「贋作・大奥」
関根信一

●第一部●

>>>第二部>>>

◆登場人物◆(だいたい登場順)

御右筆・袖萩(岸田今日子) …… 石関 準
お江与の方(栗原小巻)   …… 高市梅莟
おふく(大谷直子)     …… 関根信一
徳川秀忠(中村嘉津雄)   …… 荒 俊樹
徳川家光(沖 雅也)    …… 増田 馨
鷹司高子(坂口良子)    …… 早瀬知之
阿茶局(津島恵子)     …… 郡司明剛
おらんの方         …… 小林高朗
徳川家宣          …… 柴山幸一郎
徳川家継          …… 野口聖員
徳川家斎          …… 水島和伊
徳川家慶          …… 関根信一
徳川綱吉(津川雅彦)    …… 岩井智彦
篤子(菅野美穂)      …… アルピーナ
東郷克彰(原田龍二)    …… 野口聖員
滝山(浅野ゆう子)     …… エスムラルダ
徳川家定(北村一輝)    …… 柴山幸一郎
まる(池脇千鶴)      …… 早瀬知之
今岡真之介(岡田義徳)   …… 水島和伊
徳川家茂(葛山信吾)    …… 増田 馨
実成院(野際陽子)     …… 歌川泰司
和宮(安達祐美)      …… 岩井智彦
腰元1           …… 水月アキラ
腰元2           …… 荒 俊樹
腰元3           …… 関根信一
くのいち・お幻       …… ワクイキョオコ
黒紋付の女中        …… ますだいっこう
ペリー・葉山        …… 郡司明剛
徳川慶喜(山崎銀之丞)   …… 小林高朗

 

 

プロローグ

舞台暗転している中、テーマ曲が始まる。そして、なつかしい岸田今日子のナレーション。

岸田今日子の声 思えば大奥とは女人たちの運命のるつぼでございました。大奥には女人の運命を思いも寄らぬ方向へ大きく変えてしまう魔力のようなものが潜んでいたように思われます。

舞台明るくなると、そこは幕末の江戸城内。遠くから大砲の音が聞こえている。
大奥の記録係、御右筆の袖萩が一人。手に持っているのは「大奥御日記」。
慌ただしく、大奥の朋輩の腰元1がやってくる。

腰元1 やだ、袖萩さん。何してるの? だめよ、早く逃げないと。江戸城に火が放たれるかもしれなくてよ。
袖萩 ありがとう。私のことはいいから早く逃げて。
腰元1 わかったわ、じゃあね。って、そういうわけには行かないわよ。どうしたの?
袖萩 これ、どうしようかと思って……
腰元1 これって?
袖萩 「大奥御日記」。大奥が出来てから、今日までのことが全部が書いてあるのよ。
腰元1 それは全部焼き捨てるようにって言われてたはずよ。やだ、あんたまだ持ってたの? 早く焼いちゃいなさいよ。ほら。
袖萩 でもね……
腰元1 じれったいわね。早くしないと官軍が攻めてくるわよ。ちょっと貸しなさい。

腰元1、袖萩から大奥御日記を取り上げようとする。

袖萩 (逃げて)待って。もう一度だけ読み返してから焼きたいの。だから、早く行ってちょうだい。
腰元1 何、読むの? これから。へえ……。私もちょっとつきあおうかな?
袖萩 え、いいけど。
腰元1 じゃ、早く。
袖萩 何、私が読むの?
腰元1 仕事でしょ? いやだ、なんだかワクワクする。 すっごい秘密の事とか書いてあるんでしょ? 早く!
袖萩 (客席に向かって)私は、この大奥に仕える記録係、御右筆の袖萩と申します。二代将軍秀忠さまの時代に始まった大奥が、今日、終わろうとしています。思えば大奥とは女人達の運命のるつぼでございました。そして、この中には、多くの女人たちの悲しみと苦しみが記されているのでございます。
腰元1 ねえ、あんた、誰にしゃべってんの?

暗 転 
 

第一部 大奥の始まり

袖萩 大奥とは、江戸時代将軍の跡継ぎを確実に作るために考え出された、一人の将軍に千人もの女人が仕えるという、世界にも類を見ないほどの巨大な後宮でございました。将軍の血筋が途絶えてしまえば、幕府の権威も揺らいでしまいます。大奥は、政治的な影響の全く及ばない、外の世界とは隔絶された閉ざされた世界でございました。家康公がお建てになった江戸城に大奥がつくられたのは、慶長十二年、西暦一六〇七年、二代将軍秀忠様の時代でございました。その背後には、御台所のお江与の方さまの力が大きく働いておりました。お江与の方さまは、元和四年、西暦一六一八年、「大奥法度」という制度をお作りになり、表の世界と大奥と完全に分離させました。

この語りの間にお江与、そして大奥の女達が登場している。

お江与 これより、奥向きを改め大奥と呼ぶことにいたしまする。
腰元たち 大奥?
お江与 上様のお住まいは「中奥」とお呼びし、政り事をなさる本丸は「表」と呼びまする。これより、上様にお仕えする女人たちは、すべて、この大奥に住まいまする。よろしいですね?
腰元たち はい。
お江与 お役目を申しまする。お年寄り、大奥の全てを取り仕切りまする。お火の番、火の元用心いたしまする。
腰元たち ははあ。
お江与 中奥と大奥は、出入りが出来ぬよう、銅板で仕切りをいたし、その間にはお鈴廊下を設けまする。
腰元たち お鈴廊下?
お江与 廊下に鈴をつけた縄を張り、上様のお渡りの時には、それを鳴らすのです。
腰元たち なるほど。
お江与 それでは、頼みましたよ。
腰元たち ははあ。

腰元たち、退場。

袖萩 大奥の役どころはそれは細かく別れ、お年寄りの上に、将軍の奥方さまである御台所さまがいらっしゃいます。言うまでもなく、この階級の一番上にいらっしゃるのは上様ご自身でいらっしゃいます。

秀忠登場。

秀忠 お江与、大奥の決め事はうまくいったのか?
お江与 はい、上様。万事遺漏なく。
秀忠 そうか、それでは次はいよいよ、家光に御台を迎えなければな。
お江与 上様は家光に後をつがせようとなさいますのか?
秀忠 ああ、忠長はどうにも頼りなくていかん。その点、家光は、無茶はするが、芯の通った立派な将軍になるであろう。乳母のおふくも太鼓判をおしておる。
お江与 おふくの言うことを信じなさいますのか?
秀忠 何を言う、家光はお前の息子ではないか?
お江与 家光は、生まれたときからおふくに任せきり。おかげで、あんなにつれない子になってしまって。
秀忠 心配するな、親孝行な息子だ。そうだ、家光を呼んであるのだ。

家光登場、後におふくがついてくる。

家光 父上、およびでしょうか?
秀忠 ああ。お前に嫁を取る話しじゃ。
家光 父上、私は、まだそのようなものを迎えたくありませぬ。
秀忠 何を言うか。わしもぼちぼち引退したいのじゃ。家督を譲り、お前を立派な将軍にするためにも、一日も早く正室を設け、跡継ぎをつくってほしいのじゃ。
おふく お恐れながら申し上げまする。家光さまは、まだお若いみそら。それに上様もまだまだお元気。引退なさるなど、もったいなさすぎまする。
秀忠 いや、もう決めたのじゃ。京都の公家の、鷹司の家の娘、高子を降嫁させることにしたのじゃ。
お江与・おふく え?
家光 公武合体でございまするか?
秀忠 そうじゃ、そうじゃ。これからの世はどうなるかわからんからな。
お江与 なるほど。それはご発明。
秀忠 そうであろう。(家光に)よいな、高子はまもなくやってくる。早く、孫の顔を見せてくれ。頼んだぞ。

秀忠、退場。

おふく (お江与に)いかがいたしましょう。
お江与 上様のお決めになったこと、我らに否やのあるはずもないではないか。

お江与、退場。家光とおふくが残る。

おふく 若さま。
家光 あーあ、やだな結婚なんて。ていうか、女なんてなあ。
おふく 若さまは、相変わらず男色一筋でございますか?
家光 まあね。いろいろ試してみたんだけど、やっぱりいやだなって。ねえ、おふく、御台を迎えても、別に子供つくらなくてもいいんだよね?
おふく ええ、それはまあ。大奥にはたくさんの女人たちがおりますし、その中から若さまのお気に入りのお相手と一緒に何すれば……
家光 そういうことじゃなくて、その「あれ」がめんどくさいだよね。父上もさ、僕のことなんかほっとして、忠長にあとつがせればいいのに。あいつすっごい女好きだから。いくらでも子供つくるよ、きっと。
おふく それでは困るのでございます。
家光 そうかな、僕は困らないけど。じゃあね。

家光、出ていこうとする。

おふく どこへゆかれまする?
家光 ちょっとね。
おふく また変装して、「ウリセン」などという岡場所で、若衆をお買い求めになるのでございましょう。
家光 そんなんじゃないって。すぐ帰るから。うまくごまかしといて。じゃあね。

家光、退場。

おふく あ、若様。もう、私はいつもそんな役ばかり……

おふく、退場。

袖萩 家光さまの男色へのこだわりは、それはそれは深いものがございました。後の世の皆様には想像できないことかもしれませんが、この日の本の国では、古来、男色を禁ずるという風はございませんでした。室町の昔の足利将軍しかり、信長公しかり、そして、この江戸の世でもおんなじでございまする。ですから、家光さまのご趣味は、やや度が過ぎると心配されながらも、決して変態呼ばわりされることはなかったのでございまする。そうこうするうちに、京都の鷹司家から、高子さまが御台としてお輿入れなさいました。高子さまは、それは若くお美しく、傍目にはそれはお似合いのお二人と写りました。ですが、相変わらず家光さまは、高子さまには見向きもせず、外に出ては、色好みの若衆たちと遊び続けていたのでございます。

この語りの間に高子と家光、そしてお江与とおふくが登場。

お江与 (高子に)御台には、まだややはできませぬか?
高子 え……? それは……。
おふく もしや、ご懐妊でございまするか?
高子 このところ、妙にお腹が張ってなりませぬ。
お江与 なんと! 早速医者を呼び、ややができたか、検分を。
家光 違うと思うよ。
お江与 なんと?
家光 だって、何もしてないし。便秘してるんじゃないの?
高子 そんな……、ひどい。ごめんなさいませ。

高子、走って退場。

おふく あ、御台さま。
家光 いいよ、ほっといて。淋しいのわかんないじゃないけど、うっとおしいんだよね。音楽の趣味とか全然合わないし。京都ってダサいよね。琴とかひいちゃって。あと何、雅楽? 気が滅入るんだよね。今はあれでしょ。三味線。かっこいいよね。こんなかんじ?(弾いてるかっこうをする)。
お江与 家光!
家光 はい。
お江与 そのことはもう何度も申したはず、そなたの男色を責めるるつもりはこれっぽっちもござらぬ。ただし、ややはちゃんと設けなければなりません。それがそなたの務め、将軍たるもののつとめでございまするぞ。
家光 でもさ……
お江与 ともあれ、そなたのせいで将軍になれなかった、弟忠長のことも少しはお考えなされ。
家光 だから、僕は、あいつが将軍になればいいってずっと言ってるじゃん。
お江与 これはもう決まったことなのです! 四の五の言わずに、早くややを、私たちに孫を見せるのです!
家光 ……はい。わかったよ。
お江与 では、おふく、くれぐれも、頼みましたよ。

お江与、退場。

家光 (立ち上がり)よーし!
おふく 今日はおやめなさいませ。私も口裏を合わすのは難しうございまする。
家光 ちぇっ。
おふく お考えなされてくださりませ。よろしいですか? 男色と女色は裏と表、いいえ、右と左。この江戸の世には、男色家も女色家もおりません。ただ、男色と女色があるのみ。ただ、どっちが好きか。年上の女が好きなものもおれば、若い男子が好きなものもおります。それは只の好き嫌い。ちょっとガマンをすれば、できぬということなど、ありはしませぬ。
家光 でもなあ。
おふく 上様を、将軍のお役におつけするのが、乳母であったこのおふくの夢でございました。そのためならどんなこともしてまいりました。弟御忠長さまも……。どうぞ誰にも後ろ指指されることのない、立派な将軍になって下さりませ。このおふく、一生の頼みでございまする。
家光 わかったよ。おふくの頼みならね。やってみるよ。
おふく ありがとうございまする。

家光、退場。
阿茶局が登場。

阿茶局 おふくどの、一人でござるか?
おふく おお、これはこれは、家康公のご側室であった、阿茶局さま。
阿茶局 おふくどのに折り入ってお話がございまする。
おふく なんでございましょう。
阿茶局 家康公よりの後遺言です。家康公は、徳川に公家の血を混ぜてはならぬとおっしゃいました。
おふく は?
阿茶局 だから、公家の血を混ぜてはならぬと……
おふく それは聞きましたが、なにゆえそのような。秀忠公は、公武合体こそ徳川の生き残る道と。
阿茶局 あれの言うことはあてになりませぬ。もともと鈍な子であったからのう。よいか、おふくどの、このことは、誰も知らぬ秘密でござりまする。お江与どのにものう。
おふく ……え!
阿茶局 家康公に目を掛けられ、ここまでのし上がった、そなた。否やはあるまいのう。
おふく ……。
阿茶局 おや、こんなところの薬の紙包みが……、おふく殿のものかえ?
おふく ……いえ。
阿茶局 まあ、取っておくがよい。
おふく そのようなものはいりませぬ。
阿茶局 なるほど。それではのう。

阿茶局、退場。そして、おふくも。

袖萩 この二人の話は誰にも知られることなく、やがて、家光公のがんばりの成果が実りました。

腰元たち ご懐妊、おめでとうございます。

舞台に高子、家光、秀忠、お江与、阿茶局、おふく、腰元が登場。

秀忠 うーん、めでたい、めでたい、元気なややを生んでくれよ。
高子 ありがとうございます。
お江与 (おふく)だから、言ったではないか。やればできないことなどないのです。のう、家光。
家光 まあね。
おふく 御台さま、どうぞこのお薬湯をお召し上がりください。

おふく、茶碗を差し出す。

高子 おふく、このところ、毎晩飲まされるこの薬湯はいったい何なのじゃ?
おふく 滋養強壮、精力絶倫の秘薬にございます。
高子 そんなものはいらぬ。
秀忠 それならわしが……
お江与 あなた!
秀忠 わかっておる。
おふく ややさまのためにもどうぞお召し上がりくださりませ。
高子 ……。
秀忠 やっぱりわしが……
お江与 しつこい! 高子どの、早く飲むがよい。
阿茶局 さあ、はよう。

おふく、茶碗を渡し、高子、しぶしぶ飲む。

お江与 これで安心、安心。
高子 うっ……

高子、苦しみはじめる。

おふく 御台さま!
家光 どうしたの? また腹痛?
高子 うっ……
お江与 医者を、医者を早く!
袖萩 ご流産でございました。

一同、解散。お江与、阿茶局、おふくが残る。

阿茶局 医者の見立てでは、高子どのはもうややの産めぬカラダになったそうな。
お江与 なんと!
阿茶局 おしいことよのう。

阿茶局 退場。

お江与 おふく、この上は、大奥の女たちの中から是非とも家光の側室を決め、一日も早くややをもうけなければならぬ。
おふく ですが、大御台さま……
お江与 ええ、もうよい、とにかく、なんとかするのじゃ。

お江与、退場。続いて、おふくも。

袖萩 おふくどのは、女嫌いの家光さまにどうしてややを設ければいいか、そればかりを考えていたのでございます。そして、ある日、ついに名案を思いつかれたのでございます。

おふくとおらんが登場。おらんは、男のかっこうをしている。

おふく よいか、ここが大奥じゃ。
おらん すっげえ、迷路みたいじゃん。ていうか、なんか女くさいね。女ばっかり千人いるっていうのは本当なんだ。
おふく これこれ、言葉使いに気をつけるのじゃ。そなたは、ここでは、男装した女子ということになっておるのだからのう。ちょっとばかり様子のいいお前を芝居町で拾ったものの、ここでは、お前の名はおらん、これからは、おらんの方と呼ばれるのだから。
おらん ていうか、男のフリすればいいんだったら、このまんまでいいんじゃないの? 元々男なんだし。
おふく 声が高い。そなたのことは絶対に秘密なのじゃ。この大奥は男子禁制、もし正体がばれたら、お前は死罪じゃぞ。
おらん でもさ、男好きの殿様の気に入るには、このくらい男っぽい方がいいんじゃないの? 違うかな?
おふく それはそうだけど……、だから、ちょっと微妙なのね。そこんとこ、よろしく。
おらん わかってるって。

お江与がやってくる。

お江与 おふく、そのものは一体何者じゃ? この大奥は上様以外、男子禁制。
おふく ご安心下さいませ。このものは、私の遠縁の娘のおらんと申しまする。上様のお気に入るよう、このような男子のなりをさせてみました。
おらん やあ!
お江与 なるほど、それは発明じゃ。うーん、なかなかよいのう。とても女子には見えぬわ。ていうか、いいかんじねえ。
おふく それでは、今宵のお渡りには、この娘を……
お江与 うむ、よかろう。頼んだぞよ。

三人、退場。

袖萩 家光さまは、すぐにおらんさまに夢中になり、毎夜毎夜大奥へお渡りになるようになりました。その仲むつまじさは、大奥中の話題となり、この秘策を考え出した、おふくどのは、さすがの切れ者との評判を得たのでございます。

おふくとおらん、登場。

おふく おらん、よくやってくれました。私も鼻が高い。
おらん まあね、ていうか、家光ってけっこういいやつじゃん。カラダもけっこうイケてるし。
おふく あとはややを待つばかりじゃのう。
おらん そうだよね。って、それは無理でしょう。
おふく 何を言うか、それでは何のためにそなたを呼んだかわからぬではないか。
おらん あのね、今更言うのもなんだけど、俺は男なの。子供生むなんてそんな特殊技能は身につけてないの。
おふく 安心するがよい。そなたは、上様のことを大切に思っておるのじゃろう。
おらん まあね。
おふく 二人の間に子がほしいと願っておるのじゃろう。
おらん まあね、できたらいいなとは思うけど……
おふく それならだいじょうぶ。足を内股にして、お腹の奥の方に温かいものをかんじるように一心に祈るのじゃ。子がほしい、そう一心に念じるのじゃ。
おらん え?
おふく そなたが祈っている間、私たちも祈りまする。

阿茶局が登場。妖しげな加持祈祷をはじめる。

おふく (おらんに)さあ、早う。
おらん え、足を内股にして、腹の奥に温かいものを感じながら一心に祈る?

おらん、やってみる。

おらん ……(何かを感じて)あっ!

おふくとおらん、手を取り合う。満足げな阿茶局。

袖萩 こうして、おらんの方さまはご懐妊遊ばされたのでございます。
腰元1 ちょっと、待って! それは無理でしょう、いくらなんでも。
袖萩 だって、そう書いてあるんだって。
腰元1 眉唾ものね。ていうか、ありえないでしょう。
袖萩 いや、わかんないわよ。何しろ昔の話だからねえ。
腰元1 何よ、それ?
袖萩 (読む)こうして見事お世継ぎをつくることに成功したおふくさまの権力は、どんどん強いものになっていったのでございます。ところが、そんなある日。高子さまが、自分が子の産めぬカラダになったのは、おふくどのの薬湯のせいだと京都へお訴えになり、さすがの秀忠公もこれは放っておく訳にはいかなくなりました。大問題です。

お江与と秀忠が登場

秀忠 おふくをどうする? 公武合体もなにもかも水の泡だ。
お江与 おふくは打ち首を覚悟しております。
秀忠 当然だな。それで全部丸く収まる。よし、わかった。それで決まりだ。
お江与 お待ちください。私に考えがございます。

おふくが登場。

おふく お呼びでございますか。
お江与 上様、どうぞ二人きりに。
秀忠 わかっておる。わしはいつも邪魔者じゃ。

秀忠退場。

お江与 こたびの薬の件、そなたの仕業に間違いはないのか?
おふく さようにございます。私は、高子さまに、お子さまの流れる薬をお飲ませしました。
お江与 そなたにもわらわと同じ、おなごの心があると思っていたが、そうではなかったのかのう。
おふく たしかに私は、おなごではございません。それは、大御台所さまだけがご存じの秘密。ですが、気持はいつもおなごとして……
お江与 おなごのからだにあのようなことをしてはならぬのじゃ。
おふく 申し訳ございません。竹千代さまをご立派に成人させたい一心でどうやらおなごを忘れておりました。大御台所さまがあまりに女らしくて負けまいと。
お江与 何をいうか……おなごぶりはそなたの方が上じゃ。
おふく とんでもございません、大御台所様の方がずっとずっと上でございます。
お江与 そうね。
おふく ……。
お江与 だが、おふく。これからどうする?
おふく 家光様が立派な将軍さまになられた今、もう何も思い残すことはございません。
お江与 私は大奥をおなごの城にしようとした。大奥ではおなごの心でおなごの目でおなごのみみでおなごの肌で考えたことをする。おなごが城なのです。弱い女達が涙を流しながら、必死で作り上げていく、それが歴史というものなのです。
おふく 涙を流しているのは女だけなのでございましょうか? そうまでつらい思いをしながら、築き上げていかなければならぬものとは一体何なのでございましょう?
お江与 涙を流しながら、血を流しながら、それでも生きていかなければならぬのじゃ。それが、この世というものなのじゃ。お前も、わかっておるであろう。
おふく はい。
お江与 おふく、今日より、この大奥をそなたに譲ります。少しでもおなごが涙を流さずに済むように、おなごだけでなく、誰もが悲しい思いをせずに済むように、この大奥を守り育てていっておくれ。
おふく 大御台さま。
お江与 わしの役目ももうおしまいじゃ。思えば、いろいろなことがあったものよのう。この江戸へ嫁いで来た日が夢のようじゃ。姉君淀君さまが、大阪城で亡くなられたもの、ついこの間のよう。全ては幻なのかもしれぬのう。
おふく ……。
お江与 おお、桜じゃ。今年も見事に咲いたのう。何があっても、春が来れば、また花は開く。おなごと同じじゃ。
おふく ……もう、下がってよい。わしは、ここでしばらく、この花をながめているとしよう。

おふく、退場。

音楽、始まる。曲は森山良子の「セ・フィニ 愛の幕切れ」

袖萩 おふくさまは、これより後、大奥の実権を握り、春日の局と呼ばれるようになり、大奥をさらに立派なものにしてゆかれました。そして、お江与の方様は、寛永三年にお亡くなりになり、芝増上寺に埋葬されたのでございます。

森山良子歌いはじめる。

踊る、お江与の方。
曲の終わりで暗転。

袖萩と腰元1が登場。

腰元1 やだ、春日の局って女じゃなかったの? ほんとこれ、秘密の読み物ね。
袖萩 でしょう?
腰元1 続き!
袖萩 あれ、しばらくあんまりちゃんと書いてないわ。将軍の名前があって、以下同文って。
腰元1 卒業証書みたい。いいかげんね。じゃ、あんまり大したことは起きてないってわけ?
袖萩 そうね、きっと。
腰元1 私、将軍さまの名前って、よくわからないの、順番も。みんな、家なんとか、家なんとかって。
袖萩 私も。寺子屋の試験でいつも間違えて……
腰元1 たしかにあんまりパッとしないわよね。じゃ、先に行きましょう。
袖萩 そうね。

と奥から声。音楽も流れ出している。

♪パッとしない将軍たちのタンゴ
 Cell Block Tango from Chicago

声 パッとしなくて悪かったな。
声 どうせ、俺たちはパッとしない将軍だよ。
袖萩 誰? 誰なの?

パッとしない将軍たちがが登場する。

家宣 家宣!
家治 家治!
家斎 家斎 !
家慶 家慶 !
将軍たち 徳川 徳川 徳川の将軍
     跡継ぎ 決まれば
     それで仕事は終わり!

家宣 えーと、おれは、六代将軍、家宣。綱吉の生類憐れみの令を廃止して、新井白石を重用。おれがね。将軍だったのは四年だけ、子供は六人いたんだけど、家継以外みんな死んじゃって。家継はさ、四歳で将軍になって八歳で死んで、だから、子供もいない。
家治 全然だめじゃん。
家宣 ほっとけよ。
家治 おれは、十代代将軍、家治。おやじの家重はさ、何言ってるかわかんなくて、話がわかるのは大岡忠相一人だけ。もう、やってらんないよ、ようやく隠居してくれて、おれが将軍に。そんでもって五十年近く。どうよ、すごくない? って、でも、誰も知らないんだよね。子供は、まあ、適当に。一橋家から家斉を養子にもらったりして……。
家宣 だめじゃん。ちゃんとしろよ。
家治 お前に言われたくないね。
家宣 俺はやるだけのことはやったんだ!

将軍たち 徳川 徳川 徳川の将軍
     跡継ぎ 決まれば
     それで仕事は終わり!

家斉 おれは十一代将軍、家斉。家治が頼りにしてた田沼意次をクビにして、松平定信を呼んで、寛政の改革ってやつをやったのが、おれよ、おれ。どう、イイ仕事してるでしょ? ま、寛政の改革は知ってても、俺の名前は誰も知らないんだよね。でもさ、おれの在位期間は五十年以上。これって新記録なわけよ!
家慶 はいはい、すごい、すごい。
家斉 子供も、全部で五十四人、これも一番! どうすごくない?
家慶 でも、誰も知らないじゃん。
家斉 わるかったね。じゃあ、次いけよ。

将軍たち 徳川 徳川 徳川の将軍
     跡継ぎ 決まれば
     それで仕事は終わり!

家慶 十二代将軍、家慶。水野忠邦に天保の改革させたのがおれ。そんでもって、もう任せっきり。政治ってさ、あんまり興味ないんだよね。好きにしてってかんじ。子供はたしか三十人くらいいたんだけど、育ったのは、二人だけ。ほんと、効率悪いよね。そのうち、ペリーとか来ちゃうし、もうやめやめってかんじ。幕府の体制が揺らいだのはおれのせいだって言うけど、知らないよ、そんなの。

家宣 (家慶に)おまえのせいだよ。
家治 そうだ、そうだ。
家斉 せっかくおれたちががんばってつないだのに。
家慶 だから俺のせいじゃないって。おれのあと、家定、家茂、慶喜って……
みんな そうなんだよなあ。
家宣 おれたち何やってたんだろうな?
家治 あ、落ち込んだ。
家慶 元気出せよ。
家斉 お前が言うなよ。
家慶 いいじゃん、いいじゃん。もう死んじゃってるんだからさ。
家宣 ま、そうなんだけどな。
家治 でもな……
家慶 でもな……

音楽がまた始まる。

将軍たち 徳川 徳川 徳川の将軍
     跡継ぎ 決まれば
     それで仕事は終わり!

     徳川 徳川 徳川の将軍
     跡継ぎ 決まれば
     それで仕事は終わり!

激しく歌い終わる。

家宣 ああ、すっきりした。
家治 あれ、これでみんな?
家斉 吉宗は暴れん坊だから、今日も暴れてるみたい。
家慶 なるほどね。
家宣 家継は?
家治 あいつ子供の頃に死んじゃったから、こういう集まりはパスするって。
家斉 つきあい悪いよな。
家慶 あ、あいつが来てない。
家宣 あいつって?
家治 綱吉じゃん?
家斉 いいよ、来なくて。あいつ、うるさいから。
家慶 いいことちっともしてないのに、なんで有名なんだろうな?
家宣 生類憐れみの令?
家治 忠臣蔵もあったよね。
家斉 悪いやつじゃん。
家慶 あーあ、おれももっとむちゃくちゃしとけばよかったなあ。
家宣 俺も、そうしたら、もっと覚えておいてもらえたのに。
家治 無理無理、俺たちみんな「ほどほどな」将軍なんだから。
家斉 そうだよなあ。

突然、声が聞こえる(マイクで)

声 紳士淑女のみなさん。お待たせしました。五代将軍、犬公方、生類憐れみの令と忠臣蔵で有名な、あの将軍。ご紹介します、徳川綱吉!!
家慶 自分で言ってるし……

音楽が盛大に始まり、将軍綱吉が登場。
犬の格好をしている。
家宣と家治は退場。家斉と家慶はバックダンサー。

♪一番大事なのは All I Care About from Chicago

綱吉 特別なことじゃない 簡単なことだって
   いつでも 心に愛を

家斉・家慶 お犬様!

綱吉 どんな生き物にも 小さな命が
   あるから 心に愛を

家斉・家慶 心に愛を!

綱吉 犬をぶったり、野良猫を食べたり
   さんまの干物も 蠅も叩いちゃダメダメ!

   小さな生き物の命を大事に
   それから、僕も大事に

   犬をぶったら すぐに島流し
   蠅を叩いたら 君は打ち首獄門

   簡単なことだね とってもやさしい
   いつでも 心に愛を

   弱い者いじめするやつは
   僕がかわりにいじめ返してやる

   そう、心に 愛!

盛大に歌い終わる。
みんなでポーズ。

袖萩 (綱吉に)ご満足いただけましたか?
綱吉 いえーい!
家斉・家慶 まあね!
袖萩 では、お引き取りを。

将軍たち、楽しそうに帰っていく。

袖萩 ホント迷惑よね。たち悪いわ。
腰元1 ほれ、続き。
袖萩 はいはい。

袖萩、また読み始める。

>>>第二部>>>