<登場人物>
藤原 柾(まさき)(19歳)
大橋健二(19歳)
田代 亘(わたる)(28歳)
柾の母 (40代半ば)
柾たちの同級生の女の子(18歳)
ゲイバーのママ(30代半ば)
ドラッグクィーン(不明)
幽 霊 (幽霊に年齢はない)
この物語は、ごくシンプルな舞台の上に展開する。いくつかの場面の転換は、照明の変化によってのみ示されることになるだろう。
本来は見えないはずの幽霊が見えるという舞台上での約束事は、劇中で必要となる様々な小道具にも同様である。役者たちは、すべてを無対象で表現すること。パントマイムである必要はない。ただし、役者がそれを信じられること。大切なのは信じる力。
* * *
賑やかな音楽が聞こえてくる。そのどれもがゲイが大好きな少しなつかしめのディスコサウンド。ビレッジ・ピープルや、ペット・ショップ・ボーイズなどなど。
八月最後の日曜日。東京。
ゲイ・パレードの喧騒が風に乗って聞こえてくる。
その喧騒と高揚がやはり風と共に去って行くと、残されたのは、一人の少年。もとい、十九歳になりたての男の子。彼の名は、藤原 柾(まさき)。興奮さめやらぬといった感じで話し始める。彼の頭の中には、まださっきまでの音楽が流れている。
柾 八月最後の日曜日。僕は、目の前を通り過ぎていく人波に見惚れていました。そう、今日は年に一度のレズビアン&ゲイ・パレードの日なんです。日本中からゲイやレズビアンの人たちがやってきて、パレードする。テレビや雑誌では知ってたけど、こうして見に来たのは、今日が初めて。びっくりしました。だって、ものすごい数の人なんです。千人、いいえ、もっとです。そのくらいたくさんの人が思い思いの恰好をして歩いていきます。先頭は、横断幕を持ったゲイの人たち、その後に、バイクに乗ったかっこいいレズビアンの人たち、ハーレーに乗ってる人もいます。それから、車に乗った豪華なドラァグクィーン、ラメのドレスに、豪華なかつら、ものすごいメイキャップ。ここからだって付け睫がバッチリ見えます。それから、プラカードを持ったたくさんの人、人、人。八月の日曜の午前中の日差しの中、みんな、なんて楽しそうなんだろう。僕は、沿道で見物している大勢の人たちに混ざって、そんなみんなを見てました。何より、うれしかったのは、ああやって歩いている人たちみんなが、僕と同じゲイだってことなんです。そう、みんな。数え切れないくらいたくさんの人が、ただゲイだという点では、みんな僕と同じ。僕は信じることができました。そう、僕らは仲間なんだって。(観客に気付いて)あ、初めまして。僕は、藤原柾。19歳。私立大学の文学部に通ってます。一年。出身は東京。父と母と妹の四人家族です。あ、こんなこと関係ないか。そう、何で、僕がここにいるのか、それをお話しようと思ったんでした。そう、そう。僕、この間、初めてカミングアウトしたんです。カミングアウト。カムアウトって言った方がいいのかな。相手は、中学からの一番の仲良し、大橋健二。健ちゃんに、僕は、言いました。こんなふうに。あのさ、僕、ゲイなんだ。
柾の友人大橋健二が現れる。がちがちのストレート。
健二 ……何だよ、ゲイって。オカマのこと? おい、マジかよ?
柾 オカマじゃなくて、ゲイだよ。
健二 同じことだろ?
柾 違うって、オカマっていうのは、ほら……
健二 女装してるヤツ?
柾 そうじゃなくて、何ていうか、ほら、差別的な感じがするじゃない。でも、ゲイっていうのは、そうじゃなくて……。
健二 でも、結局同じなんだろう。
柾 こんなこといいたいんじゃないんだけど。
健二 で、それがどうしたんだよ。
柾 だから……。
健二 あのさ、何でおれにそんなこと言うんだよ。わざわざ呼び出して。
柾 だから……、僕、好きなんだ。
健二 男が?
柾 そう。
健二 ふん。
柾 驚かないの?
健二 いいんじゃないの別に。
柾 良かった。
健二 で、誰なんだよ。柾が好きになった男って。
柾 それは……、それは……。
柾、健二のことを見ているが、その名を口にすることができない。
健二、ようやく気がついて。
健二 何、俺?
柾 そう。
健二 おい、待てよ。だって、俺、その気ないぜ。だって、俺たち、中学んときからずっと友達で、風呂だって、しょっちゅう一緒に入ってたし……。おい、まずいよ。何だよ、お前、ずっとそんなこと考えてたのかよ。
柾 わからない。でも、気がついたんだ。そうなんだって。
健二 そうって何が?
柾 僕は、健ちゃんのことが好きなんだって。僕は、ゲイなんだって。
健二 いいのか、そんな簡単で。
柾 迷惑?
健二 ばか。あたりまえだろ。
柾 それから、健ちゃんは、ゲイだってことは普通じゃないんだってことを説明してくれました、一生懸命。誰にでもそういうふうな気持ちはあるんだとか、一時的なものだろうとか何とか。僕が、それまで、いろんな本で読んだようなことを、それは見事に次々と説明してくれて。そう、健ちゃん、結構、理屈っぽいんです。初めのうちは僕も一つ一つ丁寧に否定してたんですが、そのうちにあきらめました。気がついたんです。僕の恋は終わったんだってことに。それに、それまでずっと親友だと思っていた大事な友達も同時になくしてしまったんだってことに。健ちゃんは、最後に……
健二 悪いこと言わないから。な、もう一度よく考えてみろよ。
柾 ……ありがとう。
健二 じゃあな。
柾 と言って、そそくさと帰って行ってしまいました。
大橋健二は消える。
柾 何てありがちな話なんだろう。僕の初めてのカミングアウトは、こうして終わったんです。大失敗。大学も夏休み。それまで、しょっちゅうかかってきては、いつまでも無駄話をしてた健ちゃんからの電話も、ぷっつり。長い夏でした。ここに来たのは、そんな憂鬱な気分をどうにかしたかったから。でも、全然期待してなかったんです。だって、みんなただ歩いてるだけでしょ。もともとデモとかそういうのって好きじゃないんです。だから、ついでに。そう、家の近くでは買えない、ゲイマガジンを買いに行くついでに、ちょっとだけ、のぞいてみることにしたんです。でも、よかった、来てみて。だって、僕は、思い切り元気になってました。健ちゃんが何だ。へーんだ。僕は一人じゃない、こんなにたくさんの人たちが、こうやって、元気にしてる。よーし、明日から、頑張るぞ。
場面は、柾の部屋に変わる。
柾 うちに帰ってもまだ僕はどきどきしてました。何でだか、よくわかんないんだけど、たぶん、うれしくて。よし、来年は絶対に一緒に歩こう。簡単なことじゃないか。僕が立って見てた歩道から、みんなが歩いてる車道へ。ほんの一歩。僕は、何でもできるような気になってました。あ、そうだ、健ちゃんとこに電話して、今日のこと話さなくちゃ。うん、第二ラウンド。
母の声 柾。
柾 何、お母さん?
部屋のドアが開いて、柾の母親が入ってくる。
部屋に入ったまま、居心地悪そうにしている。話したいことがあるのに、切り出せないといった風。
間
柾 どうしたの?
母 ……どこ行ってたの?
柾 ……どこって。いいじゃない、どこだって。友達のとこだよ。
母 大橋くん?
柾 やだな、何なの、お母さん?
母 そう。いいの、別に。……国語辞典借りようと思って。
柾 何、辞書? ちょっと、待ってて。
柾、辞書を取りに本棚の方へ。
母 あ、いいの、辞書は、もう借りたの、さっき。ごめんなさいね、勝手に、入って。
柾 ……。
母 それで、さっき辞書借りようと思って、この部屋に入ってみたら、あの、部屋の真ん中に、これが……。
柾 これって?
母 ……このハデな雑誌は、何なの?
と、派手な表紙のゲイマガジンを差し出す。
柾、絶句。
- 柾 (観客に向かって)母は、ゲイマガジンを手にしていました。先月号。どうして? どこで見つけたんだろう? たしかに机の一番下の引出しの奥深くにしまいこんであったはずなのに。
母 黙ってないで、何とか言ってよ。
柾 (観客に向かって)そう言われても、何をどう言えばいいのか……
母 これって、そういう人たちの本なんでしょ。その、同性愛の人たちの。何であんたの部屋にこんなものがあるの?
柾 (同じく観客に向かって)それは僕が同性愛の人だからに決まっています。
母 別にいいのよ、あなたがどういう本を読もうと、ただ、ちょっとびっくりしちゃって。本当、全然気にしてないの。
柾 (同じく観客に向かって)そう言いながら、思いっきり気にしてることは間違いないんです。
母 もし、誰かから借りてきたりしてるんだったら、早く返しなさい。あんまり、うれしくないわ。そういう本が家の中にあるのって、何だか。
柾 (同じく観客に向かって)本でさえ駄目なら、僕は一体どうしたらいいんでしょう。
母 黙ってないで、何か言ってよ。
柾 (母に向かって)わかった。
母 そう。じゃあ。ごめんなさいね。もう、勝手に部屋入ったりしないから。本当よ。本当に。じゃあ。
母、部屋を出て行こうとする。
柾 その時、声が聞こえたんです。
声 本当にいいの?
- 母は、部屋を出て行きかけた姿のまま止まっている。
ハ
声 だって、あれはあんたのなんでしょ。違う?
柾 (気がつくと返事をしている)そうだけど。
声 お母さんだって、ちゃんとわかってるのよ、それぐらい。なのに、知らない振りしてる。何で、あんたまでそれに合わせるのよ。
柾 だって……
声 傷つけたくないから?
柾 うん。
声 あんたの優しい気持ちはわかんないじゃないけど、どうせいつかはわかるのよ。そんなふうにいつまでも自分に嘘付いてどうすんの?
柾 自分に嘘って……
声 カミングアウトしたんでしょ。パレードにも行ったんでしょ。チャンスじゃない。チャンスよ。そう、今がチャンスなのよ。さあ、やってごらんなさい。
柾 やってて、何を?
声 簡単なこと。嘘付くのやめるの。自分を騙すのやめるのよ。まず、お母さんを呼び止めなさい。そして、説明するの。この本は僕のなんだって。それから、僕はゲイなんだよって。
柾 でも……
声 何ためらってるの。さあ、言うの。「待って」って。
柾 でも……
声 待って。簡単でしょ。
柾 どうしよう。
声 待って……
柾 そんなこと言ったって……
声 じれったいわね、言いなさい。言うのよ。待って!
柾 (はずみで言ってしまう)待って!
母のストップモーションがとける。
母 (振り向いて)何?
間
柾 これ、僕のなんだ。
母 ……そう。
柾 あの、だから、僕も、その……、こういう……。僕もゲイなんだ。
母 ……そうなの。
柾 ごめん。
母 ……。
柾 別に、あの、ゲイでごめんっていうんじゃなくて、何て言ったらいいか。ずっと隠してるつもりはなかったんだ。いつか言おうって、いつかちゃんと話した方がいいんじゃないかって。本当だよ。あ、この本、エッチな写真がいっぱいでびっくりしたかもしれないけど、それだけじゃないんだ。いろんな情報とか、ちゃんとした真面目なこともいっぱい書いてある。本当に。ほらね。すごくいい本なんだ。
母は、一応見てみる。
柾 僕、今日、ゲイ・パレードに行ってきたんだ。日本中のゲイやレズビアンの人が集まって、パレードする。ものすごくたくさんの人が。差別や偏見をなくそうって。僕らはここにいるんだって。すごく感動したんだ。何て言うか、みんな……。
母 (むしろ明るく)わかったわ。
柾 (少し戸惑って)うん。
母 ごめんなさいね。
柾 こっちこそ。いや、だから、あの。
母 いいの。じゃあね。
母、部屋を出ていこうとするが、立ち止まり、
母 お父さんには内緒にしといてね。
柾 ……うん。
母、出て行った。
柾、大きなため息をつく。
と、またしても、あの声。
声 ほーらね。やればできるじゃない。だから言ったでしょ。お疲れさま。
柾 あの、さっきから、ずっと気になってはいたんですけど、何なんですか、これ?
声 何、これって?
柾 今、聞こえてる。
声 ああ、私の声のこと。
柾 そうです。どこにいるんですか?
と、とりあえず、その辺を探してみるが、もちろん姿はない。
柾 やだな。やだな。こういうの。一番やだな。そうだよ! 今のは、僕の内面の声なんだ。必死になって自分を励まそうとした。そうだ。そうなんだ。なんだ。ああ、よかった。
声 残念だけど、違うわよ。
柾 (悲鳴に近い)誰なんですか、一体?
声 名乗るほどの者じゃないわ。
ハ
という声がすると、白いパジャマを着た男がそこにいる。
柾とその男、見つめ合う。
間
柾 お、お化……
幽霊 やめて、お化けだなんて。おばで始まる言葉は嫌いよ。「おばさん」はもちろんだけど。「おばんです」とか。
柾 じゃあ、幽霊?
幽霊 まあ、そうなんだけど。さまよえる魂とでも呼んで。
柾、逃げ出そうとする。
幽霊 待って、落ちついて!
柾、とりあえず、止まる。
幽霊 怖いの?
柾 怖いです。
幽霊 嘘よ、怖くなんかないの。
柾 え?
幽霊 あんた、幽霊は怖いもんだって、ずっと思ってたでしょ。そう、確かに、私は幽霊よ。そう。でも、今、あんた本当に私のことが怖い?
柾 ええ。
幽霊 違うの。それは、幽霊は怖いとか、祟りがあるとか、そういう先入観があるからよ。
柾 ……。
幽霊 私を見て。
柾は見ない。
幽霊 いいから、見て。怖くなんかないから。
柾、震えていたが、ここでようやく霊に目を向ける。
幽霊 ね、怖くないでしょ?
柾、ようやく落ちつく。そして、たしかに怖くないことに気がつく。そこにいるのは、白いパジャマを着た、どちらかと言えば、ぱっとしない男なのだから。しかも、その男は、オネエ言葉を駆使している。
幽霊 ね、怖くない。
柾 うん。
幽霊 よかった。
柾 本当に幽霊なんですか?
幽霊 だから、さまよえる魂だって。
柾 さまよってるんですか?
幽霊 まあね、一応は。
柾 何だか信じられないな。
幽霊 あ、この恰好? これはしょうがないの。ちょっと暑苦しいかもしれないけど、見てるほどじゃないから。ほら、私たち、もう、暑いとか、寒いとか、そういうの関係なくなってるでしょ。
柾 足もある。
幽霊 本当にあんたって、先入観の固まりね。まだ、幽霊には足がないとか思ってるの?
柾 ええ、一応は。何であるんですか?
幽霊 だって、怖いでしょ。上がこんななのに足がなかったら。無くすこともできるけど、見てみる?
柾 ええ。
幽霊 はい。どうぞ。
と言うと、幽霊の足は見えなくなる。
柾 わっ、本当だ! 本当なんだ。
と、怖がっている。
幽霊 だから、言ったのに。もう……。
と言うのと同時に、また足は見えるようになる。
柾 あっ……。
幽霊 納得してもらえたかしら。
柾 それで、あの、何なんですか? 僕、何かいけないことしましたか、あなたに? 何で、わざわざ僕のところに。僕、あなたのこと、全然知らないんですけど。
幽霊 あ、そうだったわね。説明がまだだった。(少し改まって)今年から、自分はゲイだってカムアウトしたての若い男の子には、一人に一人ずつ、ベテランのアドバイザーがつくことになりました。それで、私があなたのところに。そういうことです。じゃあ、よろしく。
柾 ……?
幽霊 やだ、聞いてないの?
柾 聞いてませんよ。そんなの。嘘でしょ?
幽霊 嘘です。
柾 あの……
幽霊 まあ、それは嘘なんだけど、まあ、こうやって、来たんだからさ、何でも言ってよ、助けてもあげるし、相談にも乗ってあげるから。
柾 あの、大変ありがたいんですけど、結構です。
幽霊 どうして? 遠慮することないのに。
柾 遠慮じゃなくて……
幽霊 あんた、友達いる? ゲイの友達。
柾 ……。
幽霊 いないでしょ。
柾 ……。
幽霊 あんたが、ゲイだってこと知ってるのは? お母さんの他に。
柾 友達にカムアウトしたんだけど……。ずっと好きだったんだ、そいつのことが。だけど……。
幽霊 そう、大変だったわね。でもよくあることよ。大丈夫。何とかするわ。いい。私は、あんたの友達。仲間よ。任せて。
柾、まだ戸惑っている。
幽霊 今日、パレード眺めてたね。ずーっと。だけど、パレードには加わらなかった。どうして?
柾 え? 何だか、びっくりしてて。感動してて。どうしようかってずっと思ってたんだけど。
幽霊 でしょ。あんたは、迷ってた。そんな風に迷ってる子の背中を、やさしくそっと押して上げる。言ってみれば、それが私の役目なの。
柾 シチュエーションによっては、ものすごく恐ろしいことのような気がするんですけど。
幽霊 そんなことないわよ。今だって、あんた、お母さんにカムアウトしたじゃない。私が言ったからじゃないはずよ。たとえ、あの場で呼び止めたとしても、いやなら、そのままにしてしまうこといくらでもできたんだから。
柾 それは、そうだけど。
幽霊 だから、いい。あんたがお母さんに、僕はゲイなんだよって言ったのは、あんたが自分で決めたことなのよ。
柾 そうなのかな?
幽霊 何か?
柾 いえ、何でもありません。
と、母の声。
母 柾。いい?
柾 ちょっと待って! どうしよう?
幽霊 平気よ。見えないから。
柾 でも……
幽霊 本当よ。私、あんたにしか見えないことになってるの。信じてないの?
柾 ええ、何だか。
幽霊 いいから、大丈夫よ。
柾 わかりました。(外に向かって)なーに? いいよ、開けて。
ドアが開くと母が立っている。
少し緊張する間
幽霊 (母に向かって最高の笑顔で)どうも!
母は、気がつかない。
柾 (その様子を見て)本当だ。
母 何が本当なの?
柾 (母に)何でもない。どうしたの?
母 あなた宛の手紙、こんなにたくさん。
と、手にした封筒の束を柾に渡す。
柾 誰からだろう。
母 あ、中身見たりとか、そういうこと絶対にしてないから。
柾 そんなこと言ってないよ。
母 そう。
間
柾 何?
母 ううん、何でもない。……晩ごはん、何がいい?
柾 え? いいよ、何でも。
母 そうね。じゃあ、買物行ってくるわね。
柾 うん。
母、出て行った。
幽霊 彼女、専業主婦?
柾 ううん、フリーで翻訳の仕事とかしてる。
幽霊 ふーん。いいな、ああいうナイーブな感じ。お友達になれそう。
柾 あの……
幽霊 冗談よ。心配しないで。見えないんだから、私のことは。平気。無茶はしないから。
柾 結構参ってるのかな?
幽霊 何が。
柾 自分の子供にゲイなんだってカムアウトされるのって、どういう気持ちなんだろう。
幽霊 さあ、どんなかしらね。まあ、ショックだとは思うけど。でも、あんたがそんな心配してもしょうがないのよ。心配することは大事だけど、心配しても何にもならない。あんたには、もっともっと考えなきゃならないことがたくさんあるはずなんだから。
柾 すっごい正論。
幽霊 私、正しいことしか言わないの。
柾 そうか。
と、何か考えている。
幽霊 あ、何か悩んでる。もう、言って、言って。相談して。何、何、考えてるの?
柾 うーん。いや、これなんだけど(と、ゲイマガジンを指し)どうして、部屋の真ん中になんてあったんだろう? ちゃんとしまっておいたはずなのに。
幽霊 あ、それ?
柾 しまい忘れたならともかく、部屋の真ん中なんて。お母さん、嘘付いてるのかな?
幽霊 ああ、それ。私なの。
柾 ?
幽霊 あの、だから、これ新しいでしょ。初めて見るのね。だから、どうなってるのかなと思って。ちょっと見てたの。そしたら、お母さん来て。わかるでしょ、どうしようもなかったのよ。
柾 (怒っている)何で、隠すとかしてくれないんですか?
幽霊 できると思う、そんなこと。お母さんの目の前で、ゲイマガジンがひとりでに、浮かび上がって、引出しの奥に入ってったら、もっとびっくりするでしょ。とにかく、これがきっかけでスムーズにカミングアウトできたんだから、感謝してもらいたいくらいだわ。
柾 待って、そういうことじゃなくて、何で、勝手に人の部屋に上がり込んでるんですか?
幽霊 だって、パレードで見つけて、ずっと一緒に帰って来ようと思ったんだけど、あんた、ぼーっとして、むちゃくちゃのんびり歩いてるんだもん。いらいらしちゃって。それでちょっと先回り。
柾 いいんですか。そんなことして。
幽霊 いいのよ。当たり前でしょ。
柾 僕にプライバシーはないんですか?
幽霊 何よ、それ?
柾 さっき声だけ聞こえてた時みたいに姿消して、ずっと僕のこと見てたんじゃないですか?
幽霊 失礼ね。そんなことするわけないでしょ。そりゃできるわよ。やろうと思えば。でも、そんなことしてどうするのよ。あんたは生きてて、私は死んでるの。もう全然違う存在なの。興味ないのよ、もう、基本的には。
柾 それじゃあ……。
幽霊 だから、こうして、姿見せてるじゃない。約束する。あんたには、いつでも私の姿が見えるようにする。
柾 本当に?
幽霊 私、あんたに嘘ついたことある?
柾 …………
幽霊 わかったわよ。じゃあ、約束する。私、嘘はついても、約束は破らないから。
柾 開き直ってどうするんですか。
幽霊 さてと、じゃあ、今日はこのへんで。
柾 もう、行っちゃうんですか?
幽霊 うん、いろいろと忙しいのよ。これでもね。
柾 他にも僕みたいなやつのところに。
幽霊 心配しないで、私はあなただけのものよ! あ、そうだ。その手紙ね。いろんなゲイサークルからの返事だから。リブ系、コミュニティ系、イベント系、ボランティア系、一通りそろってるから。好きなの選んで連絡とってごらんなさい。
柾 どうして、そういう……。
幽霊 私は、何もしてないわ。あんたが、書きかけて捨てた手紙を拾ってちゃんと送っただけ。いいのよ、お礼は言ってくれなくても。
柾 ……。
幽霊 悪いわね。こんなふうにしか、背中押して上げることできないの、私。それじゃね。
と、出て行こうとする。
柾 あの、一つ聞いていいですか?
幽霊 何?
柾 あの、あなた誰なんですか?
幽霊 悪いんだけど、それは教えてあげられないことになってるの。
柾 じゃあ、何て呼んだら?
幽霊 いいわよ、好きに呼んで。
柾 じゃあ、あの、幽霊さん。もう一つ聞かせて下さい。
幽霊 何?
柾 あの、あなたが今、さまよえる魂してるのは、あなたがゲイだからですか? ゲイは、いつまでも、あなたみたいにさまよってなきゃいけないんですか。
間
幽霊 もし、そうだったら?
柾 え?
幽霊 もし、そうだったら? 私って、かわいそう?
柾 ええ。少し。
幽霊 大間違いよ。私は、ちっともかわいそうなんかじゃない。私、幸せだもの。それから、あんたの心配をもう一つすっきりさせてあげる。私が、こんなふうにしてるのは、私がゲイだからじゃない。私は好きでこうしてるんだもん。本当よ。(上に向かって)本当だよね?
柾 誰かいるんですか?
幽霊 ただ、ゲイだからってことだけで、さまよえる魂になっちゃうんだとしたら、歴代のゲイの方々でものすごいことになってると思わない、この地上が? つまんないこと考えないの。いい、私は幸せ。そして、私の願いはただ一つ、あなたの幸せ。
柾 ……。
幽霊 じゃあね。
柾 あ、そこ押入れですよ。
幽霊 平気、平気、取り合えずの出入口だから。
と、霊は、押入れに消えていく。
声 ちょっと、片付けなさい!
間
柾 ドラエモンみたい。
間
柾 (観客に向き直って)こうして、やけに元気なゲイの幽霊、さまよえる魂の霊ちゃんは、僕のところにやってきたのでした。
柾、言い終えると、手にしていた封筒をたしかめ、一つずつ開けていき、熱心に読み始める。
いつのまにか、それを見守っている幽霊。うれしそう。
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