5場 春・その1
いつもの庭。
茂雄が一人で座っている。
そこへ、太一が登場。
太一 何なの、話って?
茂雄 ま、いいから座んなさいよ。
太一 あーあ、眠いわね。「春眠暁を覚えず」ってかんじ。
茂雄 ……。
太一 何よ。つっこまないの? やる気ないわね。
茂雄 ……ああ、そうね。
太一 なんか、調子狂うわね。どうかしたの?
茂雄 今日の予定は?
太一 別に何も。久し振りに日曜休んじゃったから、みんなでご飯でも食べに行こうかな……なんて考えてはいるんだけど……。あんたもどう? よかったら?
茂雄 ああ、そうね。
太一 どうしたのよ。どっかおかしいんじゃないの?
茂雄 あんたさ、契約の更新した?
太一 契約?
茂雄 ちょうど二年でしょ?
太一 あれって自動的に更新されるんじゃないの? 別に何もしてないけど? もしかして更新料とかなんとかって話? やだ、そういうのないって聞いてるわよ。
茂雄 じゃあ、まだ何もしてないわよね。
太一 うん。
茂雄 ねえ、もし、ここ出てってくれないって言ったら、どうする?
太一 やーよ。そんな。
茂雄 じゃあ、「お願い出てって」って頼んだら、どうする?
太一 同じでしょ? 何で出てかなきゃいけないのよ?
茂雄 ちょっと事情があって……
太一 何なのよ、事情って? 古いモノから順に出ていくなんてきまりができたってわけ? 「姥捨て山」ってこと? そんなの聞いてないわよ。絶対に出ていかないから!
茂雄 わかった、じゃあ、いいわ。いいわよ、もう行って。
太一 何なのよ、もう。人のこと呼び出しといて……。
太一、下手に歩いていく。
と賢と理彦と渉がやってくる。
賢 何なの話って?
茂雄 悪いね、休みなのに。
賢 いいよ、何?
茂雄 ちょっと大事な話があって……
理彦 大事な話って?
太一 ちょっと待って。何、みんな呼んでるの? 何で私だけ別枠なわけ?
茂雄 意味はないわよ。
太一 じゃあ、一緒に聞いてててもかまわないわね。
茂雄 ……どうぞ。
渉 なんなんですか?
太一 言っておくけど、私は出ていきませんから。
賢 え?
茂雄 そうじゃなくて……
太一 じゃあ、この中の誰を追い出すのか、決めるの、これから? そういう集まりなの? ねえ?
茂雄 もう、うるさいわね。ちょっと黙っててよ。
太一 だって……。
賢 話が全然見えないんだけど……
渉 うん。
茂雄 実は、弘毅がこのアパートを売らなきゃいけないことになりました。
一同 え?!
短い間
太一 だめよ、騙されちゃ。エイプリルフールの仕返しよ。この女、私たちのウソにまんまとひっかかったから。
賢 そうなの?
茂雄 違う。(渉に)何も聞いてない? うちの人から?
渉 何も。
茂雄 すっかり整理したつもりだったんだけど、弘毅のおやじさん、事業でつくった借金がいっぱいあって。それが今頃になって出てきて。どうやら、弘毅は知ってて黙ってたらしいんだけど。もうどうにもならなくって。こないだ、親戚が集まって話したんだって。で、結局、このアパート、売って、それにあてようってことになったわけ。
太一 何、それ? 聞いてないわよ。
茂雄 僕だって、昨日、初めて聞いたの。(渉に)話を仕切ってるのは、お父さんらしいよ。さっさと整理しろって、せっつかれたらしい。
渉 ……。
茂雄 アパートこのまんま残して、持ち主が代わるだけなのかと思ってたんだけど、きれいに更地にして、この庭と一緒に売ることにしたんだって。そういうわけです。以上。
賢 以上って……。
太一 何よ、じゃあ、アタシたちどうすればいいのよ?
茂雄 どうでも……。好きにしていいよ。
理彦 好きにって?
太一 あんたはどうするのよ?
茂雄 探すよ、他の部屋。あ、みんな、この近所でよかったら、相談にのるから。立ち退いてもらうってことになるんで、いくらか、お金は渡せると思うんで。
賢 そんな……
太一 何よ、納得いかないわね。いやよ、そんなの。絶対に納得できないわ。(賢に)あんたは?
賢 今聞いたばかりだから何とも言えないけど……
太一 (理彦に)あんたは?
理彦 急にそんなこと言われても……。
茂雄 だから、お金のことだったら、何とかするから。
太一 お金で解決しようっていうの? 冗談じゃないわ。……って、怒らせておいて、「嘘よ、ひっかかったわね」ってひっくり返すんじゃないの? ねえ、そうなんでしょ?
茂雄 これは嘘でも冗談でもないの。ほんとは、弘毅が話すのがスジなんだけど、一応、仕事なんで代わりに。できるだけ早く、どうするか決めて返事して。じゃ。
茂雄、上手に退場。
残った面々。
太一 なんなのよ、もう?
賢 急な話だね。
太一 (渉に)あんたのオヤジさん、どういうヤツなわけ?
渉 どういうって……。前から弘ちゃんとは折り合い悪いんだけど……
太一 あーあ、なんだかめんどくさそうね、さっさと出てってすっきりしちゃおうかしらね?
賢 それよりも、一度、相庭さんと話してみた方がいいんじゃないかな?
太一 あの人、きっと、言い負かされちゃったのよ。もっと威張ってていいのに。
上手から弘毅と茂雄が登場。
太一 今、この人から聞いたんだけど、ほんとなの? ほんとにこのアパートなくなっちゃうの?
弘毅 なくなんないよ。
太一 なんだやっぱり。あーあ、もう少しでひっかかるところだったわ。もう、クサイ芝居しちゃって。
渉 (弘毅に)ほんとにダイジョブなの?
弘毅 ん。
渉 でも……。
弘毅 片づいたから。えーと、いい機会なんで、話しておくね。茂雄ちゃんが、アパートと庭、売らないといけないって話したと思うけど、そうじゃないんで。売ることにしたのは、こっち。こっちの土地と建物をそのまんま売ることにしました。それで、全部解決したので。以上。
太一 以上って?
弘毅 茂雄ちゃん、勝手に、話すすめようとして、みんなにそんなこと言ったんだと思うけど、僕の考えはそうじゃないから。だから、今までどおり住んでてもらって、だいじょぶ。僕がずっと大家さんだから。
賢 ちょっと、待って。それはいいけど、相庭さんどうするの?
弘毅 僕? 僕は、適当に。
茂雄 出て行くんだって。
一同 え?
弘毅 だいじょぶ、だいじょぶ。何とかなるって。
茂雄 そんなのおかしいって言ってるんだけど。
弘毅 だから、おかしくなんかないって。このアパート売っちゃったら、僕、収入なくなっちゃうし。だったら、僕は適当にどこかに住んで、ずっとみんなの大家さんでいたほうがいいじゃない。
間
弘毅 この土地と家のことはもうずっと前からわかったんだけど、ずっと先延ばしにしてて。みんなに来てもらったとき、契約は2年って。ちょうどいいかなって思ってたんだよね。オカマばっかりが集まってくらしてたら、きっともめ事が起こって、2年も経てば、もういいやって気になるって。だから、そうなったら、さっぱりとやめてしまおうって思ってた。2年間だけ、夢見てしまおうって思ってた。2年経ったら目を覚ませばいいやって思ってたんだけど。もめないんだもん。だから、今日まで話せなくって。ごめんね。
間
弘毅 じゃ、そういうことで。
茂雄 いいの、そんなんで?
弘毅 いいよ。じゃあ。解散。
みんな動かない。
弘毅 解散!!
賢、太一、理彦、渉、しぶしぶ退場する。
茂雄は残っている。
茂雄 僕出ていくから、あの部屋にあんた入ればいいじゃない。
弘毅 茂雄ちゃん、出ていくことないって。
茂雄 あんた、どっか行っちゃう気でしょ?
弘毅 どっかって?
茂雄 遠くに。
弘毅 なんでよ?
茂雄 めんどくさくなると、すぐ投げ出すじゃない。親戚連中にやいやい言われて、もういいやって思ったんでしょ? 「誰か出てってくれないかな」って話すより、自分が出てった方が簡単だって、そう思ったんでしょ。
弘毅 違うって。
茂雄 言って見なきゃわからないじゃないよ。大体、あんたは昔からそうやって……
弘毅 何よ、昔からって?
茂雄 ケンカしたっていいじゃない。あのとき、もっとちゃんと話してたら、今だって付き合ってたかもしれないじゃない。よくないよ、そういうとこ。……人のこと言えないけど。
短い間
弘毅 ありがとね。
茂雄 だったら……
弘毅 でも、決めたから。だいじょぶ。
茂雄 ……。
茂雄、下手に退場。
一人残った弘毅。アパートと母屋と庭をながめている。
そこへ、下手から理彦がやってくる。
弘毅 何?
理彦 こんなことになっちゃったの、僕が家賃払えなかったからかなと思って。
弘毅 家賃なら、ちゃんともらってるよ。渉から。
理彦 そういうことじゃなくて……。
弘毅 いいの。それとこれとは全然関係ない。だって、僕がそれでいいって言ったんだから。エラクなったらちょうだい。だいじょぶだから。
理彦 僕、出ていくんで、僕の部屋に移ればいいじゃないですか。
弘毅 どうして?
理彦 だって、行くとこないんじゃ?
弘毅 ……まあね。初めて来たとき、そんなこと言ってたね。
理彦 だから……
弘毅 いいから、いてよ。渉もいるんだから。
理彦 でも……
弘毅 いいから。ちょっとだけ、何かの役に立ってるって思ってたいのよ。ちょうど、あんたぐらいのとき、僕、うち飛び出して、茂雄ちゃんと一緒に暮らしてて。毎日毎日、腹が立ついやなことばっかりでね。ゲイだって話したら、部屋借りるのにも苦労したし、バイトだっていくつも変わったし、献血だって断られたし。それは、まあいいんだけど。だからね、年取って、ちょっとエラくなったら、僕がいてほしいと思ってた人になろうって。それ、今、やってるだけだから。
理彦 でも、僕が出ていったほうが……。
弘毅 行くとこないって言ってたじゃない。今は、ここが、あんたのいるところなんだから。あんたたちの。違う?
理彦 じゃあ、相庭さんのいるところって、どこなの? ここじゃないわけ?
理彦 だって、ここ実家なんでしょ? ずっとここで遊んでたって。だったら、ここにいればいいじゃない?
弘毅 どのくらい帰ってない、実家?
理彦 もう2年くらい、かな?
弘毅 僕はね、8年、帰らなかった。
理彦 ……。
弘毅 僕ね、血がつながってないのね、死んだ両親と。男の子がほしくって、養子にとったんだって。だから、渉の母親とあんなに年離れてるわけ。そのこと聞かされたのはね、二十歳の時、僕はゲイだってカミングアウトして。それも、つまんないことで喧嘩したついでみたいにしてさ。それまで、すっごい自信満々だったんだけど、もう「負け」ってかんじ。くやしかったな。そんでね、家、出たわけ。親としては、当てが外れたわけよね。跡取りがほしかったわけだからさ。それから、8年、一度も帰らなかった。たまに帰るようになってからだって、お袋やオヤジと喧嘩ばかりして。だからね、死んじゃってからのほうが近いかも? 今じゃ、毎日、仏壇にお線香上げてるんだもんね。
理彦 ……。
弘毅 家族っていいなって思えるのって、絶対に一人でいるときなんだよね。だから、そういうふうになりたいんだ。みんなとも。
理彦 いいの一人になっちゃって?
弘毅 このアパート売って、みんながどこかにいなくなっちゃった方がずっと一人でしょ。だったら、遠くにいても、そういう人たちがいるんだって思える方がいいじゃない。それにね、このアパート、やっぱり売りたくないんだ。だって、僕のために残してくれたもんだから。心配してたんでしょ。いつまでもふらふらしてるから。「そんなもんいらない」って言うつもりだったんだけど。その前に、死んじゃったからさ。しょうがないから、もらってあげたの。
理彦 ……。
弘毅 ま、そういうわけだから、今までどおり、ここにいてよね。ずっと。じゃ。
弘毅、上手に退場。
みんながやってくる。
賢 微妙に入りづらくって……
太一 聞かせてもらったわ。
渉 うん。
太一 (茂雄に)知ってた、今の話?
茂雄 うん。つき合ってた頃、ほんとに大変だったから。弘毅、荒れてたし。
渉 う弘ちゃんがゲイだってことは、親戚中では有名だったし。そこに、僕がカミングアウトしたもんだから、たぶん、余計にもめてるんだと思う。
太一 (茂雄に)あんたさ、思い切って、より戻すっていうのはどう? あの人と一緒に住んじゃいなさいよ。
茂雄 それはできない。
太一 いいから、一緒に住みなさい。そしたら、なんとかなるもんだって。
賢 そうだよ。きっとうまくいくって。
太一 誰か反対する人いる? ほら、いないじゃない。
茂雄 でも、弘毅が何て言うか。
太一 イライラするわね。どうしてよ? もう何にもならないってことがわかってる二人が一緒に住むのに何が問題なわけ?
茂雄 だから、これが、ようやく見つけた距離なんだって。これ以上、近くても遠くても、だめなんだって。
太一 何言ってんのよ? やってみなきゃわからないじゃない。
茂雄 ……。
太一 いいわ、じゃあ、あんたには頼まない。でも、きっと何か良い考えがあるはずよ。いい、みんなで智恵をしぼって考え出すのよ。
みんなそれぞれ考えている。
暗転
第6場 春2「彼らは何をしたか」
一人でいる弘毅。
下手から、みんながやってくる。
弘毅 どうして、何も手伝ってくれないわけ? 普通、こういうのって、みんなでやってくれて、僕はゲストってことになるんじゃないの?
太一 送別パーティは中止よ。
弘毅 ……え?
茂雄 あんたは、ここ出て行かなくていいことになったの。
賢 この土地売ることもなくなったし。
弘毅 え? ちょっと、何言ってんの?
太一 ふふふ、聞くがいいわ。
弘毅 ……?
弘毅をのぞくみんな話を始める。
弘毅は聞くしかない。
賢 こないだの話でわかったのは、やっぱりポイントは、彼(渉)のオヤジさんじゃないかってこと。
茂雄 どういう負債なのかわからないけど、いずれにしろ、一度はきれいに片づけたんだから、今頃出てくるのはおかしいよね。それに、もしその借金がほんとにあるんだったら、何も弘毅が一人が背負うことないんだから。
賢 でも、どうしよう?
理彦 会って話してみるしかないね。
茂雄 会うって誰と?
理彦 オヤジさん。
渉 うちの?
理彦 そう。じゃ、行こう!
渉 え?
理彦 ほれ、早く。みんなも。
太一・茂雄・賢 うん。
弘毅 みんなで?(渉に)ほんとに行ったの?
渉 うん。
賢 すごい、大病院だね。
太一 (渉に)あんたお坊ちゃんなんじゃない?(理彦)波風立てずに、玉の輿にのっといた方がいいんじゃないの?
理彦 そんなのつまんないじゃん。
賢 いいねえ。
茂雄 喧嘩上等!!
賢 渉くんを連れてもどった友人ってことで、彼のオヤジさんに会うことにした。
太一 もちろん素性は明かさずにね。
茂雄 応接室に通されて、オヤジさんがやってきた。
太一 やだ、ちょっといい男!
茂雄 バカ!
理彦 静かにお茶を飲みながら、まずはおしゃべり。
渉 オヤジが言う。
賢 ほんとにこいつには手を焼いてるんですよ。いやあ、ほんとうにありがとうございました。どうお礼を言っていいかわかりません。
太一 別にお礼を言ってもらいたいとは思いませんよ。
茂雄 ただ……
太一 いただけるものがあるなら……ていうか、あんたの息子がホモだってバラされたくないんだったら、金出しな。
茂雄 五万や十万のはした金でケリをつけようと思っちゃいけないぜ。
理彦 いくらくれとは言わないが。
賢 ここはぽーんと気前よく。
太一・茂雄・賢・理彦 はずんでもらおうじゃないか!
渉 (心細げに)お父さん!!
弘毅 あんたたち何してきたの? 脅してどうすんの?
太一 まあ、これは計画だけだったんだけど。
賢 すっごい練習したんだけどね。
渉 うん。
茂雄 やっぱり、ちゃんと話そうってことになったわけ。
賢 ちゃんと名前を名乗って。
太一 一応、丁寧に迎えてくれて。
理彦 なくなるかもしれないアパートに住んでるんだって話して。
太一 あとはこの人(茂雄)の出番。難しい法律のこといろいろ話して。
理彦 親の負債なら、姉弟二人で負担するべきじゃないのかとかね。
渉 それで、結局、オヤジは折れて。
賢 まあ、ところどころ、脅かしもしたんだけど。出るところ出てもいいんだよって。
弘毅 やめてよ、ちょっと。
賢 ちょっとだけだって。
茂雄 でも、一番きいたのは、この人(渉)の話。
渉 弘ちゃんには、すっごい感謝してるんだって。
理彦 で、借金の半分を出してくれるってことに。
賢 きっちり話してくれて、それで話がついたわけ。
太一 あんた、いいように丸め込まれてたのよ。なくさなくていいもんまでなくしちゃうところだったんだから。
賢 とにかく、借金は半分になった。これで、庭と母屋のどっちかだけ売れば話は済む、やった!って大喜びで帰ってきたの。とりあえず、この子(渉)は置いてね。
茂雄 どう、大したモンでしょ?
弘毅 やるじゃない。
太一 もう、庭と母屋一緒に売ることはないのよ。どっちかは残るの。
理彦 そうと決まれば善は急げ。
茂雄 弘毅に報告だ!
みんな うん!
賢 と思ったんだけど。
太一 でも、ちょっと待って。
茂雄 何よ?
太一 あの人、庭売らないで母屋売ろうとするんじゃないかしら?
理彦 どうして?
賢 この木?
太一 ありうるでしょ?
理彦 うん。
賢 でも、母屋を売ったら、結局、相庭さんはどこに行くの?
茂雄 さあ。
太一 庭に家を建てればいいんじゃない。一軒の家を。
賢 それは無理でしょ?
茂雄 じゃあ、庭を売るのよ。決まりよ。
太一 あ、でもなあ。
茂雄 でも、何?
太一 ここにマンションかなんか建ってごらんなさいよ。なんか、やーね、そんなの。
賢 それに、もし何かあったとき、土地はつながってた方が高く売れるよね。
理彦 そんなこと言い出すかも。
太一 で、結局、あの人はどっか行っちゃうのよ。
賢 だめじゃん。
理彦 どうしよう?
太一 (弘毅に)って考えてしまったのね。
茂雄 (弘毅に)図星でしょ?
弘毅 それから?
賢 困ったな。
みんな(弘毅以外)頭を抱えている。
茂雄 そしたら、この女がね。
太一 ねえ、すっごいアイデア思いついちゃった。すごいわ、これ。
茂雄 何なのよ、期待できないけど、ま、言ってごらんなさい。
太一 ここに新しいアパートもう一つつくるのよ。
みんな は?
理彦 ここに?
太一 そうよ。母屋をつぶして。で、新しい住人を入れて、アパートを経営するの。あの人が。
賢 資金は?
太一 土地を担保にすれば、銀行が貸してくれるはず。そうよね。
茂雄 うん、なんとかなるかも。これだけの広さならきっとだいじょぶだ。
賢 待って。土地を担保にするって、半分売らないといけないんでしょ?
太一 そこがミソよ。
みんな え?
太一 アタシたちで買い取るの。
みんな ?
太一 正確にはそうじゃないけど、私たちが相庭さんに出資するのよ。で、借金を整理してもらって、この土地をまるまる残してもらって、そこにアパートを建ててもらうの。つまり、アタシたちは、出資者ってことよね。
賢 なるほど。
太一 で、いい。ここがポイントよ。私たちは、あの人の共同経営者になるわけよ。
賢 そうか!
茂雄 あんた、バカだと思ってたけど、天才肌のバカね。
太一 ありがと!
賢 でも、金そんなにないよ。
茂雄 いくら貯金ある?
太一 アタシ、老後の備えに貯金だけはしてるから、「そこそこ」はあるわよ。あんたは?
賢 そのうち田舎に引っこんで、一軒家買おうかと思ってたから、頭金くらいは……
太一 何よ、養育費払いながら、そんなことしてんの?
茂雄 そうか、もういらなくなったんだもんね。
賢 そんなことない。それはそれ、これはこれ。
太一 (茂雄に)あんたは? ……ああ、だめね。きっと。
茂雄 そんな……。まあ、世間並みには。
賢 それで、みんなの貯金を足したんだけど……
太一 だめよ、全然足りないわ。
茂雄 で、この人(渉)も巻き込むことにしたの。
太一 いらっしゃい。
茂雄、渉を連れてくる。
太一 あんた、お父さんにおねだりしなさい。
茂雄 お金くれなきゃ、医者にならないってだだこねなさい。
賢 真剣に頼めばわかってくれるって。
渉 でも……
太一 (理彦に)あんたからも、ほれ!!
理彦 いいから、やんな。
渉 うん。
太一・茂雄・賢・理彦 よし!
みんな、弘毅を見る。
弘毅 わかってくれたの?
渉 高齢者向けのアパートメントの将来性について話したら、けっこう乗り気になって。
太一 何よ、淡々と。あんなに熱く語ったくせに。
賢 そうだよ。
弘毅 高齢者向けって?
太一 違うけど、いいのよ、なんだって、そのうち、みんな年取るんだから、いっしょよ、いっしょ。
弘毅 お金出すって?
渉 うん。ただし、条件付きで。
弘毅 条件?
渉 家に帰ってこいって。
弘毅 飲んだのその条件?
渉 うん。
弘毅 いいの?
渉 もちろん。そういうわけで、準備は全部ととのってるから。
太一 この人(茂雄)の会社の紹介で、まだ若いけど腕のいい設計士さんとのうち合わせもできるようになってるのよ。
賢 ちなみに、彼もこっちの人間。
茂雄 どうする、弘毅?
太一 あんたさえ、OKって言ってくれたら、すぐに準備にとりかかれるのよ。
賢 どうする?
間
理彦 僕、金全然ないんで、何の協力もできないけど。いいじゃない。やってみなきゃ。
弘毅 ……。
太一 さあ、あとは、アンタが決めるだけよ。
賢 乗ってみない?
太一 これまでは、あんたが大家さん。でも、これからは、ちょっと違う。アタシたちは一緒に新しいアパートを経営していく。
賢 会社をつくるっていうのもいいね。
太一 素敵ね、アタシ、秘書課ね。
理彦 そういうのはないんじゃ。
太一 じゃあ、ショムニ。
渉 それもちょっと……
茂雄 (弘毅に)どうする?
弘毅 ……
暗転
エピローグ
暗転中に、遠ざかっていく車の音。渉が引っ越し(?)ていった。
長い間。
下手から弘毅、太一、茂雄、賢がやってくる。
渉の家から戻ってきたところ。
太一 ああ、やっと帰ってきたわね。
弘毅 なんか、もうぐったりってかんじ。
茂雄 初めての経験よね、引っ越して行く先にみんなで手伝いに行ったのって。
賢 ていうか、実家に戻っただけだけど。けっこう楽しかったよね。イベントっぽくって。
太一 元気なのは、あんただけよ。見なさい、みんな燃え尽きてるから。
賢 そんなこと言ってないで、ほら、今度は相庭さんとこ。行くよ!
太一 お願い、ちょっと休ませて。一日に引っ越し二つは無理。
茂雄 何よ、ちっとも働かなかったくせに。あんたはやっと○・三ってかんじよ。
太一 断ることなかったじゃない。せっかくまた手伝いにもどってくるって言ってたんだから。せめて、みっちゃんだけでも。
弘毅 今頃、二人で荷物片付けてるでしょ? すごかったじゃない、あの量。
太一 たしかに。
茂雄 ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、どうして着の身着のまま転がり込んできた子の荷物が、ワンボックスに入りきらないくらいになっちゃってるわけ?
太一 だから、それは、相庭さんがマンション建てる間の仮住まいに入りきらない荷物どうしようかって言ったら、渉が「じゃ、ちょうだい」って。
弘毅 着られなくなった服なんかね。助かっちゃった。
茂雄 それだけじゃないでしょ? ここに埋めようって言ってたフリマの残りも。
賢 しょうがないじゃない、置くとこないんだから。
太一 (茂雄に)あんたがいつまでも埋めないからよ。
茂雄 あんたが弘毅んちの軒下にこっそり置いてきちゃうから、しょうがなくて引き取ってたんじゃない。
賢 そうだ、そうだ。
茂雄 あんたもよ。あんた、いらなくなったエロビデオの山、あの子に押しつけたでしょ?
賢 だって、もう見ないから。
茂雄 そういうことじゃなくて。実家に帰ったのよ。あの子のオヤジさんのめんどくささは知ってるでしょ?
賢 だって「ちょうだい」って言うから。
太一 そうよ、いいじゃない? あたしだって、ため込んでたゲイ雑誌全部まとめてプレゼントしたわよ。
茂雄 それはプレゼントじゃなくって、やっかいばらいしただけでしょ? いい? あの子たち、しばらく別々に暮らして様子を見て、新しいマンションが建ったら、また渉、戻ってくるって言ってたじゃない。
太一・賢・弘毅 うん。
茂雄 てことは、また持ってくるのよ。ここに。あの大荷物。どうしてそういうムダなことをわざわざするわけ、あんたたちは?!
賢 だって、部屋片づいたし。
茂雄 そういうことじゃない!
弘毅 ま、いいじゃない。とりあえず、助かったんだから。茂雄ちゃん紹介してくれた部屋、いいとこだけど、うちの荷物、全部は入りきらないし。ちょうどよかったよ。
太一 そうよ、そうよ。
茂雄 あのね……
弘毅 はい、じゃ。しばらく休憩しよう。引っ越し屋来るまでまだ時間あるし。
茂雄 ……そうね。
間
賢 いよいよだね。
太一 ねえ、やっぱりさ。地下にジャグジー付きのプールつくっちゃだめ? オカマはみんな大好きよ。
茂雄 だめ。予算的に全然だめ。
太一 その分、家賃高くすればいいじゃない。
茂雄 何言ってんのよ。綿密に計画立てたでしょ? これからだって、どんどん余計なお金かかってくるにきまってるんだから。まずは節約よ。
太一 何よ、けち。
賢 それで、名前の話なんだけど……
弘毅 ああ、そうだったね。
賢 やっぱり「メゾン・ラ・セゾン2(ツー)」ってことでどうかな?
太一 それはちょっとどうかと思う。フランス語だったら「ツー」じゃなくて「ドゥー」でしょ?
賢 まあ、そうだよね。
太一 ていうか、「メゾン・ラ・セゾン」っていうのも、ちょっと変だと思うのよ。「メゾン・ド・セゾン」じゃないの、正しいのは?
茂雄 (弘毅に)どうなの?
弘毅 アン・ルイスが歌ってたじゃない「ラ・セゾン」って、あれでいいかと思ったのよ。
茂雄 山口百恵が作詞よね。
太一 でもさ、あれって、「発情期」とかそういう意味よ。
茂雄 あんたにはぴったりね。
太一 何よ。
賢 じゃあ、「メゾン・ラ・セゾン2(ドゥー)」ということで。
茂雄 まだ、決まってないから。
賢 じゃ、仮にということで。
太一 そうなの?
弘毅 もしかして気に入ってる、ドゥー?
賢 ちょっとね。
風が吹き抜ける。木の梢を揺らして。
太一 ねえ、前からずっと気になってるんだけど、この木ってなんの木かしらね?
茂雄 そうね。
賢 なんだろう?
太一 花が咲くわけじゃないし、葉っぱが紅葉するわけでもないし。特徴がないっていうか、役に立たないっていうか。
茂雄 もみの木?
賢 違うと思う。葉っぱの形が。
弘毅 たしかに変だよね。子供の頃からずっと見てるけど、ずっとこのまんまだった気がする。あれ、少しは大きくなってるのかな?
太一 ねえ、この木の目的は何なわけ?
茂雄 何よ、目的って。
太一 だって、花も咲かない、実もつけないって何のために立ってんのよ?
賢 雄の木なんじゃない? ほら、木って、雄の木と雌の木ってあるから。
太一 でも、それだって、花咲くんじゃないの? 雄なりに。
茂雄 咲かないのよ、あんたと一緒よ。
太一 私はちゃんと咲いてます。
茂雄 ただ枯れないでいるってかんじよね。
太一 ほっといてちょうだい。
弘毅 ねえ、しりとりしない?
賢 しりとり?
弘毅 でも、木の名前しか言っちゃいけないの。
太一 木の名前って……
茂雄 むずかしそうね。
賢 いいよ、やってみよう。
弘毅 じゃあね、モミ。
茂雄 ミカン。
太一 あんた、ほんとにしりとりダメね。
茂雄 だって、ミのつく木なんてある?
賢 ミカンのキ。
茂雄 そういうのありなの?
弘毅 あり、あり。
太一 じゃあ、やりなおし。ミカンのキ。
弘毅 キリ。
茂雄 リラ。
賢 ライラック。
太一 リラとライラックは同じよ。
賢 いいじゃん。ライラック。
太一 クリ。
弘毅 リンゴのキ。
茂雄 キンカン。
太一 あんたって……
茂雄 このしりとりには無理があるわ。もうやめない?
弘毅 じゃ、しりとりじゃなくて、古今東西、木の名前?
茂雄 そうね。それならいいかも。
弘毅 じゃあ、行くよ。古今東西、木の名前。シラカバ。
茂雄 フジ。
賢 マツ。
太一 スギ。
弘毅 ナラ。
茂雄 ポプラ。
賢 イチョウ。
太一 ブナ。
弘毅 シイノキ。
茂雄 カエデ。
賢 サクラ。
太一 八重桜。
弘毅 枝垂れ桜。
茂雄 大島桜。
賢 モモ。
太一 ナシ。
弘毅 ミカン。
茂雄 イチジク。
賢 カキ。
太一 ビワ。
弘毅 ……。
間
渉と理彦がやってくる。
渉 あれ、何してんの?
弘毅 あんたたちこそ、どうしたの?
理彦 やっぱり手伝おうと思って。
渉 ずっと部屋で待ってた。
弘毅 なんだ、そうだったの?
賢 それにしても、早くない?
渉 もう片づいちゃったから。
茂雄 追い越されたじゃないの?(太一に)あんたが、ファミレスでデザート頼むから。
太一 何よ、私のせい?
賢 よかったじゃない、人手が増えて。よし、じゃ、さっさとやっちゃおう。
渉 うん、あっち(上手で)で、引っ越し屋さんも待ってるよ。
茂雄 ウソ? やばすぎ。じゃあ、急がないと!
弘毅 (一同に)じゃ、よろしくね。
一同 うん。
弘毅と茂雄、上手に退場。
行きかける賢、理彦、渉。
太一 あ、ねえ、ねえ!
賢・理彦・渉 ?
太一 あんたちもいるんでものは相談なんだけど。アタシ、ちょっと考えてることがあって。これから積み込んだ、相庭さんの荷物、知らん顔してあの女の部屋に運び込んじゃうっていうのはどうかしら?
渉 それ、ギャグ?
太一 ううん、マジ。
賢 企画的には賛成だけど、そんなことしたらそれこそどっちか出てっちゃうんじゃないの?
理彦 ていうか、そんなことしてだいじょぶなの?
太一 いいから、やってみるのよ。バレたらバレたで開き直れば。大事なのはきっかけなんだから。
賢 でも、いくらなんでも……
渉 おもしろいんじゃない?
理彦 うん。
賢 ええ?
茂雄の声 ちょっと、あんたたち、何してんのよ、早く来なさいよ。さっさと働きなさい。
太一 もう、やめてよ、引っ越し屋が来てるのに、オネエ言葉は禁止よ!
太一、賢、理彦。渉、退場。
太一の声 (何かにつまづいて)キャー!
誰もいない、庭。
一本だけ立っている木。
風が吹いている。
幕
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