「Love Song」
関根信一

●その1●

>>>その2>>>

劇団フライングステージ第19回公演

Love Song ラブソング
                             関根信一 

高橋央樹(ひろき) ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 岩井智彦
男1/町田弘子/クラブの男 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 吉岡亮夫
男2/亀谷誓一/二丁目の男/デニーズの店員 ‥‥ 増田 馨
男3/野村光太郎 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 森川佳紀
男4/中嶋洋平/受付の男 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 関根信一
男5/伊藤 新/ドラァグクィーン ‥‥‥‥‥‥‥ 石関 準
男6/兵藤直也 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 早瀬知之

場所 あちこち
時間 春先の夕方四時過ぎから翌日の朝五時過ぎまでの約十二時間
 
この物語は、例によって、最低限の役者と舞台装置で演じられる。
小道具はもちろん使わない。
椅子らしきものが数脚、これもお約束のように転がっているだろう。

 *         *         * 

浮かび上がる二人の男
そこはかとない別れの予感

央 樹 何なの、話って?
男 1 ‥‥。
央 樹 どうしたの。わざわざ呼び出して。
男 1 ‥‥。
央 樹 そうだ、晩飯まだなんだけど、どっか行かない。こないだ行った‥‥
男 1 あのさ、別れてくれないかな?
央 樹 ‥‥どうして?
男 1 ‥‥もっと早く言わなきゃと思ってたんだけど。何だか、言い出せなくって。
央 樹 ‥‥新しい恋人ができた?
男 1 そういうわけじゃないんだけど‥‥。
央 樹 だったら‥‥
男 1 でも、もう決めたんだ。おしまいにしよう、俺たち。
央 樹 理由が知りたい。
男 1 聞いてどうするんだよ。
央 樹 反省の材料にする。この次の出会いに備えて。
男 1 別に、お前が悪いってわけじゃないんだよ。ただ、俺、人に好きになられるより、そいつのこと好きになっていたいっていうか。
央 樹 僕達、つき合ってたんじゃないのかな?
男 1 ごめん、俺も頑張ったんだけど、無理だった。じゃあな。
央 樹 そんな‥‥

男1退場。同時に男2が登場。

男 2 ごめんね、呼び出して。
央 樹 何なの話って?
男 2 ‥‥。
央 樹 ねえ‥‥
男 2 別れた方がいいと思うんだ。僕達。
央 樹 ‥‥どうして?
男 2 聞かないで。
央 樹 すっごい気になるんだけど。ねえ‥‥
男 2 さよなら!

男2、去っていく。
すぐに男3が登場。

男 3 留守電聞いてくれた?
央 樹 でも、よくわかんないんだけど。
男 3 友達でさ、お前のこといいっていうヤツがいるんだけど‥‥
央 樹 僕達つき合ってるんじゃないの?
男 3 ま、そうなんだけど。一度会ってみたらどうかなと思って。
央 樹 それって、別れたいってこと?
男 3 そうは言ってない。
央 樹 じゃ、何よ?
男 3 だから、会ってみたらって。あ、電話番号教えていいよね。
央 樹 ‥‥。
男 3 じゃ。
央 樹 あ‥‥。

男3退場。
すぐに男4が登場。

男 4 ありがとう来てくれて。
央 樹 何なの話って?
男 4 別れよう。
央 樹 僕のどこがいけないのかな?
男 4 ‥‥何で痩せちゃったの?
央 樹 だって、ダイエットした方が健康にいいかなって。
男 4 私はあのお腹が好きだったのに!! あのお腹はどこに行ったのよ?
央 樹 じゃ、また太るよ。ジャンクフードばりばり食べて、中性脂肪いっぱいのお腹に戻るから。
男 4 もう遅いの。相撲取りの恋人できちゃった。じゃね。

男4退場。
男5登場。

男 5 別れよう。
央 樹 どうして?
男 5 気が付いたんだ。僕デブ専じゃないって。
央 樹 そんな!

男5退場。
すぐに男6登場。

男 6 ありがとう来てくれて。
央 樹 いいよ、別れるなら。覚悟はできてる。
男 6 そんなこと言ってないのに!
央 樹 じゃ、何なの話って?
男 6 クリスマス、どうやって過ごそうかなって。
央 樹 あちゃー。
男 6 いいよ、それなら。じゃあね、さよなら!
央 樹 あ!

男達全員登場する。

男 2 俺達さ、一緒にいてもしょうがないと思うんだよね。
男 3 いつも振り回されてる気がするんだ。
男 4 なんで僕のしたいことばかり聞くわけ?
男 5 つき合うのって、向いてないみたいなんだ。
男 6 もう連絡とりあうのよそう。
男 2 田舎に帰って結婚するんだ。
男 3 お互い無理してつき合うのはやめよう。
男 4 やっぱ、ネコどうしは無理だわ。
男 5 なんか、飽きちゃったんだよね。
男 6 趣味じゃなかったみたい。
男たち だから、さよなら!

男たち全員退場。

央 樹 (叫ぶ)どうすりゃいいいのよ!!

エリック・サティのピアノ曲「あなたがほしい」が聞こえてくる。

央 樹 って、これは、みんなフィクションだからね。ほんとだって。大体はね。そう、僕は男同士の恋愛シュミレーションゲームの開発をしてる。お、ゲーム業界もついにそこまで来たか!ってかんじでしょ? 僕は、この会社に中途採用で入ったんです。三十歳を目前にしての大冒険。もともとは新卒で入った大手のソフト会社でSEをやってたんだけど、もう最悪。3Kどころじゃない。職場はみんな男ばっかり。それはまあよかったんだけど。あんまりハードな仕事だったんで、身体コワしちゃって、肝臓をね。ヤケで飲み過ぎて、食べすぎて、どんどん太って、医者からドクターストップ。一緒に肝炎なんかもやっちゃって。それは遊びすぎってかんじなんだけど。入院中、絶対安静のベッドで思った。こんなんじゃいけないって。もうじき三十。たしかに男ばっかり、こんなに独身が多い職場もないってことはたしか。結婚しない理由をしつこく聞かれることもない。でも、こんなに張り合いのない職場もないってこともたしか。だって、僕じゃなくったっていいんだもん。優秀な技術を持った誰かなら。そうだ、僕じゃなきゃできないことをしよう。でも、今だから言えるほんとの理由は、こう。ゲイでもないのにいつまでもぐだぐだ一人でいるださださの独身男たちに嫌気がさしたから。僕がこいつらと一緒だと思われてるなんて最低! で、思い切って、とらばーゆ。小さいけどなかなかやりでのありそうなソフト製作会社に転職成功。もともとがベンチャーだった会社だから、安定はしてないし、給料も前に比べたら、やや少ない。でも、僕じゃなきゃできないってことは、やらせてもらえる。はずだったんだけど、最初に任された仕事が、男同士の恋愛シュミレーションゲームって‥‥。たしかに、僕じゃなきゃできないことかもしれないんだけど‥‥。でも、ただ一つ気がかりなのは、何で僕がこの仕事をまかされたのかってこと。僕がゲイだってことは誰も知らない。はずなんだけど‥‥。

いつの間にか、央樹の後ろに弘子がいる。
ここは、高橋央樹が勤めるゲームソフト製作会社のオフィス。
登場した町田弘子は、同僚のOLだ。

弘 子 だいじょぶよ。だって、私誰にも話してないもん。給湯室の話題にもしてないし。アタシのところに間違って来た、オネエ言葉で書いてあるメールだって、誰にもわからないように、こっそり転送してあげてるじゃない。
央 樹 じゃ、何で、俺の担当になったんだろうか、これ?
弘 子 ‥‥。
央 樹 何で「関係ないじゃない」って言ってくれないのかな?
弘 子 だいじょぶよ。
央 樹 全然説得力ないんだけど。
弘 子 私、ほんと部長になんかしゃべってないわよ。
央 樹 てことは、他の誰かにはしゃべったってことなのかな?
弘 子 雰囲気でわかるのよ。そういうもんなのよ。
央 樹 わかっちゃったら、すっごい困るんだけど。
弘 子 何とかするわよ。だいじょぶだって、ちゃんと部長の弱み握ってるんだから。あのね、ここだけの話だけど、野田部長、先月「ヘルニアの手術」って言って休んでたじゃない。あれね、ほんとは痔の手術だったんだって。ねえ、いい、これは、ここだけの話よ。
央 樹 なんか、すっごいよくわかった気がする。いろんなことが。
弘 子 何、何がわかったの? 教えて、誰にも言わないから。
央 樹 大したことじゃないから。
弘 子 あ、そうだったわ。亀谷くんが、チャットで今晩会いたいって言ってるよ。
央 樹 町田、やめてくれるかな、俺たちのチャットに参加するの。
弘 子 いいじゃない。だまって見てるだけなんだから。
央 樹 怪しいんだよ、だまっていられるのも、それはそれで。
弘 子 いいから見てみなよ。
央 樹 ‥‥うん。

央樹、メールをチェックする。

央 樹 (ため息)まただよ。いいって、ほっといて。
弘 子 深刻そうよ。
央 樹 こないだ別れたばかりじゃない?
弘 子 ティップネスのインストラクター。エアロビのレッスン中に他の男に色目使ってるとかって言って、大もめにもめて別れたあれ?
央 樹 それが、今度はそのインストラクターの新しい男とどうにかなっちゃってるんだって。
弘 子 
(大声で)やだ、新しい男?
央 樹 やめろよ、そんな大声。
弘 子 なんで? 別にいいじゃない。「新しい男」でしょ、何もまずいことなんかないじゃない。ただの「新しい男」、「ニュー・マン」なんだから。高橋くんの「新しい男」だとかそういうこと全然言ってないんだから。私の新しい男かもしれないじゃない。
央 樹 ていうか、それはない。
弘 子 何ですと! でも、高橋くん、気にしすぎ。だいじょぶだって。それに、万が一、疑われたりしたら、その時は、このゲームの中の話だってことにしちゃえばいいんだから。
央 樹 そんな簡単に‥‥。
弘 子 ねえ、どうするの? 会うの、今晩?
央 樹 会わない。
弘 子 なんで?
央 樹 いいよ、ほっといて。
弘 子 じゃあ、とりあえず、レスつけときなよ。
央 樹 いいよ、もうずいぶん時間経っちゃってるから。これは、見なかったことにする。
弘 子 ひどーい。それでも友達?
央 樹 お前に言われたくない!

央樹の携帯が鳴る。

央 樹 (取って)はい、何なの? え? あ、今、見たところ。何よ、ちょっと相談って。今晩ちょっと無理っぽいんだけど。‥‥だから‥‥。‥‥わかったよ。‥‥泣くなよ。仕事中だろ? ‥‥わかった。じゃ、行くよ。行くから。もう泣くなって。うん、八時に。わかった。じゃあな。(切る)
弘 子 会うのね?
央 樹 しょうがないよ。泣いてるんだから。
弘 子 出るのね、二丁目?
央 樹 だから、声が大きいって。
弘 子 誰も「新宿二丁目」だなんて言ってないじゃない。知らない人は「下赤塚二丁目」だと思うかもしれないでしょ。
央 樹 思わないよ。
弘 子 ねえ、私も行く。
央 樹 何で?
弘 子 亀谷くんの話聞きたい。
央 樹 聞いてどうすんの?
弘 子 相談に乗る。
央 樹 どうせ、大した話じゃないんだから。あいつが言う「相談に乗って」っていうのはね、「いいから黙って話聞いて」ってことなんだから。
弘 子 じゃ、話聞く。
央 樹 あのね‥‥
弘 子 だって、泣いてるんでしょ? 友達じゃないの?
央 樹 それとこれとは‥‥。
弘 子 じゃ、バラしちゃうかも。
央 樹 友達じゃないのかよ?
弘 子 それとこれとは話が別よ。知らないわよ、職場のOL敵に回すとどうなるか?
央 樹 ‥‥わかったよ。
弘 子 やった! これで私も二丁目デビューね。
央 樹 でも、すぐ帰るんだからな。
弘 子 せっかくの金曜日じゃない。オールよ、オール。
央 樹 朝まで何すんの?
弘 子 じゃましないから、だいじょうぶ。
央 樹 じゃまって何の?
弘 子 高橋君の。
央 樹 俺の何?
弘 子 恋人探し。
央 樹 探してないって。
弘 子 どうして、二丁目ってそういう出会いがいっぱいの場所なんでしょ。探さないでどうすんのよ。
央 樹 俺、そういうのもういいから。
弘 子 またまた、弱気になる。高橋くん。今、誰もいないんでしょ、恋愛関係。死ぬほど振られたからって何よ。くじけちゃだめ。私がついてるから! あ、一度やってみたかったの、オコゲ女の役。ゲイバーにくっついていって、ゲイの友達が男に熱い視線を送ってるのに気が付くと言うの。「いいわ、私が言ってきてあげる」。素敵!!
央 樹 町田さ、応援してくれるの嬉しいんだけど、俺、そういうのももうやめようと思って。
弘 子 そういうのって?
央 樹 つき合うとかってそういうの。
弘 子 何で? あんなに一生懸命だったのに。
央 樹 こんなモノつくってるからかもしれないんだけどさ、思っちゃったんだよね。この頃特にさ。何でゲイはいっつも男さがさなきゃなんないのかって、素朴な疑問が湧いてきて。
弘 子 それはゲイだからに決まってるじゃない。
央 樹 男さがしまくって、やりまくって。それでおしまい。うまく行ったら、一生幸せに二人で暮らす。そうじゃなかったら、また一人ぼっち。これって、そういうゲームじゃん。
弘 子 そうよ。
央 樹 なんで、一人じゃいけないんだろうか?
弘 子 え?
央 樹 一生一人でいるってことは、しあわせじゃないってことなんだろうか?
弘 子 高橋くん、だめよ、そんなこと考えちゃ。とりあえず、ゲーム的にはそれじゃ、バツよね。だって、全然おもしろくないじゃない。部長に怒られちゃう。
央 樹 そうかな?
弘 子 そうよ。もう、元気出す! よし。じゃ、私、大急ぎで帰って着替えてくるから、南口のGAPの前に八時十五分前に待ち合わせね。
央 樹 着替えてって‥‥
弘 子 高橋くんも着替えてきなよ、トミヒルとかそういうのに。
央 樹 は?
弘 子 高橋くんってさ、全然ゲイっぽくないよね。いいの、そんなんで?
央 樹 いいの、全然。それにね、そんなヒマないよ。まだ、仕事終わらないし。
弘 子 そんな後ろ向きな気分で考えたってだめだって。もっとぱーっと盛り上がったところで仕事しなきゃ。
央 樹 わかったよ。
弘 子 いい、着替えてね。ちゃんとシャワー浴びるのよ。わかってる? 何があるかわからないんだから。
央 樹 はいはい。
弘 子 じゃあね。

弘子、出ていく。

央 樹 おい、町田、まだ五時になってない‥‥

と五時の終業を知らせるチャイム。
央樹、仕事を再開しようとするが、やっぱりやめて話し始める。
スキーター・デイヴィスの「エンド・オヴ・ザ・ワールド」が聞こえてくる。

央 樹 ほんとはもう決めてたんです。もう恋なんてしないって。僕はもうドキドキなんてしない。どんな相手とつき合ったって、どうせいつかは終わっちゃう。相手に恵まれないからとかそんなことじゃない。僕はちゃんと恋をしてちゃんとお付き合いをして、エッチをして、そのうちにだんだん飽きて、もしくは飽きられて、終わった。いつもそう。みんな同じ。時間が長いか短いかの違いだけ。三十分の時もあれば、二年八ヶ月の時もあった。でも、みんな終わる。終わるたびに、僕は、むちゃくちゃ焦りまくって、新しい男を見つけに出かける。二丁目のバー。新橋のハッテンスポット。真夜中の公園。インターネットの掲示板。でも、また同じ。遅かれ早かれ、必ず終わる。どうして? 僕が悪いわけ? ある日、気が付いた。悪いのは僕じゃない。相手でもない。そうじゃない。恋ってのは終わるもんなんだって。もちろん、永遠に終わらない恋をしてる人達だってたくさんいる。でも、僕はそうじゃないみたいなんだ。それがわかったら、焦りまくってる自分がばかみたいに思えてきた。誰かがいないと落ち着かない。恋してないと落ち着かない。これはもしかしたら、依存症なのかもしれない。セックスやドキドキに対する強烈な依存症。だから、僕はやめることにした。恋をしようと焦るのはやめた。別にモテないことに悲観したわけじゃない。もちろんモテすぎて疲れたってわけでもない。ただ、これは、僕の依存症からの脱却プログラム。または、恋愛ですっかりむくむく太った、僕の心のダイエットなんだ。
弘 子 ていうか、その前に、まず痩せろってかんじ。じゃあね、お先!!

弘子、出ていく。
央樹、溜め息。
と央樹の携帯にメールが着信する。

央 樹 (読んで)「緊急事態。至急帰宅せよ」。

怪訝そうな表情の央樹。

場面はすぐに変わって、央樹の部屋。
同居人の中嶋洋平もいる。
二人とも正面を向いて座っている。

やがて‥‥

央 樹 なんでああいうメール送るかな?
洋 平 確認しないで帰ってくる、あんたが悪いんでしょ。
央 樹 ちょうど携帯のバッテリーが上がっちゃったんだよ。
洋 平 公衆電話だっていいのに。
央 樹 だけど、圧力ナベの使い方がわからなくなったからって、あんなメール送る、普通?
洋 平 だって、なんかすごい音してるんだもん。とりあえず火は消したんだけど。
央 樹 一度にたくさん作りすぎなんだよ。あんなにたくさんカレーつくってどうするの?
洋 平 少しだけ作ってもおいしくないの。ていうか、あんなにぱくぱく食べてから、文句言ったって全然説得力ないよ。
央 樹 いつまでたってもダイエット始められないじゃないか!
洋 平 やだ、もう始めてたんじゃなかったの?
央 樹 ‥‥。
洋 平 ‥‥充電、もう終わってるんじゃない。遅くなるの、今日は?
央 樹 どうせ、大した話じゃないから、さっさと帰ってくる。
洋 平 亀谷くんも、どうしてあんたに相談するかね。
央 樹 それは経験豊富だからでしょ?
洋 平 どんな経験だか‥‥。
央 樹 あのさ、前から言おうと思ってたんだけど。どうして、自分しか俺には男がいないと思ってるわけ?
洋 平 だって、いるの他に?
央 樹 そりゃ、今はいないけど。何で信じないのかな?
洋 平 見たことないもん。
央 樹 そりゃうちには連れてこないよ。
洋 平 別にかまわないのに、連れてきたって。別れて三年も経つんだから。
央 樹 俺がかまうの。やなんだよ、そういうの。そっちだって、誰も連れ込んだりしないじゃない。
洋 平 え、連れ込んでるよ。適当に。
央 樹 うそ!
洋 平 一日うちにいる仕事はこれだからいいわ。
央 樹 何で言ってくれないのかな?
洋 平 だってプライベートなことでしょ。
央 樹 俺はちゃんと話してるじゃない、出会いから別れまで、ハッテンの話だって。
洋 平 でも、あれって、あんたが作ってるゲームの話なんでしょ、ほんとは全部。
央 樹 違うって。
洋 平 なんだか全然リアルじゃないんだもんな。それに、もし、あれが全部ほんとなんだとしたら、それはそれでどうかと思うわ。だって、だれとも全然うまくいってないじゃない。
央 樹 それはそうだけど。
洋 平 私は心配なのよ、あんたがこのまんまずっと一人で一生淋しく暮らしていくのかと思うと。
央 樹 田舎のお袋みたいなこと言うなよ。
洋 平 だらだら一緒に暮らしてるけど、いい人できたら、いつでも別れていいんだからね。
央 樹 もうとっくに別れてるんですけど。
洋 平 そういうことじゃないの、私が言ってるのは、精神的な自立っていうか、そういうことよ。いつまでも私の大きな影から抜け出せないんじゃないかと思うと、悪くてさ。なんだか、マザコンの息子を持っちゃった気分なのよね。
央 樹 あのさ、前から言おうと思ってたんだけどさ。
洋 平 なあに。
央 樹 きっと強がって怖そうなキャラ演じてるつもりなんだろうけど、それって誰も演じてると思ってないと思うよ。
洋 平 何よ、突然?
央 樹 そりゃ若い頃はそういうキャラもありだけど、今はただのほんとにおっかない人になっちゃってるだけだと思うんだよね。だから、亀ちゃんだって、だんだんうっとおしくなって‥‥。ごめん。
洋 平 謝ることない。だって、私、それで全然いいから。人におっかながられるのっていい気持ちじゃない?

央 樹 じゃあ、行って来る。
洋 平 がんばって、ほんとの男見つけてきてね。生きて動いてるやつ。
央 樹 だから、そんなんじゃないって。
洋 平 無理しないでいいから。
央 樹 そういうのもうやめたんだ。
洋 平 なんで? いもしない男のこと、ずばり指摘されてしまったから?
央 樹 そうじゃなくって。次から次へと、新しい男探すのもう疲れたっていうか。
洋 平 だって、そういうゲームなんでしょ。
央 樹 ゲームじゃなくて、俺のほんとの話だって。
洋 平 いいから、いいから無理しないで。ま、せいぜい頑張ってきてね。

洋平、出て行こうとする。

央 樹 あのさ、前から言おうと思ってたんだけど‥‥
洋 平 何また? 今日は「前から言おうと思ってたことを言う日」なの?
央 樹 俺、やっぱりここ出てこうと思うんだ。
洋 平 ‥‥うそ。
央 樹 ごめん。
洋 平 何でよ?
央 樹 何でって、もう別れて三年も経つんだし。
洋 平 やだ、一人でここの家賃払えないもん。引っ越したくない。
央 樹 昼間連れ込んでる誰かと住めばいいだろ。
洋 平 あ、それはだめ。この頃、気が付いたんだよね。つき合ってる相手と住むより、何でもない相手と住む方が、ずっと気楽で楽しいんだって。そう思わない。
央 樹 思わない。
洋 平 あんただって、安月給で一人暮らしなんてできんの?
央 樹 なんとかなるって。
洋 平 新しい会社で楽しいのかもしれないけど、あんないい加減な会社、知らないわよどうなったって。わかる? セガだって、あんなになっちゃったんだから。
央 樹 作詞家、しかもゴーストライターなんてヤクザな商売よりは、よっぽど安定してると思うね。
洋 平 ゴーストばかりじゃないもん。それにね、わかってないな、印税収入っていうのがあるの。一度書いちゃったら、ずっとお金が入って来るんだから。年金みたいなもんよ。
央 樹 詐欺だ、そんなの。
洋 平 二人のうちで収入が多いのはどっち? 私でしょ? 認めなさい。
央 樹 とにかく、一人で住みたい。一人暮らしがしたい。部屋探して出てくよ。すぐってわけにはいかないけど。仕事忙しいし。だから、そのつもりでいてくれるかな? ほんと、ずっとずっと前から言おうと思ってたんだ。

洋 平 了解。
央 樹 じゃ。

央樹、出て行こうと‥‥

洋 平 別居してあげてもいいけど、ちょっと条件がある。
央 樹 何?
洋 平 あんたに新しい男が出来たら、出てってもいいよ。もう恋なんてしないなんて馬鹿なこと言うのやめて。
央 樹 ‥‥何、それ?
洋 平 正直に言うわ。別にあんたに何の未練もないんだけど、やっぱり今の暮らし楽なんだもん。ちょっとやそっとじゃ捨てられない。生活がよ。あんたじゃなくって。だからさ、賭をしない? もし、あんたに男ができたら、あんたの勝ち。出てっていいわ。別に、そいつと一緒に暮らせとかそんなこと言わないから。ただ、見せてほしい。あんたが新しい男と一緒にいるところをちゃんとね。
央 樹 ‥‥わかった。じゃ、見せてやるよ。
洋 平 じゃ、期限は明日の朝、始発が動くまで。
央 樹 何、そんないきなり‥‥
洋 平 何言ってるの、これは賭けでゲームなのよ。さっさとやらなきゃ。おもしろくないじゃない。
央 樹 そんなのずるいよ。何でそういうこと言うかな?
洋 平 だめ、今決めたんだから、今じゃなきゃ。
央 樹 今日出会えないかもしれないじゃないか。
洋 平 だったら、あんたの負け。
央 樹 何で今日なの?
洋 平 今思いついたから。
央 樹 もしできなかったらどうするの?
洋 平 しばらく一緒に住んでもらうかな? それから‥‥
央 樹 まだあるの?
洋 平 うん、あとはもう少し考えておこうかな。
央 樹 絶対にできないって確信してるんでしょ?
洋 平 もちろん。
央 樹 いやだ、そんなの。
洋 平 どうして。今、やるって言ったじゃない。別に、一生に一人の男を見つけろって言ってるんじゃないんだから、新しい男を見つければいいの。すぐに捨てたってOKってことにしといてあげる。
央 樹 俺が恋人つくらないのがそんなに気に入らないのかな?
洋 平 全然。
央 樹 俺に恋愛させて、それを歌詞のネタにしようとか思ってるんじゃないの?
洋 平 思ってない。
央 樹 いや、思ってる。
洋 平 もう、思ってない。

「あなたがほしい」が聞こえてくる。

洋 平 たしかに、昔はそんなこともしたけどね。もうそんな時期は過ぎてしまったの。何年この仕事やってると思ってるの? 切ない恋の詞を書いたからって、別にいつもあんなこと考えて暮らしてるわけじゃない。わかるでしょ。どれも僕の実体験なんかじゃない。もう、そんなもの、どこにもない。ていうか、何を書いたって、僕の名前はどこにも出ない。せっかく自分の人生切り売りしたのに、どこにもいなくなっちゃうのはたまらない。だから、それはもうやめたの。ていうか、プロってそういうものみたい。大体、あんたの恋を隣から見て、何かインスパイアされたとしても、それは「Love Song」にはならないでしょ? 違うかな?
央 樹 まあね。
洋 平 じゃ、せいぜいがんばってちょうだい。僕も、あんたに男ができたら、安心して別居できるから。
央 樹 別居って言うなよ。
洋 平 亀谷くんによろしくね。たまには電話かけてきやがれって。それから、町田に、あんま飲み過ぎるなって言ってといて。
央 樹 俺、絶対に勝つから。悪いけど。
洋 平 楽しみにしてる。じゃ、朝方、どっかで待ち合わせしようか。三人で。二人でもいいけど。
央 樹 どこ?
洋 平 携帯に電話する。じゃあね。

洋平、出て行った。

場面は変わって、みんなの行きつけの二丁目のバー。
カウンターだけの狭い店内。
みんな正面に向かって、一列に座っている。
カウンターの中にはここのマスター伊藤 新、通称、新さんがいる。
すでによっぱらっているらしい亀谷誓一。
彼の両側には、高橋央樹と町田弘子。

誓 一 俺は別にいいんだよ。ほんと全然かまわない。他に好きな男がもしいたとして。たぶん、それはないと思うんだけど。ただ、一緒にいて、つまらなそうな顔されるのだけはやなんだよ。こないだもね、向こうから「会おう」って電話掛かってきて、日曜日。映画見て、食事して、ぶらぶら歩いてっていうデートしたんだよ。でも、だんだん、あいつ、ずっとつまらなそうな顔しちゃって。呼び出したのは向こうなんだよ。俺もばかだからさ、初めのうちは、何とか機嫌とったり、明るい話題に持ってこうとしたんだけど、全然だめでさ。そのうちに「黙っててくれるかな?」なんて言われちゃって‥‥。ねえ。俺、どうしたらいいわけ?

亀谷くんは、ずっとしゃべってたらしい、聞いてたみんなもぐったりしている。

新   やっと終わったわね。じゃ、回答者のみなさん、どうぞ。
誓 一 よろしくお願いします。
弘 子 ‥‥いくつか聞きたいことがあるんだけど。
誓 一 何?
弘 子 その子ってほんとに二十二なの?
誓 一 うん、たぶん。どうして?
弘 子 なんか、たち悪そうじゃない? 遊び慣れしてるっていうか。
誓 一 そんなことないよ。たしかに、ちょっと変わってるけど。
弘 子 じゃさ、「今時の若い子」ってだけなんじゃないの?
央 樹 そうだよ、きっと。ていうか、みんなそうじゃない。今の子って。亀ちゃんもさ、若い子とつき合うんだったら、それくらい覚悟しなきゃ。もう若くないんだからさ。
誓 一 でも、俺達、六歳しか違わないんだよ。俺が高校三年の時に中学一年だよ。俺が中三のときに小学三年生だよ。同じテレビ、同じアニメ見てるんだよ。六歳ぐらいじゃ全然違わないって。ほんとだって。
央 樹 はいはい。
弘 子 そうだ。もう一つ聞きたいんですけど。
誓 一 はい。何でしょう?
弘 子 映画って何見たんですか?
誓 一 「ダンサー・イン・ザ・ダーク」。
弘 子 あ、今言ったこと全部取り消し。それ、映画のせいだって。決まりよ。決まり。
誓 一 そんなことないって。見る前から機嫌悪かった。
弘 子 だったら、なんで余計にそんなの見るわけ?
誓 一 見たいって言うから。
弘 子 バカじゃないの!
誓 一 俺にどうしろっていうんだ!
弘 子 ディズニーランド行くとか。
誓 一 行ったよ。でも、つまんなそうなんだ。
弘 子 とびきりのレストランで食事するとか。
誓 一 したよ。でも、すっごいまずそうに食ってるんだ。
央 樹 ゲーセンで思い切り遊ばせてみるとか。
誓 一 みたよ。すっごい楽しそうだった。ちょっとほっとした。でも、ずっと一人で遊んでて、まるで俺がそこにいないみたいに楽しそうで。で、俺がいること忘れて、一人で帰っちゃった。
弘 子 何、それ?
新   ほんと?
央 樹 ひどすぎ。
誓 一 後から電話かかってきて、謝ってたけど。謝られると怒る気にもならなくて‥‥。
央 樹 アホか?
弘 子 そんなのとつき合ってることないわよ。ていうか、そういうのつき合ってるっていう?
誓 一 ほんとわざとじゃないんだって。どうしたらいいんだろう?
央 樹 やっぱり、飯沼くんとまだ切れてないんじゃないの?
誓 一 俺もそう思ったんだよ。で、飯沼くんに相談してみたんだけど‥‥
弘 子 飯沼くんって?
新   そのエアロビインストラクターな彼。プラス亀ちゃんの元彼。
弘 子 やだ、その子両方に手出したってわけなの?
新   そういうことになるわね。
弘 子 すっごーい。
央 樹 で、なんだって?
誓 一 飯沼君とつき合ってたときもずっとそうだったんだって。
弘 子 大人が二人してバカみたい。別れなさい。別れて、きれいさっぱり次の男に行くのよ!
央 樹 そうだな。
弘 子 はい。提案。
新   どうぞ。
弘 子 ていうか、飯沼君とより戻すっていうのはどう。だって、すっごいかっこいいんでしょ? 私、一度も会ってないの。どこのティップで教えてるの? 私も習いたい、エアロビ!
誓 一 (新さんに)やっぱり別れた方がいいのかな?
新   まあ、ちゃんと話してみることね。投げやりになっちゃだめよ。大体、二人でちゃんと話してないんでしょ、一度も?
誓 一 それはそうなんだけど。
新   つき合ってる相手といる時って、甘えてしまうもんなのよ。だから、いやな顔だって見せちゃう。そういうもんよ。よく言うでしょ「ほんとうに幸せなカップルは、ちっとも幸せそうな顔をしてないもんだ」って。
誓 一 俺、幸せってことなの?
弘 子 それは違うと思う、絶対に。
央 樹 俺も、そう思う。
誓 一 そうだよね。ビールもう一本。
新   はい。

新さん、ビールを用意する。

誓 一 央樹はどうしてんのよ、この頃?
央 樹 何もないって。
誓 一 だんだん暖かくなってきたし、野外ハッテンに備えて、ダイエットなんか始めてるんじゃないの?
弘 子 始めてないよね?
央 樹 ‥‥まあ。
弘 子 鍛え始めてはいるんだけど、効果なしってかんじ。
新   でも、高橋くんは、もう恋なんてしないって決心したんでしょ?
誓 一 またまた‥‥。
弘 子 そうよ、ゲイが恋しないでどうすんのよ? つまんないじゃない。私が。
央 樹 町田、お前、少しおとなしくしてろよな。まだ十時前なんぞ。それに、ここは、ゲイバーなんだぞ、お前、ゲイじゃないんだから。
誓 一 でも、かなりわかんないよね。
弘 子 失礼ね。マスター、私、カシスソーダ。
新   はい。
誓 一 ねえ、ほんとに男遊びやめるの?
央 樹 何だよ、遊びって。人のこと言えるのかよ?
誓 一 俺は遊びじゃないよ。いつも真剣だよ。
央 樹 俺だって。
誓 一 あんなに次から次へと?
央 樹 そっちこそ。
誓 一 俺は、結果として、「次から次」になっちゃうんであって、央樹のは、ほとんど「次から次」っていうのがテーマみたくなってるじゃない。
央 樹 なんだよ、それ? だから、俺は、遊びなんかじゃなく、これまでいろんな人とお付き合いをしてきたけど、もうそういうのやめようと思って‥‥
誓 一 遊ぶのやめて身を固める気?
弘 子 それなら、中嶋さんがいるじゃないね。
誓 一 へえ、もう一度やりなおそうってわけ?
央 樹 だから、二人とも、話聞けって。だから、そういうんじゃなくて‥‥。もう、新さんも言ってやってよ。
新   男遊びに疲れたんだって。
央 樹 もう、いいよ。
新   無理して、つき合うことなんかないじゃない。一人でいたいと思うなら、一人でいれば。人生長いんだから。
誓 一 でも、もう三十でしょ。悪いけど。
央 樹 悪くない。
誓 一 今、一人ってことは一生一人ってことだよ、悪いけど。焦らないわけ?
央 樹 焦らない。そうやって、焦ってるのがいやだから、やめようと思ったの。
誓 一 で、どうなの、一人なかんじは?
央 樹 まだ始めたばかりだから、なんとも言えないんだけど。
弘 子 ていうか、まだ始めてないんじゃない? ダイエットと同じ。いっつも口だけなのよ、高橋くん。
央 樹 でも、今度はそうじゃない。今、一人になっとかないと、一生一人に耐えられない身体になってしまいそうで。
弘 子 じゃ、今までは、男なしじゃいられない身体ってことなの、やだ!
央 樹 町田、お前、もう帰れ。
誓 一 そうか。じゃ、今晩のリーマンナイトとか行かないんだ?
央 樹 え、今晩だっけ?
誓 一 そうだよ。何だか、気が滅入るから、一緒に行こうかなと思ってたんだけど。
弘 子 何、それ? リーマンナイトって。
新   サラリーマンとサラリーマンが好きな人のためのゲイナイト。
弘 子 やだ、面白そう。ゲイナイトって一度行ってみたかったの!
央 樹 お前は入れないよ。メンズオンリーだから。
弘 子 なんだ、つまんない。
誓 一 じゃ、俺、一人で行ってこようかな?
央 樹 あ、俺も行く。
誓 一 え、やめたんじゃないの、男探し?
央 樹 ま、そうなんだけど。亀ちゃんだって、人のこと言えないだろうが。
誓 一 俺のことより、自分はどうよ?
弘 子 そうよ、どうしてよ。私一人放っといてどこ行くのよ?
央 樹 だから、お前は帰れって。
誓 一 何で、行くわけ、リーマンナイト?
央 樹 ‥‥それが、実はちょっと面倒なことになっちゃって。
弘 子 何、面倒なことって?
央 樹 実は、今晩中に恋人を見つけなきゃなんなくなって‥‥。ま、話せば長くなるんだけど、とりあえず、明日の朝までにね、一人ゲットしないといけないの。
誓 一 へえ、おもしろそうじゃない。
新   でも、もうやめたんでしょ、イロ恋するの?
央 樹 だから、それとこれとは話が別で‥‥。
弘 子 やだ、とりあえずヤレればいいってこと?
誓 一 結局、そうなんじゃない。口だけじゃん。
央 樹 ちょっとだまって聞け! 今、洋平と二人ぐらししてるじゃない。ずっと前から出て行きたいと思ってたんだけど、なかなか切り出せなくて。さっき、うち帰ったときに、言い合いになってさ。言っちゃったんだよね。「出ていきたい」って。ほとんど勢いだったんだけども。そしたら、それは困るって。もし、どうしても出ていきたいんだったら、新しい恋人を見つけて来いって。しかも、今晩中に。
新   相変わらず、むちゃくちゃなこと言うわね。あの人も。
誓 一 で、乗ったの、その話?
央 樹 うん。何だか、試されてる気がしてさ。どうせできないって決めつけてるし。
弘 子 そんなことないわよ、私が保証する。
央 樹 それに、ほんというと、久しぶりにこういう夜もいいかもしれないかなって。
弘 子 何、久しぶりって?
央 樹 
(誓一に)昔は、よくやったじゃない。「朝までに男ゲットするぞ!」って意気込んで二丁目に出てきて‥‥。
誓 一 俺は今も時々やるよ。
央 樹 まだ、ヤリ部屋とかそういうところはまだなくって、男見つけるには、まず二丁目に出てバーで飲まなきゃってかんじだった。
新   じゃ、今晩は、そういうところには行かないんだ?
央 樹 うん。ていうか、さすがにそこまで大胆にはなれない。
誓 一 でも、とりあえず一人ゲットするだけなら、そういうところの方が気楽なんじゃないの?
央 樹 まあ、そうなんだけどね。
弘 子 じゃ、「もう恋なんてしない宣言」は撤回ね?
央 樹 そうじゃない。もう恋はしない。でも、今晩中に一人男はゲットする。試されてるのはむちゃくちゃしゃくだけど、何だか、俺も自分で試してみたくなっちゃって。だから、やってみる。駄目もとでも、とりあえず朝までに男を一人ゲットする。
誓 一 で、明日になったら、さようなら。
新   「キャッチ・アンド・リリース」ね。釣り堀みたい。
弘 子 良かった、わざわざ出てきて。私に出来ることがあったら、何でも言ってね。力になるから。
央 樹 だったら、さくっと帰れ。俺がお前にしてほしいことはそれだけだ。
弘 子 ひどい。
誓 一 よし、じゃ、行ってみるか、リーマンナイト。その前に、ちょっとトイレ行って来るわ。
央 樹 うん。

亀谷くんトイレに立つ。

弘 子 私もついてくからね、リーマンナイト。
央 樹 絶対に入れないって。
弘 子 私、絶対にあきらめないから。
央 樹 勝手にしろ。
弘 子 ねえ、高橋くんってどういうのがタイプなの?
央 樹 タイプって、そうだなあ。
弘 子 やっぱり、若くて可愛い子?
央 樹 まあね。年取った可愛くない子よりは、全然いいよね。
弘 子 それって、自分のこと棚に上げてない?
央 樹 俺、年取ってるわけ?
弘 子 年の割には、わりと可愛い方だと思うけど、残業続いて、へろへろになってると、結構来てるよね。目はうつろだし、肌ががさがさだし。
央 樹 それは、疲れてるときは、誰だってそうなるって。
弘 子 その油断がいけないのよ。ちゃんとお肌のお手入れしてる? 大事なのは今なのよ、三十になってからじゃ、もう遅いのよ。
新   あら、じゃ、私はもうだめね。
弘 子 そんな、新さんはきれいよ、とっても。肌が。
新   ありがとう。
央 樹 あんまり三十、三十って言うなよな。やや気にしてるんだから。
弘 子 若い子とつき合おうっていうんだったら、それくらい考えなきゃ。知らないわよ、亀谷くんみたいになっても。
央 樹 俺はあんなにメロメロにはならないって。
弘 子 わかんないわよ。
央 樹 ならないって。経験上、それは間違いない。
弘 子 へえ、じゃあ、いつもどんななの?
央 樹 どんなって、普通だよ。
弘 子 普通って?
央 樹 だから、もっとクールっていうか、あっさりしてるっていうか‥‥
弘 子 ねえ、もしかして、そんなだから、駄目なんじゃない。恋に対する執着がないっていうか‥‥。どこまでもくいさがらなくちゃだめよ。そりゃ、亀ちゃんはかっこよくないわよ、あんなにメロメロになっちゃって。でも、あれって結構正しいと思う。恋愛の正しい姿としては。
央 樹 恋愛に正しいのとか正しくないのとかってあるわけ?
弘 子 ていうか、あきらめないってかんじがいいのよ。あきらめられないっていうか。理屈ではわかってるんだけど、どうしようもないってところが、イカすわ。ま、実際、目の前で話聞いちゃうとかなりうんざりするけど。それでこそよ。
央 樹 お前、何言ってんの?
弘 子 つまり、高橋君にも頑張ってほしいって、それが私は言いたいわけ。
央 樹 うん、まかしといて。今日は、ちょっと違うから。
弘 子 そう来なくっちゃ。
央 樹 あのドアからもしかしたら、若くて可愛い子が入ってくるかもしれないんだよな。
弘 子 そうよね。やだ、ドキドキする。
央 樹 こういうカウンターだけの店ってさ、新しい客が来るたびに、いっせいにみんながドアの方見たりして、昔は結構おっかなかったんだよね。初めての店のドア開けて入ってくるとさ、すごい期待に満ちた目が一斉にこっち向いて、すぐに「なあんだ」って顔になって、また話に戻ってってさ。
弘 子 みんながみんなってことはないでしょ。
央 樹 若い頃、そういうのすっごいやだったから、よく来るようになってからは、あんまりじろじろ見るのはよそうって。なんか、男に飢えてる!!って風に思われるのもやだなとか思って。でも、今日はそんなこと言ってられない。そのドアから入ってきた誰かが、もしかしたら、俺の運命の相手になるかもしれないんだから。

と言いながらドアを見ていると、ドアが開いて、客が入ってくる。
見つめ合う央樹と客。

新   いらっしゃい。

その客は兵藤直也。
とっても若い。しかも、かなり可愛いかんじ。

新   どうぞ。

央樹、彼を目で追っている。

直 也 (央樹に)あの、何か?
央 樹 いえ、別に‥‥

直也、椅子にかける。

新   何にしましょう?
直 也 ビール下さい。
新   はい。
弘 子 
(小声で)どう?
央 樹 どうって?
弘 子 かなりイケそう?
央 樹 まあね。
弘 子 OK。ゴー!
央 樹 ゴーって、何?


直也は一人でビールを飲んでいる。
央樹は話しかけようと思うがなかなかできない。

弘 子 じれったいわね、もう。

強引に席を替わる。

央 樹 おい、町田!
弘 子 一人?
直 也 ええ、まあ。
弘 子 私、この人の友達なんだけど、あなたのこと気に入っちゃったみたいなの。どうかしら、つき合ってみる気ない?
直 也 は?
央 樹 
(弘子に)よせよ。(直也に)ごめんね、気にしないで。
弘 子 だって、タイプなんでしょ?
央 樹 それはそうだけど‥‥
弘 子 わかった、じゃ、正直に言うわ。この人ね、今、すっごく性格の悪い同居人と住んでるんだけど、そこ出てくための条件で、明日の朝までに新しい恋人をゲットするっていう約束しちゃったのよ。でね、今、猛烈に、新しい恋人探してるの。
央 樹 おい、何もそこまで‥‥
弘 子 いいじゃない、全部話した方が話が早いって。どう?
直 也 どうって?
央 樹 嘘でもいいんだ。初めは嘘でも。どうかな?

直 也 おもしろそうだけど、やめとく。待ち合わせしてるんだ。彼氏と。
弘 子 なんだ、そうなの。だったら、早く言ってよね。
央 樹 ばかみたいじゃないか。
直 也 がんばって下さい。
央 樹 ありがとう。

そこへ、トイレから戻ってくる亀谷くん。

誓 一 (客を見て)直也、何してんだよ?
直 也 ‥‥。
弘 子 やだ、あんただったの、亀ちゃんの彼って?
央 樹 今の話、なかったことにして。
直 也 今の話って?
央 樹 嘘でもいいから、今晩つきあってくれないかって。
誓 一 央樹、お前な!!
央 樹 知らなかったんだよ。それにちゃんと断られたから。彼氏がいるって。
弘 子 待ち合わせしてたんじゃないの?
誓 一 してないよ。
央 樹 え?
誓 一 待ち合わせって誰と?
直 也 友達だよ。
弘 子 さっきは彼氏って言ってたわよね。
誓 一 友達って誰?
弘 子 わかった、飯沼くんね? 飯沼くんがここに来るのね?
直 也 違うよ。ってさっきから、あんた、誰?
弘 子 あ、私、町田弘子、高橋君の会社の同僚。メールアドレスが一字違いなんで、よく間違ってメール来ちゃって。ヒロコとヒロキだから。亀谷くんはもうしょっちゅう。だもんで、あなたたちのことはもう何から何まで知ってるってわけ。でも、誤解しないでね。ただのオコゲ女じゃないから。よろしく!
直 也 どうも。
誓 一 飯沼くんじゃないなら、誰なんだよ?
直 也 言っても知らないよ。
誓 一 いいから、言ってみろよ。
弘 子 そうよ、言いなさい!
新   言ってごらんなさい。
直 也 もう、やだな。何だよ、あんたたち。勘弁してよ。

とそこへ新しい客がやってくる。

新   いらっしゃい。
光太郎 
(直也に)悪い、待った?
直 也 ううん。
新   いらっしゃいませ。何にしましょう?
光太郎 そうだな‥‥
誓 一 どうも、初めまして。亀谷です。直也がいつもお世話になってます。
光太郎 あ、どうも。野村です。いつも話は聞いてます。
誓 一 どんな話を?
光太郎 え? どんなって‥‥いろいろと。つき合ってどれくらいになるとか‥‥
誓 一 二ヶ月です。
光太郎 は?
誓 一 つき合い出して、二ヶ月です。そちらは?
光太郎 そちらって‥‥。俺は、こないだ、クラブで知りあって‥‥いつだっけ?
直 也 先月。
光太郎 そう、そう。
誓 一 ‥‥。
光太郎 あ、言っときますけど、俺達、何でもないから。
誓 一 ‥‥?
直 也 ほんとだよ。
弘 子 じゃ、さっきは何で?
直 也 ナンパ断るのには、ああいうのが一番かなと思って?
誓 一 ナンパ?
央 樹 だから、ちゃんと断られたから!
光太郎 あの‥‥?
誓 一 俺の友達です。そっちは、同僚のオコゲ女。
弘 子 失礼ね。
新   何にします?
光太郎 じゃあ、ビールを。
新   はい。
直 也 ごめんね、うるさくて。
光太郎 別にいいって。一度会ってみたかったし。
誓 一 よく来るんですか? ここには?
光太郎 時々かな。いつもは、もっと若い人が入ってるんだけど。
新   ごめんなさいね。若くなくて。
光太郎 そういうんじゃなくて‥‥。
誓 一 よく二人で会ってるんですか?
光太郎 待ち合わせっていうのは、初めてだよね。ほんとに。いつも、クラブで会ったりとか、偶然会ったりとか、そんなふうで。
誓 一 ‥‥。
光太郎 ほんとだって!
央 樹 話題変えよう!
弘 子 そうね。
光太郎 
(央樹に)ナンパなんて、よくするんだ?
央 樹 は? よくってわけじゃないんですけど‥‥
弘 子 あ、話すとすっごい長くなるんですけど、この人、今、すっごく性格の悪い同居人と住んでて、その人と別れる為には、明日の朝までに新しい恋人をゲットしなきゃならないの。ね?
央 樹 ね?って‥‥。
弘 子 もう大変なの。この人、さっきまで、「なんでゲイは一人じゃいけないんだ。もう恋なんてしないぞ」なんて言ってたのに、そんなことになっちゃって。
光太郎 恋なんてしない?
弘 子 そう。バカでしょ?
央 樹 余計なこと言うなって。
弘 子 だって‥‥
光太郎 そうか、それもいいかもしれないな‥‥。
央 樹 ‥‥へ?
光太郎 もう恋なんてしない。何で一人じゃいけないんだ。そうだよね。

央 樹 ってことは、もしかして、今、一人なんですか?
光太郎 うん、まあ。
(誓一に)ほんとだって。
誓 一 ‥‥。
光太郎 それでも、朝までに一人ゲットするんだ。おもしろそうじゃん。
弘 子 でしょ? 応援してね!
央 樹 余計なこと言うなよ。
光太郎 がんばれ!
央 樹 ‥‥どうも。

直 也 (光太郎に)そろそろ、行かない?
誓 一 どこに?!
光太郎 エースのリーマンナイトに行こうって話してたんだけど、今日はやめとくわ。
(直也に)じゃね。
直 也 どこ行くの?
光太郎 
(央樹に)じゃ、お先。
新   一五〇〇円です。

光太郎、お金を置いて、出ていく。

直 也 僕も行きます。
誓 一 俺も。
直 也 ‥‥。
新   
(直也に)一五〇〇円です。(誓一に)二九〇〇円。

二人、お金を払う。
直也が先に出ていく。

誓 一 おい、待てって。
新   ありがとうございました。

亀谷くんも出ていった。

弘 子 やるわね、あの子。絶対、つき合ってるのよ。あの人と。可愛い顔してすごいわね。
央 樹 ‥‥。
弘 子 どうしたの?
央 樹 うん、何でもない。
弘 子 全然、何でもないってかんじじゃないわよ。
央 樹 やっぱりそう? 
弘 子 何なのよ?
央 樹 惚れてしまった。
弘 子 は?
央 樹 一目惚れだ。
弘 子 誰に?
央 樹 今の人。

「あなたがほしい」が聞こえてくる。

弘 子 うそ? 悪いけど、全然、聞いてたタイプと違うんですけど。
央 樹 しょうがないよ。好きになっちゃったんだから。どうしよう。
弘 子 どうしようって。
央 樹 洋平が前に言ってたんだよね。「恋に落ちる」「恋に溺れる」っていう言い方って不思議よねって。「落ちたり、溺れたりするってことは、恋ってのはきっと池や海みたいなもんなんだわ」って。今、その言葉の意味がすっごいわかる気がした。俺、恋に落っこちたみたいだわ。ていうか、溺れてるかも。
弘 子 もうしっかりしなさいよ。だったら、出てかせちゃだめじゃないの。
央 樹 でも‥‥
弘 子 もうじれったいわね。行くわよ。
央 樹 行くって?
弘 子 追いかけるのよ。新さん、おいくら?
新   二五〇〇円ずつです。
弘 子 後でゆっくり払いにくるから、後でね。
央 樹 そんな?
新   いいから、行ってらっしゃい。
央 樹 悪いね。じゃ、後で。
弘 子 早く、急ぐわよ。
央 樹 おい、ちょっと待てって。

>>>その2>>>