Four Seasons 四季
関根信一

●その1●

>>>その2>>>

登場人物
 清水太一
 平谷 賢
 田口茂雄
 相庭弘毅
 近藤理彦
 二階堂渉

相庭弘毅が経営するアパート「メゾン・ラ・セゾン」と彼が住んでいる家の間にある庭。
下手側が「メゾン・ラ・セゾン」、上手側に弘毅の家があるのだが、ここからはどちらも見えない。
この庭、そして、アパートと母屋は、塀で囲まれており、外からは見えないようになっている。
ベンチが一つと、ガーデンテーブルと椅子のセットがおいてある。
正面に大きな木が一本。客席の中央あたりにある気持ち。

*       *       *

第1場 夏「引っ越し」
    
夏の午後。
ビーチチェアーで日焼けをしている清水太一。ヘッドフォンで音楽を聞いている。
サングラスに派手目な服装。
そばのテーブルには、MDのデッキと飲み物がおいてあったりする。
下手から、平谷賢(まさる)がやってくる。
汗をかいている。手には軍手。

  ねえ!

太一は、無反応。

  寝てるの?
太一 ……。

賢、近づいて、MDのボリュームを思い切り上げる。

太一 うわ!

太一、飛び起きる。

太一 何すんのよ!?
  何してんの?
太一 聞いてんのよ、あややの新曲。
  手伝ってよ。
太一 私はいいわ。
  きまりでしょ。新人が来たら、みんなで手伝うって。
太一 でも、アタシ、誰にも手伝ってもらわなかったわよ。
  しょうがないじゃない、太一、一番最初にここに来たんでしょ。
太一 そうよ。たった一人で大変だったわよ。
  嘘だね。「引っ越しお手軽便」で何もしないですんだって、相庭さんが言ってた。ほれ。
太一 まあ、いいから、座りなさいよ。やだ、すごい汗。はい、タオル。
  (受け取って)サンキュ。
太一 荷物多いの?
  もうじき終わりそうなんだけどね。
太一 だったら、いいじゃない。あんたも少し休んでいきなさいよ。
  だったら、みんなで……
太一 はい、これ。

と言って、ペットボトルを渡す。
太一は、またヘッドフォンにサングラス。

  ま、いっか。

賢、椅子に腰掛けて、ペットボトルを開ける。
セミが鳴き出す。どうやら、正面に立っている木に止まっているらしい。
賢、立ち上がって、そのセミを探してみる。なんとかして捕まえてみようとする。
と、下手から、田辺茂雄が登場する。
手には軍手。そして、汗だく。
賢はセミに夢中で気がつかない。

茂雄 ちょっと!
  うわ!!

セミは逃げていってしまった。

茂雄 何してんのよ?
  何って、セミが……
茂雄 太一呼んでくるって言ってたじゃない。セミなんか捕ってどうすんの?
  珍しいじゃん、この頃あんまり見ないし。知ってる? 都内のセミって、すっごい少なくなってるんだって。
茂雄 だったら、捕まえないでそっとしといてあげればいいでしょうよ。
  まあ、そうなんだけど。
茂雄 太一は?
  あゆの新曲聞いてるって。
茂雄 もう、ほんとに役に立たないんだから!(太一に)ちょっと、起きなよ。
太一 ……
茂雄 起きなさいってば!
  聞こえてないと思うよ。
茂雄 もう信じられない。何なのよ、この女。この暑い中、手伝いたくないのはみんな一緒じゃない。どうして、一人だけ、こういうことができるわけ?
  しょうがないよ。
茂雄 もう、そうやって甘やかすからいけないのよ! 大体、この女わがまますぎよ。人のこと考えないっていうか。こないだだって、夜中の一時過ぎにあんまりうるさいから、言いに行ったのよ。そしたら、信じられる?「モー娘。」の振りの練習してんのよ。しかも衣装着て。もう信じられない。
  ああ、あれ?
茂雄 別にやるなとは言わないわよ、でも、真夜中はだめでしょ? いくら、壁が厚いからって、アパートなんだから。隣に住んでるものの身にもなってよ。
  でも、一緒にやるんでしょ「モー娘。」?
茂雄 え?
  言ってたよ。今度一緒に練習するんだって。
茂雄 ……しょうがないのよ。丸め込まれたのよ!
  じゃあ、いいじゃん。
茂雄 よくないわよ。大体、この女はいつもそうよ。いつの間にか、自分に都合のいいように、話をもってっちゃうんだから。
  聞こえるって。
茂雄 こんな真夏に焼いたら、真っ黒になっておしまいじゃない。今はみんな美白してるっていうのに。少しは締まってるように見せようだなんて、無駄な努力ってかんじ。ていうか、馬鹿じゃないの?
太一 あら、聞こえてるわよ。ごめんなさいね。

太一、起きあがる。

太一 心配してくれてありがと。でも、ちゃんと日焼け止め塗ってるから。(賢に)それから、あゆじゃなくてあややだから。
  どう違うの?
茂雄 ちょっと手伝いなさいよ。
  そうだよ、わざわざ仕事休んだんじゃないの?
太一 そうよ、デパガにとって、日曜休むってことがどれだけひんしゅく買うことか。
茂雄 そんな思いまでして休んだんだったら、思う存分働きなさい、ほれ!
太一 だって……、もう終わりでしょ?
茂雄 あんた何にもしないでそれで済むと思ってんの?
太一 だって、マニキュアが……
茂雄 引っ越しの手伝いするっていうのに、なんで朝っぱらからマニキュア塗るのよ。
太一 いい色だったのよ!
茂雄 塗ってなんかいないじゃない。
太一 塗ってみたら、似合わなかったのよ。いい色っていうのと似合うっていうのは別問題なの。
茂雄 いい? みんなね、好きでやってるわけじゃないのよ。でも、暖かく迎えてあげたいじゃない。さりげなく手伝ってもらったら、うれしいじゃない。仲良くなれるじゃない。
太一 私、隣近所で男ゲットする、そんな安い女じゃないから。
茂雄 そういう問題じゃないの。これは決まりでしょ。
太一 アタシが来たときは、誰も手伝ってくれませんでした。
茂雄 じゃあ、どっか引っ越してごらんなさいよ。みんなで思いっきり手伝ってあげるから。
太一 追い出す気?
茂雄 引き留めるつもりはないわよ。
太一 なんですって!
弘毅 あれ、もう終わったの? 早いね。

声の主は、相庭弘毅。上手から登場。
喪服を着ている。下手から登場。

茂雄 あ、お帰り。
太一 お帰りなさい。
弘毅 暑いね。あれ、彼は?
茂雄 まだ、あっち(と下手を指す)。
弘毅 何、じゃあ、終わってないの?
茂雄 そういうこと。
弘毅 だめじゃない、こんなところで、のんびりしてちゃ。
太一 のんびりなんかしてません。
茂雄 どのクチが言うか! この女、挨拶にも行かないんだから。
弘毅 やだ、ちゃんとしてよ。きまりなんだから。
太一 だって……。
弘毅 ねえ、すぐ行って。平谷くんも。
  じゃあ、行こう。
太一 うん。あ、日焼け止め。

太一、日焼け止めを手にして下手に去る。
賢も、汗をふきながら退場。

茂雄 午前中には終わるかと思ってたら、全然だめ。信じられる? トラック来たの、二時よ。
弘毅 うわあ、大変だったね。
茂雄 でもさ、こう、あんまり「待ってました」っていうのもあれじゃない? 大丈夫。「あ、引っ越しですか? よかったら、お手伝いしましょうか?」っていうノリは守ったから。
弘毅 ご苦労様。
茂雄 無事に終わったの、法事?
弘毅 うん。
茂雄 やっぱり一緒に行った方がよかったんじゃない?
弘毅 いいって。もう三回忌なんだから。
茂雄 また、なんだかんだ言われたんじゃない、親戚連中に。
弘毅 まあね、でも、もうおしまい。次は七回忌だから、しばらく顔合わせないですむわ。よし、じゃあ、新人くんに会いに行ってみるか?
茂雄 何、そのかっこで?
弘毅 うん。
茂雄 スーツ着てると五割り増しっていうの、ねらってる?
弘毅 ねらってない。これ、久し振りに着たら、ウエストしまらないんだもん、今だって、ベルトでごまかして。だから、ずっと上着着たまんま。
茂雄 中年太りか?
弘毅 中年って言うな。ただ、太っただけ。でも、ちょっといいかんじでしょ?
茂雄 三割くらいはアップしてるんじゃない?
弘毅 そうじゃなくて、新人。
茂雄 ああ。でも、あんまり若いのタイプじゃないから。
弘毅 若い? たしか、茂雄ちゃんと同い年だよ。
茂雄 うそ? あ、でもそうかもね。うん、ありうる。
弘毅 これまでにいないタイプでしょ。ガチムチっていうの?
茂雄 ガチムチ? 結構、スリムだったよ。
弘毅 え? 柔道やってます!ってかんじでしょ?
茂雄 ああ、たしかに少しO脚気味かも。
弘毅 なんていうかさ。うちって、ゲイばっかりが集まってるわりには、あんまりゲイゲイしたキャラがいないのよね。だから、マルさんから紹介されたとき、やったって思ったの。だって、超男クサイかんじじゃない? 身長185あって、実業団でラグビーやってるんだって。昔の僕だったら、それだけでもうメロメロってかんじ。
茂雄 ちょっと待って。それ違くない?
弘毅 違うって? 何が?

太一と賢がやってくる。

太一 大変よ。大変!
弘毅 何よ、また、ほったらかして。
太一 そんなことじゃなくて。あいつ、別人よ。
弘毅 え?
茂雄 そうだよね。どうも話が変だと思った。
弘毅 ちょっと待って。でも、何でわかるの?
太一 前に見たのよ。マルさんの店で。あんな若い子じゃなかったわよ。絶対に。
弘毅 でも、そんなことってある?
  俺もさ、ラグビー選手だって、教えてもらったから、どんなヤツだろうと思ってたんだけど、なんか違うなって……
太一 もう、だったら、早く言いなさいよ。
弘毅 どんな子?
太一 若いのよ。それに細いし。小さいし。
  わりと今時なかんじ、もう少しでイケメンってとこ。
弘毅 この二人が同一人物ってことはほぼありえないわね。
太一 ほぼじゃなくて、絶対によ。どういうことなの?
弘毅 本人は何て言ってんの?
太一 何も。当たり前みたいに引っ越しの荷物片づけてるわよ。
弘毅 手伝いに来てるんじゃないの? 友達とか彼氏とかで?
  それは確認した。だって、ちゃんと挨拶したもん。これからよろしくって。手伝いなんて、運送屋の連中だけだったし。
弘毅 茂雄ちゃん、金井不動産に何か連絡は?
茂雄 そんなの何もないって……。ちょっと聞いてくる。
弘毅 マルさんにもね。
茂雄 わかった。

茂雄、上手に退場。

太一 ねえ、どうする?
弘毅 どうするって……茂雄ちゃん。待つ。わかってから、対応する。
太一 だめよ、そんなのんきにしてたら。もっと、ぱんぱんぱーんと。
弘毅 でも、その子だってゲイなんでしょ?

賢と太一、顔を見合わせる。

  わからない。
太一 ちょっと見たところじゃそれっぽいけど、油断はならないってかんじ。
弘毅 だって、全然関係なくって、突然引っ越してきたりする?
太一 去年あったじゃない。金井不動産の社長が、ぼんやりしてて、ノンケの女から手付けもらっちゃったこと。
弘毅 あれは、茂雄ちゃんが盲腸で入院してたから。
太一 だから、言ってるでしょ。不動産屋に間に入ってもらうのはあぶないって。
  茂雄ちゃんも、あんまり当てにならないしね。
太一 ていうか、全然よ。
弘毅 心配することないって。ラグビー男の都合が悪くなって、人に回したのよ。
太一 だったら、連絡ぐらいあってもいいじゃない。
弘毅 それはそうだけど。部屋の荷物に何か、ゲイだってわかるようなものは?
太一 (賢に)どうだった?
  ゲイだってわかるものって何?
弘毅 やたら、洋服がたくさんあるとか、テディベアがあるとか。鉢植えがいっぱいとか。
  とりあえずゲイマガジンはなかったけど。
太一 そんなもの丸出しにして引っ越すわけないでしょうよ! もう頼りにならないわね。もし、あいつがノンケだとしたら、どんだけ面倒なことになるかわかってんの? アパートの全員がこっちの人間だってことがどれだけラクチンか。派手な下着だって平気で干せるし、大声でオネエ言葉でおしゃべりできるし。こんなに住みやすいアパート他にないわよ。
  うん。
太一 なのに、どこの誰とも知らないバカノンケが一人紛れ込んじゃったらどうすんのよ。ずーっと気つかってなきゃなんないじゃない。そんなの、わざわざここに住んでるメリットがなーんもなくなるじゃない。
弘毅 何よ、ここってそれしかメリットないの? ねえ、そうなの?
太一 一番のポイントはそれでしょうよ?(賢に)ね?
  まあ、この条件で、こんなに安い家賃っていうのは、他にはないと思うけど。
太一 だからよ、何も知らないノンケがふらっと来てみたくなったりするのよ。どうするのよ、もう。信じられない!
弘毅 ああ、わかったから。いいわ、会って話す。ゲイだとか何とかそういう以前に、これって変だもの。ちゃんと話す。大家さんとして。
太一 そうよ、がんばって。
弘毅 うん。でも、もう荷物入れちゃったんだよね。今更、文句言っても遅かったりしない?
  弱気になってどうするの?
弘毅 だいじょぶ。ちゃんと話してくる。……あれ、茂雄ちゃん遅いな。
太一 もう、そうやって時間稼ぐ気ね。(賢に)ちょっと、呼んできて。
  うん。

賢、下手に向かうが、同時に謎の新人、近藤理彦が登場。

  あ……。
理彦 こんにちは。

一同 (ぎこちなく)こんにちは。
理彦 あの、大家さんちってこっちですか?
弘毅 あ、あれがそう。
理彦 どうも。
太一 (弘毅に)馬鹿ね、何してんのよ。
弘毅 あの……
理彦 (立ち止まって)は?
弘毅 あの……私が大家です。
理彦 あ、あの……近藤です。
弘毅 近藤さん?
理彦 はい。
弘毅 あの、つかぬことをお伺いしますけども、あなたって、今日引っ越して来る人でしたっけ?
理彦 は?
弘毅 あのね。だから、何ていうか……、今日越してくるの、もっと違う人だって聞いてたんですけど。あなたがご本人様?
太一 敬語が変!
理彦 そうですけど。
弘毅 それ全然聞いてないんだけどな。
理彦 え?
太一 やっぱり、そうよ、不動産屋のオヤジが間違えたのよ。(弘毅に)いいから、追い出しなさいよ。
弘毅 でも……
太一 とりあえずはお引き取りいただいた方がいいでしょ?
弘毅 でも、一応、聞いてみないと。
太一 どう聞くのよ? あんたはゲイ?って? 馬鹿ね、もし、そうじゃなかったら、どうすんのよ?
弘毅 だって、ほかに聞きようがないじゃない?
太一 だから、考えるんでしょうよ。
理彦 あの、どうしたんですか?
弘毅 あ、だいじょぶ。ちょっと待ってね。
  (弘毅と太一に関係なく理彦に)部屋もう片づいた?
理彦 あ、どうも。なんか手伝ってもらっちゃって。
  ここはずっとそういうしきたりなんだって。飯食った?
理彦 まだですけど……。
  夕方から、みんなで飯食わない? 歓迎パーティっていうかさ。
理彦 はあ……
太一 余計なこと言わなくていいの。
  あ、そうだ、ちょっと聞いときたいんだけど、お宅ってゲイなの?
理彦 ……!
弘毅 台無し……。
太一 ていうか、何よ「お宅」って?

理彦 なんでそんなこと言わなきゃなんないんですか?
  え?
理彦 なんでそんな質問に答えなきゃいけないんですか?
  なんでって……ちょっとね。(弘毅に)どうしよう?
太一 バカ!
  だって、ああ聞いたら、普通は「はい」か「いいえ」のどっちかでしょ?
弘毅 地雷踏んじゃったみたいね。
太一 ていうか、もう答えは出たも同然よ。もしノンケなんだったら、すぐに「違う」って答えるに決まってるじゃない。
  あ、そうか!
理彦 そんなことわからないじゃないですか?
太一 何なのよ、この子。絶対に、ノンケじゃないわ。間違いなく、オカマ。しかも、かなりすれっからし。
弘毅 やめなさいよ、もう。
理彦 そんなんじゃないです!
弘毅 え? 何がそんなんじゃないの?
理彦 ……。
弘毅 (太一に)もう、ますますわけがわかんなくなったじゃない。余計なこと言うのやめて。
太一 わかったわよ。
  あのさ……
弘毅 (賢に)あんたもよ!
  はい。
弘毅 まいったな……ほんとはもっとなんて言うか、デリケートに聞こうかと思ったんだけど、これ以上、めんどくさくなるのやだから、はっきり言うけど、ここは、ゲイばっかりが住んでるアパートなの。僕は大家なんだけどね。今日、引っ越してくるはずの人は、もしかしたら、あなたの知り合いなのかもしれないけど、二丁目のファンタスティックって店のマルさんてママの紹介で、ここに来ることになってたのね。だから、そのつもりでいたら、全然、違う、あなたが来てるし。だから、もし、あんたがゲイじゃないんだったら、ほんとに申し訳ないんだけど、出てってほしいの。わかってくれた?
理彦 ……。
太一 何聞いてんのよ? そんなんじゃ、もしこの子がノンケだとしても、ゲイだって嘘ついちゃえば、ここにいられるわけでしょ? そんなんじゃだめよ。もっとちゃんと聞かなくちゃ、ノンケかゲイか?
弘毅 (理彦に)どうする?

理彦 いていいですか? 行くとこないんで。

長い間

弘毅 いいよ、じゃ。

弘毅、右手を差し出す。
理彦、とまどっている。

弘毅 あ、ごめん。

弘毅、出した手を引っ込めるが、理彦手を差し出す。
握手する二人。
弘毅、理彦に椅子を勧めて、自分も座る。
理彦は座らない。

弘毅 なんで、ここに越してくることになったの?
理彦 日向さん、アメリカに行っちゃって。
太一 日向さんって?
弘毅 ラグビーな彼。(理彦に)どういう関係なの?
理彦 ……
弘毅 つき合ってたの?
理彦 ……たぶん。
太一 ほら、やっぱり。
弘毅 それで?
理彦 お前は連れてけないからって。別れようって。僕、日向さんの部屋で暮らしてて。急にそんなこと言われても困るって言ったら、急に決まったんだからしょうがないだろって。
弘毅 それで。
理彦 契約したアパートがあるから、お前、そこ行けばって。大家さんには話しとくからって、言ってたんだけど……
太一 ひどいわね、どういうこと? 手切れ金がわり?
  太一……
太一 いいの、そんなのほっといて。押しつけられたのよ。飽きた子犬をよそんちの庭に置き去りにするみたいに。
  一人残してくの心配だったんじゃないの?
太一 ほんとに引っ越してくるつもりあったのかしら?

茂雄が走ってくる。

茂雄 ちょっとびっくりニュースよ! 社長に聞いたら、違う人間が入居しますって連絡あったんだって。昨日。大家さんによろしく伝えてくれって。
弘毅 今、聞いたとこ。
太一 ほんとにあんたって役に立たないわね。
茂雄 何のことよ?
  そうだそうだ。
太一 あんたも人のこと言えないから。
弘毅 みんなそろったね。この顔ぶれが、「メゾン・ラ・セゾン」の住人ってこと。
理彦 どうも……
弘毅 ちょうどいいから、自己紹介しちゃお。
太一 いいじゃない、夜になってからで。
弘毅 (無視)えーと、近藤くん。一〇二号室。

短い間

  下の名前は?
理彦 理彦(みちひこ)です。
太一 いくつ?
理彦 二十一。
太一 言っとくけど、アタシにだって、二十一のときはあったのよ。
弘毅 (太一を指して)二〇一号室の清水さん。みんな太一って呼んでる。ゲイ御用達のデパートに勤めてます。
太一 受付嬢よ。
茂雄 嘘よ、総務のお局。
  俺は、平谷賢、一〇一号室、となりだね。高校で国語の教師やってます。よろしく。
茂雄 僕は、田口茂雄。二〇二号室。あの、このアパートの管理を、とりあえず請け負ってる、金井不動産に務めてます。
太一 隠れホモよ。
茂雄 (オネエで)うるさいわね、あんたに言われたくないわよ!(理彦に)よろしく。
弘毅 大家の相庭弘毅です。向こうのうちに住んでます。このアパート、新築中にうちの両親自動車事故で死んじゃって、そっくりそのままもらっちゃって、今は、大家さんやってます。一応、同じ、敷地内なんで、もしかすると気兼ねするかもしれないんだけど、あんまりうるさくいろいろ言ったりはしないんで……。
弘毅 えーと、ずっと空いてた一〇二号室に新しい人が来てくれてうれしいです。せっかく、みんなで住んでるんで、楽しくやっていけたらいいなって。別にきまりとかそういうのないです。ただ、新しい人が来たら、引っ越しは手伝おう。出ていくときももちろんってそれくらい。来る者拒まず、去る者追わずがモットーなので。よろしくお願いします。
理彦 よろしくお願いします。
弘毅・茂雄・太一・賢 よろしく!
太一 じゃあ、もう解散していい? ねえ、今晩は何時集合?
弘毅 ちょっと早いけど、五時ということで。
太一 はーい。ああ、シャワー浴びるわ。お先に。
  (理彦に)少し手伝おうか? 段ボール開けたりとか。
理彦 いいです。そんな……
  遠慮すんなって。隣同士なんだから。
理彦 はあ……
茂雄 よしなさいよ、若い子にちょっかい出すの。
  そんなんじゃないって。行こう。
理彦 じゃあ。

賢と理彦、退場。

茂雄 ねえねえ、なんであの子はここに来たわけ?
弘毅 ガチムチとつき合ってたらしいよ。で、ガチムチはあの子を捨てて、アメリカに行っちゃったと。
茂雄 なんかすごいね。
弘毅 ねえ、家賃ってどうなってるの?
茂雄 半年分、前払いしてあるって。社長が言ってたけど。
弘毅 半年か……、それも何だかね。
茂雄 だって、別れたんでしょ。
弘毅 半年分の家賃って、どのくらいの値段だったんだろうね。彼らにとって。
茂雄 ちゃんと話、しなきゃだめだよ。半年以降のこと。家賃ためられても何にも言わないんだから。
弘毅 だってさ、僕、別に生活に困ってるわけじゃないんだもん。わあ、なんかすっごいこと言ったね、今?
茂雄 だめなんだよ、それじゃ。だから、うちの会社が間に入るようにしたんだからね。
弘毅 じゃあ、茂雄ちゃん言ってよ。
茂雄 また、そうやって人に押しつける。
弘毅 二十一か……
茂雄 二十一で男と別れて、アパートの家賃半年分ゲットってどう思う?
弘毅 あの頃さ、ベランダに洗濯モノ干すのも気使ってたよね、バカみたい。
茂雄 あそこ借りるのだって大変だったじゃん。男二人ってだけでさ。
弘毅 あのとき思ったんだ。いつか、誰にも気兼ねしないで、男と二人のびのびと住んでやるって。
茂雄 夢かなってるじゃん。
弘毅 二人じゃないじゃん。
茂雄 まあね。
弘毅 あの子さ、昔の茂雄ちゃんに似てるよ。ゲイなのかって聞かれたら、どうしてそんなこと答えなきゃいけないんですかって。ムキになって。
茂雄 ほんとに?
弘毅 うん。ちょっと懐かしかった。
茂雄 年寄りくさい。さ、パエリアの支度をするかね。

二人、立ち上がり、上手にはけながら。

弘毅 ねえ、あのムール貝ってどうしても入れなきゃいけないの? あれを入れる意味はなに?
茂雄 彩りよ、彩り。あれないと、パエリアだかなんだかわかんないでしょ。
弘毅 全然食べるとこないじゃない……

暗 転 

>>>その2>>>