「Love Song」
関根信一

●その4●

<<<その3<<<

場面は変わって、新宿駅南口。
まだ薄暗い朝。
階段の上。
央樹がいる。

央 樹 (客席に向かって)ここは、新宿駅南口。昔はぱっとしない新宿の裏口だったんだけど、高島屋と東急ハンズができて、GAPやタワーレコードの入ったフラッグビルができて、いつの間にか、すっかりきれいな表玄関になってしまいました。夕方から夜にかけては、待ち合わせスポットして大にぎわい。そういえば、今からほんの八時間くらい前、僕はここで町田と待ち合わせをしたんでした。洋平との賭けは一体どうなるんだろうなんてぼんやりした不安を抱えながら。これから聞かされなきゃならない亀ちゃんの悩み相談に早くもうんざりしながら。それが、今はどうだろう。あれから八時間。僕は、彼と一緒にここに戻って来ました。僕がつくってるゲームなら、まさに「最終ステージ」ってかんじ。これまでずっとついてきてくれてた町田もいなくて、僕は、彼と二人きり。これから、対決しなきゃならない「怪物」はかなり手強いけど、もう、大丈夫。この勝負もらったぜ! この夜が明けて新しい朝が来たら、きっと新しい僕の新しい恋が始まる。それが、このゲームで一番最後にゲットしなきゃならない獲物なんだから!

光太郎がやってくる。

央 樹 (客席に)獲物がやってきました。(光太郎に)トイレ見つかった?
光太郎 うん、ホームレスが占領してたけど、なんとかね。
(あたりを見回して)始発が動く頃って、もう明るくなってると思ってたけど、まだ暗いんだね。
央 樹 でも、もうじき朝だから。ちょっと寒くない?
光太郎 だいじょうぶ。
央 樹 桜も咲いて、お花見も終わったのに、なかなか暖かくならないね。
光太郎 この間、雪降ったしね。ゴールデンウィークまでは、まだちょっと寒かったりするんじゃない?
央 樹 
(わくわく)ゴールデンウィークか‥‥。
光太郎 どうしたの?
央 樹 ううん、別に。

洋平がやってくる。

洋 平 おっはー!
央 樹 早いじゃない。
洋 平 何かね、時間持て余しちゃって。何だか寒いし、早く家帰って風呂入ってねむりたい。
央 樹 どこ行ってたの?
洋 平 適当にね。で、どうなの? 新しい男は見つかったわけ?って、ちょっと、やだ、いるじゃない。ちゃんと、生きて動いてるのが。ねえ、紹介して、あんたの新しい男。
央 樹 えーと、さっき話した‥‥
洋 平 あれ、もしかして、あんたと同じ「もう恋なんてしない」の彼?
央 樹 そう。野村さん。
洋 平 なんだ。どうも。初めまして。
光太郎 どうも。
洋 平 ってそうじゃないか。

短い間

洋 平 さっき会ったよね。パラゴンの前で。
光太郎 あ、そうでしたね。

央 樹 じゃ、そういうわけだから、ゲームは俺の勝ちっていうことで。
洋 平 あーあ。くやしいけど、了解。負けました。
央 樹 やった! じゃ、俺、部屋探し始めるから。さっき、亀ちゃんに話したら、いいところ見つけてきてくれるって。
洋 平 手回しいいね。そうだ。一つ聞きたいんだけど、これってマジなかんじなわけ?
央 樹 え?
洋 平 とりあえず出来ればいいっていう約束だから、別にどっちでもいいんだけど、どうなのかなと思って。
央 樹 どうって?
洋 平 
(光太郎に)ただ、ついてきただけなの? 何だかおもしろそうだから。それとも、この人とちゃんと付き合い始めてしまいそうなわけ? 本当のこと言って。
央 樹 それは‥‥
光太郎 まあね。

短い間

洋 平 ‥‥そう。じゃ、二人ともやめたわけなのね「もう恋なんてしない」のは?
央 樹 そういうこと。
洋 平 そう、わかった。
(光太郎に)うち、どこなの?
光太郎 国分寺。
洋 平 やだ、始発一緒じゃない。四時五七分高尾行き。じゃ、僕、ちょっと先行くわ。
央 樹 まだ、始発まで時間あるじゃない。
洋 平 そこからタクシー拾って帰るから。
央 樹 いいじゃん、電車で。
洋 平 邪魔しないから。ていうか、何だか疲れちゃった。ま、ゆっくり帰っといでよ。うち帰って、一眠りして、そして、起きたら、話そう。これからどうするか。
央 樹 わかった。じゃあね。
洋 平 復活おめでとう。チャンピオン!

洋平、歩き出す。
直也がやってくる。

直 也 ちょっと待ってよ!

一同、びっくり。

直 也 (洋平に)何、嘘ついてんの?(央樹に)ねえ、知ってる? この人、この人と昔つき合ってたんだって。でも、黙って知らんぷりしてる。光太さんだって、気が付いてるんでしょ、本当は? ねえ、何で知らない振りしてるわけ? ねえ、光太さん!
光太郎 ‥‥。
洋 平 あんた、何言ってんの? そんなこと言いにわざわざ来たわけ? 新宿公園からここまで走って。
直 也 
(洋平に)わかんないな。あんた、まだこの人に未練あるんでしょ? 別れたけど、まだ未練あるんでしょ? 別れてからの方が好きになったなんて言っちゃって。本当は全然別れたくなんかないくせに。だったら、全部、話せばいいじゃない。昔、何があったか。それ知ったら、いくら鈍感なやつだって、少しは考えるよね。(気が付いてみせる)あ、そうか。二人でグルになって、この人のことハメようとしてるんだ? なんだ、そういうゲームなんだ。そうだったんだ。ごめんね、だったら、僕、余計なこと言っちゃったね。でも、あんたがあんまり気の毒だったからさ。また、遊ばれてしまうのが。光太さんだけじゃなくって、この人にまで。だから、考えなおした方がいいよ。こんなの恋でもなんでもない、ただのゲームなんだから。早く降りてしまって、笑われるより、笑った方が絶対にいいって。
央 樹 それがどうした!
直 也 ‥‥。
央 樹 すっごい情報教えてくれて。感謝するよ。でも、それがどうした?
直 也 どうした?って‥‥何が?
洋 平 そうよ、それがどうした!
光太郎 そうだ、それがどうした!

直 也 何だよ! 何言ってんだよ? あんたたち?
央 樹 悪いけど、そんなこと知ったからって何でもない。二人が黙ってたのは、俺に気を使ってくれたからだ。でも、もし、知ってたからって、何でもない。それに、言っておくけど、俺は遊ばれてなんかいないから。これはゲームなんかじゃないから。そうなんだよ。俺、マジだから。真剣にこの人のこと好きだから。
(光太郎に)好きになったから。マジで恋に落ちたから。悪いけど。
光太郎 ‥‥。
央 樹 悪くない。
(光太郎に)ごめん。いや、謝らない。謝ることなんかない。だって、好きなんだから。
洋 平 ‥‥。
央 樹 これはゲームなんかじゃない。お前がやってることの方がよっぽどゲームじゃないか。さっき言ってたよね。「付き合い始めるまではすごく欲しくて、でも、付き合い始めるとすごくつまんない男に見えてくることってないか」って、俺をわざわざトイレに閉じこめて。ほんとうは怖いんだろ。この人、手に入れて、つまらなくなってしまうのが。だから、何も言えないでいる。そうなんだろ? 本当言うと、俺も怖いよ。でも、ただ怖がってるだけじゃない。もう、そうじゃない。だから、これはもうゲームなんかじゃないんだ。
直 也 何言ってるの? わけわかんない。そんなの嘘だね!
央 樹 嘘じゃない。昨日までの俺は、そうだったかもしれない。でも、今は違うんだ。たった、今、違くなれたんだ。そうだよ。お前に、そんなこと言われたからだよ。もう一度、感謝しないといけないな。ありがとう。ほんとうに。
直 也 バカじゃないの?
光太郎 
(直也に)もう、よせよ。
直 也 
(光太郎に)ねえ、なんで僕じゃなくて、こいつなわけ? 自分のこと昔捨てた男の今の男だからでしょ? それだけの理由なんでしょ? ねえ、そうなんだよね?
光太郎 そんなんじゃない。
直 也 じゃあ、どうしてよ?
光太郎 ‥‥お前さ、もういいから帰れよ。
直 也 ‥‥。
光太郎 もう、帰っていいよ。
直 也 ‥‥。
光太郎 もう、その話聞きたくないから。お前から、そんな話聞きたくないから。
直 也 でも‥‥
光太郎 帰れって言ってんだよ。
洋 平 そうね、帰んなさい。子供の時間はおしまい。
央 樹 言いたかったことは、もう、たぶん、全部聞いたから。まだ、何かあるかな。言い足りないこと?

直 也 なんなんだよ、あんたたち?

短い間

央 樹 大人だ。悪いけど。


亀谷くんがやってくる。

誓 一 あ、やっぱりここにいたんだ。びっくりしたよ。起きたらいないから。
直 也 帰ろう。やっぱりあんたが一番いいや。わかりやすくて。
誓 一 え、何のこと?
直 也 何でもない。行こう。

直也、行ってしまう。

誓 一 おい、ちょっと待てって。(央樹に)何だかよくわかんないけど、サンキュな。じゃ、また。

亀谷くん、去って行く。
長い間

央 樹 あんなこと言っといて、何なんだけど、今、あいつが言ったことってほんとなの?
光太郎 まあね。
洋 平 まあね。
央 樹 別にもういいんだけど、何で、言ってくれなかったのかな?
光太郎 近くで見るまで自信なくて、たぶんそうだと思ったんだけど。
洋 平 僕も最初は、まさかと思った。だって、あんなところで会うなんて。でも、びっくりした。すっかり立派なゲイになっちゃってて。よく遊び倒してるみたいだね。しばらく見ない間にすごいじゃない。
光太郎 そんなんじゃないって。
洋 平 で、何? 話蒸し返すようであれなんだけど‥‥。これってやっぱり仕返しのつもりなのかな? 僕に捨てられた。
光太郎 え?
洋 平 ごめんね。あの時、あんなにぽーんと捨てちゃって、この人に乗り換えちゃって。あ、だからか、だから、もう恋なんてしないって‥‥。
光太郎 あ、それ、誤解してる。
洋 平 え?
光太郎 言っとくけど、俺、捨てられた覚えないから。
洋 平 だって、東京のパレードで喧嘩したあと、電話で話して、一方的にもう別れましょう、新しいゲイの恋人ができちゃったからって言ったら、あんたむちゃくちゃ動揺してたじゃない。
光太郎 それはびっくりしたから。
洋 平 え?
光太郎 あんなにすぐに新しい恋人できるなんて、すごいなと思って。でも、捨てられたとか全然思ってないから。ただ、別れただけだから。そうじゃん。
洋 平 そうだけど。なんだ、そうだったんだ。捨ててなかったんだ。なんだ‥‥。
央 樹 でも、じゃあ、なんで、恋なんてしないって?
光太郎 だって、めんどくさいじゃん、そんなのいちいち。

短い間

光太郎 それはちょっと嘘なんだけど。

光太郎 俺、自分がゲイなんだってこと、ずっと認められなくて。あ、あれ悪かったと思ってる。「お前のせいでゲイになったんだ」なんて言って。一人でいると忘れてられるんだけど、付き合い始めたやつと、ずっと一緒にいると、つい、思っちゃって、俺何してんだよ?って。こんなことしてていいのかよって。バカだろ?
洋 平 そんなことないって。
光太郎 別れた後、何人かとつき合ったんだけど、いつもそうなんだよね。いつも、そんなでうまくいかなくなっちゃって。でも、一人じゃいられないしさ。やっぱり。
洋 平 ‥‥。
光太郎 いいよな、「もう恋なんてしない」って言って、ほんとにしないでいられたら。だから、いっつも、中途半端な付き合いになっちゃって。そう、遊びみたいな、ゲームみたいな。でも、しょうがない。ほんとの恋ってやつは、なんだかおっかなくってさ。やっぱり、いい年して、バカみたいだ。

洋 平 今はどうなの?
光太郎 今って、だから‥‥
洋 平 そうじゃなくて、今、この人が言ったこと聞いたでしょ? どうなの?
光太郎 ちょっと揺れてる。
洋 平 どっちに?
光太郎 ‥‥。
洋 平 
(きっぱり)付き合いなさい、いい、二人とも私が選んだ男よ、絶対に間違いないんだから。
光太郎 ちょっと待ってよ。
央 樹 そういうところがいやなんだよ。
洋 平 え?
央 樹 そういうところ、すぐ仕切るし。
光太郎 そうそう。
央 樹 俺は、恋人がほしかったんで、母親がほしかったんじゃない。
光太郎 そうだ、そうだ。
央 樹 大体、つき合った相手が二人とも、「もう恋なんてしない」なんて言い出すの、どうかと思うよ。
光太郎 そうかもしれない。
洋 平 何よ、二人とも、意気投合しちゃって。いいじゃない、じゃあ、二人して、私の悪口言い合うみたいなそんなんでもいいからつき合ってみなって。
央 樹 なんで、そんなにムキになって勧めるのかな?
洋 平 だって、好きなんでしょ? もう一押しじゃない。このままだったら、逃げられてしまうのよ。逃げるでしょ、あんた? 最後の一踏ん張りじゃない。がんばらないでどうすんのよ。
央 樹 だから、そういうところがいやなんだって‥‥
洋 平 だから、この人と付き合えばいいじゃない。何にも考えないで。つきあって、どっか居なくなってしまえばいいじゃない。僕の目の前から。そしたら、思い切りせいせいできるんだから。ほんとに! こんなにわけのわかんない気持ちになんかならなくていいんだから。ほんとだって。 
央 樹 ‥‥。

長い間

光太郎、腕時計を見る。

光太郎 もう始発が動いたかな?
央 樹 うん。今、出たくらいだね。
光太郎 そっか。
(笑って)じゃ、ゲームはおしまいだ。それじゃ。

光太郎、歩き出す。
二人は唖然。

央 樹 どこ行くの?
光太郎 帰る。
洋 平 帰るんだったら、こっちでしょ?
(南口を指す)
光太郎 西武線で帰る。
洋 平 むちゃくちゃ遠回りじゃない。何考えてんの?

光太郎、止まらない。

央 樹 待って。

光太郎、立ち止まる。でも、振り返らない。

央 樹 ゲームはおしまい。でも、ゲームじゃないのをもう一回始めよう。始めたい。もう一度。だから、僕は引き留めないから。今は別れても、また会える自信があるから。絶対にもう一度出会い直す自信があるから。
光太郎 ‥‥。
央 樹 じゃあ、また。
光太郎 ‥‥。

光太郎、歩き出すが、ふと立ち止まって‥‥

光太郎 東京のパレードって出たことないんだけど、先月、シドニーのマルディグラには行ったんだ。すごかった。今年の夏、あるんだよね。東京で。今度は行ってみようかな。

光太郎、行ってしまった。
長い間

洋 平 いいの、追いかけなくて?
央 樹 いいよ。
洋 平 そう。
央 樹 俺達も帰ろうか。
洋 平 うん。

二人とも、動かない。

洋 平 僕、やっぱり、出てくことにするから。
央 樹 何?
洋 平 あんたが勝ったんだから、約束通り、別れよう。とりあえず、僕が出てくから。
央 樹 おい、待てよ。一人ぐらしなんかできるのかよ?
洋 平 できるよ。
央 樹 家具とかどうするわけ? 二人で買った。
洋 平 いいよ、置いてくから。
央 樹 ちょっと、待てって。何でそう一人で勝手に決めるんだよ。後で話そうって言ったじゃないか。
洋 平 いいじゃない、今話したって。
央 樹 何で、そうむちゃくちゃなんだよ。
洋 平 だって、別々に暮らしたいって言ったのはあんたじゃない。いいじゃない、別々で。
央 樹 まあ、そうなんだけど。
洋 平 だったら‥‥
央 樹 わかった。じゃあ、こうしよう。勝ったけど、出てくのは、勘弁してやる。作詞家なんて不安定な仕事だし。
洋 平 ‥‥。
央 樹 ゲーム会社も不安定だけど。以上、話、終わり。

央 樹 そうだ、もし勝ったら何て言うつもりだったわけ?
洋 平 え? いいよ、負けたんだから、もう。
央 樹 いいから。言ってみなよ。どうせ決めてたんでしょ。無理難題。
洋 平 まあ、すっごい無理難題なんだけど。
央 樹 へえ、何?
洋 平 もう一度、やりなおしてみないって。そう言おうと思ってた。
央 樹 ‥‥なんだ、そうなんだ。
洋 平 でも、負けたからね。よかった、そんなことにならなくて。

洋 平 でも、もう一度やってみるかな?
央 樹 何を?
洋 平 賭け? もしくはゲーム。
央 樹 何、また?
洋 平 いいじゃない、だって楽しかったでしょ? エキサイティングだったでしょ?
央 樹 それはそうだけど‥‥。まだ、終わったわけじゃないからさ。
洋 平 そうね。まだ終わったわけじゃない。でも、言っておくけど、まだ始まったわけでもない。
央 樹 ううん、始まった。ていうか、始めたんだ。
洋 平 なるほど。

央 樹 俺さ、考えたんだ。
洋 平 何?
央 樹 恋をしようって。じゃんじゃんしようって。
洋 平 いいじゃない、やりなさい、どんどんやんなさいよ。あいつさ、すっごいいいヤツだから。捨てておいてなんなんだけど。ていうか、僕がつき合ってた頃より、ずっといいヤツになってるみたいだから。何でも、聞いて、応援するから。
央 樹 だから、そういうのがいやなんだって。
洋 平 わかった。じゃ、もう何も言わない。でも、帰ったら、一応、電話入れといた方がいいよ。さっき言ったのマジだからって。
央 樹 うん。あ‥‥
洋 平 ん?
央 樹 電話番号聞いてない。
洋 平 バカじゃないの? そんなだから、ほっとけないんでしょうが、僕も町田も。ああ、いらいらするわね。どうすんのよ?
央 樹 だいじょうぶだって、亀ちゃんに電話して、聞くから。あの子ならきっと知ってるはずだから。
洋 平 素直に教えると思う?
央 樹 だったら、二丁目で張り込む。会えるまで。
洋 平 ほう。
央 樹 それがだめなら、国分寺の駅で待つ。
洋 平 それって、ストーカーっぽくない?
央 樹 でも、いい。もう一度会うためだったら、何でもしてやる!

洋平、央樹の横顔を見ている。

央 樹 (気が付いて)何?
洋 平 何でもない。久しぶりにいい顔してるなと思って。
央 樹 ようやく気付いたか。
洋 平 徹夜明けって、少しすっきりするね、アゴのラインが。
央 樹 何だよ、それ?
洋 平 ほんとほんと。

央 樹 あ、そうだ、あれってさ、誰の歌だっけ。横顔がどうのこうのって?
洋 平 横顔? 何それ?
央 樹 あったじゃん。横顔見てる時が好きだとかなんとか?
洋 平 そんなの書いたっけ?
央 樹 じゃ、あれは? 恋っていうのは、きっと湖。だって、落ちたり溺れたりするから‥‥っていうやつ。
洋 平 ああ、あれ。松田聖子。
央 樹 うそ! やっぱり、そうだったんだ。
洋 平 なんだけど、結局、ボツになっちゃったんだよね。
央 樹 なんで?
洋 平 二番の歌詞、書いたんだけどね。こういうの。その湖は砂漠にあって、雨が降らないと干上がっちゃうわけ。でね、彼女は、いつも泣いてるわけ。涙を流して。実はそうしてその湖はできてたって、そういう内容。
央 樹 いい話じゃない。
洋 平 でもね、言われちゃったの? 「ちょっと暗すぎません?」って。
央 樹 聖子に?
洋 平 間接的になんだけどね。
央 樹 たしかに、ややおっかないよね。
洋 平 でも、よく覚えてたね。そんなの。ねえ、それ、歌える?
央 樹 そんなボツになったのまでは知らないよ。
洋 平 じゃあ、さっきのやつ。聞けばわかるから。誰に書いたのか。
央 樹 そう? じゃあ‥‥

央樹、歌おうとする。
音楽が流れ出す。
目の前に夜明け間近の新宿の街が広がっている。

央 樹 いいや、やめとく。
洋 平 何?
央 樹 でも、絶対作ってたよ。そういう歌。
洋 平 だから、歌ってよ。
央 樹 やだよ、こんなところで。
洋 平 今、歌おうとしたんじゃない。なんで、そうやって途中でやめるわけ。そんなんじゃ恋なんてできるわけないじゃない。
央 樹 関係ないじゃないか。
洋 平 ないわけないでしょ!
弘 子 高橋くん!

そこへ、町田弘子がやってくる。

央 樹 何だよ、町田。帰ったんじゃなかったのかよ?
弘 子 始発乗り遅れちゃって。まだ、いるかなと思ってちょっとのぞいてみたの。ねえ、なんで、この二人なわけ? あの人、どこ行っちゃったの?
央 樹 いろいろあってさ。
弘 子 ねえねえ、結局、賭けはどっちが勝ったわけ?
洋 平 決まってるじゃない、僕の勝ち。
弘 子 うそ?
央 樹 なんだよ、それ。ちゃんと連れてきたじゃないか。
洋 平 でも、いなくなったじゃない。
央 樹 それはそうだけど、まだわからないし。
弘 子 わからないって、何が?
央 樹 これからどうなるか。
洋 平 うまくいかない方に三千点。
弘 子 なんだか複雑そう。ねえ、ねえ、教えて、高橋くん。絶対、誰にも言わないから。
央 樹 ‥‥。
弘 子 本当よ。
央 樹 いいよ。
(洋平に)行くぞ。
弘 子 行くって、どこに?
央 樹 帰るんだよ。
洋 平 行こう。

央樹と洋平、歩き始める。

弘 子 ちょっと待ってよ。(二人を見て)走ることないじゃない! 高橋くん!

弘子、二人を追いかけて走って行った。

誰もいない新宿駅南口。
そして朝がやってくる。

                                 終わり 

<<<その3<<<