「Love Song」
関根信一

●その3●

<<<その2<<<

>>>その4>>>

場面は変わって、新さんの店。
央樹、弘子、光太郎がカウンターで飲んでいる。

新   あら、そういうことになったの。まずは、おめでとう。
央 樹 ありがとう。
新   やっぱり「キャッチ・アンド・リリース」なの? キャッチしたまんまでもいいんじゃないの?
央 樹 新さん‥‥。
光太郎 とりあえずだから、とりあえず。
央 樹 そう、そう。
新   そうか。中嶋くん、あれから、そっちに行ったんだ。
央 樹 何、あれからって。
新   さっき、ちょっと顔出したのよ。「央樹いる?」って。
央 樹 何時頃?
新   十二時頃かな?
弘 子 で?
新   あんたたち、勢いこんで出てったところだったから、「今出てったわよ」って。
央 樹 それで?
新   「あ、そう」って言って、すぐ行っちゃったわよ。でも、それから、まっすぐパラゴンの前まで行って、あんたに会ったんだとしたら、すごいわね。読まれてるってかんじ。さすが、長い付き合いよね。
光太郎 ほんとだ。
弘 子 ていうか、わかりやすすぎるんじゃない?
央 樹 偶然だよ。偶然。でも、パラゴンの前で会ったの、もう一時まわってたし、その間どこ行ってたんだろう?
新   さあ‥‥。
央 樹 ほんとに顔出しただけ?
新   そうよ、そこのドアから。よくやるでしょ、あの人。あんたいないと、すぐ「じゃあね」って。
央 樹 ‥‥。
新   ほんというと、ちょっと喋ってったの。ちょっとだけよ。あ、私も気になるからさ。あんたたちの賭のこと、くわしく聞いてみたくって。
央 樹 やっぱり。で、何だって?
新   別に。あんたから聞いたこと以外は。何かこう、複雑な決心とかそういうのがあるのかと思ったら、全然ないのね。ケロっとしてた。まあ、いつもそうだけどね。
央 樹 負けるわけないからとか言ってたんじゃない?
新   言ってた、言ってた。
弘 子 じゃ、きっとびっくりするわね。後で会ったら。
央 樹 余計なこと言ってないよね?
新   余計なことって?
央 樹 だから‥‥
新   後追っかけて勢い込んで出てったとか、そんなこと?
光太郎 ‥‥?
央 樹 ‥‥そう。
新   さあ、どうだったかしら? 忘れたわ。
央 樹 新さん、それって‥‥
新   でも、そうか。あんたたち、とうとう別れちゃうのね。
央 樹 ていうか、とっくに別れてるんですけど。
新   何だか感慨深いわ。
弘 子 どうしたの、しみじみしちゃって。
新   だって、あんたたち、ここで初めて会ったのよね。
弘 子 へえ。
光太郎 そうだったんだ。
央 樹 いいよ、余計なこと言わなくて。
新   わかったわ。
光太郎 聞いてみたいな。
弘 子 そうよ、それっていつの話?
新   六年くらい前よ。そう、最初のパレードがあった年よ。

突然、洋平が飛び込んでくる。
ただし、六年前の夏の。
当たり前だが、若々しい。
彼に対応するのは、新さんと央樹だけ。

洋 平 すごかったわあ。もう、新さんも行けばよかったのに。
新   真夏の炎天下歩くのはごめんよ。日焼けは絶対したくないの。
洋 平 そんなのどうでもよくなるって。すごいんだから。2千人よ、2千人。2千人のゲイやレズビアンが車道の真ん中歩くのよ。いい気持ちだった。ジントニックちょうだい。
新   はい。一人で行ったの? 彼氏と一緒?
弘 子 
(新さんに)彼氏って誰?
新   当時の男。
洋 平 まあね、そうなんだけど。別れてきちゃった。
新・弘子 え?
洋 平 出かける前からぐずぐず言ってたのよ。でね、じゃ、歩きましょってことになったら、いいから一人で行けよって。何でよ。ただ、歩くだけじゃない。何気にしてんのよ、って、ちょっともめちゃって。
新   そりゃ、あんたはいいだろうけど、向こうはサラリーマンなんでしょ? ていうか、大体、あの人、もともとノンケなんでしょ?
弘 子 え?
新   そうなのよ、中嶋くんって、昔はノンケとばっかりつき合ってたの。
弘 子 へえ、そうなんだ。なんか、すごーい。
洋 平 ノンケじゃないわよ、僕とつき合ってるんだから、もうゲイでしょ? 違うわけ? 
新   それはそうだけど‥‥
洋 平 大体、そんなの見ただけじゃ、わからないじゃない。一緒に歩いちゃえば。
新   そんな無理強いしてどうすんのよ? それで、何。別れたってどういうことよ?
洋 平 だってさ、そのうちに、」「お前のせいでゲイになったんだ」なんて言うから。ね、自分で認めてるのよ、自分はゲイなんだって。なのに、そんなことぐじぐじ言うから。
新   別れてきたと。
洋 平 そういうこと。ああ、すっきりした。ジントニックおかわり。
弘 子 昔っからむちゃくちゃだったのね。
新   あの頃が一番無茶してたわね。
弘 子 へえ、どんな?
新   見てればわかるわよ。それで、何、別れてどうすんの?
洋 平 どうもしない。ううん。もう、ノンケとはつき合わない。ノンケとつき合って、ゲイにするっていうのは、たしかに僕のライフワークだったけど。もうやめるの。これからは、ちゃんとゲイとつき合うことにする。
弘 子 ほんとだわ。
新   まだ、これからよ。
洋 平 
(央樹に目を留めて)ねえ。
央 樹 ‥‥はい。
洋 平 見掛けない顔だけど、初めて?
央 樹 はい。
新   高橋くん。この人ね、中嶋くんっていって、作詞家の卵なの。こわくないから。
洋 平 何、その言い方。ねえ、そっち行っていい?
央 樹 あ、いいですけど。

洋平、席を移動する。
光太郎が立って、後ろから見ている。

央 樹 どうも。
洋 平 どうも。ねえ、今日のパレード行った?
央 樹 いいえ。
洋 平 来年もきっとあるから、行くといいよ。すっごいおもしろかったから。
央 樹 はあ。
洋 平 ていうか、あんたってゲイ?
央 樹 は?
洋 平 どうなの?
央 樹 まあ、そうですけど。
洋 平 そうなんだ。ねえ、僕とつき合わない?

「あなたがほしい」が聞こえてくる。

弘 子 うそ?
新   ほんとなのよ。
弘 子 すごすぎ!
央 樹 つきあうってどういうことですか?
洋 平 決まってるじゃない、ずっと一緒にいること。
央 樹 なんで、僕なんですか?
洋 平 好きになったから。
央 樹 どこがですか?
洋 平 えーと、横顔がきれいだった。それじゃ、だめ?
央 樹 だめって、急にそんなこと言われても‥‥
洋 平 あ、今、つき合ってる人いるの?
央 樹 いませんけど‥‥
洋 平 じゃあ、いいじゃない。つき合おうよ。
央 樹 ‥‥でも、いいんですか? 僕なんかで?
洋 平 いいとも!
央 樹 じゃ、それなら‥‥。
洋 平 やった! これでみなさんと対等にお話ができるわ。
新   何言ってんの? いいの、そんなんで?
洋 平 いいの。
(央樹に)いいよね?
央 樹 ええ、まあ。

洋平のポケベルに着信音。

洋 平 (見てみて)あ‥‥。
新   誰から?
洋 平 ほんとはゲイなノンケくん。新さん、電話貸して。あ、いいや、ちょっと外で電話してくる。
新   どうするの?
洋 平 決まってるじゃない。正式にさよならよ。(央樹に)ちょっと、まっててね。えーと‥‥
央 樹 高橋です。
洋 平 じゃなくて、下の名前。
央 樹 央樹。
洋 平 じゃあね、央樹、すぐ戻ってくるから。

洋平、出ていく。
空いた席に、光太郎が座る。

弘 子 こんな始まりだったの? なんかすっごいわね。「恋愛」ってかんじ!
新   でも、よく続いたわよね。どうせすぐ終わるもんだとばっかり思ってた。
央 樹 俺の努力の結果でしょう。
新   あの頃は若かったわね。あんたたち。第一、細かったし。二人とも。
央 樹 ほっとけ! 相手ができたら、何だか安心しちゃったのかもしれない。
弘 子 ていうか、油断ね。
新   三十過ぎるとね、急にからだが変わるのよ。そういうもんなのよ。厄年とかいろいろあるじゃない。
弘 子 更年期みたいなもんね。
央 樹 それは違う。
光太郎 どうして別れようってことになったの?
央 樹 え?
光太郎 どうして?
央 樹 付き合いだしてすぐ、一緒に住みだしたんだけど、何だか、そのうちにどうでもよくなっちゃったみたいで。変なんだよね。一緒に住みだしたとたん、なんかこう、空気みたいになっちゃって。
新   そういうもんよ。
央 樹 そんで、一度、これってつき合ってるっていうのかな?って聞いたら、あんたはどうなの?って。
光太郎 何て答えたの?
央 樹 ちょっと違う気がするって。
弘 子 あの人なんて?
央 樹 ふーん。じゃ、別れようか?って。で、別れたわけ。
弘 子 終わり方もむちゃくちゃなのね。
新   そうなんだ。初めて聞いたわ。それは。
弘 子 でも、すっごいドラマチック。やっぱりゲイの人たちってすごいわ。
新   たしかに、必要以上にドラマチックかもしれないわね。ずいぶんいろんなことあるわよ、長い間店やってると。
弘 子 へえ、どんな?

直也と亀谷君がやってくる。

新   あら、いらっしゃい。
央 樹 あ、まずい。
誓 一 何だ、央樹。心配したんだぞ、いつの間にかいなくなってるから。
央 樹 俺のことなんか忘れてたくせに。中嶋に会った?
誓 一 え、来てんの?
央 樹 エースに行くって言ってたんだけどな。
誓 一 知らないよ。見かけてない。
央 樹 そうか。
直 也 帰ったんじゃなかったの?
央 樹 ちょっとね。気が変わった。
光太郎 電車止まっちゃって‥‥ていうか、この人が止めちゃって。
誓 一 何したの?
弘 子 ちょっとね。フフフ。
央 樹 何だ、その怪しい笑いは?
誓 一 で、どうなの。賭はその後どうなってるわけ?
弘 子 あ、それなら決まったの。高橋君の勝ちよ。
央 樹 いいから黙ってろって。
誓 一 何、もしかして? 
弘 子 そういうこと。
誓 一 やるじゃん、央樹。よかったじゃん。
(光太郎に)よろしく。
光太郎 ‥‥どうも。
誓 一 じゃ、出てくんだ。
央 樹 何か、いい物件ない? 亀ちゃんのところ。
誓 一 条件は?
央 樹 なるたけ安くて、広くて、新しいところ。
誓 一 どのへんがいいの?
央 樹 そうだな、中央線沿線なら、ちょっと遠くても‥‥
誓 一 高尾とか?
央 樹 それはパス。
直 也 へえ、そうなんだ。

央 樹 そういうこと。
直 也 でも、それって、とりあえずなんでしょ? 遊びなんでしょ?
弘 子 つき合うことになったのよね?
直 也 うそ? マジ?
弘 子 マジなんでしょ?
直 也 ‥‥。
央 樹 そういうことなんだ。
直 也 誰ともつき合わないって言ってたじゃない?
弘 子 でも。しょうがないじゃない、賭けなんだから、それに‥‥、
直 也 そうじゃなくて。
弘 子 あ、こちらね。どうぞ。
光太郎 ‥‥。
直 也 ねえ、これも遊びなんでしょ? 遊んでるだけなんだよね?
光太郎 悪いけど。そうじゃない。
直 也 僕がこの人のことあきらめるように、つき合ってる芝居してくれって頼まれただけなんでしょ、ほんとは?
央 樹 それはまあ、そうなんだけど‥‥。
光太郎 もう。違うんだ。
直 也 ‥‥なんだ、そうなんだ。

直 也 よかったじゃん。おめでとう。乾杯!ってかんじ。
光太郎 まあね。
央 樹 ありがとう。
直 也 
(亀谷くんに)帰ろう。何だか疲れちゃった。
誓 一 じゃあ、行くか。新さん。
新   いいから。何も出してないし。
誓 一 じゃあ。

直也と亀谷くん、出て行く。

新   ね、いろんなことがあるでしょ?
弘 子 ほんとうね。
央 樹 何だか、悪いことしたみたいだ。
弘 子 気にすることないわよ。
新   そうよ。
央 樹 いいの?
光太郎 いいって。多分ね。
新   勝ったのはあんたよ。もっと、嬉しそうな顔しなさい。
央 樹 そうだよね。
新   さてと、どうするあんたたち? まだ、始発までは間があるけど。
光太郎 あと、二時間ちょいか。
弘 子 ねえ、お腹空いた。何か食べない?
央 樹 そうだな、じゃ、デニーズにでも行こうか? 
弘 子 へえ、このへんにデニーズなんてあるの?
光太郎 うん。ちょっと遠いんだけどね。富久町の方に。
央 樹 ちょっと駅から遠くなるんだけど。
弘 子 それって定番ってかんじ? 二丁目夜明かしコースの?
央 樹 まあ、そうだけど。
弘 子 じゃ、行きましょ。仕上げってかんじ。
央 樹 じゃあ、行こうか。

場面はすぐに変わって。ていうか、みんなで変えて、そこは、デニーズ富久町店通称「ニチョデニ」。
ボックス席に央樹、弘子、光太郎が座る。

弘 子 ああ、お腹いっぱい。
光太郎 すっごい食べるね。
央 樹 お前さ、そんなに食ったら、昼間こんなに小さい弁当持ってきてても全然意味ないじゃないか。
弘 子 いいのよ、今日は非日常なんだから。
央 樹 また、わけわかんないことを‥‥。
弘 子 ねえ、さっきから気になってるんだけど、なんだか、ゲイっぽい人たくさんいない?
央 樹 あんまり、じろじろ見るなよ。
光太郎 みんな仕事帰りってかんじだよね。プロばっかりってかんじ。
央 樹 かなり濃ゆい店だよね。
弘 子 
(光太郎に)よく来るの?
光太郎 あんまり。結構歩くじゃない。それに朝までコースだったら、大体、朝まで飲んでるから。わざわざこっちまで来るのかったるくって。
央 樹 そうだよね。始発まで時間つぶそうって思って来ても、何だか、駅までまた歩いてくのおっくうになっちゃって、だらだらいつまでも話してたりするんだよね。
光太郎 それって、誰と話してんの?
央 樹 新さんとか亀ちゃんとか。新さんち、この近所だから。
弘 子 でも、今日はちゃんと始発で帰るのよね。ていうか、その前に中嶋さんと勝負だし。
(店員を呼ぶ)すいません。コーヒーおかわり。デザート食べたいな。何にしようか?
央 樹 まだ、食うのかよ。
弘 子 じゃ、やめとく。そうだ、中嶋さんどこ行ってるのかしらね?
光太郎 行きつけの店とかは?
央 樹 新さんとこくらいしか知らないな。この頃、あんまり一緒に飲みに行かないから。
光太郎 そうなんだ。
央 樹 俺達、お互いのテリトリーには踏み込まないようにっていうか。
光太郎 ばったり会っても知らん顔?
央 樹 そこまでじゃないけど。いつも一緒にいるからね。せめて遊んでる時くらいはって。
光太郎 ふーん。
央 樹 大体、仕事の締め切り迫ってるんだから、遊んでる場合じゃないんだよね。さすがに良心がとがめて、どっかで原稿書いてたりするんじゃないのかな?
光太郎 だったら、ここに来てたりするんじゃないの?
央 樹 え?
弘 子 うそ?

弘子、あたりを見回す。

弘 子 いないわよ。どこ行ったのかしらね?
央 樹 さあね。いいよ、どこだって。
光太郎 気にならないの?
央 樹 全然。そんな、子供じゃないんだから。
弘 子 ていうか、かなり大人よね。

店員がやって来る。

店 員 コーヒーのおかわり、いかがですか?
弘 子 お願い。
央 樹 俺も。
光太郎 俺も。

店員、三人にコーヒーを注ぐ。
光太郎と目が合う。

店 員 (なぜか、どぎまぎして)どうぞ、ごゆっくり。

店員退場。

弘 子 何、今の? もしかして、あの子もそうなの?
央 樹 まあ、場所柄、それはあるかもしれない。
弘 子 へえ、すごいわ。あ、でも、まさか、知り合いなんかじゃないわよね。
光太郎 違うって。そこまで手広くはやってないって。
弘 子 そう。よかった。
(コーヒーを飲み干して)さてと、じゃあ、行くわ。
央 樹 何だよ、行くって。俺が勝つ瞬間見たくないのかよ?
弘 子 見たいけど。いいの。邪魔はしないから。
央 樹 なんだよ、邪魔って?
弘 子 私、ただのオコゲ女じゃないから。引き際はちゃんと心得てんの。そういうこと。いい女は、一人で夜明けのコーヒー飲んだりするのよ。
央 樹 今、飲んでるじゃん。
弘 子 一人でよ、一人で。じゃあね。
央 樹 どこ行くんだよ?
弘 子 いいから、いいから。えーと、いくら?
央 樹 いいよ。俺、出しとく。
弘 子 ごち! じゃあね。
央 樹 ああ。
弘 子 今日はありがとね。連れてきてくれて。楽しかった。
央 樹 気を付けろよ。まだ暗いし、一応、女の一人歩きなんだから。
弘 子 何よ、一応って。失礼ね。じゃ、よろしくね!
光太郎 じゃあ。
弘 子 

弘子、出ていく。

央 樹 なんだ、あいつ? 何、気使ってんだよ?
光太郎 イカすじゃん! よく遊んでるの、一緒に?
央 樹 ううん、会社だけ。俺がゲイだってこと知ってるの、あいつだけだから、一応。なんだかんだと。
光太郎 彼氏とかいないんだ?
央 樹 たぶんね。あいつ、やっぱり、変わってるから。

央 樹 そっち行っていいかな?
光太郎 え?
央 樹 何だか向かい合って二人でいると落ち着かなくて‥‥。
光太郎 うん、いいよ。

央樹、移動する。
並んで座ってる二人。

光太郎 性格判断であるよね、恋人と二人で四人がけのテーブルに座っています。さあ、あなたはどこの席に座りますか?って。
央 樹 へえ、隣に座るのってどんな性格なの?
光太郎 あ‥‥、忘れたわ。
央 樹 なんだ。

央 樹 中嶋が書いた詩でこういうのがあるんだ。えーと‥‥、あなたのこと、ほんとに好きだって感じるのは、私のことを見ていない横顔を見てるときって。
光太郎 へえ、誰の歌?
央 樹 誰だったかな?
光太郎 何だか演歌っぽいね。
央 樹 演歌じゃなくって、もっとシンガーソングライター系だったような気が‥‥
光太郎 シンガーソングって?
央 樹 あ、あいつ、ゴーストライターだから。名前出さないで、いろんな歌手の詩、かわりに書いてるの。
光太郎 へえ、松田聖子とかよく聞くけどね。まっきーとかも一時期そうだったって言うし。
央 樹 そんなに大物はまだみたい。誰の歌だったかな? メロディは出てくるんだけど。
光太郎 歌ってみれば?
央 樹 え?
光太郎 歌えるんでしょ?
央 樹 まあ‥‥。ここで?
光太郎 うん。
央 樹 ‥‥やっぱ、やめとく。やや恥ずかしい。
光太郎 ふーん。
央 樹 そうか、カラオケで時間つぶすっていうのもありだったんだ。
光太郎 やっぱり歌いたいんじゃないの、もしかして。
央 樹 ちょっとね。カラオケとか行ったりする?
光太郎 ボックスはね。時々。バーで歌ってるのはね、もう、うるさいからいい加減にしろってかんじ。
央 樹 そうそう。
光太郎 明らかに誰も聞いてないのに、聞いてるふりしなきゃなんないってのが、うっとおしいんだよね。
央 樹 たしかにね。ボックスだったら、勝手に曲探して、どんどん歌ってればいいから。
光太郎 そういうこと。あ、でも、気になるな。さっきの歌。今度、教えてよ。誰の何て歌か?
央 樹 今度?
光太郎 うん。今度でいいから。
央 樹 わかった。聞いてみる。

央 樹 なんだか、不思議だな、さっき会ったばかりなのにね、こうやって、二人でまったりしてるなんて。
光太郎 まったり?
央 樹 ていうか、始発までの時間つぶしてる。
光太郎 ていうか、約束の時間まで。
央 樹 まあ、そうだけど。僕、ゲームソフトの開発してて。ゲイの恋愛シミュレーションなんだけどね。
光太郎 へえ、何それ? 成人向けってかんじ? がんがんエッチしまくる?
央 樹 あ、そういうのも、まあ、よそではあるんだけど、うちのは、もっとソフトな。やや耽美なかんじの。
光太郎 耽美ね?
央 樹 僕は作ってるだけだから。
光太郎 何も言ってないって。
央 樹 ストーリーは作家が別に作るんだけど、いっつも思ってたんだよね。こんなにうまく行くわけないじゃんって。こんなの、どうせ、ゲームなんだからって。本当になんかあるわけないって。
光太郎 でも、さっき聞いた「出会い方」はかなりドラマチックだったけど。
央 樹 あんなの大昔だし。最近はね。全然。だから、なんだか、不思議なかんじがする。
光太郎 別れてから、いろいろあったんじゃないの?
央 樹 まあ、ないわけじゃないけど、ここまで、2丁目のデニーズで二人で始発を待ってるなんてところまで、たどり着いたことはなかった。
光太郎 へえ、じゃ、これって、かなりハイスコアなんだ。
央 樹 かなりね。僕的には。やだな、顔見ないで話すと、なんでこんなに話ができるんだろう?
光太郎 隣に座るっていうのは、消極的な気の弱い性格だったかな? いや、その反対だったかも。
央 樹 どっちよ? 全然違うじゃない。
光太郎 今度、調べてみる。
央 樹 今度ね。

さっきの店員がまたやってくる。

店 員 コーヒーのおかわりいかがですか?
央 樹 あ、もういいや。
光太郎 俺も。
店 員 はい。ありがとうございました。

店員退場。

央 樹 じゃ、そろそろ行こうかな。
光太郎 うん。
央 樹 新宿駅南口。最終ステージってかんじ。
光太郎 俺、ゲームってよくわかんないけど、なんかものすごいものが待ちかまえてたりするんだよね。
央 樹 まさにそんなかんじ。でも、全然、平気。負けないから。ていうか、もう勝ってるし。しかも、かなりハイスコアだし。
光太郎 じゃあ、行こうか?
央 樹 うん。

二人出ていく。
場面は変わって、2丁目のど真ん中にある新宿公園。
直也が一人立っている。足下の池をのぞきこんでいる。
と洋平がやってくる。

洋 平 その池に飛び込んでも死ねないよ。
直 也 ‥‥。
洋 平 もし、飛び込むんならの話だけど。昔、僕の友達がさ、すぐそこの店で男と大喧嘩して、ここまで走ってきて、追っかけてきた男振り切って、えいってとびこんだけど、ここ膝までしかないから、深さ。なんかフェイドアウトしちゃって。本人、すっごい盛り上がってたんだけどね。そういうわけだから。
直 也 何、そういうわけって?
洋 平 やめといた方がいいよ。まだ、水冷たいし。
直 也 何言ってんの? バカじゃない。
洋 平 たしかにね。でも、その二人、その後、結局仲直りしたんだよ。だから、やってみた甲斐はあったのかもしれない。あ、もしかしたら、2丁目の真ん中にこんな公園があって、池があるのも、そのためなのかもしれないね。
直 也 そうじゃなくて、そんなことしゃべってるあんたが。
洋 平 僕が。
直 也 そう。
洋 平 僕が、バカみたい?
直 也 何話しかけてんの? 悪いけど、僕、ここで「売ってる」わけじゃないから。
洋 平 うん、そうだと思ってた。
直 也 じゃあ、何? あ、悪いけど、つき合わないとかそういうの全然パスだから。ていうか、全然問題外だから。
洋 平 うん。悪いけど、こっちもだから。
直 也 ‥‥。
洋 平 でも、しゃべるくらい、いいじゃない。

洋 平 さすがにこの時間になると、売りの子たちもいなくなるね。
直 也 ‥‥。
洋 平 昔、若かった頃、ここで一人で立ってたら、知らない人に声かけられたんだよね。僕、ここがハッテン場だってこと知ってたから、何も期待してなかったって言ったら、嘘になるんだけど。君もそうでしょ?
直 也 違うって。
洋 平 いいから、正直に認めなって。
直 也 わかったよ。じゃ、認める。
洋 平 よし。でも、僕その気ないから。
直 也 こっちだって。
洋 平 でもさ、これって自慢になるから、将来きっと。「新宿公園で声かけられちゃってさ」って。店のママに「やだ、あんた、あそこで何してたのよ?」とか言われるけど、でも、それは自慢になるから。「いいわね、若いって」「いいでしょ、若いって」って。僕も昔そうだったから、君もいつか、同じことして。役割交代っていうか、これって回り持ちだから。
直 也 え?
洋 平 だから、きみもさ、あと十年くらいたったら、ここで若い子に声かけるわけ。そうして初めて、ここは伝説の公園になってくわけだから。
直 也 何言ってんの? 変な人。
洋 平 うん。よく言われる。

洋 平 何か飲む? 缶ビールかなにか? 
直 也 いいよ。
洋 平 ちょっと酔っぱらいたい気分なんだ。
直 也 今から? もうじき朝じゃん?
洋 平 ちょっと待ってて。
直 也 あそこの自販機ならなくなっちゃったよ。
洋 平 え、そうなの?
直 也 去年の秋からね。いいよ、そんなに気使わなくって。
洋 平 そうなんだ。じゃ、コーヒーかなんか飲む?
直 也 いいよ。
洋 平 ‥‥そう。

直 也 一人なの?
洋 平 そっちは?
直 也 あの聞いてるんですけど。
洋 平 いいから、どっち? それによって答えが変わるかもしれないから。
直 也 何、それ? ‥‥一人だよ。見ればわかるでしょ?
洋 平 なるほど。
直 也 そっちは?
洋 平 見てのとおり。
直 也 やっぱりね。

直 也 さっきまではそうじゃなかったんだけどさ。
洋 平 振られてしまった?
直 也 そんなかんじ。
洋 平 で、ここに?
直 也 タクシーで二人で帰る途中だったんだけど、降りて逃げて来ちゃった。
洋 平 振られた相手を?
直 也 ううん、そうじゃない。
洋 平 じゃ、誰。友達?
直 也 恋人、たぶん。
洋 平 何やってんの、君? よくわかんないんだけど。
直 也 僕もよくわかんないよ。
洋 平 どこで降りたの、タクシー?
直 也 初台の手前。
洋 平 追っかけて来ないの、たぶん恋人は?
直 也 寝てたもん。爆睡。
洋 平 ふーん。やるじゃん。でも、何でまたここに。
直 也 行くとこないし。金ないし。始発まで、ぶらぶらしてようと思って。あ、別に、そういうんじゃないから。
洋 平 わかってるって。そうか、そういう一人なんだ。

直 也 そっちは?
洋 平 え?
直 也 どういう一人なわけ?

洋 平 僕も厳密に言うと、一人じゃないんだけど。これから一人になるっていうか‥‥。
直 也 何それ?
洋 平 話聞いてくれる?
直 也 ‥‥うん、いいよ。
洋 平 僕、元彼と一緒に住んでるんだけどさ、そいつが、もう何だかはっきりしないうじうじしたヤツなのね。で、夕べちょっともめてさ。出てくの出てかないのって。で、言っちゃったわけ。じゃ、いいよ、出てっても。ただし、明日の朝までに、新しい男があんたにできたらねって。
直 也 うそ?
洋 平 嘘じゃないって。でね、どうせ、一晩で男なんてできるわけないってたかくくってたんだけど、もしかしたら、出来ちゃったのかもしれない。
直 也 かもね。
洋 平 そう思う?
直 也 思う。
洋 平 やっぱりね。そんなことあるわけないって思ってたのに。やられたってかんじ。ねえ、それに聞いてくれる? その新しい男って、僕の昔の男なの。今の男のすぐ前につき合ってた。
直 也 うそ?
洋 平 嘘じゃないって。でも、嘘みたいだよね。もしくはフィクション。2丁目で昔の男にバッタリとか、会社の同僚にバッタリとか、高校の同級生にバッタリとかって、聞くたんびに、そんな嘘でしょ?って思ってたんだけどね。やられたわ。やるわ、この町、二丁目ってところは。
直 也 間違いないの、ほんとに、あんたの昔の男なの?
洋 平 向こうは気が付いてないみたいだけどね。あ、僕、ずいぶん変わったから、いろいろと。でも、間違いない。でもなあ、とりあえず、連れてくればいいって言っただけだからな、別につき合うとかそんなノリじゃないんだと思うんだけど。
直 也 わかんないよ。結構マジかもしれない。
洋 平 嘘? 何でそう思うの?
直 也 何だか、そんな気が。
洋 平 始発が動く時間に新宿の南口で待ち合わせなんだ。一人でふらふらしてたんだけど、時間持て余しちゃって、変なとこ行くとばったり会っちゃいそうで、それも何だかおっかなくってさ。ここなら、まさか来ないだろうって。ま、そういう一人なわけだ。

直 也 ねえ、ほんとはその元彼と別れたくないんでしょ?
洋 平 まあね。
直 也 ‥‥。
洋 平 一応、とっくに別れてるんだけどさ。何でだろうな、別れてからの方が好きなんだよね。バカみたいでしょ。つき合ってた頃よりも。なんでだろうね? もう自分のこと見てないってわかってからの方が、なんだ、やっぱり、こんなに好きだって気が付いたりしてさ。
直 也 でも、また自分の方向かれると嫌になっちゃうんでしょ?
洋 平 そうそう。あ、もしかしてきみもそう?
直 也 僕は‥‥そうかもしれない。
洋 平 あーあ。何でだろうね。昔友達に相談したら、あんた、そんなんじゃ、一生幸せになんかなれないわよって言われた。でも、しょうがないのよ、だって、そうなんだから。ユーミンよりは中島みゆき聞いちゃうのよ、同じコトよ。
直 也 ‥‥。
洋 平 あ、ごめん。そうだ、この話もしていいからね、将来。こんな変なヤツにここで身の上話されたって。
直 也 わかった。きっとする。
洋 平 さてと。やっぱり行かなくちゃだめだよね。
直 也 うん。
洋 平 わかった。行くよ。
直 也 もしかしたら、何でもないかも。全部、うまくいくかもしれないよ。
洋 平 またまた。
直 也 よくわかんないけど、そんなことあってもいいかもしれない。
洋 平 そうかな? そこまでミラクルだったりするのかな?
直 也 わかんないって。行ってみなくちゃ。じゃあね。

直也、歩き出す。

洋 平 ちょっと待って、どこ行くの?
直 也 また走りたくなった。がんばって!

直也、走り去っていく。
一人残った洋平。

洋 平 若いねえ。四時か。さてと、じゃ、僕も行くかな? 行かなきゃね。まだ、いいよね。でも、行こう!

「あなたがほしい」が聞こえてくる。
洋平、退場。

<<<その2<<<

>>>その4>>>