「Love Song」
関根信一

●その2●

<<<その1<<<

>>>その3>>>

場面は変わって二丁目の路上。

弘 子 見あたらないわね。どこに行ったのかしら?
央 樹 もう、いいって。だって、もう恋なんてしないって言ってるんだから。
弘 子 よくない。それが何だって言うのよ。高橋くんだって、さっきまでそんなこと言ってたけど、今はもう一目惚れしちゃってるじゃない。
央 樹 でも、向こうは、一目惚れどころか、俺も恋なんてしない人だと思ってるんだから。
弘 子 いいじゃない、似たもの同士で。
央 樹 よくない! ちょっと考えてみろよ。
弘 子 だったら、その誤解を解くのよ。素敵!
央 樹 おい、町田。
弘 子 そうよ、亀ちゃんに電話よ! きっとくっついてってるはずだわ。電話して、どこにいるのか聴いて!
央 樹 ‥‥。
弘 子 早く。
央 樹 分かったよ。

央樹、携帯から電話する。

央 樹 (つながった)もしもし、亀ちゃん? 俺。今どこ? すっごいうるさいんだけど。何、エースにいるの? リーマンナイト? ねえ、あの人いる? 誰って‥‥そう、そう。あ、そう。わかった。うん、そうだな。町田もいるし、ちょっと考える。じゃあね。‥‥だから、何でもないんだって、ほんとに。人のものは取らないって。(切る)
弘 子 行くわよ!
央 樹 どこに?
弘 子 リーマンナイト。
央 樹 やめよう。町田、入れないよ。メンズオンリーだから。
弘 子 何とかするわよ、人探してるとか何とか言って、うまくごまかせば大丈夫。
央 樹 「私はいいから一人で行って!」とか言わないわけ?
弘 子 言うわけないでしょ。さ、行きましょう!
央 樹 だいじょぶかな?
弘 子 ねえ、どっち?
央 樹 こっちだけど。
弘 子 OK!
央 樹 ちょっと待てって!

場面は変わって、クラブの受付。
フロアの音楽が響いてきている。
薄暗いかんじ。

央 樹 町田、だから、無理だって。
弘 子 いいから。
央 樹 そんな‥‥
受付の男 ちょっと、そこ、何してんの? 入るの、入らないの?
央 樹 あ、入ります。
受付の男 悪いけど、今日は、メンズオンリーなんだよね。
央 樹 やっぱり‥‥
弘 子 あの「女装」なんですけど‥‥
央 樹 え?
弘 子 ちょっと女装してきちゃったんだけど、駄目?
央 樹 町田‥‥。
受付の男 今日は、女装もドラァグもだめなんだよ。悪いね。
弘 子 ちょっとだけでいいんだけど?
受付の男 そうだなあ。
弘 子 ‥‥。
受付の男 やっぱり、着替えてきなよ。朝までやってるからさ。
弘 子 ‥‥わかったわ。
央 樹 どうする?
弘 子 いいわ、新さんとこで待ってる。後で。
央 樹 後でって、もう帰れよ。
弘 子 そんな、見届けないわけ行かないもん。
央 樹 じゃ、俺も帰る。
弘 子 何でよ? だって、中にいるんでしょ? 久しぶりの一目惚れなんでしょ。ここであきらめてどうすんのよ。
央 樹 でも、お前、ほっとけないじゃないか!
弘 子 高橋くん!
(受付の男に)って、これだけ、もめてるんだから、入ってもいいよね?
受付の男 駄目。
弘 子 ちっ、わかったわよ。じゃ、新さんとこで待ってるから。もし、ふたりでどっか行ったりするんだったら、電話ちょうだい。そしたら、ほんとにあきらめて帰るから。
央 樹 町田。
弘 子 お礼なら結構よ。じゃあね。

弘子、出ていく。

央 樹 じゃ、一人で。
受付の男 はい、二千五百円ね。

央樹、払って、シールをもらう。

受付の男 さっきの女装、いいガタイじゃん。こんどすっぴんで来なって言っといて。
央 樹 うん。言っとく。何て言うかな?

央樹、ドアを開けてフロアーへ。
そこは、むちゃくちゃ大音量の音楽が鳴り響くクラブのフロア。
照明も、もうグルグルってかんじ。

央 樹 ここは‥‥、ここは‥‥。うるさいな。ちょっと音小さくして、聞こえないから。

音楽がちょっと小さくなる。

央 樹 これでいいや。ここは、クラブです。2丁目にはこの手のクラブがいくつかあって、毎週末、いえ、ほとんど毎日、何かのイベントをやってます。今日はサラリーマンナイト。いつもはカジュアルな服で明るい、2丁目の仲通りが暗い色味のスーツ姿でいっぱいになる夜です。もっとも、ドレスコードが「スーツ」ってわけじゃないんです。別に好きな格好でいい。でも、みんながんばってスーツ着て来ちゃう。これって、ドラァグクィーンが女装してるのとほとんど一緒かも。だから、むちゃくちゃスーツが似合ってるけど、全然サラリーマンなんかじゃない、人工的なリーマンがここにはいっぱい。でも、いいの。だって、僕等はそれを楽しんでるんだから。って、そんなこと言ってる場合じゃない! どこにいるのかな?

と探す。
踊ってる人たちが見えてくる。
亀谷くんと直也と光太郎もいる。

央 樹 (さっきもらったシールを見せて)これが、僕の番号。(シールを服に貼る)あとでねるトンの時間があって、気に入った相手を見つけたら、そのカードに書いて、フロアにおいてあるボックスに入れると、そのカードはその番号の人のところに届けられる仕組み。それからどうするかは、そのもらった人が決める。面と向かって告白できない人には打ってつけのシステム。ただ、カードもらってもタイプじゃなかったら、全然無視しちゃってもいいわけだから、やや、淋しいシステムでもあるんだけども。(見つけて)あ、亀ちゃん!

人混みをかきわけて亀谷くんがやってきて、話しかける。

央 樹 何、聞こえないよ?
誓 一 
(何か言ってる)
央 樹 何?(また誰かに)ごめん、もう少し小さくして。

音がまた小さくなる。

央 樹 めんどくさいから、ずっとこのまんまね。何よ、亀ちゃん?
誓 一 央樹、頼みがあるんだけど、あいつ、頼むわ。
央 樹 何? 
誓 一 だから、あいつ。

亀谷くんの視線の向こうで直也と光太郎は楽しそうに話している。

央 樹 頼むって何よ?
誓 一 とりあえず、朝までに男ゲットなんだろ? いいじゃん、あいつで。ていうか、かなり年いってるし、央樹全然タイプじゃないだろうけど。とりあえずなんだから、いいじゃん。あれで手打ちなって。
央 樹 うーん、そう言われても。
誓 一 直也、さっきからべたべたしちゃって。俺がそばにいるのにだよ。何が「友達」だよ。少しは俺のことも考えろよ!
央 樹 わかった、わかった。じゃ、俺があいつをあの子から引き離せばいいわけね?
誓 一 そういうこと。よろしく!
央 樹 できるかな?
誓 一 だいじょぶだって。

亀ちゃん、央樹を促して直也と光太郎のそばへ。

光太郎 あ、来たんだ!
央 樹 ええ、まあ。
誓 一 直也、踊ろう。
直 也 いいよ。
光太郎 行ってきなよ。
直 也 ‥‥じゃあ。

直也、亀谷くんと一緒にフロアで踊り始める。

光太郎 あの女子は?
央 樹 さすがに入れなくて。「女装だ!」って言い張ったんだけど。
光太郎 マジ、それ?
央 樹 それは信じてもらえたんだけど、「女装はだめだから」って。
光太郎 やるじゃん、彼女。
央 樹 
(笑う)はは‥‥。

光太郎 よく来るの、こういうとこ?
央 樹 久しぶり。友達がオーガナイズやってるとね。なんだかんだって来ちゃうんだけど。この頃はあんまり。
光太郎 そうだよね。この頃、ゲイナイトありすぎだよね。ここだって、毎週末何かしらやってるでしょ。
央 樹 そうそう。前はたまにあるから、行かなきゃってかんじだったんだけど、こういつもあると、何ていうか‥‥
光太郎 ありがたみがない?
央 樹 そんなかんじ。
光太郎 でも、それでもこんだけ人が集まるってのはすごいことだよな。
央 樹 うん。

央 樹 あの‥‥
光太郎 何?
央 樹 いくつなんですか?
光太郎 あ、俺、そんなに年寄りくさいコト言ってた?
央 樹 そうじゃないけど、僕、二十九。
光太郎 若いじゃん。俺なんかもう四捨五入でぎりぎり三十だもん。
央 樹 嘘!?
光太郎 何?
央 樹 全然、若く見える。
光太郎 いいよ、無理しなくて。

央 樹 (誓一を見て)あーあ、あんなに踊りまくっちゃって、知らないよ。明日どうなっても。
光太郎 翌日痛くなるのは、若い証拠なんだって。年トルと翌々日に来るから。
央 樹 ほんと?
光太郎 俺はまだ翌日の方だけど。ていうか、そんな無茶しないから。
央 樹 ジムとか行ったりしてる?
光太郎 ううん。俺、動くの好きじゃないんだよね。あんまり。やっぱ、年寄りくさいか?
央 樹 結構、そうかも。
光太郎 言うね、二十九歳。

央 樹 あの、さっきの話なんだけど‥‥
光太郎 さっき?
央 樹 もう恋なんてしないって言ったら、それもいいかもしれないなって。
光太郎 うん。
央 樹 どうして?
光太郎 え?
央 樹 あ、別にいいんですけど。どうしてかなと思って。
光太郎 そっちは?
央 樹 え? 僕は、何だか、めんどくさくなっちゃって。別に、すっごい理由があるわけじゃないんです。最愛の恋人が死んじゃったとか。むちゃくちゃ弄ばれて、ひどい目にあったとか。あ、言っておきますけど、全然モテなくって、それでもういいやって、あきらめた「イカズ後家」じゃないですから。
光太郎 だって、元彼と住んでるんでしょ?
央 樹 でも、そいつとは全然何でもないんです。ほんとに、ただ一緒に住んでるってだけで。だから、今晩だって、もうそういうのよそうと思って‥‥。やだな、僕ばっかりしゃべってる。何でなんですか? 
光太郎 ‥‥
央 樹 良かったらでいいんですけど‥‥。
光太郎 俺は、その「イカズ後家」な口かな? なんつって。
央 樹 なんつって?
光太郎 そういうことにしといてよ。
央 樹 でも、気になるなあ。
光太郎 でもさ、やっぱ、こうやって色恋ヌキで話せるのが一番じゃない。
央 樹 色恋ヌキ‥‥
光太郎 そう思わない?
央 樹 
(一気にクダけて)そうだよね!

ねるとんが始まる(?)音楽あり。
みんな踊りを止めて集まる。
司会のドラァグが登場。

ドラァグ はーい、みなさん。楽しんでますか? これからアタックカードをお届けしますので、気に入った相手からのメッセージだったら、どうぞ、すぐにハッテンしちゃって下さい! じゃ、行きまーす。

ドラァグさん、カードを配り始める。

ドラァグ えーと、十六番。二十三番。五十二番。七十八番。九十七番。

何人かの見えない人達に配った後、直也に渡す。

ドラァグ はい。百二十五番。百八十番‥‥

ドラァグさん、カードを配りながら退場。

光太郎 へえ、すごいじゃん。モテモテじゃん。
直 也 (やや嬉しそう)誰だろう? 一〇一番って‥‥

直也、あたりを見回す。

誓 一 (番号を手に)俺!
直 也 もう、やめてよ。
誓 一 いいじゃないか! 好きなんだから。
直 也 やなの、そういうの!
央 樹 亀ちゃん、それはちょっとベタだわ。
直 也 恥ずかしくないわけ。
誓 一 何でだよ。全然恥ずかしくなんかないよ。いいじゃないか。
央 樹 でもなあ‥‥。
直 也 光太さんは?
光太郎 俺は、いいって。
央 樹 誰かにチェックされてたりして? 後でまた回ってくるんじゃない?
光太郎 まさか。だって、俺、番号貼ってないし。いい年して、恥ずかしいでしょ。
央 樹 ほんとだよね‥‥。

央樹、貼っていたナンバーのシールをこっそり外す。

央 樹 あ、ちょっとトイレ行って来る。

場面は変わってトイレ。
央樹が、はがしたシールを丸めて捨てる。
と思いきや、ポケットにしまう。
おしっこしてると直也が入ってくる。
そして、ドアに鍵をかける。

央 樹 へ?(直也に気付いて)ああ‥‥。
直 也 ‥‥。
央 樹 どうしたの鍵かけて?
直 也 話がしたくって。
央 樹 鍵かけることないんじゃないかな。

央 樹 何で黙っちゃうのかな?
直 也 
(無視して)あの人のこと「いいな」とか思ってるんでしょ?
央 樹 あの人って?
直 也 野村光太郎。
央 樹 ‥‥
(とりつくろう)え、そんなことないって。
直 也 やめといた方がいいよ。あの人、遊び人だから。
央 樹 なんでそんなこと言うのかな? 何を証拠にそんな‥‥
直 也 だって、僕が遊ばれてるんだから。

央 樹 あ、そうか。そうだったんだ。
直 也 そうだよ。
央 樹 でも、何で、そんなこと言うかな、僕に?
直 也 だって、好きなんでしょ?
央 樹 それは‥‥。
直 也 嘘でもいいから?
央 樹 そういうこと。それだけ。
直 也 いいよ、無理しなくて。あんたうまく嘘付けるような人じゃないもん。全然。マジで惚れてたりして‥‥?
央 樹 ‥‥。
直 也 やっぱりね。
央 樹 俺、亀ちゃんの友達だからさ、ちょっと言わせてもらうけど。亀ちゃんとつき合ってるんじゃないの?
直 也 まあね。
央 樹 好きだからつき合ってるんじゃないのかな?
直 也 あんたは?
央 樹 何?
直 也 付き合い始めるまではすっごく欲しくって、でも、付き合い始めたら、すごくつまんない男に見えてくることってない?
央 樹 え?
直 也 どうなの?
央 樹 どうって‥‥?
直 也 僕はそうなんだ。だから、飯沼くんも欲しかったし。亀谷くんも欲しかった。でも、今欲しいのはあの人なんだ。
央 樹 ‥‥何で、僕にそんなこと言うのかな?
直 也 だって、好きなんでしょ?
央 樹 ああ。
直 也 でも、やめといた方がいいよ。悪いこと言わない。僕がずっとあの人に遊ばれてるのはね、あの人がほんとにもう恋なんてしないって決めてるから。あんたみたいにいいかげんな決め方じゃなくて。

ドアを激しく叩く音。

誓 一 おい、直也、開けろ! 央樹、お前中で何してんだ! こら!

亀谷くん、すごい迫力。

直 也 じゃあね。

直也、鍵を開けると、亀谷くん、勢いこんで入ってくる。

誓 一 何してるんだ?
直 也 ‥‥。
誓 一 央樹、お前!
央 樹 ちょっと待って、俺は‥‥
直 也 
(弱々しい)何もしてないって。ちょっと気分が悪くなって、休んでただけだから。
誓 一 ほんとに?
直 也 うん。
央 樹 ‥‥そうそう。大丈夫?
誓 一 だいじょぶか?
央 樹 ほんと何でもないんだって。
誓 一 無理すんなって。

亀谷くんに支えられて出ていく直也。

央 樹 フロアに戻ると、あのガキはニコニコしてあの人に話かけてた。なんだ、あいつ。

直也、光太郎と楽しそうに話している。そばで苦い顔をしている誓一。

央 樹 結局、僕はここまで何も肝心なことは話してないんでした。クソガキにムカツク仁義切られただけで。駄目だ、こんなんじゃ。焦るな、もう。って、駄目なんだよ、焦っちゃ。うん。
光太郎 ねえ‥‥
央 樹 あ、はい。
光太郎 俺、もうそろそろ終電なんで帰るわ。
央 樹 うち、どこなんですか?
光太郎 国分寺。
誓 一 じゃあ、十二時四十一分の高尾行きだ。
光太郎 そう。まだ間に合うから。
直 也 僕も帰ろうかな。
誓 一 なんだよ、土曜日はバイト休みじゃないか?
直 也 何だか疲れちゃった。
誓 一 後で車で送ってくって。
央 樹 俺もそろそろ帰るとするかな?
誓 一 そうだな、さくっと帰った方がいい。
直 也 終電まだあるんでしょ? 阿佐谷だったら、一時一分の三鷹行き。
央 樹 まあ、そうだけど。
直 也 それに、朝までにゲットするっていう賭けは? もうあきらめたの? 情けないな。
央 樹 そうじゃないけど。
直 也 もうひとがんばりしなくっちゃね。
誓 一 
(時計を見て)ちょっと急がないと。
光太郎 
(央樹に)じゃあ。(央樹に笑顔で)頑張って!

光太郎は出て行った。

直也、ぷいとフロアに出て踊り始める。

誓 一 ああ、よかった。いなくなってくれて。
央 樹 亀ちゃん、あのさ。
誓 一 まだまだ夜は長いんだから、頑張る、頑張る。ちょっと踊ってこようかな?

亀谷くん、フロアに出ていく。
一人取り残された央樹。

央 樹 なんだよ!!

さっきのドラァグクィーンがやってくる。

ドラァグ あら、一人なの?
央 樹 
(不機嫌)まあね。
ドラァグ 何番?
央 樹 えーと‥‥
(と言って、さっきはがしたシールを見てみる)一〇八番。
ドラァグ 一〇八番って、除夜の鐘?「煩悩」ってかんじね。
央 樹 は? よく聞こえないんだけど?
ドラァグ いいの、聞き流して。えーと
(何か書いた紙を見てみる)あ、ないわ。残念でした! あきらめないでね。

とちっとも残念そうじゃなく言って、またどこかに行ってしまう。

央 樹 結局、僕の番号を指名してくれた人は誰もいないんでした。って、初めからあてにはしてないんですけど。もう、出よう。一人で、こんなとこに立ってるのは、すっごいバカみたい。こんな気持ちになるのがいやだから、もう恋なんてしないって決めたはずなのに。何やってんだ、まったく。

央樹は外に出る。
心地よい四月の風に吹かれて、深呼吸。
と携帯が鳴る。弘子からだ。

央 樹 はい。今どこ? 新さんのとこ? どうしたって、何も。だから、何もだよ。帰っちゃったの。終電で。俺は亀ちゃんにもほったらかされて、出てきたところ。おい‥‥(少し遠ざけて)お前が怒ることないだろう。だから‥‥‥‥何だよ。いいから歩けって。わかったよ。いいよ。新さんのとこだろ。行くよ。今から、行くから。はい、はい、歩いてるって。え? 何だよ、私も行くからって? 新宿駅?

音楽。
弘子が飛び込んでくる。
携帯を耳に(?)している。
弘子は階段を駆け下りて走る。走る。

弘 子 歩いてちゃだめ。走るのよ!
央 樹 おい、町田?
弘 子 ちょっと走ってる? 私、走ってるのよ。あんたも走りなさい!
央 樹 わかったよ。

央樹も走り出す。

弘 子 最終は0時四十一分高尾行きよ。
央 樹 何だよ、オールじゃなかったのかよ?
弘 子 決まってるじゃない、オールよ、オール。
央 樹 じゃあ、何で、走らなきゃなんないわけ?
弘 子 あの男を引き留めるんだろうが、このボケ!

央樹、思わず立ち止まる。

弘 子 立ち止まるな、走れ!
央 樹 うん!

央樹、走り出す。

弘 子 今、どこ?
央 樹 もうじき伊勢丹の交差点。新宿通り走ってる。
弘 子 私は、明治通り。もうじき合流ね。

二人出会う。

二 人 おお!
弘 子 行くわよ!
(と走り出す)
央 樹 待った!
弘 子 
(止まって)何よ?
央 樹 どっちだろう?
弘 子 え?
央 樹 東口か南口か?
弘 子 普通はどっちなの、2丁目の帰りって?
央 樹 人それぞれだからな。普通は東口なんだけど。実は南口の方が近いんだよな、2丁目って。
弘 子 どっちよ? 決めなさい。決断よ。賭けよ。さあ!
央 樹 東口!
弘 子 OK、ゴー!

走る二人。
人をよけて、階段を駆け下り、JR新宿駅東口改札へと向かう。

弘 子 着いた!
央 樹 間に合った!
弘 子 どう、いる?
央 樹 ちょっと待って。息が上がって何も見えない。
弘 子 見るのよ、探しなさい!

二人、探す。

央 樹 ‥‥いない。
弘 子 南口に行ったの?
央 樹 そうだ、きっと‥‥。
弘 子 ちくしょおー!

息が荒い二人。
と野村光太郎が登場。

光太郎 どうしたの?
二 人 やったー!
光太郎 よく間にあったね。あ、すっごい走ったでしょ。
央 樹 ‥‥ちょっとね。
光太郎 何、帰るんだったんだ?
弘 子 そうじゃなくて‥‥
(と促す)
央 樹 ‥‥。
弘 子 あの、今、この人、息上がっちゃってるけど、すぐに落ち着いて話しますから。
央 樹 ‥‥。

央樹、起きあがる。

弘 子 どうぞ‥‥。

央 樹 俺も帰ろうと思って‥‥。あ、そうじゃないや。こいつが帰るっていうんで、一応送ってきたんだ。じゃあね、気を付けて帰れよ。
弘 子 え? 何それ?
央 樹 こいつのうち吉祥寺だから、同じ電車でしょ?
弘 子 ちょっと、何言ってんの?
央 樹 じゃあな。気を付けて帰れよ。

と言って背中を押す。

光太郎 じゃあ‥‥
央 樹 どうも‥‥
弘 子 ちょっと待ってよ。

央樹を引き離して。

弘 子 (やや小声で)何してんのよ?
央 樹 
(以下同様に)いいから、余計なこと言うなよな。
弘 子 バカじゃないの? だったら、何であんなに走ったのよ?
央 樹 もう無理だよ。だって、ここまで来ちゃってるし。
弘 子 あんたね‥‥。
央 樹 悪い。俺、マジなんだ。だから、俺、自分で何とかするから。ほんと。賭けなんかどうでもよくって、ちゃんと何とかするから。応援してくれるのは、嬉しいけど、俺の知らないところで、全部話しちゃったりするのは、やめてくれよな。自分で何とかしたいから。もし、今日がだめでも。
弘 子 
(ややはっきりと)駄目かどうかなんてわからないじゃない!
光太郎 何、どうかした??
央 樹 何でも。‥‥友達じゃん?
弘 子 ‥‥‥‥
(光太郎に)お待たせ。じゃ、行きましょう。よかった、間に合って。
光太郎 
(央樹に)じゃあ。
央 樹 じゃあ、また。
光太郎 また。

光太郎と弘子、改札に消える。
一人残った央樹、歩き始める。
聞こえてくる「エンド・オヴ・ザ・ワールド」。

央 樹 僕は改札口で二人を見送って、シャッターの降りかけた出口から地上に出ました。一人で歩くと、なんでこんなに街の景色ばかり見えてしまうんだろう。誰もいない紀伊国屋。いつの間にかヴィトンとティファニーに乗っ取られてる三越。シャッターの降りた伊勢丹。真夜中なのに煌々と電気がついてるセゾンプラザの隣の三和銀行。終電が行っちゃった後の新宿通りは、一日で一番静かな時間かもしれません。帰る人はみんな帰っちゃって、帰り損なったり、何かし損なったりした人ばかりが一人でぽつんと歩いてる。そんなかんじ。無理矢理一緒に帰っちゃえばよかったかな?(ため息)初めて2丁目に遊び出てた頃は夜がむちゃくちゃ長くって、終電逃しちゃった後の時間は、まるで明けない夜を待ってるみたいなかんじでした。でも、この頃はあっという間。何軒かハシゴして飲んでるうちに、すぐ始発が動く朝になってしまう。でも、今夜は、なんだかむちゃくちゃ長い夜になりそうです。久しぶりに。あーあ。とかなんとか考えてると、また二丁目じゃん。

そこは、2丁目。ヤリ部屋「パラゴン」の前。

央 樹 (看板を読む)「パラゴン」。ここは、世に言うヤリ部屋ってやつです。どう説明したらいいのかな? 暗闇の中で出会いたい人のためのハッテン場? ていうか「ヤル部屋」です。

男が一人出てくる。
央樹は何気なく視線を逸らし、でも、目で追ってみる。

央 樹 どうしようかな? この際、方針変更するか、誰でもいいってことに‥‥。でも、なあ‥‥。別に、こういうとこ初めてってわけなんじゃないんですよ。たしかに、ここは、まあ、初めてなんだけども‥‥。
洋 平 入るの入らないのはっきりする!
央 樹 わっ!

振り返ると洋平がいる。

央 樹 何だよ。やだな、大声出しちゃった。
洋 平 こんなとこで入ろうかどうしようか迷ってる方がよっぽど変。。
央 樹 どうしたの、仕事じゃなかったの?
洋 平 やっぱり気になってね、出てきた。
央 樹 仕事は?
洋 平 適当に、
央 樹 何だそれ?
洋 平 どうなの調子は?
央 樹 うまくいってたら、こんなとこにいない。
洋 平 なるほどねえ。全然ダメかい?
央 樹 リーマンナイト行ったけど駄目だったし。
洋 平 ほう。
央 樹 ちょっといいなって思う人がいたんだけど、その人も「もう恋なんてしない」って「がんばって」なんて言われちゃうし。
洋 平 へえ。で、どうしたのその男は?
央 樹 終電で帰っちゃった。町田と一緒に。
洋 平 情けないねえ。食い下がらなくてはいかんでしょ?
央 樹 でもね、まだ、負けたわけじゃないから。
洋 平 ふーん。
央 樹 いいから、ほっといてくれよ。
洋 平 ねえ。
央 樹 何?
洋 平 久しぶりにさ、一緒に飲んだくれようか?
央 樹 悪いけど、そんなことしてる時間はない。
洋 平 邪魔しないよ。逆に応援するよ。マジで。
央 樹 まだ、あきらめたわけじゃないんだからさ。見られてると思うと、できるものもできなくなるじゃないか。
洋 平 じゃ、行ってみるわけ、この中に? すっごい! ちょっとこれは見とかなきゃ。
央 樹 ‥‥あのね。
洋 平 早く行きなよ。それ行け!
央 樹 
(少し行きかけるが、、気が付いて)ついて来たりしないよね?

洋 平 やめとく。
央 樹 一応、考えるんだ?
洋 平 いいから、ほれ! そら行け!
央 樹 よーし、じゃあ。行ってくるからさ。
洋 平 おう!

央樹、歩き出す。

弘 子 高橋くん!

振り返ると、町田弘子が光太郎と立っている。
びっくりする央樹。

央 樹 どうしたの?
光太郎 この人、電車止めちゃって。
央 樹 え?
弘 子 違うのよ、ホームに出たら、人いっぱいで、私、ちょっと気分悪くなっちゃって、ふらふらしてたら、知らない人に押されて、柱に手をついた拍子に、「非常停止ボタン」押しちゃったの。ものすごい音が鳴り出しちゃって。
央 樹 それ、大変なことになってるよ、きっと。
光太郎 駅員走り回ってるし、アナウンス流れっぱなしだし、しばらく全線運転を見合わせるって。
弘 子 で、あわてて、逃げてきたの。
央 樹 二人で?
弘 子 気が付いたら、一緒に走ってたのよ。ごめんなさい。つき合わせちゃって。
光太郎 いいよ、すっごい面白かった。
央 樹 ねえ、それすっごくまずいんじゃない? 犯罪ってかんじ。
弘 子 違うわよ、事故よ、事故。わざとじゃないんだから。
央 樹 だったら、逃げること‥‥
弘 子 そんな、つかまってお説教されたりしたら、もっとやじゃない。もうどうせなら飲んじゃいましょって、意気投合して。
光太郎 そうそう。報告もしたかったし。
弘 子 そうそう。
洋 平 やるじゃん、町田。
弘 子 やだ、中嶋さん! おひさしぶり!
洋 平 何よ、気合い入ってるじゃない。
弘 子 2丁目デビューだから、ちょっとね。
洋 平 で、何、男できた?
弘 子 やだ、私はいいの。それより、高橋くんの方が大事でしょ?
洋 平 あ、町田、央樹のこと応援してんの?
弘 子 一応、弱いモノの味方だから。
洋 平 ひどいな。
弘 子 こんなところで何してるの?
洋 平 央樹がここ入るっていうから、ちょっと見てようと思って。
弘 子 ここって?
洋 平 ヤリ部屋。
弘 子 うそ!
央 樹 だから、そうじゃなくって‥‥、一人になっちゃったし、もうしょうがないかなと思って‥‥。
洋 平 しょうがないって、それはここにいる人たちに失礼でしょうよ。
央 樹 ま、そうなんだけど。
弘 子 で、入るわけ?

央 樹 ‥‥やっぱり、やめとくわ。やや、自信ないし。
弘 子 そうよ、そうよ。絶対無理よ。
央 樹 町田、おまえな‥‥
洋 平 そっか。じゃ、つまんないから、行くわ。
央 樹 どこ行くの?
洋 平 エースのぞいてくる。久しぶりだし。
央 樹 亀ちゃんたちいるよ。
洋 平 ふーん。あ、そうだ。明日の約束さ、四時五十七分の高尾行きが始発だから、四時半に南口でね。
央 樹 南口のどこ?
洋 平 ギャップの横の階段上ってったところ。あのへんぷらぷらしてるから。
央 樹 わかった。
洋 平 じゃあね。楽しみにしてるから。町田もよろしくね。
弘 子 負けないから!

洋平、去って行く。

弘 子 何でいるのよ、中嶋さん?
央 樹 知らないよ。仕事ほっぽりだして様子見にきたんだって。
弘 子 ほんと神出鬼没ってかんじよね。
光太郎 あの、今のが一緒に住んでるって?
弘 子 そう、そう。むちゃくちゃな、高橋くんの元彼?
央 樹 でも、もうずっと前に別れてるから。
弘 子 ねえ、何年つきあってたの?
央 樹 二年八ヶ月。
弘 子 やだ、最長記録? 信じらんない!
央 樹 いいから、ほっとけ!
光太郎 ねえ、俺で良かったら、手伝おうか?
央 樹 は?
光太郎 朝までに男ゲットっていう賭けの手伝い。
弘 子 なってくれるの、高橋くんの恋人に?
光太郎 俺なんかでよかったら。

「あなたがほしい」が聞こえてくる。

弘 子 よかったらって‥‥どうなのよ? 高橋くん?
央 樹 そんな、こっちこそ。よろしくお願いします。
弘 子 やった! 高橋くんの勝ちよ。ざまあみろだわ! ちょっと中嶋さん、呼んで来る。

弘子、駆け出す。

央 樹 いいよ、町田、明日の始発までなんだから。焦ることないって。
弘 子 そうね。急ぐことないのよね。
光太郎 じゃ、オールだ。
弘 子 そうよ、じゃ、飲み直しね!
光太郎 どこ行こうか?
弘 子 新さんのところ。報告しなきゃだわ。
光太郎 うん。
央 樹 やった。

三人、退場。

<<<その1<<<

>>>その3>>>