劇団フライングステージ「ぐりぐり2002」上演台本
贋作・犬神家の一族
横溝正史原作 市川崑監督 角川映画「犬神家の一族」に拠る
関根信一

<<<その1<<<

遠くに湖が見える山間。
向き合っている松子と薄汚い風態の老婆(松子の母のお園)。

松 子 ……母さん、二度とこの辺に姿を見せないという約束でしょう。電話なんかかけてきたりして……。
お 園 すまんなあ。
松 子 犬神家は今、大変なことになっているのよ。あんただって知ってるでしょ?
お 園 お前も大変だねえ。
松 子 そう思うなら、これ以上、迷惑をかけないようにしてほしいわ。(バッグから札を取り出して)ほら、これをあげるから、さっさとどこかへ行ってしまって。
お 園 お前の言うとおりにするよ。……これが今生の別れとなるかもしれないね。元気でなあ……

お園、歩き出す。

松 子 ちょっと待って……
お 園 (立ち止まって)何だい? もっとくれるのかい?
松 子 そうじゃなくて……。あんたは、珠世のことを知ってるでしょ?
お 園 ああ、あのきれいな男の子。
松 子 今は、女の子なのよ。
お 園 おや、そうかい。それはきれいな娘になったろうねえ。
松 子 あの娘はいったいどんな素性の子なんです? 那須神社の野々宮宮司の家の者だというのは知っていても、でも、なぜお父様があんなにあの子を可愛がるのかわからない。
お 園 おや、お前は知らなかったのかい? お父さんって人は若い頃、この土地に流れ着いて、野々宮宮司に助けられたのだよ。野々宮大弐さんという人にね。それが珠世のおじいさんにあたるんだよ。
松 子 そんなことはこの町の人間だったら、誰だって知ってますよ。犬神家にとって野々宮の家は恩人にあたるのだということは。
お 園 それだけではないのだよ。犬神佐兵衛という人は、野々宮大弐さんと愛しあっていたのだよ。
松 子 え、何ですって?
お 園 察しが悪いねえ。男色じゃよ、衆道ともいうんじゃろうが、男同士の色恋のことじゃ。私がどれだけ苦労したことか。犬神佐兵衛は、自分のその趣味を、毛嫌いしておったんじゃねえ。だから、女中奉公をしていた私に手を出した。お前という子もできた。でも、だめだったんじゃねえ。それで次から次へと、女に手を出して、竹子や梅子の母親もそうだよ。でも、どうにもならなかったんじゃねえ。そのうち、あの人は女というものを憎むようになった。子供が三人とも娘というのも気に入らなかったんじゃろ。野々宮の家も女腹じゃった。大弐さんの娘、祝子さんが大きくなって、生んだ子が、初めての男の子、あの珠世だったんじゃよ。あの人の喜びようといったらなかったねえ。何しろ、自分が生涯でただ一人愛した男の血筋なんじゃから。
松 子 そんな他人事みたいに……
お 園 いいんじゃよ。もう昔のことじゃ。あの人も死んでしまったことだし……。そりゃ、つらい思いもしたさ……。でも、みんな昔のことじゃよ。
松 子 でも、私は、父という人を許せないわ。
お 園 昔のことじゃよ。
松 子 いいえ、そうじゃないわ。絶対に負けるもんですか。そんな、私たちを踏みつけにした、そんな、男同士の色恋だなんて、汚らわしい。負けるもんですかッ! お母さん、(バッグからまた札を取り出して)はい、これ。全部上げるから。
お 園 いいのかい、ほんとに。
松 子 じゃあね。

松子、退場。

お 園 一度もらったら、返さないよ。
                              暗 転  

 * * * 

湖。珠世が一人、ボートの上で瞑想にふけっている。
と、けたたましいエンジンの音。
モーターボートに乗って、佐智がやってくる。

佐 智 こんなとこにいたんですか。
珠 世 何かご用ですか、佐智さん。
佐 智 今、署長と金田一がやってきて、何か重大な話があるから、すぐ集まってくれと言っているんです。
珠 世 わかりました(と言って、漕ぎ出す)。
佐 智 ダメですよ、それじゃ。僕のモーターボートにお乗りなさい。
珠 世 まあ、モーターボートだったんですか? ちっとも気が付きませんでした。
佐 智 最新式です。速いですよ。さあ。
珠 世 ええ、それじゃ。

珠世、モーターボートに乗り移る。
と佐智、いきなり珠世の顔に、濡れたハンカチを押し当てる。

珠 世 ンガ、ンン……(と言って気絶する)。
佐 智 よし、これでもう僕のものだ。

佐智、モーターボートのエンジンをかけて、珠世を連れて行く。
湖畔の空き屋敷に到着する。
佐智、ぐったりした珠世をささえて、屋敷の中へ。

佐 智 何だか、気味の悪い屋敷だなあ。でも、しょうがない。ここなら誰も来ないだろうから。

佐智、珠世を床に横たえる。

佐 智 よーし、じゃ、やるぞ。やるぞ。ここでやってしまえば、もうこっちのものだ。よーし、やるぞ。

と口ではいろいろ言っているが、行動が伴わない。

佐 智 どうしようかな? どうすればいいのかな? こんなに女みたいなんだから、きっと同じだよね。うん。あ、でも、男なのか……。どうしたらいいのかな? そうだ、電気を消せば……って、初めから点いてないしなあ。どうしようかなあ。服ぐらい脱がさなきゃだめだよねえ。でもなあ、うーん(と考え込んでいる)。

と物音!

佐 智 ダ、誰だ? 誰かいるのか?

沈黙

佐 智 おい、何とか言えっ! いるなら、何とか言え! 

沈黙

佐 智 なんだ、やっぱり気のせいか……。

と安心したところに男が登場。顔をマフラーでぐるぐる巻きにした復員兵姿をしている。

佐 智 うわーっ!

男、逃げようとする佐智をつかまえてこてんぱんにやっつける。
もっとも、佐智は弱いので、すぐにやられてしまう。

佐 智 まだ、何もしてないのに……。

床に伸びてしまった佐智。
男、珠世を抱きかかえて、大事そうに連れて行く。
暗転。
電話の声が聞こえてくる。

声   もしもし、猿蔵さんかい。猿蔵さんだね?
猿蔵の声 ウキーッ!
声   うん、間違いない。珠世さんは、今、湖の向こう岸の空き屋敷にいる。珠世さんは眠らされているから、すぐ迎えに行ってあげなさい。わかったね?
猿蔵の声 ウキーッ!

舞台が明るくなると犬神家の屋敷。
琴の音が聞こえている。
梅子、登場。
手に持っていた幸吉(人形)を床に置く。

梅 子 あなた起きてくださいよ。あなた。

と床に寝ている幸吉を起こす。

幸 吉 なんだ、なんだ。まだ、夜だろう? むにゃむにゃ……
梅 子 寝ぼけてる場合じゃないですよ。起きてください。佐智がまだ帰らないんですよ。あたし、もう心配で……
幸 吉 子供じゃないんだから、一人で帰ってくるだろう。
梅 子 もう!

と怒って、幸吉を投げ捨てる!

梅 子 いらいらするわ。まったく。松子お姉様ったら、こんな時にお琴なんか弾いちゃって。

小夜子が登場。

梅 子 あら、ねえ、小夜子さん、佐智を見なかった? まだかえらないのよ。
小夜子 いいえ。そういえば、私もお昼過ぎから会っていませんわ。
梅 子 警察にとどけようかしらねえ。
小夜子 警察の人ならそのへんにたくさんいるじゃないですか。
梅 子 それもそうね。じゃあ、もう少し待つことにするわ。そうだ、小夜子さん、このうちにもう一面、お琴はなかったかしら?
小夜子 たしか、私の部屋の押入にあったと思いますわ。
梅 子 あら、そう。じゃあ、ちょっと持って来てくださる。時間つぶしにちょっと弾くわ。
小夜子 ええ、おばさま。

小夜子、琴を取りに行く。
梅子、琴爪を指にはめる仕草。
小夜子、琴を持って登場。梅子の前に置く。

梅 子 どうも、ありがとう。さてと……。

梅子、弾き始める。
が音が鳴らない。

梅 子 あら、鳴らないわねえ。どうしたのかしら。
小夜子 どうしたんでしょうねえ。
梅 子 どれ、もう一度。(弾いてみて)あら、鳴らないわ。
小夜子 (何かに気付いて、後ずさりしながら)ウッ……ウッ……。
梅 子 あら、どうしたの、小夜子さん?

小夜子、震えながら、琴を指さす。

梅 子 この琴が何か……?(気付いて)あッ、佐智!!
小夜子 ……(気絶する)。

梅子の前に置かれた琴がひっくり返る。
それは、琴の糸を張られた佐智なのだった!
                              暗 転  
 * * * 

署長の声 何、佐智が琴になって殺された?
金田一の声 ええ、恐ろしいことを思いついたもんです。死因は絞殺のようですが……。
署長の声 いったい、犯人は何を考えとるんだ!
金田一の声 それにしても、菊の次が琴とはねえ……。
署長の声 何を言っとるんだ、君は?

舞台が明るくなると、署長と金田一の前に、松子、竹子、梅子が並んでいる。

梅 子 署長さん、あなたの責任です、あなたがぐずぐずしているうちに大事な佐智が殺されてしまったのよォ。どうしてくれるんです。早く犯人をつかまえて頂戴! 犯人は珠世に決まっています!
署 長 軽々しいことを言わんで下さい。
梅 子 あの子の言うことを信用してるんですか? 佐智が第一、人に薬を嗅がしたりして、乱暴をするような子ですか。母親の私が一番よく知っています。みんな珠世の作り話です!
署 長 まあまあ、落ち着きなさい。
梅 子 松子姉さん、うれしいでしょうね。佐武さんも、佐智も死んで、残ったのはあなたの佐清さんだけ……思い通りになったわけですものね。
松 子 ……。
竹 子 署長さん、佐智さんが、琴になって殺されていたというのは本当ですか?
署 長 そうだよ。全く何を考えてるのか……
竹 子 はじめが菊で今度が琴……つまり、斧、琴、菊……
署 長 なんだねそれは……?
竹 子 松子姉様、佐武や佐智さんの仇を討っていただくために、あのことを話していいですね。
松 子 ……ええ、しかたないでしょう。
竹 子 わたしはもうこんな忌まわしいことには耐えられないので、恥ずかしいことですが、喋らせてもらいます。わたしたち三人は、三人とも母が違っております。私たちの母は、生涯、正妻になれず、一人に飽きれば、次から次へと捨てられていったのでございます。そんな父が、五十の坂を超した時、娘の私たちよりも若い青沼菊乃という女工を身ごもらせてしまったのです。そして、生まれた子は男の子。父は大喜びで、犬神家の三種の家宝、斧、琴、菊を与えてしまったのです。そんな無法なことがありますか。私たちは、菊乃に思い知らせ、家宝を取り返そうと、親子が隠れている百姓家へ訪ねていったのです。あれは、真冬の雪の降る夜でした。

以下、回想シーン。
松子、竹子、梅子はいったん退場する。金田一と署長は、離れて見ている。
舞台袖から、青沼菊乃が帯をクルクルと解かれながら登場。赤ん坊を抱いている。

菊 乃 あれーっ!

菊乃、倒れる。
鮮やかな衣裳をまとった三姉妹が登場。

松 子 さあ、菊乃! 斧、琴、菊をお返し!
菊 乃 あれは、あれは、佐兵衛さんがこの子に下さったものです。
竹 子 おやおや、まだ懲りないのね。じゃあ、こうしてやる。

竹子、菊乃から、赤ん坊を取り上げる。

菊 乃 あ、静馬!
梅 子 さあ、こっちへ来るんだよッ!

梅子、菊乃を庭に引きずり出す。
三人、竹箒をもってきて、菊乃をめった打ちにする。
三人、井戸水を菊乃にあびせる。

松 子 おや、こんなところに真っ赤に焼けた焼け火箸が……
竹 子 そうだわ。赤ん坊にも思い知らせてやりましょう。
梅 子 そうね。

三人、赤ん坊の尻に焼け火箸をあてようとする。

菊 乃 わーっ!

狂ったように泣きわめき、赤ん坊を奪い返す。

松 子 ふん。(持っていたバケツを裏返すと大きく「斧」と書いてある)斧!
竹 子 (同じく)琴!
梅 子 (同じく)菊!
松 子 は、もらっていくよ。
竹 子 いいかい、私たちの前に二度と現れたら承知しないからね。
梅 子 おや、何だい、その顔は?

三人、寄ってたかって菊乃を蹴り倒す。

松 子 もう、いいわ。行きましょう。
竹 子 そうね。それじゃ。
梅 子 バイバイキーン!

三人退場。
菊乃、赤ん坊を抱きかかえ、起きあがる。

菊 乃 呪ってやる、お前達を呪ってやる。いつかきっと、その斧、琴、菊で仕返しをしてやる!

回想シーン終わり。署長と金田一が戻ってくる。

署 長 それにしても、ひどいことをしたもんだ。いやはや、女はおそろしいね。欲にめがくらんだというか。
金田一 青沼親子の行方はわかっているんですか?
署 長 ああ、菊乃は親戚を頼って、東京に行ったのだが、空襲で死んだそうだ。静馬は戦争に行ったらしく、それきり消息は途絶えてしまっている。
金田一 気の毒な親子ですね。
署 長 よーし、わかった! 復員服の男は青沼静馬であり、犯人だ。遺産をひとりじめするために次々と殺人を犯しているのにちがいない。よーし、すぐ指名手配だッ!

署長、退場。金田一も、溜め息をついて、後に続く。
松子と佐清、そして珠世が登場する。

珠 世 おばさま、何かご用でしょうか?
松 子 珠世さん、明日の「湖祭り」の「お神楽」、しっかり頼みますよ。
珠 世 でも、いいんでしょうか、こんな時に。
松 子 こんな時だからこそですよ。あなたにまつわるいやな噂をふりはらうためにも、毎年恒例の神事の巫女をきっちりとつとめなくてはいけません。
珠 世 わかりました。では、さっそく「湖祭り」の「お神楽」の準備をいたしますわ。
松 子 そうしてちょうだい。

珠世、歩き出す。

松 子 珠世さん。
珠 世 (振り返って)はい。
松 子 決心はついたわね。
珠 世 ……。
松 子 佐武さんと佐智さんがあんなことになってしまった今、あなたの相手はもう、この佐清しかいないのよ。さあ、最後の返事を聞かせてちょうだい。
珠 世 ……。
松 子 なぜ黙っているの? あなたにはもう他に道はないのよッ!
珠 世 ……お断りします。
松 子 なんですって? あなた、自分が何を言っているのかわかってるの? 佐清を拒んだら、あなたは遺産に関するすべての権利を失ってしまうのよ! それでもいいの?
珠 世 ……。
松 子 何とかおっしゃい!
珠 世 おばさま、この人は佐清さんではありません。
佐 清 ……。

珠世、退場。
長い間
仮面の佐清は微動だにしない。

松 子 何故黙っているの? 何とかお言い!
佐 清 ……。
松 子 お前が私の息子じゃないなんて、そんな馬鹿な……珠世の言ったことは嘘だよねえ。母さん、どうかしてるんだ。ねえ、佐清、何とか言ってちょうだい。

松子、佐清にしがみつく。
突然、仮面の下から低い笑い声がもれる。笑い声はやがて哄笑に変わる。

松 子 ……!
佐 清 珠世の言ったことは本当だよ。あんたの大事な佐清はとっくにどこかに消えちまったよ。
松 子 お、お前はいったい……
静 馬 そう、青沼静馬。あんたとあんたの妹たちに責めさいなまれた青沼菊乃の息子静馬さッ!
松 子 ……。
静 馬 お袋が死んだのは、俺が九つのときだ。最後まであんたたちを呪っていた。この犬神家の一族をな。そして、俺は自分に誓った。必ず復讐してやるってな。
松 子 ……。
静 馬 奇妙な因縁じゃないか。戦場で俺はあんたの息子にでっくわしたんだ。怨みは水に流そうと言って、おれは奴に近づいた。顔も背格好も似ていた俺たちはけっこううまくやっていたぜ。戦争がひどくなって、おれたちははなればなれになった。奴の部隊は全滅した。俺も大けがをして死にかけた。犬神家の一族への怨みだけが、俺を支えていたんだ。俺は佐清になりかわって、犬神家をのっとってやろうと、その時決心したんだ。ははははは……。

哄笑する静馬。
松子、ふるえている。
                              暗 転  
 * * * 

翌日。「湖祭り」のお神楽が始まる。
湖を舞台に繰り広げられる、シンクロのショーである。
珠世が中央で歌い踊り、そのまわりを水着を着たダンサーがとりまく。
今年のテーマは、松田聖子の「天使のウィンク」。
豪華なショーが終わり、一同退場する。
と、水面に、あの佐清の仮面が浮かんでくる。
そして、湖面に突き出た二本の足が現れる。

小夜子がやってくる。虚ろに開いたその眼は常人のものではない。
大きなカエルを抱いている。

小夜子 ケロケロ、ケロケロ。(足を見て笑う)ふふふふ。面白いことをしているわねェー。あたしも仲間にいれてよォ。

小夜子、ズブズブと湖の中へ入っていく。
署長と金田一が登場。

署 長 しまった。佐清が殺されてしまった! とうとう、犯人は、斧、琴、菊の三つの殺人を完成させやがった!
金田一 死因は何なんです? 
署 長 斧だよ。斧で頭をたたき割られている。
金田一 署長さん、被害者の手型をとってくれませんか?
署 長 なんだ君もか。さっき珠世も同じことを言っていたよ。
金田一 珠世さんが?
署 長 鑑識に問い合わせておいたよ。もうじき連絡が来るだろう。

電話が鳴る。

署 長 おお、わしだ。……何? 被害者の手型は奉納手型とは別物だと? それじゃ、あれは……。 知るか、そんなこと!(電話を切る)。金田一さん、あれは犬神佐清ではないそうだ。一体、どうなっとるんだ?
金田一 すりかわったんですよ。
署 長 なに?
金田一 あの仮面をたくみに利用してホンモノとニセモノがすりかわっていたんですよ。
署 長 じゃあ、あの逆立ち死体は何ものなんだ?
金田一 青沼静馬ということになりますね。
署 長 そうか……。よーし、わかった。犯人は、柏屋へ泊まった復員服の男だ。
暗 転  
 * * * 

珠世が一人でいる。
そこへ、復員兵姿の男がやってくる。

珠 世 ……佐清さん!

男、マフラーをとると、現れたのはホンモノの佐清である。

佐 清 ……来ちゃだめだ!
珠 世 ……やっぱりそうだったのですね。あの人はあなたのニセモノだったのですね。でも、よかった。あなたが生きていてくれて。
佐 清 僕がやったんだ。佐武も佐智も静馬もみんな僕が殺したんだ。
珠 世 佐清さん!
佐 清 僕は追われている。恐らく逃げおおせることは出来ないだろう。覚悟はできている。一度は戦争で捨てた命。いつ死んだっていい。でも、その前に、もう一度君に会っておきたかったんだ。
珠 世 ……私もお会いしたかった。
佐 清 (手紙を取り出して)この中に、今回の事件の全てが書いてある。これを警察に渡してほしい。(手紙を珠世に渡す)。
珠 世 そんな……
佐 清 さようなら。君はいつまでも元気でいておくれ。大好きだ。昔も、そして今も。
珠 世 佐清さん。

二人抱き合う。

佐 清 珠世さん! さあ、もう行かなくては……。
珠 世 いいえ、行かないで。もう少しだけ、もう少しだけ。
佐 清 (もう一度抱き合う)珠世さん……。
珠 世 佐清さん。
佐 清 もう行くよ。
珠 世 いいえ、行ってはいや。
佐 清 珠世さん!
珠 世 佐清さん!(佐清、離れる)いやです、いやです!
佐 清 ……放せったら!
珠 世 いやですッ! 猿蔵!

猿蔵、登場。

猿 蔵 ウキーッ。

猿蔵、佐清をくすぐる。

佐 清 わかった、わかったから、放してくれ!

そこへ、署長と金田一が登場。

署 長 犬神佐清。殺人容疑で逮捕する。観念しろ。

佐清、あきらめて座り込む。

佐 清 僕が全部やりました。犯人は僕です。
署 長 よし、決まった。これで事件は解決だ。
金田一 ねえ、佐清さん、あなたが全ての事件の犯人だなんてムリですよ。若林さんが殺されたのは九月一九日。あなたがこの町に帰ってきたのは二〇日でしたね。
佐 清 それは……。僕が告白しているのは、犬神家の三人のことです。
金田一 (驚いて)署長さん、佐清くんは、自分が、柏屋へ現れた復員服の男であることを認めたんですよ。
佐 清 ……。
署 長 うーん、いいぞ、いいぞ。
金田一 博多に復員した時、あなたは、新聞で、犬神家に自分のニセモノが入り込んでいることを知ったんですね。そこで、君は誰にも知られないうちにその男と入れ替わろうと思って、顔を隠して柏屋へやってきた。そして、その夜、君は密かに犬神家に忍び込んで偽の佐清を呼び出した。
佐 清 ……。
金田一 思った通り、贋佐清は青沼静馬だった。きっとあなたたちは言い争ったのでしょうね。そこへ珠世さんと佐武さんが現れたので、君達は隠れた。それから後のことは珠世さんの証言どおりです。そして、珠世さんと猿蔵が去った後、殺人が行われたわけですが、それを君たちは目撃した。つまり、佐清くん、あなたは犯人をハッキリと見たんだ。
署 長 何、この男が犯人じゃないと言うのか?
佐 清 犯人は僕です。
金田一 あなたは、その犯人を庇うために告白書を作り、こんな行動を取っているんだ。でも、そんなことは隠しおおせることじゃない。それに、あなたが真実を語ることの方が犯人の救いになるんじゃないですか?
佐 清 僕が殺したんだ。
金田一 あなたが庇っているのは、松子夫人ですね。

佐清、泣き崩れる。
                              暗 転  
 * * * 

犬神家の座敷。
松子が一人でいる。

金田一 金田一です。
松 子 どうぞ。

金田一、登場。

金田一 湖の死体が佐清くんでなかったことはご存じですね。
松 子 ええ、警察から電話がありました。
金田一 松子奥さん、警察は佐清くんを逮捕しましたよ。
松 子 えッ? 佐清はどこにいたんですか?
金田一 佐清くんは、犬神家の連続殺人事件の容疑者なんですよ。
松 子 ばかばかしい 佐清が人を殺したりするもんですか。
金田一 その通りです。佐清くんじゃありません。犯人はあなたですね?
松 子 (微笑を浮かべて)何を根拠にそんなことをおっしゃるのです?
金田一 遺言状の内容を若林さんに探らせたのもあなたです。その発覚を怖れてあなたは若林さんの口を封じた。
松 子 何を言うの。あの人が死んだ時、わたしは博多に行っていたじゃありませんか。
金田一 実は昨夜、あなたのお母さんにお会いしました。遺産の分け前をもらいにやってきたお園さんはあなたに断られ、あきらめきれずに駅まで後を追った。その日はちょうどあなたが博多に出発する日だったのですね。そこでお園さんは、あなたが若林さんに煙草を手渡しているのを見たと言っていました。なるほど、煙草に毒をしこんでおけば、いつかは死ぬだろう。しかも、そのとき、あなたは遠くにいることができるんです。
松 子 あんな人、縁を切ったも同然です。そんな女の言うことを誰が信じるもんですか。
金田一 認めていただけないならやむを得ません。あなたは若林さんの次に佐武くんを殺害しましたね。でも、あなたはあのとき、展望台の物影に佐清くんが潜んでいたのをご存じないでしょう。
松 子 佐清が……?
金田一 静馬と二人で。佐武君をねらっていたあなたは、珠世さんたちの去るのを待って、佐武君に近づき、花バサミで刺し殺した。あなたが去った後、静馬は佐清くんに、母親の殺人がばれないようにしてやるから自分のいいなりになれと言った。その時から、佐清くんは静馬の奴隷になりさがってしまったのです。菊人形のアイデアも静馬のものでしょう。斧、琴、菊の呪いで殺人が行われたように見せかける。翌朝、菊人形になっていた佐武君を見て一番驚いたのはあなたでしょうね。真犯人が知らない事後共犯者がいて、殺人の後始末をしていたのが、この事件の特徴といえるのです。佐清くんは、ずっとあなたの殺人の後始末をしていてくれたのですよ。
松 子 (叫ぶ)佐清に……佐清に会わせてください!

手錠をかけられた佐清が登場。
そして、署長、珠世、竹子、梅子。

佐 清 母さん……。
松 子 よくまあ無事で。お前の部隊が全滅したというしらせを聞いたとき、母さんはもう生きるはりあいも失った。だけどお前だけは死ぬものかと念じ続けていたんだよ。わたしの願いが通じたんだねえ。お前とこうして会えた。
佐 清 ……。
松 子 五年ぶりだねえ。佐清、生きていたのに、なぜ、早く帰ってきてくれなかったのです。
佐 清 自分の失敗で部隊を全滅させてしまった僕は、とても日本に帰る気になれなかった。
松 子 私は博多でお前恋しさのあまり、とんでもない間違いをおかしてしまった。それが静馬だったばっかりに。
金田一 偶然です。恐ろしい偶然が何度も重なったのです。すべてはあの青沼静馬が仕組んだのです。手型のことでニセモノであることがばれると思った静馬は、佐清くんに入れ替わることを命じたのです。佐清くんはあの仮面をつけ、手型を捺したのです。そして、その夜、また二人は入れ替わった。
松 子 あの日まであたしも、ニセモノではあるまいか……という疑いがふいと頭をもたげることがありました。それだけに、手型がぴったり合ったと聞いたときの喜び。たった一時でも、わが子を疑ってすまないとさえ思ったのです。……あの晩は琴の師匠を呼んでいました。何かが起こるとき、わたしはわたしを失ってしまう。いいえ、わたし以外の何者かが私を動かす……。

回想シーン。
松子が立ち上がり、誰かを待っているふう。
他の全員は、舞台の下に降りて、その様子を見守る。
佐智がやってくる、ふらふらしている。

梅 子 あ、佐智!
佐 智 ああ、疲れた。畜生、何もしてないのに、何だよ、あいつ。

松子、帯留めをほどき手に持つと、佐智の後ろにまわり、いきなり首を絞める。

佐 智 う、うッ……。
松 子 コラア、死ね、死んでしまえ! 死ね! 死ね!

佐智、断末魔の苦悶。最後の力を振り絞って松子の指に噛みつく。

松 子 痛いッ!

佐智、ついに死ぬ。

松 子 ふん、やったぜ!
竹 子 佐智!

佐智(の死体)退場。全員、舞台に上がって、回想シーンの前の位置に戻る。

署 長 どうして、わざわざ琴になんてしたのだね?
佐 清 静馬が、三種の家宝の呪いだから、菊の次は琴にしろと言ったのです。
署 長 しかし、あの時の松子夫人の証言によると、その時間、松子夫人は琴の稽古をしていたことになっている。
金田一 琴の師匠に聞いたのですが……

回想シーン。みんなはまた見物の位置に。
琴の師匠が登場。盲目である。

琴の師匠 ご不幸があったのに、琴の稽古に呼ばれたのが、まずわたくしは変だと思いました。奥様は、初めはきちんと弾いておられましたが、中座されて戻ってこられた後、わたくしはすぐに、奥様が人差し指に怪我をしていらっしゃる、しかもそれを隠そうとして、痛さをこらえて琴を弾いていらっしゃるのに、気が付いたのでございます。ええ、私は眼が不自由ですが、そのくらいの音色の乱れはすぐにわかります。

琴の師匠、退場。
松子と静馬が登場。

静 馬 俺は佐清になりかわって、犬神家をのっとってやろうと、その時決心したんだ。ははははは……。
松 子 ……。
静 馬 あんたのおかげでからくりはうまくいった。死んだはずの佐清が俺のあとから復員してきたことだけが計算違いだったけどな。
松 子 佐清が帰ってきた? どこに、どこにいるの?
静 馬 探したってムダだよ。俺の命令通り、二度とあんたの前に現れないさ。
静 馬 (仮面を取って正面を向く)俺は犬神佐清だ。この家のものは全部俺のものだ。珠世も遺産も何もかも。勝ったんだ。俺は犬神一族に勝ったんだ!

静馬、部屋を出ていこうとする。
松子、片隅に立てかけられてあった、手斧(見えない)を取り、静馬に襲いかかる。
お約束のスローモーション。

静 馬 ギャーッ!

 松子、何度も何度も斧を振りかざす。ものすごい血しぶきが飛び散る。
 見ているみんなは、その情景の「効果音」を口々に言う。
 例えば「ドフッ!」(斧が当たった音)、「プシューッ!」(血が飛び散る音)等々。
 回想シーンは終わる。みんなは元の位置に。

署 長 静馬の死体を崖から湖に投げ入れたのは君か?
佐 清 ……。
署 長 そうか、これで謎は全部とけたというわけだ。いや、まだだ。あの時計はどこにいったんだ? 珠世が佐武に渡した時計は……

 松子、たばこ盆の抽斗をあけ、懐中時計を取り出し、「コロコロ……」と説明しながら、金田一の方へ転がす。

松 子 わたしは指紋のことなど知りませんでしたよ。佐武の胸からすべりおちたので、拾っただけです。
金田一 そうだったのですか……。
松 子 (煙管で煙草を吸っている)署長さん、佐清は罪に問われるのでしょうね。
署 長 やむをえんでしょうな。
松 子 ひどく重いのでしょうか? まさか死刑になるようなことは……?
金田一 そんなことはありませんよ。情状酌量の余地もありますし……
松 子 よかった。みなさんに、まだお話していないことがありますわ。私は、佐武さんや佐智さんと殺そうと思っていたのではないのです。私が殺そうとしていたのは、珠世さん、あなただったのよ。私はあなたが憎かった。あなたさえ、いなければと思った。でも、気が付いたら、私は、あなたではなく、佐武さんや佐智さんを殺してしまっていたのよ。なぜかしらねえ。……佐清や、お前は珠世さんを愛しているのだね?
佐 清 はい。
松 子 この人が男だと知ったうえでだね?
佐 清 はい。僕は、ずっと昔から、この人のことを愛していました。母さんは内緒にしておこうとしたけど、僕はちゃんと知ってたんですよ。
松 子 やっぱりね。何とか、あきらめさせようとした私の努力もムダだったのね。珠世さん、あなたも佐清のことを大切に思っていてくれるのでしょう?
珠 世 ええ、もちろんですわ。
松 子 そう。それが一番大事なことなのでしょうねね。珠世さん、佐清が牢から出てくるまで待っていてくれるわね?
珠 世 はい、佐清さんがお望みなら……
佐 清 珠世さん、ありがとう。
松 子 よかった。二人とも、幸せにおなり。ガクッ!

松子、突然前にのめり、畳に突っ伏す。

佐 清 母さん!
珠 世 おばさま!
金田一 しまった……しまった! 煙草だ。若林くんを殺したのと同じ毒が煙草に仕込んであったんだ!

松子、こときれている。

佐 清 母さん!
                              暗 転 

 * * * 

金田一の出発の日。警察署。

署 長 いや、いろいろお世話になったよ。君のおかげで真犯人がわかって、警察の面目も保てたというもんだ。
金田一 いいえ、僕がもう少し早く糸口を探し出していれば、五人の死者を出さずにすんだのではないかと申し訳なく思っているんです。
署 長 まあ、それもそうだな。あ、そうだ。犬神家の連中が、君の見送りに来ると言っておったよ。
金田一 参ったなあ、僕は見送られるのが苦手なんですよ。
刑 事 (登場して)署長、古館弁護士からお電話です。
署 長 (電話を取って)ああ、古館さん。あんたがいない間に、犬神家の事件は、私がすっかり解決しましたよ。ええ、今日出発するそうです。あ、そうですか、お見送りに。私も行くつもりです。……ほんとに来れるんですか?(と言いながら退場)
金田一 (刑事に)じゃあ、僕、失礼します。
刑 事 はあ……。

金田一、退場。
犬神家の庭。猿蔵が菊の花を持っている。

珠 世 (登場して)猿蔵、お前も金田一さんのお見送り?
猿 蔵 ウキーッ!
珠 世 じゃあ、一緒に行きましょう。
佐 清 珠世さん、僕も行くよ。
珠 世 そうね……。佐清さん、ほんとに私でいいんですか? これからの犬神家のことを考えると、心配で……。
佐 清 だいじょうぶ。何とかなるさ。何とかしていかなくちゃ。
珠 世 はい。

竹子、梅子登場。

竹 子 じゃ、珠世さん、私たちも見送りに行くわよ。
梅 子 ていうか、帰るわ。あとのことは頼んだわね。
珠 世 はい。おばさま、おじさまたちは?
竹 子 捨ててきたわよ。あんなおもちゃ。
梅 子 ああ、せいせいした。

一同、退場。
金田一がやってくる。
女中はるが登場。

金田一 ああ、おはるさん!
は る あら、金田一さん。どうしたんです、こんなところで。駅でみなさんお待ちかねですよ。私もこれから行くところなんですけど。
金田一 おはるさん、頼みがあるんだけど……
は る 何ですか? 私に一緒に東京に来てほしいとか? 私に探偵になれと? なれと?
金田一 そうじゃなくて、こっそり出発したいんだけど、何かいい方法はないかな?
は る こっそり……? (思いついて)わかりました。ついて来てください。
金田一 ありがとう。助かったよ。

二人、湖のほとりへ。

は る はい、ここです。
金田一 ここって、湖じゃないか?
は る ええ、ここから、船出してください。ボートを用意しておきました。
金田一 そうか……。でも、どこに着くのかな?
は る 知るかよ、そんなこと。自分で考えろよ!
金田一 そうだよね。うん、わかった。じゃ、行くよ。

金田一、ボートに乗り、漕ぎ出す。

は る さようなら、金田一さん。お元気で!

とその声を聞きつけて、みんなが登場。若い刑事と琴の師匠も。

署 長 あ、あんなところに。
佐 清 金田一さん。
珠 世 ありがとうございました!
猿 蔵 ウキー!

と言っているうちに、ボートを漕ぐ金田一の様子がおかしい。

珠 世 あっ!
佐 清 どうしたの?
珠 世 立ち上がって、助けを求めてるわ。
佐 清 どうして?
珠 世 また、誰かが穴を開けたの?
竹 子 私じゃないよ。
梅 子 私だって。
署 長 みんな、何を言っとるんだね、あれは、私たちの挨拶にこたえとるだけだよ。
刑 事 なんだ、そうか。
珠 世 そうなのね。
佐 清 そうだよ。きっと。
珠 世 金田一さん、さようなら!
みんな さようなら!
佐 清 お元気で!
みんな お元気で!

手を振るみんな。
琴の師匠だけは、全然違う方を向いている。

金田一 誰か、助けてくれー! ゴボゴボ……。

と言っている間に、金田一のボートはどんどん沈んでいくのだった。

                              幕 

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