「PRESENT」
関根信一

●その2●

<<<その1<<<

>>>その3>>>

3、さがしもの

夏。前の場面から一ヶ月後。
同じ部屋。週末の夜早い時間。
内田博之が座っている。
太陽がお茶をもってやってくる。

太陽 ごめんね。わざわざ来てもらっちゃって。
内田 で、どうなの調子は?
太陽 全然普通。あれから一度病院に行ったけど、変化なしって。ちょっと拍子抜けってかんじ。あんまり何も変わらないんで。
内田 よろこばなきゃだめだって。
太陽 わかってるって。さすが、プロ。
内田 プロじゃないって、ただのボランティア。
太陽 でも、たくさん会うんでしょ、感染してる人に?
内田 そんなには会わないよ、電話でしゃべる方が多いかな?
太陽 そうやって、いろんな人の相談に乗ってあげてるんだよね。わかる気がする。声聞いてるだけで、何だかほっとするもん、うっちゃんと話してると。マサとは大違い。
内田 話してないんだ?
太陽 話せないんだもん。今日、病院に行って来てさとか、普通に話そうとすると、微妙に話そらすかんじ。気持はわからないじゃないけど、いいじゃないね、自分はなんともなかったんだから。
内田 そういうわけにはいかないんじゃないの?
太陽 あの後、すぐ自分ももう一度検査受けたんだよ。そんな一週間やそこいらで結果変わるわけないのに。
内田 でも、よかったじゃない?
太陽 カップルのうちの片一方がポジティブってパターンって多いの?
内田 さあ、どうだろうね?
太陽 みんなどうしてるんだろう? エッチとかしてるのかな?
内田 それは、カップルだからって、みんながみんなカミングアウトしてるわけじゃないし、そういうことは二人で話し合って決めることじゃないのかな?
太陽 やっぱり話さないといけないのかな?
内田 とりあえず、最初に話はしたんだから、これからもその方向でいかないといけないんじゃないのかね。だって、そのつもりだったんでしょ?
太陽 わかんない。何となく言わなきゃいけないような気がして言っちゃっただけだから。
内田 言っちゃうことより、言っちゃった後の方が大事なんじゃないかな? わかってると思うけどね。
太陽 そうなんだけどさ。
内田 そうだよね?
太陽 ねえ、うっちゃんって、ぼくの質問にみんな疑問形で答えてない?
内田 え、そうかな?(気付いて)あ……
太陽 それって、電話相談の規則かなんか? 質問しながら、巧みに聞き出すとか……
内田 あ……そうじゃないんだけど、ごめん。クセなんだ。
太陽 そうだよね。みんな自分でわかってるようなこと聞いてるんだもんね。そんなこと自分で決めろってかんじだよね?
内田 そんなんじゃないって。
太陽 ……ごめんね、何だか言いたい放題で。
内田 いいって。
太陽 みんなこんなに言いたい放題?
内田 まあね。せっぱつまって電話かけてくるわけだから。
太陽 僕も? 僕もそうだった? せっぱつまってた?
内田 ううん、全然。落ち着いてた。自分のことじゃないみたいに。
太陽 あ、それ、家系なの、家系。お茶、どうぞ。

内田、お茶を飲む。

内田 何これ?
太陽 にがうり茶。カラダにいいんだよ。血液さらさらになるって、うちの母親持ってきたんだけど、マサ全然飲まないから、ひと月経つのに全然減らなくて。コーヒーにする?
内田 あ、いい、これで。お母さん、もういいの?
太陽 うん、心配して損したってかんじ。病院で友達できたんだとかいって、前より元気になっちゃって、迷惑してるかんじ。
内田 まだ話してないの?
太陽 うん。今度はもう少し慎重にと思って。
内田 ……。
太陽 だから、まだ。話したのは、うっちゃんとマサだけ。
内田 まあ、それでもいいかもね。今のところは。
太陽 今のところはね。
充  そうよね、今のところはね。

と言いながら、充が入ってくる。

太陽 やめてよ、するっと入ってくるの、びっくりするじゃない。
充  ちょっとあんた、だめでしょ、ちゃんと鍵かけなきゃ。知らないわよ。ピッキングとかやられたって。
太陽 ピッキングって、鍵かかってるドア開けるんじゃないの?
内田 普通はそうだよね。
充  いいのよ、とにかく不用心よ。暑いわね。のどカラカラ、何か飲むものちょうだい。
太陽 はいはい。
充  あれ、いらないからね、あのマズイ「なんとか茶」。コーヒーよ、コーヒー。
太陽 わかってる。
内田 僕は「何とか茶」ね。

太陽、退場。

充  久し振りじゃない、元気なの? ティップでも会わないし。
内田 ちょっと腰傷めちゃって。
充  やだ、どうしたの?
内田 風呂場で石鹸とろうとしたら、ひねっちゃって。
充  それって、ティップで? どんなポーズとったのよ?
内田 そんなんじゃないって。うちでだよ。こう普通に。そしたらピキッって。
充  わかるわかる、何て言うか、「金縛り」みたいなかんじでしょ? ピキ!って。
内田 あんまり金縛りなったことないから……。
充  やだ、だいじょぶなの? 病院は?
内田 そんな大したあれじゃないんだけどね、もう若くないから、大事にしようと思って。
充  そうよ、一人暮らしなんだから、気をつけないと。「お風呂で倒れてそのまんま一週間」なんての発見するのいやだからね。
内田 そんなことないって……。
充  あらやだ、風呂場で死ぬ年寄りって多いんだから。
内田 ……ああ、多いよね。年寄り。

太陽、登場。

太陽 ほれ、コーヒーだよ。
充  いただきます。
太陽 何なのよ、突然来て。
充  何よ、その言い方。近所まで来たから寄ったのよ。
内田 他の理由はないわけ?
充  いなかったら帰ろうと思ったら、鍵開いてるし、ほんと気をつけなさいよ。
太陽 わかってる。
充  うっちゃんは今日は?
内田 今日は……
太陽 ちょっとお茶しない?って言って、来てもらったの。それだけ……
充  ほんとに?
太陽 ほんとだって!
充  何で私も呼ばないのよ?!
太陽 いいじゃない、来たんだから。もう、黙ってコーヒー飲め。
充  ふん。じゃ、いいわよ。教えてあげないから!

充、コーヒーを飲む。

太陽 何それ? いやなかんじ。
内田 クラスにいたよね、こういう女子。
太陽 うん、赤い縁の目がねかけて。
内田 三つ編みなんだよね、大体。
太陽 みっちゃん、そんな眼鏡持ってたよね。
充  先生、太陽くんがいじめるんですけど……って、何よ、あんたたち、聞きたくないの?
太陽 話したいなら話せばいいじゃん、そんなもったいぶらずに。何よ、話って?

充  あんたたち、うまく行ってんの?
太陽 何の話?
充  とぼけたってだめよ、アタシは心配して聞いてんのよ。
太陽 やめてよ、そういうマジなまなざし。
充  どうなのよ?
太陽 みっちゃんちは?
充  うちのことはいいのよ。誠が言ってたんだけど、マサ、この頃、しょっちゅう二丁目出てるって。どうしたんだろうって?
太陽 二丁目くらい、普通に行くでしょ?
充  何言ってんのよ、あんたたち典型的な「相手が出来ちゃったらもう二丁目になんか行くことないわ」ってクチじゃないの。
太陽 そんなことないって。
充  じゃ、前、二丁目行ったのはいつよ?
太陽 覚えてない。
充  そのくらい昔ってことでしょ?(内田に)それが、飲みに行くたびにマサに会うんだって。おかしいでしょ? 何かあったんじゃないかって心配になるじゃない?
内田 ねえ、誠さんは、いいわけ? 一人で二丁目行っても?
太陽 そうだよ、行くたび会うってことは、誠さんだって、しょっちゅう一人で遊びに行ってるってことじゃない。他人んちのことより、自分のこと心配したら?
充  うちはいいのよ、前からそうなんだから。ちゃんとわりきってんの。それにアタシ、デブ専の店とか興味全然ないから。でも、あんたんちは違うでしょ? このひと月、急にだって、何かあったのかって心配になるじゃない。
太陽 いいよ、心配してくれなくて。
充  浮気とかしてんじゃないの?
太陽 やめてよ、無理矢理おもしろくするの。
充  いい、手遅れになってからじゃ遅いのよ。うちの中がきまずくなって、外に遊びに行って、悪い病気でももらってきたらどうすんのよ?
太陽 だいじょぶ。マサはちゃんと気をつけてるから。それにね、そんな相手がいたら、わかるって、一緒に住んでるんだから。
充  今日はどうしたのよ。土曜日なのに、一人でどこ行ってんの?
太陽 出張、昨日から。公務員って、あの年頃になると、大変なんだって。
充  あやしいわね。ねえ、何か思い当たることはないわけ? 喧嘩したとか? 私には言いなさい。悪いようにはしないから。
太陽 やめてよ、そうやって、いろいろ聞き出すの。そんでもって、あちこち言いふらすのも。
充  そんなことしないって、するわけないでしょ?
太陽 それを信じて何度死にそうな目にあったか。僕がバイトやめたこと、マサに言いつけたじゃないか? 黙っててって言ってたのに。
充  それはだって、マサにしつこく聞かれたもんだから。ごまかしきれてないあんたが悪いのよ。
太陽 もう、ほっといてくれないかな。誠さんにも、そう言っといてよ。マサのことは、ちゃんとわかってるからって。心配してくれなくていいからって。
充  あの人は別に心配してないのよ、心配してんのはアタシなの。
太陽 だから、もういいって言ってんじゃん。

充  わかったわよ。じゃ、帰るわ。
太陽 帰れ!
内田 じゃあ。

充、出ていく。

太陽 退屈なんだよ。誠さん、遊びに行っちゃうから。だから、ああやって、うちに来てはあることないことしゃべってく。かんべんしてほしいよ。

太陽 知ってた? マサ、飲みに行ってんの?
内田 まあね。
太陽 僕は知らなかった。いつも、仕事で遅くなるって言ってたから。
内田 ……。
太陽 マサ、飲まないのにね。二丁目行って何してんだろ? まっすぐ帰ってくればいいじゃんね? 嘘つくことないじゃんね?
内田 まあ、そういうときもあるよ。
太陽 ……。
内田 ごめん、役に立ってないね?
太陽 後悔してるんだ、ほんとうは。マサに話したこと。ずっと黙ってればよかったって。そういうのもありだよね?
内田 まあね。パートナーに、いつどうやって話すかっていうのは、すごく大事なことだから。ポジティブだってわかって、頭の中真っ白になって、そのまんま相手に話して、二人でどうしていいかわからなくなっちゃって……っていうのが、一番あれかな?
太陽 あれって?
内田 心配。でも、そうじゃなかったから。
太陽 そんなことないよ、僕だって、頭のなか真っ白だったよ。でも、嘘ついたんだよ。ていうか……
内田 ていうか?
太陽 自分のことじゃないみたいだったんだ。

太陽 ねえ、飲みいかない?
内田 これから?
太陽 まだ、ちょっと早いけど、行こう。僕もひさしぶりだし。そうだ、何か配ったりする仕事ないの? コンドームとか。手伝ってもいいよ。
内田 マサ帰ってくるんじゃないの?
太陽 遅いって言ってたもん。
内田 もしかして、二丁目で会っちゃったりして……
太陽 ……。
内田 あ、お茶おかわりほしいかな?
太陽 いいよ、無理しなくて。これ、ほんとにまずいもん。史上最強ってかんじ。

太陽、キッチンに向かう気配なし。
内田、あきらめる。
玄関のドアの開く音がして、マサが入ってくる。

太陽 おかえり。
真人 おう。(内田に)あれ?
内田 どうも。
太陽 早かったじゃない。
真人 うん。
太陽 そうだ、お茶入れるんだったね。ちょっと待ってて。

太陽が退場。

真人 どうしたの?
内田 マサいないから、ゆっくり話ができるって。
真人 なんだ、そうなんだ。
内田 太陽にも言ったんだけどさ、やっぱり二人で話した方がいいって。絶対不自然でしょう、二人が別々に僕に相談してるのって。
真人 一度、二人で一緒に会った。
内田 そうだけど……、その後、別々に電話かけてきたら、何よ、あんたたちそんなこと考えてんのって……
真人 そういうもんでしょ。
内田 だから、言ってるじゃない、いつも。僕抜きにして二人でちゃんと話しなって。
真人 話したがらないんだよ。
内田 太陽もそう言ってるんですけど。
真人 ほんとだって! ていうか、何も聞かないでおいてやるのも思いやりってもんじゃないかなと思って。

太陽が戻ってくる。

太陽 (内田に)ほんとにこれでいいの?
内田 さんきゅ。
太陽 (真人に)うっちゃんとね、飲みに行こうかって話してたの、マサも行かない?
真人 今、帰ってきたばかりなんだけど。
太陽 じゃ、一息ついてから?
真人 俺はパス。
太陽 いいじゃん、行こうよ。
真人 飲み会振って帰ってきたんだよ。なんでまた出掛けるんだよ。
太陽 明日休みでしょ?
真人 まとめなきゃいけない資料があるの。
太陽 明日やんなよ。
真人 あのね……
太陽 いいよ。(内田に)僕たちと一緒じゃおもしろくないんだって。
真人 そんなこと言ってないって。
太陽 一人で行く方が気楽なんでしょ? のびのびできて。
真人 ……そんなことないって。
太陽 いつも仕事で遅くなるって言ってたの、仕事じゃなかったんじゃないの? 誠さん、よく会うってみっちゃんが、教えてくれたけど。別にね、別に、責めてるわけじゃないの。飲みにいくなとかさ。ただ、別に嘘つかなくてもいいじゃないって、そう思うわけ。
真人 嘘ってなんだよ?
太陽 違うわけ? ねえ?
内田 (手を挙げて)はい!

二人、一息。

内田 じゃ、僕は、帰るから。あとはゆっくり、やりあってちょうだいということで……
太陽 だめだよ、飲みに行くって言ったじゃない。
真人 そうだよ、最後までちゃんと聞いてくれないと。
内田 だから……
二人 座って!
内田 ……じゃあさ、「僕に」じゃなくて、「二人で」しゃべってくれるかな? 僕はただの傍観者ということで……
太陽 わかってるよ。
真人 わかってる。
太陽 ちゃんとそうしてるじゃない。
真人 うん。
内田 わかってないと思うんだけど……、じゃ、傍観者はやめる。だったら、僕に向かって話すということで。
二人 え?
内田 ほら、前に三人でしゃべったじゃない? そのパート2ということで。

二人、微妙なかんじ。

内田 正直に言わせてもらうと、困っちゃうんだよね。二人とも昔からの友達だから、話は聞くけど、二人から、それぞれ別にっていうのは……。何だかね? だから、どうせなら、ここで二人まとめて、一緒にっていうことでどうかな? 
太陽 いいよ。
真人 いいけど。
内田 じゃ、どうぞ。
太陽 そんなどうぞって言われても……
内田 (マサに)太陽に言いたいことは?
真人 え? そうだなあ。
内田 太陽はどう?
太陽 どうって……

二人、お互いを気にして、なかなか話せない。

内田 今の続きでもいいじゃない? マサは何で太陽にだまってたわけ?
太陽 だまってたんじゃない、嘘ついた。
真人 嘘って何だよ、嘘ついてるの自分じゃないか?
太陽 何よ、僕の嘘って?

真人 何でもない。
太陽 何? やめてよ、言いがかりつけるのは。
真人 ほんとに隠してることないっていうわけ?
太陽 ないよ。
真人 もう、いいよ。やっぱりやめる。

真人、奥の部屋に向かう。

太陽 何でやめるわけ? 最後まで言いなよ。(内田に)ちゃんと話した方がいいんだよね。そうだよね。
内田 うん。


真人、部屋から出てくる。

真人 仕事で遅くなるって嘘ついて遊んでたのは悪かった。
太陽 ほら、認めた。
真人 でも、遊んでたのは俺だけじゃない。
太陽 ……。
真人 先週の木曜の夜、どこにいた?
太陽 うちにいたよ。帰ってきたとき、僕いたでしょ? マサ、遅かったけど。
真人 その前はどこにいた? その前は?
太陽 ……何、どうしちゃったの?
真人 いたんじゃないのか「ヤリ部屋」に、渋谷の「ジャングルジム」。
太陽 そんなとこ行くわけないじゃない。
真人 それが行ってたんだよね。
太陽 やだな、誰がそんなこと言ってんの? みっちゃん? 誠さんが見たとか言ってるわけ?
真人 見たのは、俺だよ。

太陽 やめてよ。ふざけるの。
真人 ふざけてない。そうだよ、嘘ついたよ、あの日も「仕事で遅くなった」って。知らん顔して。すっごい大変だったよ。
太陽 ……そうだったんだ。やっぱりそうだったんだ。
真人 え?
太陽 マサに似てる人がいるなと思ったんだけど、スーツ着てなかったからよくわかんなかった。暗かったし。
内田 ちょっと待って、何、それって全然聞いてないんだけど、どっちからも。
太陽 話してないもん。
真人 こんなこと人に言えない。
内田 まあ、そうだけど、でも、今、言っちゃっていいわけ?
太陽 いいよ!
真人 うん、いいと思う。

太陽 (内田に)何でそんなとこに行ったのか聞いてくれる?
真人 (同じく)僕も聞いてほしい。
内田 だから、直接話せばいいんじゃないのかな?

太陽 言い訳っぽく聞こえるかもしれないけど、昔、あそこ行ったことがあって、そのとき何度か会った人に会えないかなって思って。
内田 会ってどうすんの?
太陽 わかんないけど、知らん顔してるのよくない気がして……、もしかしたら、むこうも僕のこと探してたりするかもしれないと思って。名前も何も知らないから、もしかしたらと思って、行ってみたんだよ。
真人 そんな相手がいたんだ。
太陽 昔の話だって言ってるじゃない! マサとつきあいはじめてからは全然。信じないかもしれないけど、ほんとだから。
真人 ……。
太陽 時々、顔出してたら、もっと早くマサとばったり会ってたかもしれないね。
真人 ……。
太陽 (内田に)どのくらい行ってたのかって聞いてくれるかな?
内田 あ……
太陽 (内田に)最近のことなのかな? それとももっと前から? 僕がポジティブになってからなのかな? あのとき一緒にいた相手とは、あそこで会うだけなのかな? いやなら、いやだって言ってほしいって、伝えてくれる?
真人 初めて行ったんだよ。ハッテン場なんて。どんなところかなって、興味あって。でも……
太陽 でも……?
真人 電話番号もらった。すぐ捨てようと思ったけど、捨てられなくて一度かけた。でも、すぐ切って。そしたら、かかってきて。でも、もう会わないことにした。信じないかもしれないけど。
太陽 信じるよ。

内田 あ、何て言うか……、こういうことってさ、考え方じゃないかな? もっと愉快っていうの? すっごい偶然なわけじゃない。ね? だから、それをおもしろがって、一緒に笑って、楽しくみんなで飲みに行くと……

内田 さ、行こう!

真人 ねえ、もう一つ、話したいことがあるんだけど。
太陽 何?
真人 俺、ここ出ていきたいんだ。
内田 ちょっと……。
太陽 いいよ。
真人 理由は聞かないの?
太陽 いいよ。聞かなくってもわかってる。僕の病気のせい、エイズのせいだよね。
真人 それは……
太陽 違うの?
内田 ちょっと待って、二人とも。もう少し考えなきゃいけないんじゃないかな? そんな売り言葉に買い言葉でそんなこと決めたらきっと後悔すると思うよ?
真人 前から考えてたんだ。今、決めたわけじゃない。
太陽 そうだったんだ。それも初めて聞いた。

太陽 じゃ、飲みに行こうか? 三人で。
内田 ……。
太陽 行こう、マサ。もう、隠してることは何もない。
真人 俺はいいよ。
太陽 そう。じゃ、うっちゃん行こう。
内田 でも……
太陽 行くよ!

太陽、出て行こうとすると、充が登場。

充  ごめんなさい。やっぱり謝ろうと思って、するっと入ってこようと思ったんだけど、何だか入りずらい雰囲気だったんで、そこでずっと聞いちゃいました。ごめんなさい。

太陽 話す手間はぶけてよかった。じゃ、みんなにも言ってくれちゃっていいから。僕の病気のことも。マサと別れたってことも。じゃんじゃん言いふらして!
充  そんなこと言うわけないじゃない。
太陽 いいよ。言わないって言って、話されるのいやだから。
充  何言ってんのよぉ!
太陽 聞いてたと思うけど、これから飲みに行くの。一緒に行かない?
充  私は……
太陽 あ、そう。じゃあね。

太陽、出て行ってしまう。

内田 あ……(真人に)じゃ、とりあえず行って来るから、後で連絡する。
真人 うん。

内田、出ていく。

充  大変じゃない。ちょっとあんたどうすんのよ?
真人 さあね。
充  かっこつけてる場合じゃないでしょうよ。
真人 帰ってくれるかな? 一人になりたいんだ。
充  でも……
真人 ……。
充  ……わかったわよ。私、誰にも言わないから、ほんとよ。あ、あんたがここ出てくってことは、すぐにあれだけど、でも、何で出てったとかそういうことは。あ、でも、どうしよう? ねえ、出てくって、いつ? 前から考えてたって、行くあてはあるの? もしかして、新しい相手ができたとか? やっぱりそうだったの?!
真人 (にらむ)
充  はい、わかりました。誰にも言いません。じゃ、帰るわね。ショックだわ。

充が出て行こうとすると、敦子が入ってくる。

敦子 あら、こんばんは。太陽とそこで会ったの。マサくんいるって聞いたから。ごめんなさいね。(充に)初めまして、太陽の母です。
充  どうも……
敦子 あなたたち、晩ご飯まだなんでしょ? あなたもよかったら、一緒にどう?
充  ……。
敦子 じゃーん、今日はそうめんよ。夏はやっぱりね。そうめんって、一人で食べてもおいしくないのよ。具もいろいろ取りそろえてみたから。キッチン借りるわね。すぐできるから。
真人 ……
敦子 あら、どうかした?
充  (真人に)やっぱりだめよ。鍵はかけなきゃ。

暗 転 

3の2 電話相談

 内田と真人が電話で話している。

真人 もしもし……あ、僕だけど。
内田 よかった。電話しよう思ってた。
真人 太陽、そっちいる?
内田 なに帰ったんじゃないの?
真人 連絡ないけど……
内田 僕も、終電で別れてそれっきりなんだけど……
真人 そうなんだ、どこ行ったんだろう?
内田 探してみないの?
真人 まあね…… そのうち帰ってくると思うけど。
内田 そんなんきなこと言ってていいの?
真人 しょうがないよ、帰ってこないんだから。
内田 出てくって話、本気なの?
真人 どうしてなのかな?
内田 それは……
真人 何て言うか……、こわくって。
内田 こわい? こわいって何が?
真人 太陽が。
内田 なんでよ?
真人 わからないよ。ポジティブだって言われて。それで、何だかわからなくなって。ううん、そうじゃない。あのときに、昔死んだ犬の話をして。それでからか……?
内田 何なの、犬って。
真人 こんなに小さい子犬の時からずっと飼ってて、それがさ、フィラリアで死んだんだよ。おれが高校の時。あんまり苦しがるから、クスリ飲ませて楽にしてやろうって。最後はずっと抱いたまま。それから決めたんだ、もう犬は飼わないって。
内田 それと太陽とどういう関係があるの?
真人 だって、あいつ死ぬかもしれない。
内田 何言ってんの? まだ、ポジティブだってわかってだけの話じゃないの。
真人 そうなんだけど……
内田 ねえ、おかしいと思うよ。一緒に住んでて長いんだから、いろいろあるんだろうけど、それだって、パートナーがポジティブだってわかったら、もう少しなんていうか、あたたかく対応っていうか…… わかってると思うんだけど。
真人 ……
内田 カップルの内の一人がポジティブだってパターンはけっこう多いんだよね。だから、その後のフォローがとっても大事なんだけど……
真人 うまくいってないってこと?
内田 まあね。
真人 しょうがないんだよ。
内田 ハッテン場であったことはもういいじゃない、きれいに忘れてさ。
真人 そんなことじゃないんだよ。
内田 太陽が死ぬことが怖いからそばにいたくないってことなの? そんな人でなしなこと言っちゃっていいわけ?
真人 人でなしでもなんでも、しょうがないよ。だって、そうなんだから。俺なんかじゃなくて、もっとちゃんと面倒見てやれる相手がきっといるって。
内田 きっとって……じゃあ、見つかるまでは一緒にいなきゃ……
真人 うっちゃん、どう? 今一人だよね?
内田 そういうことじゃない。太陽を一人にしていいわけなの?
真人 だから……
内田 昔は、そうやって、一人になっちゃう感染者がいっぱいいた。僕が最初にあった人もそうだった。親にも兄弟にも見放されて、家の恥だって。でも、その人は、ボランティアグループのメンバーと楽しく生きてってた。でも、家族はね、葬式にもこなかった。もう、今はそんなんこと、ほとんどない。なんでそれがわからないかな?
真人 わかってはいるんだよ。でも、どうしようもないんだ。

真人 もし、おれも一緒にポジティブだったら、もっと違ったのかもしれないって思うんだけど……。
内田 じゃあ、なってみればいいじゃない。
真人 ……。
内田 だったら、そんなこと言わない方がいいと思うな。
真人 出ていくのは悪いと思ってる。でも、今はそうしないわけにはいかないんだ。わかってもらえないと思うんだけど、うっちゃんには話しておきたくて……
内田 ……。
真人 これから、太陽のことよろしく。
内田 ……わかったよ。
真人 じゃあ。

二人電話を切る。

暗 転 

4、バースデーパーティ

秋。十月。
同じ部屋。
週末の午後。
充と内田がキッチンから出てくる。
それぞれ、飲み物のカップを持っている。

充  これでローストビーフはOKと。
内田 あんな固まりが焼けちゃうなんてすごいね。
充  大きなオーブンあるんだもん、使わなきゃ。宝の持ち腐れ。
内田 マサいないからね。
充  何だかね、きれいなまんま、これっぽっちも使われてないのが、とってもわびしい感じ。ケーキも焼いたし、あとは冷めてからデコレーションするだけ。ちょっと一息ね。太陽、帰ってきたら、一緒にやりましょ。
充  バースデーケーキでしょ?
内田 いいのよ、イベントなんだから。わいわいやるの。

二人、座る。

充  ねえ、何した、プレゼント?
内田 あ……、秘密。
充  いいじゃないよ。どうせあとでわかるんだから。
内田 あとでわかるんだったら、今、教えなくてもいいんじゃないかな?
充  アタシはね、どうしようかといろいろ考えたんだけど、ちょっとすごいわよ。
内田 何なの?
充  エイズの特効薬。
内田 え?
充  なんてのがあればいいんだけど、そういうわけにもいかないからね。でも、これはかなり元気が出るブツよ。
内田 何なの、それ? 法律に触れたりしないよね?
充  たぶんね……
内田 たぶんって何? ホントにダイジョブなの?
充  心配性ね。若い男子を約1名ってかんじかな? 新しい男をプレゼント。先っちょにリボン結んで。
内田 誰なのかな、若い男って。知り合い?
充  さあね?
内田 今日、呼んであるのは、誠さんと、ケンタとか、ノブくんに、ゴッちゃんでしょ? この中にはいないよね?
充  うん。ていうか、みんな若くないでしょ。
内田 そうだよね、この中の誰か太陽がどうにかなるなんて、マサと寄り戻す方がよっぽどかんたん。
充  あ、一応、マサにも声かけといた。

内田 目的がよくわからないんですけど?
充  「下手な鉄砲も数うちゃなんとか」って言うでしょ。それよ。ていうか、だめだった場合の保険ね。私、そういうとこぬかりがないの。
内田 それはまずいでしょ?
充  どうして、あの二人、近頃まれに見る、きれいな別れ方だったと思うわよ。
内田 そうかな、引っ越し、すっごい微妙だったけど。
充  やだ、和気藹々だったじゃない。
内田 そうかな?
充  考えすぎよ、ていうか、考えてもしょうがない。忘れるのよ。過ぎたことは。
内田 太陽、一人で元気にやってるじゃない。新しいバイトも始めたし。感染者のミーティングにも顔出して、新しい友達もできたみたいだし。そこに新しい男をどうこうって、そこまで世話焼かなくてもいいんじゃないかな?
充  いいのよ、遊びなんだから、遊び。会ってみて、はずみでできちゃったら、超ラッキーってかんじじゃない。
内田 何、マジじゃないの?
充  当たり前でしょ、遊びよ。遊び。
内田 なんだ、そうなんだ。
充  でも、ちょっと本気かも。
内田 は?
充  私、太陽がここに一人で住んでるっていうのがすっごい心配なの……。だって、考えてみなさいよ。感染がわかって半年よ。これからどんどん寒くなって。ふっと寂しくなったりするんじゃない? ふっと「死んじゃおかな」なんて思っちゃうかもしれないじゃない。いやなのよ。睡眠薬飲んで、自殺して十日経ってから発見なんての。
内田 やめてよ。
充  とにかく、私は心配なの。だから、何とか、太陽に新しい男を見つけてほしいわけ。
内田 でも、一人になりたいときには、そっとしておいてあげないといけないんじゃないのかな?
充  一人になりたいかどうかなんてわかんないじゃない。ほんとは二人がいいんだけど、しかたなく一人でいるんじゃないの? そういうもんじゃないの?
内田 でも、あんまり世話やきすぎるのも……
充  もうしょうがないのよ、考えるとドキドキしちゃうんだもん。アタシ、まだ実家にいたとき、伯父が死んだの。一人暮らししててね。アタシ、まだ学生だったから、夏休みでうちにいたのよ。午後だったわ。そしたら、電話がかかってきて。伯父が住んでたマンションの大家さんから、伯父が死んでるって。電話の向こうでパトカーのサイレンが鳴ってて。会社の人が十日間ずっと連絡がつかないんで見に来たら、鍵閉まったまんまで中から変なにおいがしたんだって。で、大家さんに連絡して開けてもらったら、もう……。真夏の十日で死んだ人間がどんなになるかわかる? 片づけるの大変だったって。うちの親言ってた。アタシは、こわくて行けなかったの。今でも怖いのよ。いつか誰かが死んだって電話がかかってきたらどうしようって。その電話の向こうで、パトカーのサイレンが鳴ってたらどうしようって。だから、心配なのよ。あんたも。
内田 わかった。気をつけます。
充  死んだらできるだけ早く発見するようにするからね。いい、電話はライフラインよ。まめに連絡をとりあわないとって、私ほんとに思うのよ。

ドアの開く音。
太陽が帰ってくる。

充  いい、今話したこと、太陽には内緒だからね。
内田 ……うん。

太陽が入ってくる。

太陽 ただいま。すごいね。ケーキ、あんなに大きいの焼いたんだ。
充  せっかくだからね、一番大きい型買ってきたのよ。後でみんなで飾り付け。
太陽 OK。
内田 どうだった?
太陽 変化なし。まだ、免疫も下がってないし。新しいクスリの話とか聞いてきた。でも、できるだけ、飲み始めるの先にしたいなと思って。あれ、時間通りに飲まないといけないんでしょ?
内田 まあね。
太陽 そういうの、苦手だから。それに、新しいクスリが出たときに、飲み始めてると、効かなかったりするんでしょ? だったら、まだこのまんま。風邪ひかないように気をつけて、普通に暮らしてればいいと。
充  よかったわね。
太陽 うん。なんか天気悪くなってきたよ、雨降りそう。ちょっと洗濯物とりこんでくる。こっちの支度はそれからね。
内田 手伝おうか?
太陽 いいって。

太陽、上手に退場。

充  あの女も変わったわよね。前は洗濯ものなんて、全部乾燥機に入れておしまいだったのに。
内田 それっていい変化じゃない。

玄関のチャイムの音。

内田 誰だろう?
充  やだ、もう来ちゃったのかしら? 早すぎ。
内田 (呼ぶ)太陽!
充  聞こえないわよ。ベランダ出てるから。いいわ、私行く。

充、玄関へ向かう。
とその途中で入ってきた男(泉 謙吾)にでっくわす。

謙吾 ごめんなさい。鍵開いてたから。
充  あの……
謙吾 太陽は?
内田 (奥をさして)今、洗濯モノ取り込んでるけど……

謙吾、それを聞くとすごい勢いで奥へ走っていく。

内田 あ?
充  何ぼーっとしてんのよ、行くのよ。
内田 だって、知り合いじゃないの?
充  知らない男よ。
内田 え?

二人が奥へ走っていこうとすると、謙吾が太陽をひきずって出てくる。

太陽 痛いよ、放してよ。
充  ちょっと、あんた何してんのよ。

謙吾は、太陽をしめあげている。

充  やめなさいよ! こら!!

二人がかりで、ようやく引き離す。

充  なんなのよ、あんた?
謙吾 (太陽に)逃げようとしただろ?
太陽 そんなことしてないって。
謙吾 いや、逃げた。廊下ですれちがって、俺が振り返ったら、お前もこっち見てて。あっと思ったら、お前はさっさとまた歩き出して……。
太陽 一瞬、そうかと思ったんだけど、やっぱり別人だと思ったんだよ。
謙吾 いや、あの顔は「しまった」って顔だった。
太陽 そんなことないって。だから、今だって、「ひさしぶり」って声かけられて、「あれ、なんでこんなとこにいるんだろう」と思ったけど、「わあ、ひさしぶり!!」って返事したじゃない。
謙吾 芝居だ。
太陽 そんなんじゃないって。
内田 あの、話が全然わかんないんだけど。
充  私も、もう少しわかるように説明してちょうだい。
謙吾 だから、こいつが逃げたんだよ!

謙吾、また太陽にとびかかろうとする。
充が、がっちり押さえる。

謙吾 放せ、このやろう!
充  もう暴れないって約束しなさい。
謙吾 ……。
充  うっちゃん、よろしく。
内田 え?
充  やっちゃって。
内田 ……了解。

内田、謙吾をやっつけにいくかと思いきや、くすぐりはじめる。

謙吾 (笑いながら)やめろ、やめろよ、そこはやめろ、やめて下さい、わかったよ、大人しくするから、やめてくれって。

内田、やめる。

充  ご苦労様。どういうことなの? ていうか、あんた誰?
太陽 僕が昔つきあってた相手。さっき病院で会ったらしい……
謙吾 らしいだってさ。
太陽 何、僕のあとつけてきたの?
謙吾 もう少しでまかれるところだったぜ。
太陽 そんなことしてない。
充  病院で会ったって、ことは、もしかして、あんたも……?

謙吾 そうだよ。はじめまして、俺も、エイズです。誰かさんのせいでね。
太陽 ……!
充  いいかげんなこと言うのよしなさいよ。
謙吾 関係ないのに、クチ出すな。
充  関係なくないわよ。悪いけど、私たちは、太陽のサポーターよ。
太陽 みっちゃん……。
充  あんたの病気が、太陽のせいだっていう証拠でもあるわけ?
謙吾 ああ。
充  ちょっと、何、それ、どういうことよ?
謙吾 こいつと会ってなかったら、俺は、エイズになんかならなかったんだよ。
内田 つき合ってたのっていつ頃のことなの? 最初に会ったのはいつ?
謙吾 え? 高校二年で同じクラスになって……
充  やだ、同級生なの? 信じられない。
謙吾 (にらむ)。
充  あ、ごめんなさい。
内田 ってことは、八年前だよね。で、別れたのはいつ?
太陽 二十歳のとき?
謙吾 ああ。
充  ってことは、太陽は五年前から、ポジティブだったってこと? やだ、そうだったの?
太陽 違うよ。
内田 うん、去年検査受けたときは、なんともなかったって?
太陽 うん。
充  別れてから、時々会ってたりとかしたの?
太陽 しないよ。今日が初めて。
充  (謙吾に)そうなの?
謙吾 ああ。
内田 それじゃあ、あなたのウイルスが太陽から来てるってことは、絶対にありえないと思うんだけど。
充  そうよ、言いがかりよ。
謙吾 でも、こいつと会ってなかったら、俺は、絶対に、エイズになんかなってなかったんだ!
充  何言ってんのよ。

太陽 (謙吾に)あれから、どうしてたの? 結婚するって言ってたけど。
謙吾 ……したよ。
太陽 今も……?
謙吾 ああ。
充  (内田に)なんだ、バイだったんだ。
内田 ……!
太陽 奥さん知ってるの? 病気のこと? 奥さんはダイジョブなの? ねえ?
謙吾 嘘だよ。結婚なんてしてねえよ。できるわけねえじゃん。

内田 ねえ、もしかして、こういうことかな? あなたは、もともとゲイじゃなかった。それが太陽とつき合ってるうちに、どんどん、そっちに行っちゃって、で、そんな自分がいやだったんだけど、どうにもならなくなって。太陽と別れてみたんだけど、ずるずると男とつきあってるうちに感染してしまったと。
謙吾 ……。
充  なるほどね。あり得るわ。(太陽に)あんた、罪なことしたわねえ。
太陽 ……。
充  あ、ごめんなさい。(謙吾に)人のせいにするのよしなさい。やっぱり、言いがかりじゃない。ていうか、八つ当たりよ。ていうか……他に何かいい言葉ないかな?
内田 逆恨み?
充  ああ、それそれ。太陽のせいなんかじゃないじゃない。謝りなさいよ。
謙吾 なんだと?
太陽 みっちゃん。もう、いいよ。ちょっと、二人とも買い物に行ってきてくれるかな? ビール、買ってこようと思って、忘れちゃった。
充  でも、あんた一人でだいじょぶ?
太陽 だいじょうぶ。
充  ……わかったわよ。(内田に)じゃ、行くわよ。
内田 (太陽に)何かあったら、携帯に。
太陽 ありがとう。

二人、出ていく。

太陽 お茶入れようか? 何がいい? コーヒーだめなんだよね?
謙吾 ほっとけよ。
太陽 ……ごめんね。
謙吾 何で謝るんだよ?
太陽 うん。やっぱり、ちょっと責任感じてるし。
謙吾 お前のせいじゃないよ。
太陽 ……でも。
謙吾 俺、お前と別れて少し経ってから、検査受けたんだよ。そのときはなんともなかった。それで油断したんだよな。きっと。
太陽 ……。
謙吾 知ってたんだよ。お前のせいじゃないって。でも、どうしていいかわからなくて。今まで誰にも怒れなくってさ。誰かを「お前のせいだ!」って怒鳴って、ぼこぼこにしてやりたいんだけど、そんなやついなくってさ。さっき、お前、何だかすっごい元気そうで。なんだか、むちゃくちゃ腹立ってきて。

太陽 いつ、わかったの?
謙吾 去年の暮れ。風邪が全然治らなくて、どんどん苦しくなって。で、医者行ったら、そうだって。お前は?
太陽 今年の6月。
謙吾 そうか。

太陽 今頃はどこかでお父さんになってるんだと思ってた。こんなふうに会うなんてびっくり。
謙吾 いつか、会うんじゃないかってずっと思ってたら、あんなところで会うんだもんな。
太陽 うん。

太陽 なんで、あのとき、結婚するなんて嘘?
謙吾 そうでも言わなきゃ、お前と別れられないと思ったし。俺、なんとか普通になりたいと思ったし。
太陽 それから、女の子とつき合ったんだ?
謙吾 まあね。うまく行くと思ったんだけどな……。ダメだったわ。

謙吾、ソファに寝っ転がる。

謙吾 いろんな女とつき合った。結構、やりまくった。意地になって。ナンパもしたし、風俗にも行った。でも、やっぱりダメだったんだよ。やればやるほどさ。そのうちに、こんな病気にかかっちまうし。素直に認めときゃよかったよ。お前みたいに。
太陽 今はどうしてるの?
謙吾 どうって?
太陽 誰かいるの?
謙吾 いや、一人身ってやつ。
太陽 そう。僕も。こないだ別れたとこ。
謙吾 でも、すっげえにぎやかじゃん。
太陽 あ、今日、僕の誕生日だから。みんなでわいわいやってくれてるだけ。
謙吾 (思い出す)あ、そうか。

玄関のチャイム。

太陽 やだな、もう帰ってきた?

敦子が入ってくる。よそいきの服装。

敦子 こんちは。
太陽 何よ。
敦子 何よじゃないでしょ、あんた誕生日じゃない。
太陽 呼んでないんですけど。
敦子 だから、プレゼントはなしね。食べるもんだけ、適当に買ってきたから、あとは好きにしなさい。
太陽 そういうのもいいって、言ってるじゃん。食べきれないって、一人なんだから。
敦子 あんた何にもしないんだから、マサくん見習って少しは料理しなさい。
太陽 もういいから、帰ってよ。ていうか、何なの、その格好?
敦子 今日ね、高校の同窓会なのよ。いつもみたいに担任として呼ばれてるんじゃなくて、ほんもののね。なんだか、ドキドキしちゃってね。だって、最後に会ったの二十歳とかそんなよ。だからもう……
太陽 三十年以上ぶり?
敦子 うるさい。みんなおじさんやおばさんになってるんだろうなと思ってさ。でも、少しでも若いとこ見せたいじゃない。で、どうかなと思って。ね、どう?
太陽 どうって何よ?
敦子 ほめて!
太陽 は?
敦子 ほめてよ。景気づけに。なんなら、ここで軽くいっぱいやってってもいいくらいな気分なのよ。
太陽 はいはい、きれいな服だね。
敦子 何よ?
太陽 化粧もきっちり分厚いし。ストッキングの伝線……もないし。いいんじゃないの?
敦子 ほんとに? あ、そうだ、ちょっとこっちいらっしゃい。

太陽と並んで立つ。

太陽 何?
敦子 ねえ、どうかしら?
謙吾 俺?
敦子 親子に見える?
謙吾 それはまあ……
敦子 ああ……やっぱり、そう。そうなんだ。
太陽 親子なんだから、当たり前じゃない。
敦子 でもね……。姉と弟みたいに見えないかなって。
太陽 それは絶対無理だって。
謙吾 うん。
敦子 あら……? ねえ、私、あなたに会うの初めてじゃないわよね。
謙吾 ……ええ、まあ。
敦子 ……(太陽に)誰だっけ?
太陽 謙ちゃん。
敦子 え、同級生の?
太陽 うん。
謙吾 お久しぶりです。


謙吾、帽子をかぶりなおす。

敦子 ……やだ、すっかり……大人になって。
謙吾 ……。
敦子 何、あんたたち、まだつきあいあったんだ。あんた、そういうことなの?
太陽 落ち着いてよ。さっき、ばったり会ったの、僕も会うのすっごい久し振りなんだから。
敦子 あ、そう。(謙吾に)お父さん、お母さん、お元気?
謙吾 ええ。
敦子 今もあっちに?
謙吾 僕はこっちで一人ぐらししてます。
敦子 あ、そう。よろしくお伝えくださいね。すっかり、ごぶさたしちゃって。
謙吾 はい。
太陽 時間、いいの?
敦子 あ、そうそう。じゃあ、行くわね。(謙吾に)どうも。
謙吾 どうも。

敦子、太陽を呼んで。

敦子 もしかして、またつきあいはじめたの? マサくんのかわりに。
太陽 そんなんじゃないって。
敦子 マサくん、要町に引っ越したんだってね。知ってる?
太陽 知ってるよ。やめてよね、連絡とったりするの。
敦子 してないわよ。そんなには。でもさ、何であんたたち別れたの? それがどうもよくわかんないのよね。
太陽 いろいろあるんだよ。じゃあね。
敦子 私は、反対よ、あの人より、マサくんの方が絶対にいい。
太陽 やめてよ!!
敦子 じゃ。帰りにまた寄るから。遅くなるけどね。
太陽 はいはい。

敦子、退場。

謙吾 人のこと言えるかよ。自分だって、あんなに太ったくせに。
太陽 ありがとね、黙っててくれて。それ言われると、逆上するから。
謙吾 なんだか、悪いな。せっかくの誕生日なのに。
太陽 いいって。そうだ、もし、よかったら、ずっといれば。もうそろそろみんな来るし。
謙吾 みんなって、みんな知ってるのか、お前の病気のこと。
太陽 いろいろ。そんなみんなには話せない。謙ちゃんは?
謙吾 俺、話す相手なんていないし。
太陽 仕事は? 今、何してんの?
謙吾 ……?
太陽 僕はね、いいかげんなバイト。ノンケの出会い系サイトに女の振りして書き込みする仕事。ネカマってやつ。結構、お金になるし、さばさばしてる職場だから、職場では誰にも話してない。謙ちゃんは? まだ、地下鉄工事?
謙吾 まあね。
太陽 そうなんだ。大江戸線とか乗るとき、あ、このへん掘ってたなあっていつも思い出してたんだ。
謙吾 俺が掘ったわけじゃないから。現場には時々行ったけど。やめた。病気のこと同僚に話したら、上司に伝わっちゃってさ。解雇。
太陽 そんなことできるの?
謙吾 できない。だから、訴えてやるって、言ってやったら、すぐ取り下げて。ま、俺も言ってみただけだったんだけど。そんなおおっぴらにはできないしさ。そしたら、異動させられて、すっごいヒマな部署に異動。完全な窓際。定年間近のおやじと一緒に朝から晩までぼーっとしてて。だから、やめてやった。
太陽 じゃ、今は?
謙吾 俺もフリーター、知り合いの土建屋から仕事もらって、図面引いたり、現場監督とか細々と。病院行くのに、平日結構休まないといけないしさ。
太陽 そうなんだ。
謙吾 そうだよ。ま、今は適当にやってるけどな。

玄関のチャイム

太陽 今度こそ帰ってきた。あ、もうだいじょぶだから、ひどいこと言わないから、ゆっくりしてって。
謙吾 でも……
太陽 いいから……

とやりとりしていると、やってきたのは真人である。

真人 ごめん、誰もいないのかと思って。鍵開いてたから。
太陽 久し振り。
真人 (ビデオを一本手にしている)これ、「大奥」のビデオ。間違って持ってっちゃって。
太陽 いいのに。
真人 まだ見てないんだろ? 最後に総集編も入れておいたから。
太陽 ありがと。
真人 あ、誕生日。
太陽 うん。
真人 みっちゃんに来ないって誘われて。元々、どうしようかなと思ってたんだけど、なかなかあれで。どうせなら、こういう日に会っちゃいなさいよって、みっちゃんが。
太陽 みっちゃんが?
真人 一度は断ったんだけど。やっぱり、久し振りに会いたいなと。
太陽 ……
謙吾 あ、ちょっとトイレ……
太陽 玄関の左側。
謙吾 ああ。

謙吾、退場。

真人 誰?
太陽 昔の知り合い。
真人 そう。
太陽 つき合ってた相手。
真人 え? そうなんだ。あ、今日、みんな集まるんだって? みっちゃんに聞いた。
太陽 まあね。
真人 みっちゃんは?
太陽 うっちゃんと買い物に行ってもらった。
真人 そうか。元気なの?
太陽 みっちゃん?
真人 そうじゃなくて……
太陽 僕?
真人 ずっと心配だった。
太陽 電話すれば聞けるのに。
真人 あんな出ていき方して、電話はよくないと思った。
太陽 二丁目でも会わないね。もう、発散しなくてもよくなった?
真人 忙しくてさ。よく出てんの?
太陽 みっちゃんが、新しい男見つけるのよって、無理矢理。そのくせ、あんた悪いこと言わないから、マサとより戻しなさいなんて。
真人 あ、それ、俺も言われた。
太陽 ひどいよね。
真人 で、どうなの? 今は?
太陽 あ……、まだ一人だけど……。どうなるか、わかんない。

謙吾が顔を出して、入りずらそうにしている。
真人、気がついて。

真人 そうか。じゃ、がんばれ!
太陽 マサも!
真人 じゃ。(謙吾に)おじゃましました。

真人、退場。

太陽 ごめん。落ち着かないね。外に行こうか?
謙吾 誰?
太陽 こないだまでつき合ってた相手。ここに住んでたの。
謙吾 トイレの写真。
太陽 ああ、あれ。捨てようかと思ったんだけど、まあ、トイレだし、いいかなって。僕のうつりがすっごいいいから。
謙吾 何年一緒? 
太陽 三年にちょい欠け。
謙吾 俺、何してたんだろうな。よくわかんないや。この頃、よく一人で歩いてるんだよな。気がつくと、ずっと一人で。なんていうか、このまんまいなくなっちまいたいみたいな。子供の頃さ、よく迷子になりたいと思って、わざとどこまでも歩いてたことあった。今も同じことしてるんだ。迷子になりたい、いなくなりたい。ほんとにそう思うよ。おれ、どこにいればいいのかわからなくて……。いいな、お前は一人じゃないから。

謙吾、突然、泣き出す。

謙吾 畜生、なんでこんなににぎやかなんだよ!
太陽 ああ、ごめんね。ゆっくり話せなくて。
謙吾 そういうことじゃないんだ。
太陽 ごめんね。もう、だいじょぶだから、ね。

太陽、謙吾を抱くと、謙吾はしがみついてくる。

太陽 うわ! なんでこうなるの?
謙吾 俺なんか、俺なんか、一人だよ。畜生、一人だよ。
太陽 僕だって、そうだけど。
謙吾 違う、全然違う。
太陽 感染してる人たちのミーティングとか顔出してみたら。こないだ初めて行ったんだけど、すっごいよかったよ。ああ、一人じゃないんだって思えたよ、ほんとに。ほんとだって。

玄関のチャイム。謙吾は太陽にくっついたまま。

太陽 あ、今度こそ、帰ってきた。(大声で)開いてるよ。(謙吾に)だから、もう泣かないの。

謙吾、ようやく落ちつく。
と、入ってきたのは、望月裕二。熊の着ぐるみを着ている。

裕二 おじゃまします。
太陽 何、何で来てるの? もしかして尾行第二号?
裕二 そうじゃなくて、みっちゃんに誘われて。ちょっと早かったかな?
太陽 どういうこと?
謙吾 ……?

みっちゃんとうっちゃんが入ってくる。息が荒い。

充  「待って」って言ったのに、聞こえなかった?
裕二 ええ。どうも、こんにちは。
充  下で見かけたから、やばいと思って、声かけたのに。
内田 エレベーターのドア閉まっちゃって。
充  駆け上がってきたわよ。5階まで。荷物抱えて。
内田 おしかったね。
太陽 みっちゃん、どういうことなの?!
充  プレゼントよ。新しい出会い。うっちゃんに紹介されてね、新しくボランティアスタッフになった人なんだって。望月裕二くん! ちょうどいいわ、あんたにぴったり。これはびっくりさせてあげましょうと思ってたら、何よ、あんたたち一度会ってるっていうじゃないの? それなら話はもっと簡単、運命の女神がニコニコほほえんでるってかんじよね。だから、再会をよろこびなさい。
裕二 やあ!
太陽 ちょっとやめてよ。
謙吾 俺、じゃあ、帰るわ。
太陽 あ、ちょっと待って、ゆっくりしてってよ。
謙吾 いいって、邪魔みたいだから。悪かった。それじゃ。

謙吾、出ていく。

太陽 謙ちゃん……!
充  まだいたのね、あの男。いいからほっときなさいよ。
太陽 そういうわけにはいかないって。
内田 ちょっと見てこようか?
充  いいわよ。帰るって言ってるんだから、帰ってもらえばいいじゃない。
太陽 もういいかげんにしてよ! 世話焼くのやめてくれるかな?
充  何言ってんの? 今日はあんたの誕生日、イベントでしょ、イベント。
太陽 さっき、マサが来たよ、それもイベント?
充  あら、そうなの。やっぱり。だったら初めから来るって言えば……
太陽 ほっといてよ、僕とマサのことは。
充  ほっといたら、何も変わらないじゃないよ。
太陽 いいんだよ、それでも。変わるときにはきっと変わるんだから。
内田 そうだよね。
充  私は、心配なのよ。あんたが一人でいるっていうのが。
太陽 そんなに心配なら、うっちゃんのこと面倒見てあげなよ。
充  この人は、専門外なのよ。
内田 何それ?
太陽 とにかく、僕は今、一人でいたいの。一人でいること楽しんでるの。恋人はいらない。もうずっと一人でいいってわかった。そうだよね。エッチもいいよ。一人でやればいいし。だから、いろいろ気を遣ってくれなくてもだいじょぶ。僕のこと心配してくれるのはありがたい、でも、僕ばっかり大事にされて、僕のまわりのみんなが悲しい目に会ってるのは、なんだか納得がいかない。わかってるんだよ、僕のせいなんだって、でも、だから余計に、こんなに楽しく毎日生きててていいのかわからない。
充  いいに決まってるでしょ。それじゃ、何、エイズになったからって、毎日、どんより沈んで暮らしてかなきゃいけないの? そんなことないわよ。あんた贅沢よ。私たちが少しでも病気のこと忘れさせてあげようと思って、楽しくしてるのに。
太陽 僕は、病気のこと忘れるわけにはいかない。ただでさえ、自分のことじゃないみたいなんだもん。だから、これ以上、気をつかってくれなくていい。僕は、一人でいいんだよ。
充  あんたね、今はまだいいけど、これからどんどん大変になってくのよ。今のうちに楽しんでおかなくてどうすんのよ。今のうちに、これからのこと考えておかなくてどうすんのよ。わかってるでしょ?
太陽 わかってるよ。元気なうちにってことでしょ。でも、これからのことなんて考えられない。今のことだって、どうしていいかわからないのに。
充  だから……
太陽 もういいから帰ってよ、みんな。
充  帰れないわよ。ケーキだって、ローストビーフだってあるんだから。
太陽 持ってっていいよ。犬に食わせろ!
充  持ってけないわよ、あんなもの!
太陽 じゃあ、いいよ。僕が行くから。あとはよろしく。
充  何言ってんのよ。もう! わかったわよ。じゃ、撤収よ。ほんとにわがままなんだから。行きましょう。

充、出ていく。
内田、太陽に包みを渡す。

内田 ハッピーバースデー。じゃあね。

内田、出ていく。
裕二が残る。

太陽 そういうことだから。
裕二 誕生日おめでとう。
太陽 ありがと。じゃあね。

裕二、出ていく。
太陽、携帯で電話をする。

太陽 (留守電に)今日のパーティね、中止になったから。帰りに寄っても、誰もいないから。だから、来ないように。もし来たら……死ぬから。じゃあね。

太陽、内田がくれた包みを開けてみる。出てくるコンドーム。テーブルの上に放り投げる。

暗 転 

<<<その1<<<

>>>その3>>>