「PRESENT」
関根信一

●その3●

<<<その2<<<

5、エレベーター

一二月二四日。今日は、水曜日。
人気のない、どこかの雑居ビルのエレベーター前。
太陽がやってくる。
すぐ後から、裕二。
太陽、ボタンを押して、乗り込み、ドアを閉めようとする。
裕二が慌ててボタンを押してドアを開け、エレベーターに乗り込む。

裕二 セーフ!
太陽 何なのかな?
裕二 え?
太陽 今日も一日ずっと後つけてきて。もうやめてほしい。ストーカー。
裕二 そんなんじゃない。
太陽 じゃあ、何でこんなところまで?
裕二 あ……どこ行くのかなと思って。すっごい興味あって。
太陽 そういうのストーカーって言うんじゃないの?
裕二 ねえ、ここどこ?
太陽 知らない。
裕二 え? じゃ、何階まで?
太陽 とりあえず、屋上かな?

太陽、「R」のボタンを押す。動き出すエレベーター。

裕二 よくやってるの、こういうこと?
太陽 結構、おもしろいんだよ。こういう何だか訳のわからないビルの屋上に上ってみるのって。ここは初めてだけど。
裕二 そのためだけにわざわざ?
太陽 違う。行き当たりばったり。電車に乗って、わざと行ったことのないところに行って、降りたことのない駅で降りて、よくわかんない商店街を抜けて、知らないビルに上ってみんの。
裕二 それ、ストーカーより変じゃない?
太陽 そんなことないって。今日はクリスマスだし、きっときれいだよ。もうじき暗くなるから、あちこちでイルミネーションがキラキラしてるはず。

と、ガタンと音がして、エレベーターが止まる。ドアは開かない。

太陽 あれ?
裕二 止まってるよね? このエレベーター。錯覚じゃないよね?
太陽 うん。

しーんとしている。

太陽 どうしちゃったんだろう? 停電とかじゃないよね?
裕二 だったら、電気消えちゃうんじゃない?

裕二、ボタンをいろいろ押してみる。

裕二 そのうち動くよ。
太陽 ならいいんだけど……

太陽 動かないじゃん!
裕二 もう少し待ちなって。
太陽 やだな、こういうのって。苦手なんだよね、こういう空間。息苦しいっていうか。
裕二 酸欠? そんなことないと思うけど。
太陽 (ボタンを見て)「非常の際に押してください。係の者に連絡します」。押すね。
裕二 え?
太陽 だって、非常の際でしょ、今。間違いなく。
裕二 ああ、じゃあ、どうぞ。

太陽、非常ボタンを押す。
反応なし。

太陽 これって、こういうもんなのかな? ノーリアクションなわけ?
裕二 連絡が行ってるんじゃないの?
太陽 管理人? そんなのいなかった。
裕二 じゃあ、管理会社。
太陽 やだな、早く動かないかな。おーい!! 
裕二 呼んでも無駄だと思うよ。
太陽 ねえ、何で落ち着いてるわけ?
裕二 だって、あわててもしょうがないし。ま、ゆっくり待とうよ。
太陽 そっちのせいだからね。いつまでもしつこくついてくるから。
裕二 ごめん。

裕二 寒くない?
太陽 だいじょぶ。

裕二、太陽に近づく。

太陽 なんで、こっち来るわけ?
裕二 困ってるときって、身を寄せ合うものかなと思って。
太陽 いいから、そっちいて。
裕二 うん。

裕二 今日の予定は? みんなで集まったりとかしないの?
太陽 今日はなし。みっちゃんからメールもらったけど、来ないでって。誠さん仕事なんでヒマしてるっていうのバレバレだから。
裕二 この頃、あんまり会ってないんだって?
太陽 そんなことないよ。
裕二 先週の感染者の飲み会にも顔出さなかったって、うっちゃんが。
太陽 あの日、バイトが入っちゃってさ。
裕二 映画見てたくせに。
太陽 ……?
裕二 「キル・ビル」。
太陽 何、あの日もつけてたの?
裕二 僕もルーシー・リュー好きだから、ラッキーと思って。
太陽 ストーカー!
裕二 でも、途中で出てったよね。まあ、あんなに生首飛んだり、血しぶきすごいとは思わなかったから、僕もほっとした。でも、なんで、すぐに「陰陽師
」に入るわけ?
太陽 好きなの、野村萬斎。
裕二 じゃあ、すぐに席立ったのはどうして? 全然、手つけてないポップコーン、ゴミ箱に放り込んで、外に出て。ほんとにもったいないことするよね。
太陽 中井貴一がいまいちだったんだもん。
裕二 最後まで見て文句言えばいいのに。
太陽 別に、ついてきてほしいなんて頼んでないんだけど。
裕二 その後、ずっと歩いてた。飲み会の会場に行くのかなと思ったら、そうじゃなくて、全然反対の方に。地下鉄乗って帰るのかなと思ったら、そうじゃなくて、二丁目に向かって歩き出した。あ、飲みに行くんだなと思ったら、二丁目通り過ぎて、四谷三丁目まで出て、右に曲がって……
太陽 ずっとついてきたんだ?
裕二 ええ。六本木ヒルズまで。言わせてもらうけど、ちょっとおかしいと思うよ。歩きすぎ。こないだだって、上野で「大英博物館展」見た後、新宿まで。普通歩かないでしょ、三時間も? はじめはおもしろがってたんだけど、だんだん心配になってさ……。ねえ、何かあったの?
太陽 別に……。そんなことより、何で動かないわけ? こいつは!!
裕二 そのうち動くって、助けも来るって。
太陽 何で、そんなのんきでいられるのかな?
裕二 なんていうか、一人じゃないから?
太陽 ……。
裕二 遅いね、ほんとに。
太陽 おーい! おーい!
裕二 呼んでも無駄だよ。
太陽 おーい、おーい!
裕二 あんまり叫んで体力消耗しない方がいいよ。長くなるかもしれないから。あ、チョコレートあるんだけど、食べる?
太陽 いらない。

太陽、座り込む。

太陽 今日、途中から、気がついてたんだよ。だから、どこまでついてくるかなって。バチがあたった。
裕二 そんなことないって。僕、楽しいよ。
太陽 ……。
裕二 ごめん。
太陽 なんで僕の後つけてくるわけ?
裕二 心配だから。
太陽 いいよ、心配してくれなくて。
裕二 じゃあ、好きだから。
太陽 いいよ、好きになってくれなくて。
裕二 つきあってほしい。わ、言っちゃった。
太陽 どうしてこういうシチュエーションでそういうこと言えるわけ?
裕二 なんていうか、タイミング。どうかな?
太陽 いやだ。
裕二 そこをなんとか。
太陽 バカじゃないの。
裕二 他に誰かいるの?
太陽 いないよ。
裕二 じゃあ……
太陽 悪いけど、今、誰ともつきあいたい気分じゃないんだ。
裕二 病気のせい?
太陽 そんなんじゃないって。あるでしょ、そういうときって。
裕二 そうかな? 何だか、自分で決めつけてる気がするんだけど。
太陽 決めつけてるって何よ?
裕二 僕はhivだから、もう誰ともつきあえないんだって。
太陽 そんなこと思ってないよ。
裕二 でも、この頃ずっと一人じゃない。誰とも会わないし。
太陽 そんなことない。
裕二 バイトもやめたね。
太陽 今、新しいの探してるところだって。
裕二 よくないよ。
太陽 決めつけないでくれるかな?
裕二 一人がいやなら、いやだって言えばいいのに。マサさんに連絡取りたいならとればいいのに。
太陽 やめてよ。
裕二 ま、いいけどさ。

太陽 余計なお世話かもしれないけど……ハッテン場行くのやめた方がいいと思う。
太陽 ……。
裕二 あ、別に、ポジティブだからハッテン場行っちゃいけないなんていうつもりはなくて……、だって、セイフセックスすればいいわけだから。でも……
太陽 ついてきてたんだ。中までずっと?
裕二 どうしようかと思ったんだけど、それはやめて、外で待ってた。
太陽 僕、ハッテン場で感染したんだと思うんだよね。何人か心当たりがあって、その人たちに会えないかなと思ってさ。だって、もし気がついてないなら、教えてあげたいじゃない。まだ、セイフセックスしてないんだったら、よくないよって言ってあげたいじゃない。そう思ってさ。中に入っても何もしない。手を出されてもうまく逃げて。何もしないで出てきてる。
裕二 そうだったんだ。そうだよね。
太陽 でも、ちょっと嘘かも。
裕二 ……。
太陽 初めはそうだったんだけどさ。なんだかこの頃よくわかんない。その人たちに会いたいのかどうか。ポジティブだってわかってから、決めたんだよね、ハッテン場になんか二度と行かないって。でもさ、なんだか行っちゃうんだよね。ふらふらっと。一日中歩いてるついでみたいに。よくわかんないや。
裕二 会えたの、探してた人には?
太陽 ううん。普通行かないよね。感染してることがわかったらさ。
裕二 そうでもないじゃない、だって、行ってるわけだし。
太陽 何もしないで見てるとさ、それもなんだかすっごい変なんだけど、結構、コンドーム使ってない人いてさ。もちろん、ほとんどの人は使ってるんだよ。でも、まだ、いるんだなあと思って。バカじゃんとか思って。置いてあったコンドームつかんで、投げてやったら、投げ返された。腹立ったから、そこにあったの全部そいつらに投げて、出てきた。何やってんだろう。畜生、いいかげんに動けよ! おーい、おーい!! おーい!!

返事はない。
太陽、座り込む。

裕二 ねえ、そっち行っていい?
太陽 なんで?
裕二 寒くなった。
太陽 ……来れば。

裕二、太陽のとなりに腰を下ろす。

裕二 こないだ「人食いエレベーター」って映画見たんだよね。エレベーターに乗ってると突然、底がバカッって開いて、人が下に落ちちゃうの。それがね、もう理由がないの。理由なく、皆殺しってかんじ?
太陽 ……。
裕二 あ、「ファインディング・ニモ」は、すっごいよかったよ。室井滋が吹き替えやってて……
太陽 みっちゃんが言ってた。一人暮らしで死んじゃったらどうすんのって? なんだか、今、すっごいわかった気がする。
裕二 それ違うよ。一人じゃないから。とりあえず。
太陽 ……。
裕二 だいじょぶだって。
太陽 だって、さっきから何分も経つのに、連絡ないってどうよ。(パネルを指して)これ電話でしょ?
裕二 でも、明日の朝になれば、きっと誰かが来るし。
太陽 いやだよ、朝までこんなとこにいるの。
裕二 しょうがないって、もうこうなったら持久戦。体力消耗しないように。大人しく待つ。

太陽、立ち上がって歩き回る。

裕二 あの……?
太陽 何?
裕二 こんな状況であれなんだけど、これ。

裕二、バッグから包みを出す。

太陽 何よ?
裕二 メリー・クリスマス!
太陽 いらないよ。
裕二 ま、そう言わずに。
太陽 じゃ、もらっとくけど。

太陽、包みをあけると、熊のぬいぐるみが出てくる。

太陽 何これ、変な顔。
裕二 これ、タイでエイズに感染した人たちがつくってるんだよね。少しでも薬代になるようにって売ってるやつ。別に、わざわざ買ってきたんじゃなくて、何ていうか、自分でほしいなと思って。「自分にご褒美」みたいな。
太陽 じゃあ、自分で持ってなよ。
裕二 いいよ、あげちゃう。なんだか、あげたくなった。
太陽 そう。じゃ、もらっとく。僕、何もあげるものないよ。何だか悪いな。
裕二 そんな、こうしてふたりきりでいられるだけで感謝ってかんじ。神様ありがとう!
太陽 ……。
裕二 深い意味はありません。

裕二 神様がね。
太陽 え?
裕二 昔話。ある冬の日、神様がお腹を空かして困ってたら、動物たちがやってきて、食べ物や飲み物をくれたんだって。でも、兎は何も持ってないから、たき火の中に飛び込んで、どうぞ私を食べてくださいって。
太陽 何、僕に兎になれと? どうぞ食べてくださいって。やっぱりバカ?
裕二 そういうんじゃなくて、でも、もう少し近くにいてくれてもいいんじゃないかと思って。
太陽 ……わかったよ。

太陽、裕二の近くにいく。

太陽 なんで兎はそんなことしたんだろうね?
裕二 何も持ってなかったから。
太陽 そうじゃなくて……
裕二 神様に惚れてたとか。
太陽 それはあるかもね。
裕二 やった!
太陽 違うよ、きっと、寒かったんだよ。寒くてしかたなかったから、火の中にとびこんだんだよ、きっと。
裕二 そうかな?
太陽 そうだよ。そうに決まってる。

太陽、裕二に寄り添っている。

裕二 寒いですか?
太陽 寒いね。
裕二 ……。
太陽 ちょっとお願いがあるんだけど。
裕二 何でしょう?
太陽 ちょっと胸を貸してほしいんだけど。
裕二 は?
太陽 別にそれから、どうこうっていうんじゃなくて、ちょっとね、貸してほしい。
裕二 どうして?
太陽 寒くて。ていうか、ちょっと泣きたい気分になった。
裕二 え?
太陽 ずっと泣かないって決めてたんだけど、今、泣いてみるのもいいような気がしてきた。もうどうしようもないし、泣いちゃおうかなってかんじ。ショックで泣いちゃいそうなときあったんだけど、何だか泣けなくて。そのうちにマサにも謙ちゃんにも泣かれて。タイミング外したっていうか……。そんなことできる相手誰もいなくて。
裕二 じゃあ、どうぞ。こんなんでよかったら。俺の胸で泣け!
太陽 ……やっぱりやめる。みっともない。
裕二 そんな二人しかいないし。
太陽 カメラとかないよね。
裕二 ないない。
太陽 大声でワンワン泣くかもしれないよ。
裕二 だいじょぶ。
太陽 むちゃくちゃになって、殴ったりするかもしれないよ。
裕二 だいじょぶ、クリスマスだと思って我慢する。
太陽 そう、じゃあ……。お借りします。
裕二 どうぞ。

太陽、裕二の胸に顔を埋める。
そして黙っている。

裕二 ……?

太陽は動かない。
裕二、とまどいながら、太陽のカラダをそっと抱く。
長い間
太陽、裕二から離れて、背を向けている。

太陽 ありがとう。
裕二 もういいの?
太陽 いいよ。感謝。
裕二 また必要になったら言って。
太陽 うん。
裕二 持久戦だからね。
太陽 うん。

エレベーターが動き出す。

太陽 あ、動いてる。
裕二 ほんとだ。
太陽 やった、ラッキー! 助かった。何だ、怠けてたってこと?
裕二 今、動かなくてもいいじゃん。

エレベーターが止まる。
扉が開く。

太陽 屋上だ。
裕二 このまんま降りよう。
太陽 ちょっと出てみよう。せっかくだから。
裕二 あのね……

太陽、外に出ていってしまう。
後を追う、裕二。

太陽 見てみて、すごいよ。さすがにクリスマスだね。
裕二 あっちが新宿だ。
太陽 きらきらしてるね。

二人、黙って、景色を見ている。
見事な夜景と星空。
長い間

太陽 じゃあ、帰ろう。
裕二 どこに?
太陽 決まってるじゃない。うちに。行くよ。

太陽、歩き出す。

裕二 なんでそっち?
太陽 決まってるじゃん。エレベーターは危ないから、階段。

太陽、退場する。

裕二 そんな……あぶないって……。

裕二、太陽の後を追って、退場。

暗 転 

6、「告知」について

太陽の部屋。同じ日の夜。
充と敦子。くつろいでいる。

敦子 あら、ブリーダーなの? 犬種は何? チワワとか?
充  トイ・プードルなんです。初めは趣味で飼ってたんですけど、そのうちにこれって仕事になるかもと思ってはじめたら、これがブームに乗っちゃって。
敦子 そういえばこの頃よく見かけるわね。プードル。
充  まあ、最近はチワワに押されてるかんじなんだけど、それでもなかなか、専門の雑誌とかあって。
敦子 じゃあ、おうちにはいっぱいいるの? プードルが?
充  ええ。
敦子 大変ねえ。
充  でも、それほどじゃ。プードルってほんとに鳴かないんですよ。それに毛も抜けないし。だから、思ってたほど大変じゃなくて。今は、子犬がみんな引き取られてったところで親犬しかいないんですけど、生まれたばかりの頃は、そりゃ、にぎやかで。ほんとにぬいぐるみみたいで。
敦子 いいわねえ。私も一匹分けてもらおうかしら?
充  よろこんで! ちょうど今一匹いるんですよ。今年生まれた子が?
敦子 あら、みんないなくなったんじゃないの?
充  それが、出戻ってきて。半年でどんどん大きくなっちゃって。ほんとうならそんなに大きくならないはずなんだけど、どういうわけだか。で、規格外ってことで、戻ってきちゃって。あ、でも、ちょっと大きいだけで、他は何ともないんですよ。ほんとに。
敦子 まあ、かわいそう。犬に罪はないのにね。
充  でも、ほんとにかわいいんですよ。子供っていいなって思いますもん。
敦子 そうよね。私、塾の教師してるのね。小学生の中学受験見てるんだけど。やっぱり、小学生くらいまでね、かわいいなって思えるのは。中学、高校っていくとね、どんどん大人になっちゃって。ま、もちろん別の可愛さがあるんだけど。同じくらいにくらしいところも出てくるからね。
充  何、教えてるんですか?
敦子 国語と英語。結婚する前はね、中学校の国語の教師やってたんだけど教えてたんだけどね。今はまあ、何でも。近所の小さな塾だもの。親御さんともみんな知り合いみたいなかんじでね。
充  今日はお休みなんですか?
敦子 受験生に休みはないっていうんだけど、クリスマスくらい休みなさいって、私は思うのよ。なーんて、私が休みたかっただけだったりして……。

内田がお茶を持って登場。

内田 どうぞ。
敦子 ありがとう。(お茶を見て)あら、何これ?
内田 ニガウリ茶。持ってらしたって太陽が……
敦子 あ、そうだったわね。やだ、まだあるの?
充  このうちじゃ誰も飲まないんだけど、この人が妙に気に入っちゃったらしくて。
内田 まあ……
敦子 あら、そう。(飲んで)カラダにはいいって味ね。
内田 これ飲み始めてから、すっごい調子がよくって。
敦子 ほんとに? じゃあ、私ももう一度チャレンジしてみようかしら? それにしても、太陽、どこ行っちゃってるのかしら? ねえ、みんなこうして集まってるのに。
充  今日、私たちが来てることは知らないんです。どうしてるかなと思って来てみたら、お母さんいらしたんで……
敦子 やめて、お母さんなんて言うの。もう母親も卒業よ、この年になると。だからね、もう名前で呼んでもらおうと思って、太陽たちには。
充  敦子さん?
敦子 あ、知っててくれた?
充  ええ、お話はいろいろ……
敦子 そうよね、お母さんって呼ばないで頂戴って言ってから、私たち、ちゃんと話ができるようになったんじゃないかと思うのよ。上の息子はね、結婚して子供がいるんだけど。生まれたとたんに、おばあちゃんよ。ひどくない?
内田 そうですね。
充  そんなふうには全然見えないです。
敦子 孫がいるときには、いいのよ。三人称として。でもね、いつのまにか、二人称になってるわけ。息子と二人で話してるときとかもね。「おばあちゃん、それ取って」みたいに。いつのまにかよ。これって、ここで文句言っとかないと、これからずっと「おばあちゃん」って呼ばれるんだわと思って、ちゃんと言ったのね。でも、孫の手前、それは微妙だっていうわけ。自分たちは「お母さん」に戻ったとしても、孫にとってはおばあちゃんなんだからって。だから、「敦子さん」とか「あっちゃん」とか呼んでって言ってるのに。気持ちが悪いっていうのよ。そんなことないわよねえ?
内田 ええ。
充  全然。
敦子 太陽はね、あんまり抵抗ないみたいで、すんなり受け入れてくれて。まあね、だからってわけじゃないんだけど、ついつい、こっちに来ちゃうのよ。
充  ほんとに仲良しですよね。私なんて、一年に一度帰るかどうかってかんじかな。
内田 僕は、もう全然。
敦子 あら、そう。
内田 だから、なんだかうらやましいですよ。そうやって、大人になってから、仲良くできてるのって。
敦子 仲良くもないんだけどね。でも、やっぱり「告知」されてからよね。ああ、あの話を聞いてからだわ、太陽とちゃんと話すようになったの。
充  告知?
敦子 そうよ。初めはもうびっくりして。どうして、この子だけそんな目にあうのかって。もういっそ死んじゃった方がいいんじゃないかと思ったくらい。
内田 そんな……
敦子 でもね、わかったのよ。それは一つの個性なんじゃないかって。いろいろな子がいるもの。太陽だって、元気に生きていこうとしてる。それを、私が支えないでどうするのって。今じゃ思ってるのよ。
内田 なんだか、すごいな。
充  でも、病気は個性とはいえないんじゃないかしら?
敦子 何言ってるの。だめよ、病気だなんて言っちゃ。もっと前向きに、自信を持たなきゃ。
内田 たしかにそうですね。
敦子 私もね、この間、手術して、いろいろ考えたの。もうそんなに長くはないんだなって。
充  そんな……。
敦子 そりゃ、まあ、今は元気だし、孫がいるようには見えないわよね。でも、あとどれだけ生きられるのかってことを考えるようになったの。太陽ともね、そんな話、いろいろしたわ。あんまり、話したがらないんだけど。
充  でも、立派だと思います。現実から逃げないっていうか。
内田 そうそう。
敦子 逃れられない現実ってあるものよね。私もほんとに思ったわ、太陽から聞いたときは。でも、あの子もがんばってる。私もがんばらないとねって。
充  がんば!
敦子 あなたたちは、親御さんにはもう「告知」したの?
充  いえ、私たちはそうじゃないんです。
敦子 あら、そうだったの。ごめんなさい。私、太陽のお友達だから、みんなそうなんだとばかり思って。
充  そういう友達もたくさんいるんだと思いますけど、同じ病気の。でも、私たちはそうじゃないんです。
敦子 だから、だめだって言ってるじゃない。病気って言っちゃ。自分がそうじゃないからって、病気って決めつけるのはよくないわ。
充  でも、病気だし。
敦子 あなた頑固ね。
充  病気です。だって、今は、まだ元気だけど、病院には行ってるわけだし。
敦子 病院? そうなの? 何、治そうとしてるの、太陽は?
充  治るものなら誰だって、治したいと思うに決まってるじゃないですか。太陽は、まだ、症状が出てないし、でも、定期的に病院には行ってるんですよ。ご存じないんですか?
敦子 それは、初めて聞いたわ。父親がね、あの子に告知された後、連れて行こうとしたの。でも、太陽は病気じゃないって言い張って、絶対に行こうとしなかった。あ、そうなの。病院に行ってるの。やっぱり、マサくんと別れたことが大きいのかしら?
充  それは関係ないと思いますけど。
内田 あの、太陽のお父さんって、もう何年も前に亡くなってるんですよね。
敦子 ええ。四年前に。
内田 告知って何の告知ですか?
敦子 決まってるじゃない、僕はゲイなんだよって。告知。
充・内田 え?

玄関のドアの音。
太陽が帰ってくる。裕二も一緒。

太陽 ただいま。あれ、どうしたのみんな? ていうか、やだな、いない間に勝手に入って。
充  二人でのぞきにきたら、お母さん、じゃないや、敦子さんがいて……それで……
太陽 (敦子に)今日は何なの?
敦子 病院で仲良くなったお友達とお昼食べた帰りに寄ったの。あんたにちょっと話があって。
太陽 何よ、話って。
敦子 それよりも、あんた病院行ってるんだって?
太陽 え?
敦子 聞いたわよ、この人達から。どうして黙ってたの。
太陽 ……ごめんね、ちゃんと話さなきゃと思ってたんだけど。なんだそうだったんだ。
充  あのね、太陽、私たち……
太陽 いいよ。別に怒るつもりないから。僕も、今度会ったら、話そうと思ってたんだ。
内田 だから、そういうことじゃなくて……
太陽 (敦子に)ま、そういうわけで、僕はエイズに感染しちゃいました。ずっと黙っててごめんね。

敦子 え? 何、エイズって?
太陽 後天性免疫不全症候群。知らないの?
敦子 それは知ってるけど、それがどうしたの?
太陽 だから、僕がそうなの。ていうか、まだHIVウィルスに感染しただけ。抗体検査の結果がポジティブだったってだけなんだ。まだ、何の症状も出てないから。
敦子 ちょっと待って、あんた、ゲイを治そうとして病院に行ってるんじゃないの?
太陽 何言ってんの? そんなことするわけないじゃない。
敦子 でも、今、この人たちが……
太陽 え?
充  「告知」なんて言うから、てっきりあんたがもう話したんだと思って。
内田 カミングアウトと勘違いして……
太陽 え? どういうことよ、それ?
敦子 それは、私が聞きたいわよ。どういうことなの? エイズって、どういうことなのよ?
太陽 あ……だから、今、言ったまんまなんだけど。
敦子 あんたって子はどうしていつもそうなの。そんなにさらっと。人ごとみたいに。エイズって大変な病気でしょ、死ぬかもしれない。
太陽 かもじゃないよ、今のところは、治らないから、みんな死んじゃう。
敦子 太陽!!
太陽 そういうことだから。だいじょぶ。
敦子 だいじょぶじゃないでしょ、何言ってんのよ。この子は!

敦子、太陽につかみかかる。
みんなが止める。

太陽 お母さんだって、こないださらっと言ったじゃない。だから、僕もそうしたんだよ。
敦子 だからじゃないでしょ。
内田 お母さん、落ち着いてください。
充  そうよ、座って、話し合いましょう。
太陽 そうだよ、落ち着いて。
敦子 落ち着いてなんていられるわけないでしょ。(太陽に)いつからなの?
太陽 いつからって、わかったのは今年の六月。
敦子 半年も黙ってたの。あんなにしょっちゅう会ってるのに。どうしてよ。
太陽 だから、心配させたくなくって。
敦子 この人たちは知ってたんでしょ。何で、私にだけは黙ってるのよ。
太陽 だから、今、話したじゃない。こういうふうになるのがいやだったんだよ。
敦子 待って。どうして、そんな病気に? だって、それって、売春とかそういうふうなあれで……。だって、あんたには、マサくんがいたじゃないの。何、もしかして、マサくんもそうなの? 二人ともなの?
太陽 マサは違うよ。僕だけ。
敦子 じゃあ、どうして……?
太陽 浮気したの、ちょっとだけ。そのときに感染しちゃったんだと思う。
敦子 あんたって子は、もう……
太陽 でも、だいじょぶだから。まだ全然平気だし。ほら、こんなにぴんぴんしてる。
敦子 治療法がない病気にかかって、だいじょぶなわけないでしょ。
太陽 そうなんだけど。だって、そうなんだもん。

短い間

内田 あの、たしかにエイズの治療法はまだ発見されてないんです。でも、治療法の開発はどんどん進んでるし、発症を防ぐための新しいクスリもどんどんできてるんです。僕、もう何年もエイズのサポートグループのボランティアスタッフしてるんですけど、ほんとにすごい変わってきてるんですよ。
裕二 まあ、動揺するのはわかるけど、結局はただの病気なんだから。そんなにあたふたしてもしょうがないと思うんだけどなあ。
敦子 ただの病気じゃありません。
充  この間、手術したって、それと同じじゃないですか? ほら、病気を抱えて生きるっていうか……。
太陽 そうだよ。
敦子 何を言ってるの、全然違うでしょう。エイズっていうのはもっとなんていうか、難病なんでしょう? 助からない病気なんでしょう?
内田 まあ、そうなんですけど、これからどうなるかはわかりません。少なくとも、何年か前とは全然違っていることはたしかなんです。
敦子 そんな話はどうでもいいの。太陽、あんた帰ってきなさい。今日は、それを言いに来たの。うちに帰ってこないかって。この部屋、やっぱり処分することにしたから。
太陽 そんな急に。
敦子 いつか売れるまでは、使っててもかまわないって話だったでしょ。
太陽 でも、ちゃんと家賃だって……
敦子 何言ってんの? 仕事も何もしてないくせに。ま、いいのよ。仕事は別にしなくても、病気なんだから。でも、一人でこんなところに置いておくわけにはいかないから。
太陽 ダイジョブだよ。一人でちゃんとやってるって。
敦子 ちゃんとしてないから、そんな病気になったんじゃないの!?とにかく、帰ってきなさい。くわしい話はそれから。引っ越しの準備をしおくこと。管理会社には、話しておくから。
太陽 いやだよ、僕は帰らないから。
敦子 何言ってるの、あんたは病気なんじゃないの?
太陽 病気だけど、でも、まだ全然元気だし。
敦子 今のうちはね。
太陽 だから、もう少しここにいさせてほしい。前だってわかってくれたじゃない。僕がゲイだってカミングアウトしたとき、今度だって同じだよ。
敦子 全然、違うでしょ。ゲイだから、男が好きだからって命にかかわることはないでしょ。それに、あんたは自分がゲイだってことは胸を張って言えることだって言った。ゲイだってことはあんたの誇りだって言ってた、でも、HIVに感染しているってことは、あんたの誇りなの。胸を張って言えることなの?
太陽 胸は張れないかもしれないけど、でも、胸を張ってもいいんじゃないかと思いたい!
敦子 あんたを一人で死なすわけにはいかないでしょ。
太陽 だいじょぶだよ、お母さんよりは長生きするから……
敦子 太陽!

玄関のチャイムが鳴る。

太陽 開いてるよ!

マサと謙吾がやってくる。

敦子 マサくん!
充  やだ、どうしたの二人揃って。
謙吾 入ろうかどうしようか迷ってたら一緒になっちゃって。
真人 で、二人でせーのって。
充  何よ、それ?
敦子 ねえ、マサくん、今、聞いたんだけど、太陽の病気のこと。
真人 あ、そうですか……。(太陽に)話したんだ。
太陽 まあね。
敦子 ……知ってたの。知ってて黙ってたのね。ひどいじゃないの!
真人 ごめんなさい。太陽が直接話した方がいいと思って。
敦子 ねえ、マサくん、あなたが太陽と別れたのって病気のせいなの?
真人 ……。
敦子 どうなの?
真人 ……そうです。
敦子 見捨てたのね、太陽を。
真人 そういうわけじゃ……
敦子 見殺しにするのね、そうなのね?
真人 そんなんじゃないです。
充  そうですよ、太陽は、こんなに元気なんだし。
敦子 でも、死ぬんでしょ、エイズって病気はそうなんでしょ?
太陽 ……
謙吾 エイズは死ねない病気なんですよ。今じゃ、治療法や発症を抑える薬がたくさんできて、発病してからだって、生活に気をつけて暮らしてれば、死ぬなんてことなかなかないんです。一生、この病気とつきあっていかなきゃいけない。僕だって、普通に仕事続けてます。太陽は、まだ発症してないし、だから、そんな死ぬなんて……。
敦子 待って、あなたもそうなの? そういうことなの?
謙吾 ……ええ、そうです。
敦子 じゃあ……
太陽 違うよ、僕と謙ちゃんは、そういう意味では関係ない。別れてからずっと会ってなかった。でも今は友達だよ。同じ病気を抱えてる。僕たち、この病気のおかげでまた会えた。だから、神様に感謝してもいいくらい。ほんとそう思ってるんだ。
裕二 そうだよ。
敦子 何バカなことを。

玄関の方から「ワン」と犬の鳴き声。みんなびっくり。

充  (大声で)やだ、犬? どこにいるの?

マサが、玄関から、犬の入ったケージを持ってくる。

太陽 ほんとに? 生きてるの?
裕二 ていうか、鳴いてるし。
充  やだ、そうなの。ちょっと、あんた、平気なの? あんなにいやがってたのに。
太陽 もう、怖くないの?
真人 怖くなくはないけど。だいじょうぶ。たぶん。
太陽 どんなの?
真人 トイ・プードル。
充  あんた、なんでアタシのとこ来ないのよ?
太陽 何、くれるの? 僕に? ここで飼えって?
真人 そうじゃなくて、二人で一緒に……
太陽 ……やだな、何言ってんの?
真人 ていうか、僕とこいつと一緒にここで? あ、なんだったら、こいつだけ置いていく。
充  それじゃ意味無いじゃないの!
真人 あ、そうか。
太陽 何歳?
真人 もうじき8ヶ月だって。
充  (見てみて)それにしては大きいわね。
真人 大きくなりすぎて、売れ残ったんだって。ていうか、出戻り。俺と同じ。
太陽 ……。

太陽、ケージを取り上げてのぞいてみる。
みんなも一緒に。
敦子、だまって玄関に向かう。

太陽 あ、ねえ……

敦子、出ていってしまう。

謙吾 どうしたんだろう?
裕二 言うだけ言ってすっきりしたんじゃないの?
充  そういう問題か? 問題か?
内田 ねえ、太陽、実家に帰るっていう選択肢は、それはそれでありなんじゃないかと思うよ。
太陽 ……。
充  それより、あんた、この犬どうすんのよ?
太陽 ……。
真人 あ、いいや。やっぱり、持って帰るわ。
太陽 待って……。

充  迷ってるんなら、もらっとけば。見たところ、ちゃんとした子みたいだし。
内田 まあ、プロの目はたしかだよね?
謙吾 へえ、すっげえ、かわいいじゃん。俺も一匹ほしいなあ。
充  いいわよ、うちの子世話してあげる。太陽、あんた、どうすんの?
太陽 ……犬は置いてって。
真人 じゃあ。

真人、退場。
犬を見ている、子供たち。

暗 転 

7、大晦日の夜〜新しい一年

太陽の部屋。
十二月三十一日の夜遅く。
大晦日のほんとの最後、言ってみれば、紅白が終わって「行く年来る年」が始まるくらいのタイミング。
充、内田、裕二、謙吾が座って、正面にあるテレビを見ている。
TVから鐘の音が聞こえる。
スイッチを消す充。

謙吾 何で消すのよ?
充  嫌いなのよ、「ゆく年、来る年」。この鐘の音、なんだか気が滅入るっていうか、なんていうか。毎年同じって、どうかと思うわ。
裕二 あの鐘の音聞くと、今年も終わりなんだなって気がしみじみするのに。
充  ていうか、何だか心がざわざわするのよね。
内田 煩悩が一つずつ消えてってる証拠なんじゃないの?
充  うるさい。はい、紅白が終わって、今年も終わり。さ、初詣に行きましょう!
内田 今年はどこにするの? 浅草寺、日枝神社?
謙吾 ていうか、近所でいいんじゃないの? 適当で。
裕二 花園神社の初詣って、イケメンが白酒売ってるらしいよ。
謙吾 じゃあ、そこに決まり。行こう。
裕二 うん。
充  (奥に向かって)太陽、行くわよ。
太陽 (顔を出して)ごめん、ちょっと先行っててくれる。
充  何してんのよ?
太陽 年賀状、もう一息なの。
充  いいじゃないよ、そんなのほっといて。
太陽 今年中に書きたいんだって。
謙吾 往生際悪すぎ。
太陽 いいから、先行ってて。
充  わかったわよ。じゃ……

と、みんなが行きかけると、敦子が登場。

充  あ、どうも。
敦子 こんばんは。
太陽 やだな、何よ、こんなに遅く。
敦子 あれから、全然連絡ないし。
太陽 ……そっちから、何かあるかなと思ってたから。

内田 じゃあ、先に行ってるね。(敦子に)どうぞ、よいお年を。
充・謙吾・裕二  よいお年を!
敦子 ……。
裕二 じゃ!

みんな元気に出ていく。

敦子 初詣?
太陽 うん。
敦子 あんたはいいの?
太陽 うん、後から行く。

太陽、年賀状を持って、座る。
やがて、年賀状を書きはじめる。

敦子 年賀状なんて書いてるんだ?
太陽 まあね。
敦子 うちに来ないのはどうして?
太陽 いいじゃん、どうせ会うんだから。
敦子 いつ帰ってくるの?

太陽 その話なんだけど、僕、やっぱり、ここに……
敦子 お正月よ、お正月。泊まっていけるんでしょ?
太陽 うん、まあね。
敦子 こないだ話した、ここ売って、あんたが帰ってくる話……
太陽 だから、その話なんだけど……
敦子 なに?
太陽 僕、ここにいたいんだ。マサと一緒に。それから犬と。病気はだいじょうぶ。ほんとうに。今のところはだけど。犬も平気だって。だから……
敦子 だから……
太陽 今までどおりに。
敦子 だいじょうぶなの? できるの、今までどおりに?
太陽 わかんない、でも、きっとできると思う。仕事もちゃんとしたの見つけようと思って。これからずっとの仕事。だから……
敦子 だから……
太陽 今までどおりに。
敦子 じゃ、そうしなさい。
太陽 いいの?
敦子 どうぞ。
太陽 やった!
敦子 やっぱりやめたの。
太陽 え?
敦子 全然、売れそうもないんだもん、むちゃくちゃ安くしないと。話してるうちに腹がたってきて。だから、やめたわ。
太陽 そうなんだ。
敦子 だから、あんたここにいればいいわ。ずっと。
太陽 うん。

太陽、また年賀状を書き始める。

敦子 なーんてね。
太陽 (手を止めて)何、嘘なの?
敦子 ちょっとね。
太陽 どういうことよ。
敦子 こないだ、あんなに帰ってこい!って言ったけど、ほんとにあんた帰ってきたらどうするのかなって、考えちゃって。
太陽 ……。
敦子 今は元気だけど、そのうちにいつか、そうじゃなくなったら、私どうするんだろうって。
太陽 どうするって?
敦子 私が教えてる子供達の中に、一人、とっても女の子みたいな子がいるのね。みんなにいじめられて。昔のあんたにそっくり。みんな、オカマとかホモとかって言ってね。気持ち悪いって。私ね、授業が終わった後、一人で残って泣いてたその子に、「だいじょぶよ、先生んとこの下の息子も、きみと同じ。小さな頃はいじめられてたけど、今じゃ、すっかり強くなって、そりゃ元気にやってんのよ。だから、きみも元気だそうね!」って、言ってあげられなかったのよね。
太陽 ……。
敦子 別にあんたの病気のことがどうこうじゃなくてね。そのことに気がついたとき、思ったのよ、私、どうするんだろうって。
太陽 どうもしなくていいって。
敦子 どうもしなくていいって言われて、何もできない人間が、何、エラそうに言ってたんだろうなって、思ったのよ。
太陽 ……。
敦子 だから、帰ってこないで……。そう、言いにきたんだわ。

太陽 わかった。じゃあ、帰らないよ。

敦子、太陽の書いている年賀状を見に立つが、太陽と目があって、ソファに腰を下ろす。

敦子 私、やっぱり親だったんだなあって思った。
太陽 え?
敦子 友達のつもりで一緒になって遊んでいたいなんて思ってたけど、やっぱり親だったんだなあって。びっくりしちゃったわよ。それが、発見だったかな。あんたのおかげで。
太陽 ……。
敦子 (立ち上がり)じゃ、行くわ。お正月、三日は康たちが来るから、会いたくないなら別の日にしてね。
太陽 うん。
敦子 じゃあね。マサくんによろしく。

敦子、出ていく。

太陽 ねえ、ここに来れば?
敦子 (立ち止まって)え?
太陽 ここに来れば?
敦子 そんなこと言うと、ほんとに引っ越して来ちゃうわよ。
太陽 僕もマサもみんなもいるよ。だって、うちに帰っても一人なんじゃないの? ねえ、そうなんだよね。そうだったんだよね?

敦子 何言ってるのよ、勝手に決めないでくれる。生徒たちがいるんだから、毎年毎年次から次へと。さびしいなんて思ってるヒマないわよ。
太陽 ちょっと言ってみただけだって。
敦子 そうだと思った。邪魔はしないわよ。
太陽 邪魔じゃないって。
敦子 ……。
太陽 生きててよかったって思った。生きててよかったって思ったことなかったんだって思った。ありがとうね、生んでくれて。
敦子 ……。
太陽 大事に生きるから。だから、これからもよろしく。

太陽、年賀状を一枚、差し出す。
受け取る敦子。

敦子 来年は申年か?(壁の時計を見る)やだ、もう今年だわ。

マサが入ってくる。

敦子 明けましておめでとう。じゃあね!
太陽 一緒に行かない、初詣?
敦子 行かない。一人でぷらぷら帰ってみる!

敦子、出ていった。

真人 何の話?
太陽 ここ売るのやめたんだって。
真人 そう、よかった。
太陽 うん。
真人 みんな先に行ってるんだって。そうだ、これ、そこで裕二からもらったんだけど。

真人、兎の耳のついた帽子を取り出す。

真人 太陽にって。

太陽、帽子をかぶってみる。

真人 なんだそれ?
太陽 うさぎじゃん。
真人 変なの。
太陽 かわいいじゃん。
真人 いつまでかぶってんの?
太陽 いいよ、このまま外行く。
真人 マジ? どうかしてんじゃん?
太陽 うん、マジ。どうかしてる。

太陽、出ていこうとする。

真人 やっぱり虫が良すぎるよね。帰ってくるなんて。
太陽 いいからいれば。
真人 いいの?
太陽 犬もいるし。
真人 うん。
太陽 でも、一つだけ、覚えておいてほしいんだけど……
真人 何?
太陽 僕は、いつか死ぬよ。きっと。
真人 なんだよ?
太陽 きっとじゃないや、絶対に。
真人 おい……
太陽 それでもいいなら、戻ってきていい。
真人 そんなこと言うなら、俺だって。
太陽 俺だって何?
真人 死んでやる。
太陽 なんだそれ?
真人 死ぬのが怖くて、生きていけるか!
太陽 わけわかんないよ。ていうか、こわいじゃん。
真人 え?
太陽 こわいじゃん、すっごい。でも、今は生きてみる。
真人 まあ、そうだな。

太陽 (窓の外を見て)どうして、お正月って空がきれいなんだろうね?
真人 みんな仕事してないからじゃん?
太陽 空も星もすごいきれいだ。
真人 うん。
太陽 来年もまた見られるかな?
真人 もちろん。
太陽 再来年は?
真人 決まってる。
太陽 十年先は?
真人 きっと。
太陽 百年先は、千年先はどうなんだろう? どんな人が見てるんだろうね?
真人 それは……。もう、人なんていないんじゃないか?
太陽 ううん、きっといるよ。でも、その人達は、僕らがここでこうやって星を眺めてたことなんて知らない。エイズは、もう恐ろしい病気じゃなくなって、「昔は大変だったんだってねえ」なんて言って笑ってる。
真人 その時にはね。
太陽 一緒に笑うか?
真人 ああ!
太陽 じゃあ、行こう。みんな待ってるし。

二人、出ていく。
出がけに電気を消していく。
真っ暗な部屋の向うに、きらきら光る星空が広がっている。

幕 

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