ。
賢  カエデ。
太一 サクラ。
茂雄 八重桜。
弘毅 枝垂れ桜。
賢  大島桜。
太一 モモ。
茂雄 ナシ。
弘毅 ミカン。
賢  クリ。
太一 カキ。

弘毅 そろそろ行こうか?
太一 ええ、もう?
茂雄 じゃ、行くわよ。ほれ。
太一 わかってるわよ。
弘毅 それじゃ、よろしくお願いします。
賢  行こう。

弘毅と茂雄、上手に退場。

太一 ねえ、アタシ、思うんだけどさ、相庭さんの荷物、あの女の部屋に運び込んじゃって、空いた部屋に若い子入れるっていうのはどうかしら?
賢  うーん、企画的には賛成だけど、そんなことしたら、それこそどっちか出てっちゃうんじゃないの?
太一 いいから、やってみるのよ。バレたらバレたで開き直れば。
賢  そうだね、けっこうOKになっちゃうかも。
太一 そうよ。
茂雄の声 ちょっと、あんた、何してんのよ、早く来なさいよ。さっさと働きなさい。
太一 もう、やめてよ、引っ越し屋が来てるのに、オネエ言葉は禁止よ!

太一と賢、退場。

太一の声 (何かにつまづいて)キャー!

誰もいない、庭。
一本だけ立っている木。
風が吹いている。

幕 

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