「陽気な幽霊」
GAY SPIRIT
関根信一

●その2●

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>>>その3>>>

九月。
柾と大橋健二の通う大学のキャンパス。
昨日までの台風のせいで、あちこちに水たまりができている。
そのかわりに、空は抜けるような青空。
昼休みも終わり近い頃。
ベンチに腰掛けて柾と幽霊が話している。
  
柾  突然来ないで下さい。びっくりするじゃないですか。
幽霊 驚いた?
柾  学食で並んでたら、突然後ろから声掛けられたんですよ。ハンバーグ定食四八〇円ひっくり返して、おばさんに白い目で見られたじゃないですか。
幽霊 いいの、もう? お昼御飯は?
柾  そういう気分じゃなくなりました。
幽霊 やだ、私のせい。ごめんなさいね。でもさ、ダイエットになっていいんじゃない。何で、学食のメニューってああ油っこいものばかりなの? 何だか、私まで油っぽくなった気がする。(顔を突き出して)ねえ、油浮いてない?
柾  (呆れて)霊ちゃん!
幽霊 久し振りだから、嬉しいの。
柾  どこ行ってたんですか。
幽霊 いろいろとね。
柾  昨日の台風。あんな嵐の中、何してたんですか? ずっと起きて待ってたのに。
幽霊 私、基本的にはいないことになってるんだから、待ったりしないで。そんな風にされるとちょっと気が重いかも。
柾  でも……
幽霊 あのさ、まーくん。ちょっとご忠告申し上げるけど、あんまり大声で話さない方がいいかもよ。私は別にかまわないんだけど、他の人から見たら、あんたかなり変かも。
柾  何でです?
幽霊 私、あんたにしか見えてないんだってこと、わかってる?
  
柾、道行く人々の訝しげな視線に気がつく。
  
柾  あ、そうか。(まるでセリフのように)あ、そうか。そうだったのか。(咳払いをして、正面を向いたまま独り言のように)もう少し人通りのないところに行きませんか?
幽霊 私なら平気よ。ここ広々として気持ちがいいし。よく晴れたわね。
柾  友達が来るかもしれないし、そうすると面倒じゃないですか。
幽霊 かまわないわよ。あ、ただ、私の上に誰かが座ったりしないようにだけ気をつけてもらえる。別に痛くも何ともないんだけど、ちょっと気持ち悪いから。
柾  気持ち悪いって?
幽霊 何て言ったらいいかな。ちょっと、想像してみて。お腹の中に手を突っ込まれて、「ぐじぐじ」ってやられる感じ。
柾  (気持ち悪い)うわーっ。
幽霊 でしょ。だから、よろしくね。
  
大橋健二がやってくる。同じクラスの吉田美智代というおとなしそうな女の子を連れている。
  
健二 おお、柾。
柾  ああ、健ちゃん。久し振り。
健二 ちょうど良かった。(紹介する)同じクラスの吉田さん。お前のこと話したら、会ってみたいって言われてさ。探してたんだよ。
柾  僕のことって。
吉田  私ゲイの人って大好きなんです。何か力になってあげたいと思って。すごくわかってあげたいんです。
柾  (びっくりして)は?
吉田 私にできることがあったら何でも言って下さい。頑張ります!!
柾  あ、別に、大丈夫だよ。僕、それなりにやってるし。
吉田 迷惑ですか?
柾  迷惑じゃないけど。取り合えず、敬語使うのやめてくれないかな。
吉田 わかりました。
  
と全然わかっていない。
  
健二 まあ、そういうわけだからさ。よろしく頼むよ。俺よくわかんないんだけどさ。こいつ周りに全然女っ気なくってさ。だからだと思うんだ。他にも、いい子いたら、紹介してやってよ、吉田さん。
吉田 何言ってるのよ、大橋くん。藤原くんは、今のままでいいのよ。女の子なんて。藤原くんには藤原くんの人生を生きる権利があるのよ。そう、生きるべき。女の子なんて、失礼だわ。大橋くん、あなた全然わかってないわ。そうよねえ、藤原くん?
柾  う、うん。ありがとう。
  
美智代は、キラキラした瞳で柾のことを見ている。
  
柾  参ったな。
  
健二は、あたりをうろつく怪しいパジャマ姿の男に気がつく。
  
健二 (柾に近づいて、小声で)お前、男が好きってだけじゃなくて、何かまた変なこと始めたのかよ。変な宗教とか。
柾  宗教?
健二 だって、あいつ、さっきから、ずっと、あんな格好して、お前のまわりうろうろしてるぜ。
柾  
  
幽霊ももちろんびっくり。
  
柾  何で見えるの?
健二 何でって? あたりまえだろ、あんな目立つ格好してれば。ああいうの着るんだよな、やっぱり。最近の宗教って。
  
柾、幽霊に近づいて行って。
  
柾  こういうことってよくあるんですか?
幽霊 知らないわよ。
  
と言い捨てて、ベンチに腰を下ろす。
  
吉田 こういうことって?
柾  あ、何でもないんです。あの吉田さん。ちょっと座ってみてくれませんか。
  
と、幽霊の座っているベンチを示す。
  
吉田 え? はい。
  
吉田、ベンチに近づき、幽霊の上に座ろうとする。
  
幽霊 やだ!
  
と、慌てて逃げる幽霊。
  
柾  (幽霊に)見えてないんだ。
幽霊 どういうことなの?
吉田 座りましたけど?
幽霊 (吉田に)その眼鏡、すてき。どこで見つけたの?
  
吉田は、無反応。
  
柾と幽霊 聞こえてない。
健二 何やってんだよ?
吉田 あの、何なんですか、これ?
健二 (柾に)あんまり関わり合わない方がいいんじゃないの? 何かヘンだぞ。
柾  まあね。ちょっと。
健二 (幽霊に)あのさ、何で裸足なの?
幽霊 あ……(ちょっと困って)健康法。
健二 へー。
幽霊 まーくん。どうしよう。
柾  どうしようって……。
健二 うん?
吉田 (それまで状況がまったく呑み込めないでいたが、突然立ち上がり)大橋くん、私、次、出席とる講義だから、行くわ。ちょっと早いけど。じゃあ、また。
健二 あ、吉田さん。ちょっと。
吉田 ノート、いつでもいいから。じゃあね。
  
と去っていくが、立ち止まり。
  
吉田 やっぱり不思議だわ。ゲイの人たちって。
  
去って行く。
  
健二 何だよ、「たち」って? 俺は違うんだって。
  
と言って、ふと視線を幽霊に向ける。
  
幽霊 (健二に見られて)私のことかな? 違うと思うけど。
柾  あの、健ちゃん、ちょっと。
健二 ん?
柾  驚かないで聞いてくれるとうれしいんだけど。この人ね。霊ちゃん。
  
柾、幽霊を紹介する。
  
幽霊 ……どうも。
健二 ……どうも。何してるんですか、そんな格好して。
幽霊 何って。幽霊してます。
健二 は? 幽霊って。
柾  僕にしか見えないはずなんだけど……。
  

  
健二 (確信して)何、これ、何かのテレビ? カメラどこ?
柾  そういうんじゃなくて、本当に幽霊なの!
健二 またまた……。
柾  どうしよう、信じてない。
幽霊 そうね。わかったわ。(二人に)ちょっと、こっち、いらっしゃい。
  
二人と一緒に、水たまりに近づく。
  
幽霊 (健二に)いい、あなた、私、まーくん。(もう一度)あなた、私、まーくん。(水たまりに映る姿を指して)あなた、空、まーくん。
  
健二、幽霊に言われる通り視線を動かしていく。
明らかにそこに幽霊はいない。
  
健二 (激しく動揺して)何だよ、これ?
幽霊 すごいクラッシックな証明のしかたで申し訳ないんだけど、そういうことなの。
健二 おい、待てよ。
柾  そういうことなんだ。健ちゃん。
健二 でも……。(思いついて、無理矢理、自分を納得させる)そうか、こうしてここに映ってないってことは、ここにはいないんだよ。誰も、そうだよ。そういうことなんだ。
幽霊 悪いんだけど、私、ここにいるのね。
健二 (突然、諦めて)おい、いつからなんだ?
柾  いつって、先月、ゲイ・パレードに行って帰ってきたら……
健二 それって……
柾  こないだ電話した時、話したじゃない。
健二 聞いてないよ。
柾  だから、霊ちゃんのことは話してないけど。まさかこんな風になるとは思わなかったから。
健二 そうか。わかった、こいつのせいなんだな。こいつのせいで、お前、ゲイだなんて。
幽霊 は?
柾  そんなことない。違うんだって、霊ちゃんが来たのは、僕が健ちゃんにカミングアウトした後だよ。関係ない。
健二 おい、どうする?
柾  どうするって?
健二 悪魔払いだよ。決まってるだろ。こんなのにつきまとわれててどうすんだよ。
柾  別に平気だよ。僕たちうまくやってるし。
幽霊 悪魔じゃなくて、幽霊なんですけど。
健二 やっぱり、おはらいかな。
幽霊 やるだけむだよ。
健二 畜生、どうしたらいなくなるんだ。
幽霊 知ってたって、教えるわけないでしょ。馬鹿ね。
健二 何だと?
幽霊 まーくん、あんた、こんな男のどこがいいわけ。駆け出しのゲイがノンケに惚れるっていうのは、ほんとによくあるパターンだけど、何でこいつなの? お母さん納得できないわ!
健二 何だよ。そんなことまで話してるのか。
柾  霊ちゃん。
幽霊 当たり前でしょ。私達、隠し事のない関係なの。
柾  いつの間にそういうことになってるんですか?
幽霊 (柾に)あんたは黙ってなさい。(健二に)言っておくけど、もしあんたがこの子のこと何とかして、女の子のこと好きになるようにしたいとか思ってるんだったら、あんな子連れてきたって、何にもなんないのよ。あの子、オコゲなんだから。
健二 え?
幽霊 (ため息)あの子はね、ゲイが好きな女の子なの。あの子は、男が好きなまーくんを好きになることはあっても、女が好きなまーくんを好きになることは、まずないわけ。
健二 そんなことわからないじゃないか。
幽霊 それはもう統計学的に証明されてるのよ。ああ、資料持ってないのが残念だわ。いい? たとえばね、オコゲの女の子と付き合ったゲイがその子に惚れちゃう確率は、ガチガチのバカノンケがある日突然ゲイだったっていう確率の一二三七分の一よ。
柾  本当に?
幽霊 嘘でもいいのよ。わかりゃしないんだから。
健二 聞こえてるんだけど。
幽霊 まあ、便利だこと!!
柾  霊ちゃん。仲良くしてくれないかな。頼むよ。
幽霊 あんなこと言われて仲良くなんかできる。私、無礼な男は許せないわ。
柾  健ちゃん。霊ちゃんは、僕の友達なんだ。仲良くしてよ。
健二 友達? こいつは幽霊なんだろ? 何で幽霊と友達になるんだよ。それって、すごく変だってことが、何で、わかんないんだ?
幽霊 うるさい男ね。
柾  (哀願する)霊ちゃん。
幽霊 私は別にかまわないのよ。そのうるさいバカノンケがもう少し静かに話してくれさえすれば。そう言えば、そうね。そうだわ。あんたのゲイとしてのアイデンティティを強化していくためには、オコゲとガチガチのバカノンケは、必須アイテムだったわ。アイデンティティって初めのうちは相対的なものだから。そうね。わかったわ。じゃあ、まーくん、いただいておきなさい。
健二 何言ってるんだ?
柾  じゃあ、仲直りしてくれる?
  

  
健二 わかったよ。しょうがない。
柾  (思わず)じゃあ、握手。
幽霊 (反射的に)いやよ、気持ち悪い。
健二 (怒って)何だと。
柾  (慌てて)あ、ごめん、そうだったんだ。
健二 何だよ、幽霊のくせに。気持ち悪いのはそっちの方だろ。
幽霊 まーくん、聞いた? 「幽霊のくせに」ですって。男のくせに、女のくせに。これがバカノンケを見分ける一番のポイントよ。ちょっと、今の言葉そっくりそのままお返しするわ。
柾  もう、そうじゃなくて、ほら、霊ちゃん霊だから、人に触られるの気持ち悪いって、さっきも話してたんだ。
健二 そうなのか?
幽霊 それだけじゃないかも。
柾  仲良くしてよ。二人とも、僕には大事なんだから。せっかく、健ちゃんにも姿見えてるんだから。これって、すごくいいことじゃない。僕は、すごく嬉しいんだ。だから、仲良くしてよ。二人とも。
  

  
幽霊 そうね。
健二 そうだな。
柾  じゃあ、もう大丈夫。
幽霊 私はいいわ。
健二 俺も。
柾  良かった。
  

  
柾  でも、何で、見えるのかな。
幽霊 言っておくけど、私、見えないようにはしてるのよ。
柾  ねえ、霊ちゃん。ちょっと姿消してみて。僕にも見えないようにしてみてくれないかな。
幽霊 いいわよ。はい。
  
幽霊、姿を消す。
  
幽霊 (柾には声のみ)いなくなってるでしょ?
柾  うん。
  
歩き回る幽霊
  
健二 何やってんだ?
  
と、健二と目が合う。
  
幽霊 私って、どう、いかしてる?
健二 何で見えるんだよ!
幽霊 何で見えてんの?
  
と言った拍子に柾にも姿が見える。
  
健二 何で、お前にも見えないもんが俺にだけ見えるんだよ。
柾  知らないよ。霊ちゃん、何か心当たりは?
幽霊 え? そうね。(気がついて)もしかしたら、あんたと私、心の奥深いところで、通じるところがあるのかもしれない。
柾  例えば、どんな?
幽霊 あんたも実はゲイだとか。
健二 バカ言うな。
幽霊 何がバカなのよ。大体、あんたは、そうやって……
柾  (さえぎって)じゃあ、こういうのは。二人はかつては恋人同志だったとか?
二人 冗談でしょ。
幽霊 そんなのお断りだわ。
健二 何で、こんな変なヤツとおれがそんなことになってるんだよ。
幽霊 そうよ。考えただけでも鳥肌が立つわ。
健二 俺なんかもう立ってるぜ。ほら。
柾  (見て)本当だ。
幽霊 何よ、あんたまで。(健二に)あんたにそんなこと言われるおぼえはないわ。
健二 何だよ。その格好、パジャマかよ。
幽霊 あんたのために着てるんじゃないの。
健二 大体さ、幽霊って、もっと、こわそうなもんなんじゃないの? 何だか、ショックだよな。違った意味で。パジャマ着てるし、足あるし、その上オカマだなんて。珍しい経験させてもらってるのはありがたいけど、本当残念だよ。かけがえのない夢とファンタジーが一つ失われたって言うか……
幽霊 お話中申し訳ないんですけど、ねえ、健ちゃん。
健二 (強く)馴れ馴れしく呼ぶなよな。
幽霊 あんた、自分がすっごい変なのわかってる?
健二 (はっきり)俺は変なんかじゃない。
幽霊 言っとくけど、私の姿はあんたたち以外には見えないの。誰もいないところに、何ムキになってどなってるのかしら。さっきから、みんな不思議そうな顔して通ってってるわよ。
健二 何?
  
と、まわりの視線に気がつく。

健二 何! 何……(怒って)畜生! お前のせいで。
幽霊 私は関係ないわ。
健二 何で、こんなことになってるんだよ。くそ!
幽霊 やあね、下品だわ。
健二 もう、どっか行けよ。さっさと消えろよ。
幽霊 (楽しんでいる)やだもん。
健二 柾、俺、何としてでも、こいつのこと、追い払ってやるからな。安心しろ。お前がゲイだなんて、言い出したのも、きっとこいつのせいなんだ。そうだ。そうに違いない。
幽霊 反論する気にもならないわ。
健二 今に見てろ、どんなことしてでも、追い払ってやる。
柾  健ちゃん……。
健二 柾、いいのか。考えてみろよ。お前、ただゲイだってことだけでも普通じゃないのに、その上、こんなものがそばにくっついてるなんて、それこそ、変じゃないか。すっごい普通じゃない。
柾  僕はこれでいいんだってば。
健二 いや、よくない。いいから、おれに任せろ。
幽霊 (突然)あ、もしかしたら。
柾  どうしたの霊ちゃん。何、何か心当たり、何で見えるのか?
健二 わかったのか?
幽霊 ちょっとね。あ、でも、こんなこと言えない。かわいそうで。
健二 何だよ、言えよ。
柾  ねえ、何なの?
幽霊 じゃあ、言うけど。(健二に)あんた、死ぬのかもしれないわ。もうじき。
健二 ……!
幽霊 友達に聞いたことあるの、その子ね、ある日突然、いろんなものが見えたり聞こえたりするようになったんだって。死んだはずのおばあちゃんの姿とか、飼ってる犬の独り言とか。それから間もなく、その子は死んだの。

二人の視線。健二に集まる。

健二 よせよ。
柾  じゃあ、僕も?
幽霊 あんたは、いいのよ。特別なんだから。でも……
健二 ばか言うなよ。(だんだん心配になってくる)まさか。やだよ。おれ、そんなの。怖いじゃないか。
幽霊 初めはみんなそうなのよ。さあ、受け入れなさい。あなたの運命を!
健二 何だよ。おい、嘘だろ? そんなの?
幽霊 嘘なわけないでしょ。

幽霊 なーんてね。嘘よ。冗談、冗談。やだ、本気にした?
柾  霊ちゃん。
幽霊 ちょっと脅かしてみただけよ。あんまり失礼だから。(さっぱりと)ごめんね。健ちゃん。悪く思わないでね。私、こういう性格なの、全然こだわってないから。よろしくね。
健二 畜生。(気付いて)あ、何だか、具合悪くなってきた。
幽霊 私、何もしてないわよ。
健二 俺、帰るわ。
柾  あれ、中国語は?
健二 それどころじゃない。じゃあな。
柾  あ、健ちゃん。
健二 覚えてろ!
  
大橋健二は力なく去って行く。
  
柾  大丈夫かな?
幽霊 平気よ。
柾  本当に嘘なの?
幽霊 大丈夫。違う友達から反対の話聞いたことあるもん。その子ね、すっごく長生きしたって。
柾  でも、その人も死んじゃったんでしょ。
幽霊 人はみんな死ぬのよ、いつか。
柾  そうか。
幽霊 放っておいて平気よ。ぶっても死なない。保証する。
柾  良かった。
幽霊 まだ、好きなのね?
柾  え?
幽霊 心配しちゃって。何よ。泣きそうな顔して。
柾  そんなことないって。
幽霊 あいつはあんたのこと、変えようとしてんのよ。せっかくあんたが自分らしく生きようとしてるのに、それを捩じ曲げようとしてる。それなのに、何であんたが心配してあげるの?
柾  それとこれとは別だから。
幽霊 
柾  よくわかんないんだけど。僕が、健ちゃんのこと心配するのは、ゲイとか何とかそういうこととは関係ないんだ。きっと。
幽霊 ノンケに惚れるゲイの理屈そのまんまね。
柾  惚れてるんじゃないよ。だって、健ちゃんは、僕の友達だから。

柾  でも、良かったな。これで、また健ちゃんと会えるようになった。
幽霊 え?
柾  昨日まで、何だか遠くなってたけど、また前みたいになれるかもしれない。
幽霊 何でよ?
柾  だって、霊ちゃんが見えるの、僕と健ちゃんだけなんだから。そうだよ。これから三人で話せる。
幽霊 何、三人って。
柾  だって、いつも二人だけじゃつまんないじゃない。二人より、三人の方が、きっといいに決まってる。
幽霊 どういう三人かによるわね。
柾  それに、そうだよ。僕に見えない時でも、健ちゃんには見えてるっていうのは、すっごくいいかもしれない。
幽霊 ちょっと、それどういうこと。私、約束守ってるわよ。あんたの前ではこうして姿見せてるじゃない。
柾  別に疑ってるわけじゃないけど……。
幽霊 本当に?
柾  本当だって。

始業のベルが鳴る。

柾  あ、もう行かないと。あ、そうだ、霊ちゃん、一緒に来る? 中国語。講師の先生、ハンサムだよ。
幽霊 私の席はあるのかしら?
柾  さあ……
幽霊 いいのよ。今更、勉強しようとは思わないから。
柾  そう。じゃあ、またね。

と行きかける。

幽霊 あんたって優しい子ね。
柾  何?
幽霊 何でもない。バイバイ。

柾、走って行った。
  

  
しゃがみこみ、水たまりに姿を映す幽霊。
もちろん姿は映らない。青空だけが映っている。
幽霊、ふと空を見上げる。
  
                           暗 転

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