「贋作・大奥」
関根信一

●第三部●

<<<第二部<<<

第三部 和宮と実成院

袖萩 家定様の後を継いで、十四代将軍になられたのは、紀州家の慶福さまでございました。紀州家から江戸城へいらした慶福さまは、将軍家茂さまとお名前を変えられたのでございます。大奥もまた、家茂さまのために新しく整えられました。ですが、家茂様についてこられたご生母、実成院さま、この方がそれはそれは……。すでにやもめの気ままなくらし。権力を握ったせいでもうやりたい放題。毎日朝から飲んだくれている始末。

音楽が始まる。

袖萩 それではご紹介しましょう。紳士淑女の皆々様、お待たせしました。将軍家茂の母、大奥で絶大な権力を握る嫌われ者、じゃないや、人気者。ご紹介します。実成院!

♪ママにおまかせ
 When You're Good To Mama from Chicago

実成院 ポッと出の小娘だって みんな私に夢中
    なんて可愛い娘たち
    私は大奥の仕組み その頂点

    大事なのは(そうよ)思いやり(みんな)お互い様
    (だから)ママにおまかせ
    ちょっとした気遣いで 何もかもOK
    (だから)ママにおまかせ

    人生はギブアンドテイク それが私のモットー
    目を掛けてあげるから(だから)私にも(ね?)

    贅沢はなんて素敵 あなたもどう?
    (ならば)ママにおまかせ

    おいしいものが食べたけりゃ それなりの努力
    (だけど)ママにおまかせ
    お金だって思いのまま 出しただけは
    (たぶん)戻ってくるわ

    人生はミステリアス それにちょっぴり残酷
    上を見て、生きてけば いつか見上げられる そう!

    幸せはなんて素敵 あなたもどう?
    (ならば)ママにおまかせ

    ひとつだけ覚えておいて
    忘れちゃダメ 私が ママ!

歌い終わると腰元たちが控えている。

実成院 それ、この吹き矢の当たったものが、上様のお内証の方になるのじゃ。よいか、みんな、いくぞよ、いくぞよ。

実成院、吹き矢を手に腰元たちを追い回す。逃げる腰元たち。

実成院 なぜ逃げるのじゃ。玉の輿じゃぞ、玉の輿。
腰元1 (2に)あんた、当たりなさいよ。
腰元2 やーよ、あんな姑、ぜったいにイヤ!
腰元3・お幻 そうよね。
実成院 なんじゃと。

まる、登場。

まる 実成院さま。京より文が参っております。皇女和宮様に置かれましては、ようやくご降嫁を承知なされましたそうな。つきましては、ご降嫁の条件だそうで。
実成院 (文を受け取って)何なに……(読む)「京より女官を共に連れてくること」「毎年一月の先帝のご命日には必ずご上洛のこと」「輿入れの後も宮の身の回りはすべて御所風にすること」
まる いかがいたしましょう。
実成院 (酒を飲み干して)すべておおせのとおりにすると伝えておきなさい。
まる ……かしこまりました。
袖萩 そして、皇女和宮さまは、中仙道を通り、無事に、江戸城へお着きになりました。

和宮登場。御所風のこしらえ。そして、ヒゲ面。
迎える、実成院と腰元たち。

実成院 京よりの長の道中、大事なくおめでとうございます。
和宮 (京風のアクセント)ありがとう。
実成院 ……。
和宮 どうしたのじゃ? 私の顔に何かついておるか?
実成院 何って、そのヒゲは?
和宮 ヒゲではない、うぶ毛じゃ、うぶ毛。
一同 ええ?
和宮 御所では、顔に刃物を当てるなどという野蛮なことはしませんのや。
実成院 野蛮とは……。
和宮 そうそう、私についてきた女官たちはどうしたのじゃ?
実成院 ここは大奥、大奥の女達がお世話をいたしまする。
和宮 手紙を読んではくれなかったのか?
実成院 読みました。
和宮 あ、そう。
実成院 ……。
和宮 そうそう。京より土産を持ってきたのじゃ、みなでわけるがよい。私は、ちょっと休みますゆえ。

和宮、退場。

実成院 みやげとはなんじゃ。灘の銘酒か? 西陣織りか?
腰元3 (差し出して)生八つ橋にございます。
実成院 ちっ、キオスクか?

実成院、みやげを取り上げると顔色が変わる。

実成院 見よ、この宛名書きを。「実成院へ」じゃと。様はないのか? 様は?
腰元2 和宮さまは天皇家の方、様付けのしきたりをお持ちでないのでは。
実成院 天皇家だろうと何だろうと、嫁は嫁なのじゃ、わしは姑なのじゃ、将軍の母なのじゃ。おのれ……!

実成院、暴れながら、退場。
腰元たちも。
和宮とまるが登場。

まる 和宮さま、これより、お世話をさせていただきます、まると申します。
和宮 まる? おかしな名やなあ。
まる 御願いがございます。実成院さまには、今すこしへりくだり、「ありがとう」ではなく、せめて「ありがとうございます」とおっしゃってください。
和宮 そのような言い方は、お主上(かみ)にしか、したことあらしまへん。お主上より上に人はあらしゃりませぬ。
まる そのわかりにくい「お国言葉」もお改めください。
和宮 けもじなこと。昔から都は京。お国言葉というなら、江戸言葉がそうやとおもいますえ。
まる 和宮さま……。
和宮 心配せんでもよろし。

蔭から声。

声 上様のおなーり。

将軍家茂が登場。

家茂 やあ!(和宮を見て)え? ガテン系?
和宮 上さんどすか?
家茂 そうだけど……
和宮 絵で見たのと同じ顔じゃ。京にいたとき絵巻でお顔を見ていたのです。仲良くしましょうな。
家茂 うん。

手を取り合う二人。

袖萩 こうして、家茂さまと和宮様は初対面ですっかりおうち解けになったのでございます。しかし、腹の虫が治まらないのが実成院様でございました。

実成院が登場。

実成院 これ、そのように人前でべたべたするでない。
家茂 じゃましないでよ。
和宮 あっちへ行ってたも。
実成院 和宮どの、そのヒゲをおそりなされ。
家茂 え? いいじゃん。これがいいんじゃん。
和宮 京ではおなごの肌にカミソリをあてるなどそんな野蛮な……
実成院 どっちが野蛮じゃ? ならば私が抜いてやる。脱毛じゃ!
和宮 実成院どのは、私の身の回りを御所風にという約束をお忘れになったのか?
実成院 ここは大奥じゃ。そんなものは知らぬは。
和宮 なんと? それでは約束が違いまする。
実成院 約束などしたおぼえはないわ。
和宮 (家茂を押さえて)おう、こいつがどうなってもいいのかよ? え?
実成院 ふん、そんなおどしはきかぬわい。
和宮 なんじゃと?

にらみ合う二人。おろおろするまる。

家茂 もう、二人とも仲良くしてよ!
実成院 嫁が折れるのがスジじゃ。
和宮 嫁言うな!
実成院 ヒゲをそれ!
和宮 いやじゃ、これが売りなのじゃ! 五割り増しなのじゃ!
声 おいおいおい、喧嘩はやめな!
一同 

滝山が登場。

まる 滝山さま。お帰りになったのですか?
滝山 あとは、私にまかしときな。(実成院と和宮に)大奥総取締役、滝山にございます。御台さまは将軍家へ嫁ぎなされたのでございます。御所風、江戸風とそんなことより、御台様のお役目はお世継ぎをお産みになること。さっそく、明日にも、医者の診察を受けていただきます。お子をなせるお体かどうか。
和宮 いやじゃ。医者はいやじゃ。
滝山 受けていただきます。
和宮 わかったよ。
滝山 (実成院に)それで、ようございますね。
実成院 そういうことなら……

実成院と和宮、別々に退場。
そして、滝山とまるも。
一人、残った家茂。語り始める。

   ♪僕はセロファン Mister Cellophane from Chicago

家茂 この江戸幕府がこれまで続いたのは、大奥の女たちのおかげだって、みんな言ってる。殿様がどんなにだらしなくっても、跡継ぎさえちゃんと生んでくれればそれで十分だって、みんな言ってる。

    目立つことしないで 大人しくしてれば 毎日はすぎてく
    だけど、いったい何のために 僕は生きてるんだろう?

    セロファン 僕はセロファン いなくたって、気がつかない
    僕は透明人間 存在理由 何も見えやしない

    ほんとだよ セロファン 僕はセロファン どこにいても、気がつかない
    僕は透明人間 存在理由 誰も知りやしない

家茂 和宮と母上の対立はどうやらおさまったみたい。このお話はきっとこれからもずっと語られてくんだろうな。でも、二人の間に入った僕の気苦労は、誰もそんなこと知っちゃいないんだろうな、きっとね。

    波風を立てずに 大人しくしてれば この一生は過ぎてく
    だけど、いったい何のために 僕は生きてるんだろう?

    セロファン 僕はセロファン いなくたって、気がつかない
    僕は透明人間 存在理由 何も見えやしない

    僕のそばを通り過ぎる 人の波と時代の風
    邪魔しないから 好きなように やってくれればいいさ
    そう、僕はセロファンさ

家茂、歌い終えて、退場。
まると真之介が登場する。

まる 真ちゃん、どうなの? 和宮さまは、お子さまが産めるの?
真之介 いや、骨盤が狭すぎて、無理だろう。
まる 狭すぎて? 狭いの? あれで?
真之介 うん。ていうか、男だし。
まる あちゃー、何、また? やっぱりそうなんだ。そうじゃないかと思ってたんだ。
真之介 うん、診察してみてびっくりしたよ。
まる すぐ、わかれよ!
真之介 ごめん。なあ、まる。また大奥は大変なことになるんじゃないか? おれ、長崎に医学の勉強に行くんだ、お前も行かないか?
まる 私、だめよ。和宮さまのおそばにいないと。
真之介 何でだよ、お前がいなくてもいいじゃないか?
まる ほっといて、それが私の生き甲斐なの。
真之介 いいかげんにしろよ。どうなっても知らないぞ。
まる いいわよ、行っちゃって。
真之介 わかったよ。じゃあな!

真之介、退場。

袖萩 世の中はどんどん不穏になってまいりました。薩摩長州の軍がいつ江戸へせめてくるやもしれず、ついに上様が、指揮をとり、出陣遊ばすことになったのでございます。ですが、すぐに体調を崩し、江戸へ戻られたのでございます。和宮様は、それはおやさしく看病されたのでございますが……

滝山と実成院、登場。

実成院 なんじゃと、また出陣じゃと?
滝山 長州は幕府にたてつく不逞のやから。今このとき、上様が御陣頭に立たれ、京都に向かわなければ、人心は幕府から離れてしまいまする。
実成院 そなた上様を殺すというのか?
滝山 そのようなつもりはございません。それが将軍たるもののつとめかと。
実成院 私は、私はぜったいに反対じゃ!!

二人退場。
和宮と家茂が登場。

和宮 私は、母君のお気持ちが初めてわかりました。上さんとこれきりでお別れするのはつらすぎます。
家茂 和宮。
和宮 上さんが、生きてあらしゃったみしるしがほしい。私にさずかるのが無理なら、どなたかのお力を借りて。
家茂 何を言う……そなただけが私の妻だ。
和宮 この大奥には、古来より伝わる子づくりの秘薬と加持祈祷があるそうな。私もそれをためしてみたいのです。
家茂 いいんだよ。別に跡継ぎ作らなくても。どうせ、次の将軍は、慶喜に決まってるんだ。僕が子供を作ったって、何にもならない。
和宮 ……。
家茂 そんなことよりさ、今が一番大事じゃん、僕と和宮がどう生きるかが大事じゃん。違うかな?
和宮 上さん。
家茂 子はいらない。和宮がいれば。だいじょぶだよ。
和宮 和宮やおへん。親子(ちかこ)と呼んでください。
家茂 親子?
和宮 和宮親子といいますのや。ご存じなかったんどすか?
家茂 親子? マジ?
和宮 いいから呼べよ!
家茂 親子。
和宮 上さん!

抱き合う二人。

袖萩 そして、家茂さまご出陣の日が参りました。大奥は総出でお見送りです。

一同が登場。

家茂 母上行ってまいります。
実成院 気をつけてね、ハンカチは持った?
家茂 うん。親子、行って来るね。
和宮 お帰りをお待ちしておりまする。
腰元たち 行ってらっしゃいませ!

と見送る腰元たちの中に、黒紋付を着た女中もまざっている。旅支度をしている。
まる、気がついて……

まる (黒紋付の女中に)あんた、あっち行きなさいよ。不吉なのよ。

女中、ふらふらと逃げて、家茂の前に。

家茂 (黒紋付の女中に)ついてくるのか?
黒紋付の女中 (深くうなずく)
家茂 じゃあ、行こうか?

家茂と黒紋付の女中、退場。

まる あ……! 行っちゃった。
袖萩 慶応二年七月十三代将軍家茂さまは亡くなられました。お体調をくずされてのことでございました。
まる だから言ったじゃないよっ!

まる退場。
すぐに実成院が登場。酔っぱらって暴れている。腰元がおろおろして見ている。まるも。

実成院 きーっ! 酒じゃ、酒じゃ、酒を持ってくるのじゃ! 家茂……(泣き崩れる)

和宮が登場。

和宮 私も一緒にお酒を飲みます。今日は無礼講じゃ。飲み放題3000円じゃ。
実成院 そなたと飲む酒などありはしませぬ。もう宴は終わりじゃ。ヒゲの生えた嫁と酒など飲めるか。

実成院、出ていこうとする。

和宮 お待ち下さい。母君が、お酒を飲むのはお寂しいからや。ながいこと、ずっとずっとおさびしかったからや。でも、淋しいのは母君だけと違いますえ。私かて同じや。
実成院 ……。
和宮 上さんが亡くなって、上さんをお慕いしていたのは、母君と私の二人だけや。どうして一緒にお酒を飲んではあきまへんのや?
実成院 ……。
和宮 母君!
実成院 親子どの!
和宮 母君!
実成院 親子どの!

手を取りあう二人。
みんなが泣いている。
と蔭から声がする。

声 黒船だ、黒船が来たぞ!
腰元1 なに、また。
腰元2 そんないちいち驚いてもしょうがないわよ。
声 ペリーだ、ペリーが来たぞ!
お幻 何また来たの?
腰元3 また浦賀?
声 浦賀じゃなくって、葉山に来たぞ。
腰元1 今度は葉山だって。
声 ペリーじゃなくって、ペリー・葉山だ!
腰元3 誰よ、それ?

とペギー葉山の名曲「南国土佐をあとにして」が流れる。

♪ 南国土佐を後にして……

と聞き慣れない声!

声 ノー! 土佐はノー!

曲はストップ。
登場する怪しい外人、ペリー・葉山。

ペリー 土佐ではない。私はアメリカから来ました。
一同 (全員が登場して)アメリカ?
ペリー 鎖国、よくないね。大奥もよくない。ニッポンもよくない。これから、私がこの日本を文明開化します。江戸を素敵なアメリカにします。いいですか?
慶喜 (躍り出て)いいとも!
実成院 あ、あなたは徳川慶喜さま!
慶喜 やあ! それじゃあ、開国しちゃってくれるかな!

音楽が流れ出す。
このナンバーの中で大奥は一気にアメリカになっていく。

♪アメリカでは from 「君も出世ができる」

ペリー アメリカでは、ビジネスは能率第一、アメリカでは、お金と時間の無駄をはぶき、最小のお金で最大の利益を上げ、最小の時間で最大の効果をおさめます、アメリカでは、ビジネスの交渉は全部オフィス、社用族の接待戦術はありません

    アメリカでは 仕事は仕事 遊びは遊び
    アメリカでは イエスはイエス ノーはノー
    アメリカでは 自分は自分 人は人
    アメリカへゆけば 黒は黒だし 赤は赤

ペリー オフィスの中で私用電話、トイレの中で無駄なおしゃべり、時間かせぎのだらだら残業、出張旅費の水増し請求、事務用品の無駄づかい、すべて厳禁です。
慶喜 そうそのとおり
ペリー 事務所の電話でガールフレンドと話している人はいませんか?
慶喜 そのとおり

慶喜 アメリカでは 何でもかんでもアメリカ風さ
全員 アメリカでは オートマチック エロチック
慶喜 アメリカでは デモクラシック ファナチック
全員 アメリカへゆけば ビジネスライク チクタック

    踊りながらどんどん着物を脱いで、洋装になっていく人々。
    文明開化だ!

女子 アメリカでは 皿洗うのは男の役目
男子 アメリカでは 女はバスト 男はロケット
女子 アメリカでは アトランチック パシフィック
   アメリカへゆけば ビジネスライク チクタック
ペリー イエス!
全員 アメリカ アメリカ! アメリカ!

すっかりアメリカになってしまった大奥。
一同「グッバイ!」「ジスイズアペン!」などと言いながら、退場。

エピローグ

袖萩 こうして、慶応四年、江戸城は無血開城することになったのです。そして、今日が、大奥最後の日です。これまでずっと読んできた、大奥御日記もまもなくおわりです。
腰元1 ああ、おもしろかった。これやっぱり、イカす読み物ね。ドラマにしたらヒットするんじゃない?
袖萩 そうね。
腰元1 そんなことより、早く逃げましょう。
袖萩 先に行ってちょうだい。
腰元1 いいの?
袖萩 いいわよ。
腰元1 じゃあね。

腰元1退場。
じっと考えこんでいる袖萩。
篤子と滝山が登場する。艶やかな洋装。

篤子 (袖萩に)逃げないのですか?
袖萩 すべてを見届けるのが私の役目ですから。
篤子 そう。
滝山 私たちと同じですね。

克彰が登場。

克彰 やった! こいからは、わしらの天下じゃ!(篤子たちに)何をしちょる。早く逃げねばならんぞ。
篤子 克彰さま。お久しぶりです。
克彰 さあ、行くんじゃ。
篤子 はい、どこまでも着いていきます!
克彰 あ、それなんじゃが……、明治政府で出世するには、ちゃんとした女子と結婚しなくてはならなくなってのう……。
篤子 ……。
克彰 すまん。そういう時代になったんじゃ。
篤子 ご心配なく。私ならだいじょうぶ。それよりも、大奥にいた者たちをどうぞよろしく頼みます。
克彰 まかせておけ!
篤子 みんなには、薩摩隼人はやさしく、情けにあつく、一度した約束は死んでも守ると言いました。
克彰 そのとおりじゃ。
篤子 これをお返しします。

篤子、懐剣を返す。驚く克彰。

篤子 これからの新らしい時代を生きるのに、この刃物は入りません。
克彰 ああ。

受け取る、克彰。
そして、去っていく。

滝山 よいのですか?
篤子 滝山さま、あのとき、どうして、私たちを見ながら、おとがめにならなかったのですか?
滝山 上様亡き後のさびしい時間を、一緒に過ごせる相手だと思ったからです。
篤子 ……。
滝山 私の予感は当たったのですね。
篤子 ていうか、二人とも一人だし。
滝山 やなかんじ。

まるが、登場。

まる お二人とも、早く逃げましょう。それぞれのお行き先を整えて参りました。
篤子 ありがとう、まる。あの医者を追って、長崎へ行くのか?
まる いえ、真ちゃんは、怪我をして、江戸に戻ってきてるんです。これから、二人で町医者を開業しようと思って。
篤子 そうか、いつまでも仲良くな。
まる はい。
篤子 和宮様と実成院さまは?
実成院 ここにいます。

和宮と実成院、登場。洋装をしている。

まる もうお引っ越しなされたのでは?
実成院 この大奥の最後を見届けなくては。
和宮 そう思って、戻ってきました。
篤子 みんな思うことは同じなのですね。
和宮 さあ、みなで見物しましょか。
滝山 さらばでございます!

滝山、懐剣で自害しようとする。

篤子 何をなさいます。
滝山 私は、先代お年寄り、姉小路さまに拾われた物乞いの娘。大奥がなくなれば、どこにもゆくところはないのです。
篤子 死んでは、死んではいけません。これから始まる、新しい世の中には、きっともっともっと楽しいことがあるかもしれないのですよ。
滝山 みなさんはご存じないかもしれないが、私は、おなごではないのです。
一同 ……!
滝山 こんな人間がこれから先、一体どうやって生きて行けばいいのか? ならばいっそ、今死んでしまった方が!
和宮 死んだらあかん。
実成院 ていうか、それみんな知ってたし。
篤子 うん。
滝山 なぜ?
和宮 それが大奥というもん違いますのか?
篤子 さあ、元気を出しましょう。これからだって、私たちは生きていく。ほら、今日はこんなにいい天気。ね?

音楽が流れ出す。

♪この時代 Nowadays from Chicago

篤子 ねえ、素敵じゃない?
   すごくない?
   全てが 輝いて見える
   この明日

滝山 ねえ、きれいじゃない?
   まぶしくない?
   心が ときめいてくる
   この明日

一同 好きになった人と 恋もできるし
   結婚することも もう夢じゃない

全ての登場人物が登場。
全員で歌う。

全員 ねえ、素敵じゃない?
   すごくない?
   全てが 輝いて見える
   この時代

   好きなように生きる 新しい時代に
   それぞれの道を ただ、歩くだけ

   ねえ、素敵じゃない?
   すごくない?
   全てが……

ストップモーション。
袖萩が語り始める。

袖萩 江戸城の最期を見届けたみなさんは、大奥のお部屋にありったけの衣装と装身具を広げてゆかれたそうです。大奥に踏み込んだ官軍は、その豪奢さに息を飲んだといいます。私は大奥御日記を官軍にお渡ししました。ですが、明治政府は新しい大奥お日記をでっちあげたようです。私が見てきたみなさんの姿はそこにはありません。でも、今お話したことは、みんな本当のことなんです。本当のこと。ま、信じる信じないはみなさんにお任せしますけど。女も、そして男も必死に生きた大奥。そう、これは私の大事な宝物なんです。それでは、ごきげんよう。

暗 転 

舞台が明るくなり、カーテンコールが始まる。

幕  

<<<第二部<<<