約  束
関根信一

●その1●

>>>その2>>>

劇団フライングステージ 第27回公演上演台本

 約 束
  
                                関根信一

古沢祥吾   …… 早瀬知之
津田浩一   …… ますだいっこう
市之瀬政人  …… 野口聖員
飯岡真奈美  …… 岩瀬あき子
島谷みちる  …… 西田夏奈子
永山康司   …… 石関 準
盛田雅代   …… 関根信一   
北川拓己   …… 樺澤 良

時 間
2004年の夏の終わりから秋の終わりにかけて

場 所
舞台は、盛田雅代が経営する出会い系サイトの事務所。
その休憩所、兼応接室になっている部屋。
中央には応接セット。いかにもといったかんじのソファと低いテーブル。その上には、灰皿がおいてある。
上手側に大きなソファ。ここで仮眠ができるようにもなっている。
下手側には、事務所部分に通じるドア。手前にウッドスクリーンがあり、向うの部屋は見えない。
下手手前にシンプルなデスクが一つ。その上には、パソコンが一台。このパソコンは、インターネットに接続されているらしい。
雑居ビルの一室であるこの部屋の日当たりは悪い。
上手側に窓があるが、となりのビルの壁がすぐ近くに見えるだけだ。
部屋のあちこちに無理矢理置いてある観葉植物は、あまり元気がない。
それでも、部屋全体には、妙な生活感がある。

 *       *       * 

 
9月の夕方。7時過ぎ。
中央のソファに津田浩一が寝ている。
津田は40代。ラフな格好。着てきたジャケットをかけて横になっている。

しばらくの間。

下手から、古沢祥吾の声。

古 沢(声のみ) じゃあ、こちらへ。

古沢、登場。
二十代の青年。彼はこの事務所の実質の責任者である。
カジュアルなスーツを着ている。
続いて、市之瀬政人がやってくる。
三十代のサラリーマン。こちらは、ややくたびれたスーツ姿。仕事用のバッグを手にしている。

古 沢 (津田を見て)あ、ちょっと待っててください。
市之瀬 はい……
古 沢 (津田に)津田さん。

津田、起きない。

古 沢 (津田に)津田さん、風邪ひきますよ。

津田、起きたようだ。

津 田 (顔だけあげて)ごめん、も少し寝かせといて……
古 沢 あの……
津 田 昨日、遅番だったんだよ。盛り上がっちゃってさ、寝たの9時だよ。
古 沢 もう、夕方の6時なんですど。
津 田 いいじゃん、今日も8時から入ってるんだから。あと一時間だけ。
古 沢 いいんですか、うち帰らなくて……
津 田 いいの、いいの。どうせ帰ったって、また来るんだから。
古 沢 とにかく、ちょっとどいてください。
津 田 何、面接?
古 沢 そうですよ、いいから、早く。
津 田 (市之瀬に)どうも。
市之瀬 どうも……
津 田 何、バイト? よろしく!
古 沢 まだ、決まったわけじゃないんですから。
津 田 決まるよ、決まる。面接で断ったことなんてないじゃない。
古 沢 いいから、ちょっとあっち行っててくれません?
津 田 あっちって事務所。だって、シフト、8時からだし。
古 沢 食事いいんですか?
津 田 うん、カップ麺食べた。
古 沢 またですか? ほんとここに住みついてるみたいですよね。
津 田 そんなんじゃないって。たまには帰ってる。
古 沢 じゃあ、いいですから。あっちで大人しく寝ててください。
津 田 はいはい。(市之瀬に)じゃ……
市之瀬 ……。

津田。上手側のソファに移動。横になる。

古 沢 すみません。どうぞ。
市之瀬 はい。
古 沢 お仕事の帰りですか?
市之瀬 いえ……、あの……
古 沢 あ、いいんですよ。別に、そんなすっごい知りたいってわけじゃないんですから。
津 田 じゃあ、なんで聞くわけ?
古 沢 一応の挨拶ですよ。ちょっとだまって寝ててくれません?
津 田 はい、はい。
古 沢 (市之瀬に)あの人、ここで一番古いんですよ。もうここで主みたいになっちゃって、いつ来ても、ああやってとぐろ巻いてるんです。
市之瀬 はあ……
古 沢 で、いつから入れます?
市之瀬 あの……
古 沢 はい。
市之瀬 まだ、何も伺ってないんですけど。
古 沢 あ、そうでしたね。
市之瀬 それから、あの、履歴書持ってきたんですけど……
古 沢 あ、そうですか。わざわざ用意してもらわなくてもいいんですけど。
市之瀬 え?
古 沢 別に関係ないじゃないですか? これまで何してきたかなんて。
市之瀬 そうなんですか?
古 沢 ええ。連絡先と振込先だけわかれば、いいんですから。
津 田 じゃあ、なんで聞いたわけ、仕事の帰りかなんて?
古 沢 こういうかっこでややくたびれたら、仕事の帰りかと思うじゃない?
津 田 わからないよ、そういうかっこするのが趣味なのかもしれない。
古 沢 そんなコスプレはありません。
津 田 でも、このくたびれたかんじをわざわざ演出するのがポイントっていうか……
市之瀬 あの……。
古 沢 あ、じゃあ、一応、もらっておきます。

市之瀬、カバンから履歴書を取り出し、古沢に渡す。
受け取った古沢、履歴書を見ている
いつの間にか、津田、起きあがって、肩越しに履歴書をのぞく。
古沢、渋い顔。
微妙な間。

市之瀬 あの、何か……。
古 沢 市之瀬政人さん。
市之瀬 はい。
古 沢 32歳。
市之瀬 ええ。
古 沢 学校の先生ですか?
市之瀬 ええ、まあ。
古 沢 公務員はバイトいけないんじゃないですか?
市之瀬 3月いっぱいでやめたんですよ。だから、だいじょぶです。
古 沢 あの、ちょっと伺いたいんですが……
市之瀬 なんでしょう? やめた理由ですか? それは……
古 沢 この写真、いつのですか。
市之瀬 ……あ、去年の夏撮ったんですけど。パスポートの更新のときに。
古 沢 全然おもかげないですよねえ。
津 田 うん、これじゃ、つかまるんじゃない?
市之瀬 あ、急にやせたりしたもんで。
津 田 何、病気?
市之瀬 いえ。
津 田 じゃあ、ダイエット?
市之瀬 そういうんじゃなくて……。年のせいかな? なんて……(少し笑う)

津 田 ま、いいんじゃないの。今の方が、イケてるかんじだし。
市之瀬 イケてる?
津 田 もしかして、タイプなんじゃないの?
古 沢 余計なこと言わないで下さい。
津 田 はいはい。

と下手から女性の声。

声 失礼します。

下手から、飯岡真奈美がはいってくる。
定番のOLのスタイル。
来客用にコーヒーを入れてきた、まさに絵に描いたようなOL。

飯 岡 どうぞ。

飯岡、テーブルの上にコーヒーを置く。

市之瀬 すみません。どうぞ、おかまいなく。
津 田 あれ、僕のは?
飯 岡 ないですよ。あるわけないじゃないですか。
津 田 いいじゃない、僕もコーヒー、飲みたい。
飯 岡 寝てたんじゃないんですか?
津 田 寝過ぎたんだよね、コーヒー飲んですっきりしたい。
市之瀬 じゃあ、これどうぞ。
津 田 あ、そう、悪いねえ。

市之瀬、立ち上がって、自分のコーヒーを津田に渡す。

市之瀬 僕、コーヒー、飲めないんですよ。
飯 岡 そうだったんですか、ごめんなさい。じゃあ、かわりに何か。

飯岡、歩き出す。

市之瀬 いえ。どうぞおかまいなく。
飯 岡 どうもすみません。

津田、コーヒーを飲んでいる。

津 田 うまいねえ、真奈美ちゃんの入れるコーヒーは。
飯 岡 (市ノ瀬に)どうぞ、ごゆっくり。
古 沢 いただきます。

飯岡、退場。
市之瀬、飯岡を目で追っている。

古 沢 津田さん、それ飲んでてもいいですから、そっちで大人しくしてて下さいね。
津 田 真奈美ちゃんも、どうしてあれかねえ。誰も頼んでるわけじゃないのに。
古 沢 いいじゃないですか、ああいうの好きなんですから。
津 田 がんばっちゃうんだよねえ。
市之瀬 ……あの?
津 田 今のね、真奈美ちゃんっていって、ここで働いてる子なんだけど、妙にOLしたいらしくってね。いつの間にか、ああいうことするポジションになっちゃってさ。
市之瀬 は?
古 沢 ま、助かるんですけど。もともと何もなかったんですけど、こういうの全部そろえちゃって。今日、遅番なのかな?
津 田 いや、この人来るっていうんで、待ってたんだと思うよ。
古 沢 やっぱりそうか。(市之瀬に)あ、だいじょぶですから。
市之瀬 はあ……
古 沢 で、いつから入れますか?
市之瀬 あの、明日からでもだいじょぶなんですけど。
古 沢 それは助かります。電話でもお話しましたけど、トータルで10時間は研修ということで、時給800円です。それから後は、1100円ということで。夜十時以降、翌朝の8時までは、1300円ということで。シフトは2週間毎に出してもらってますんで、しばらく来てもらってからお願いしますね。
市之瀬 はあ……
古 沢 よろしくお願いします。
津 田 よろしくね。
市之瀬 こちらこそ、よろしくお願いします。
古 沢 明日は、何時から来れますか?
市之瀬 今日と同じくらいになるんですけど。
古 沢 じゃあ、7時ということで。よろしくお願いします。じゃあ、今日は、これで……

市ノ瀬、うながされて、退場しかけるが、すぐに戻ってくる。

市之瀬 あの……
古 沢 なんでしょう?
市之瀬 仕事の内容について、何もうかがってないんですけど。
古 沢 あ、そうでしたね。
市之瀬 簡単なパソコン入力ってなんでしょうか?
古 沢 パソコンは使えますか?
市之瀬 ええ。一応は。
古 沢 インターネットは?
市之瀬 やってますけど。
古 沢 出会い系サイトは?
市之瀬 は?
古 沢 利用したことあります?
一ノ瀬 それは……
古 沢 ま、それはどっちでもいいんですけど、うち、それなんです。
市之瀬 は?
古 沢 出会い系サイトの運営会社なんです。

市之瀬 でも、ポスターにはそんなこと何も。簡単なパソコン入力って。
古 沢 まあ、駅貼りのポスターに「出会い系サイト」って字が踊っちゃうのはちょっと微妙なんで。それにやってもらうのは、簡単なパソコン入力なんですから、別にウソついてるわけじゃない。
市之瀬 それは、そうですけど。
古 沢 お願いしたいのは、携帯版の出会い系サイトへの書き込みです。
市之瀬 書き込み?
古 沢 そうです。うちが運営してるサイトに書き込みをしてもらうんです。女のフリをして。
市之瀬 は?
古 沢 ご存じないようなんで、説明しますとですねえ、出会い系サイトっていうのは、出会いを求めてる男性と女性の出会いを取り持つサイトなんです。でもですね、圧倒的に、女性の数が不足してるんですよ。
市之瀬 はあ。
古 沢 アクセスしてくるのは、圧倒的に男性なんです。
市之瀬 でも、結構いるんじゃないんですか? だって、そうじゃなきゃ成り立たない。女の人の登録は無料とかって、よく書いてあるじゃないですか?
津 田 なんだ、知ってるんじゃない?
市之瀬 ……!
古 沢 それでも、足りないんですよ。だから、それはこちらで用意するんです。
津 田 ま、ネカマってやつよ。
市之瀬 ネカマ?
津 田 聞いたことない? ネットのオカマ。出会い系サイトなら、どこでもやってる。
市之瀬 そうだったんですか?
古 沢 別に騙してるわけじゃないんですよ。本当の女の人とやりとりしたって、必ずしも会えるってわけじゃないんですから。実際に会うまでのプロセス、携帯のメールでのやりとりが大事なんです。出会い系サイトはどこでも、メール一通あたりいくらっていうような料金の体系になってます。できるだけ、会話をおもしろく続けさせることができれば、それだけ、多くの利用料がとれる。これはけっこうおもしろい仕事ですよ。
市之瀬 あの……、それじゃ、ウソつくんですか?
古 沢 ま、悪い言い方をすればそうなりますけど。
市之瀬 どんな言い方してもウソじゃないですか?
古 沢 それはそうなんですけど。でも、ほんとの女の子は、ちっとも会話がおもしろくないんですよ。ちっともはずまない。だったら、よりおもしろいやりとりを提供するっていうのは、とっても意義のあることなんじゃないかって、そう思いませんか?
市之瀬 でも、実際にはいないわけですよね。
古 沢 それはもちろん。
市之瀬 いいんですか。そんなことして。
古 沢 いいんですよ。それが仕事なんですから。
市之瀬 そういうんじゃなくて……
古 沢 もしかして、心配してますか? ばれたらどうするだろうって? だいじょうぶなんですよ。その点はご心配なく。向うの部屋にパソコンがいっぱいありましたよね。あそこから、僕たちが書き込みをしてるわけです、一般の女の人のふりをして。でも、サイト上には、携帯からアクセスしてるってことになってるんです。うちのサイトは、携帯からしかアクセスできないってことになってるんですからね。
市之瀬 そういうことじゃなくて……、だって、会う約束をするわけですよね。出会い系なわけだから。でも、会えないじゃないですか? そんなの無理なんじゃないんですか?
古 沢 そこが腕の見せ所です。会う約束をしながら、絶対に会わない。ここが大事なんです。
市之瀬 は?
古 沢 何回もメールのやりとりをして、すっかり仲良くなる。で、会う約束をする。でも、会わない。いろんな理由をつけて、絶対に会わない。でも、それでも、また今度こそはっていう約束をとりつけるんです。
市之瀬 だいじょぶなんですか、そんなことして?
古 沢 そんなことしても、嫌われない、キャラクターを作り上げればいいんですよ。
市之瀬 ……。
古 沢 簡単なことだと思いますよ。あなたが、いてほしいと思うような相手をつくりあげて、あなたがこういう返事をしてほしいと思ったことを言っていけばいいんですから。
市之瀬 ……。
古 沢 どうですか?
市之瀬 ……。
古 沢 イヤなら、やめてもらってもいいんですけど。
飯 岡 失礼します。

飯岡がやってくる。お茶を手にしている。

飯 岡 (市ノ瀬の前に置き)どうぞ。
市ノ瀬 ……。
飯 岡 ごゆっくり。

飯岡、出ていく。
市ノ瀬、今度も飯岡を目で追っている。
間。

市之瀬 やらせてもらいます。
古 沢 そうですか。それじゃ、よろしくお願いします。
津 田 よろしくねえ。
市之瀬 こちらこそ。
古 沢 それじゃ、明日。
市之瀬 失礼します。
津 田 どうも。

市之瀬、退場。

津 田 ねえ、電話でちゃんと話せばいいんじゃないの? 仕事の中身っていうの?
古 沢 電話越しに話すとよりいっそういかがわしいかんじがするんだよ。
津 田 そうかねえ。ねえ、どう思う?
古 沢 何?
津 田 今の、ノンケかな?
古 沢 決まってる。真奈美ちゃんを見る目、あれはノンケでしょ。
津 田 いや、わからないよ。色気ヌキに怪しいものを感じたのかもしれない。
古 沢 また始まった。
津 田 なんで聞いてみないの? 僕は聞かれたような気がするけども。
古 沢 津田さん、ばればれだったから、聞かないのもいけないような気がして。
津 田 なんじゃそりゃ。でも、来るかね、明日?
古 沢 いいよ、来なきゃ来ないで。
津 田 無理しちゃって。タイプなんじゃないの? あの手のくたびれたノンケ。
古 沢 自分の趣味を人に押しつけないでください。
津 田 来るといいよねえ。履歴書も一度見せて。

古沢、津田に市ノ瀬の履歴書を渡す。
おもしろそうに見ている津田。
興味なさそうな古沢。

暗 転  

 *       *       * 
 

2日後の夕方。
島谷みちるが、新聞を読んで、くつろいでいる。
間。
そこへ、市之瀬が登場。かなりいっぱいいっぱいな感じ。
入ってきてすぐに、島谷に気がつき、立ち止まる。

島 谷 どうぞ。
市之瀬 どうも。

市之瀬、元気に振る舞おうとするが、やっぱりソファに力無く座り込んでしまう。

島 谷 何かあった?
市ノ瀬 いえ、別に。
島 谷 新人?
市之瀬 はい、昨日から。
島 谷 (私)島谷。
市之瀬 あ、市ノ瀬です。
島 谷 何かあった?
市之瀬 あの……、いえ、何て言うか、ちょっと目が疲れて。
島 谷 ああ、初めのうち、けっこうつらいよね。目薬持ってたほうがいいよ。
市ノ瀬 長いんですか?
島 谷 私?
市之瀬 ええ。
島 谷 もうじき一年かな?
市ノ瀬 いいんですか、こんなことしてて。
島 谷 え?
市ノ瀬 いえ、何でもないです。

市之瀬 ちょっと話していいですか?
島 谷 なに?
市ノ瀬 僕、やっぱり向いてないんだと思います、こういうの。
島 谷 は?
市之瀬 女の振りして書き込みするのはいいんですよ。昨日、ドキドキしながらやってみたんです。初めのうちは、どうやったら、女っぽくなるんだろうってそればっかり。でも、そのうちに気がついたんですよ。文章の最後に「ね」とか「わよ」をつければ、それなりに女になれるんだって。
島 谷 まあ、そうね。
市之瀬 結構会話弾んじゃって。自分でもびっくりして。
島 谷 相手は誰?
市ノ瀬 あ、まさるって人です。
島 谷 ああ、まさるね。
市ノ瀬 知ってるんですか?
島 谷 私、古いから。
市ノ瀬 結構、いいかんじかもしれないと思って、昨日終電で帰る前に、じゃあ、また明日ね、バイビーって。
島 谷 バイビーって。あんた、いくつの設定なの?
市ノ瀬 はじめは30代のアダルトなかんじだったんですけど、気がついたら女子高生になってて。
島 谷 それまずくない?
市ノ瀬 ええ、マズイと思ったんで、適当にごまかして、「さっきはああ、言ったけど、ほんとは女子高生なの、ゴメンぴ!」って。
島 谷 あんた向いてると思うよ、それなりに。
市ノ瀬 でですねえ。今日来てみたら、ものすごいことになってて。
島 谷 どうした?
市ノ瀬 いつの間にか、僕、パンチラの写真とか送っちゃってるんですよ。そんなの信じられない。なんで、教えてくれないんですか、何人かで一人のキャラクターを受け持つって。
島 谷 そんなの当たりまえじゃない。そんなこと言ったら、24時間ここにはりついてなきゃいけないでしょ。
市ノ瀬 でも、せっかくつくったキャラクターは尊重してもらいたいなと思うわけですよ。僕は、アユミちゃんをそんなふうに育てた覚えはない!
島 谷 じゃあ、また、もとの清純派に戻せば?
市ノ瀬 もう無理ですよ。履歴を見たら、送ってるのは、パンチラ写真だけじゃなくて、その上、向うからも、携帯で撮ったものすごい写真が届いてて……。ああ……
島 谷 仕事なんだからさ、割り切らなきゃ。向うがそうしたいって思うことに、応えていくのが、まずは一番なんだからさ。
市之瀬 それはそうですけど。
島 谷 あんたって、ゲイ?
市ノ瀬 は?
島 谷 あ、別に答えてくれなくてもいいんだけど。じゃあ、ノンケ?
市ノ瀬 ノンケって何ですか?
島 谷 わかった、ノンケなんだ。畜生、負けたわ。
市ノ瀬 は?
島 谷 あんたがゲイかノンケか、賭けてたのよ。てっきりゲイだとばっかり……
市ノ瀬 なんで、そんな賭け?
島 谷 あれ、知らないの? ここで働いてる男はみんなホモだよ。
市ノ瀬 みんなって、古沢さん?
島 谷 うん。
市之瀬 (指さして)津田さん?
島 谷 見てわからない?
市之瀬 ……いいんですか、そんなこと言っちゃって。
島 谷 いいの、いいの。みんなオープンだから。そうか、じゃあ、あんた、マイノリティってわけね。ただ一人のノンケとして、ま、がんばってちょうだい。
市之瀬 ノンケ?
島 谷 そのヶがない、だから、ノンケ。
市ノ瀬 ああ。僕はそういうものなんですね。じゃ、あの、女の人たちは?
島 谷 私とあの女は違うよ。私たちはビアンじゃあない。
市之瀬 ビアン?
島 谷 ノンケ的にはレズか?
市ノ瀬 ああ(なるほど)……え?
島 谷 だから、違うって言ってるじゃない。
市ノ瀬 ああ、そうなんですか。よかった。
島 谷 (市ノ瀬の様子をみながら)やっぱりそうなのかね。やっぱりノンケには向いてないのかなあ、こういうノリ。
市ノ瀬 いや、ノンケだから、どうとかそういうふうに言われても……
島 谷 みんなおもしろがってやってるんだけどね。でも、そんなに思い入れちゃうのって何だか新鮮だわ。
市ノ瀬 思い入れですか?
島 谷 そうよ。いやあ、悪かった。実はさ、アユミちゃんのパンチラ写真送ったの私なんだわ。
市ノ瀬 え?
島 谷 私、小説書いてんのよ。全然、デビューとかそういうんじゃないんだけどさ。だから、つい、おもしろくしたくなっちゃうのよね。
市ノ瀬 だからって、そんな……
島 谷 清純そうな女子大生が、エロエロな写真送るところに意外性があるんじゃない。
市ノ瀬 ありすぎじゃないですか?
島 谷 いいのよ、そのぐらいで。何人かで順番に受け渡してくうちに、微妙なずれがあったって、だいじょぶなの。向うは気がつかない。これまで知らなかった一面が見えてきたって、かえってワクワクするはず。
市ノ瀬 ……。
島 谷 いいのよ、これは夢なんだから、つかの間のね。ほんとにいない、最高の女の子を作り出す。男の望み通りかと思わせておいて、実はとんでもない小悪魔にもなる。そこよ、そこ、この仕事のおもしろいところは。
市ノ瀬 おもしろがってるんですね。
島 谷 もちろん。男ってこんなもんなんだなあって思いながらね。別に、バカにしてるんじゃなくてさ。かわいいなあって思いながら。でも、やっぱりバカだなあって。
市之瀬 ……。
島 谷 あんた、出会い系の経験は?
市之瀬 ありません。
島 谷 ほんとうに。
市之瀬 ないですって。
島 谷 ちょっとぐらいはあるでしょ。リンクたどって、無料体験コーナーってところにはまっちゃったりして、あとはずるずると……
市ノ瀬 それならあります。
島 谷 畜生、また負けた。やっぱりそうか、やってたか。
市ノ瀬 あの……
島 谷 これで二千円だよ。どうしてくれる?
市ノ瀬 僕のせいじゃないですよ。

飯岡が登場。

飯 岡 お先に失礼します。
島 谷 飯岡、あんたの勝ち。この人ノンケなんだってさ。しかも、出会い系ハマリまくり。
飯 岡 やった! (市之瀬に)ごめんなさい。
市之瀬 いえ、いいんですけど。どうして、わかるんですか?
飯 岡 なんとなく……
市之瀬 なんとなくわかるもんなんですか?
飯 岡 それから、何て言うか、画面を見てる目が、ある意味、ぎらぎらしてるっていうか。
市之瀬 そんなことないですよ。僕、男に興味ないですから。
飯 岡 そうじゃなくて、相手の男と一緒に、自分がつくりだした女の子をもてあそんでるかんじがなんていうか、他の人とは違って……
市之瀬 ぎらぎらですか?
飯 岡 あ、そういう意味じゃなくって、きらきらしてるかなって。
市之瀬 ……。
飯 岡 瞳が。
島 谷 星入っちゃったりして。
飯 岡 そうそう。
市之瀬 ……。
飯 岡 あ、私、帰るんだった。
島 谷 お、またデートか?
飯 岡 そんなんじゃないって。
島 谷 あんたさあ、そのうちひどいめにあってもしらないよ。ここで、他人の振りしてカキコんで、そのうち、いい男だったら、自分でゲットって。それはまずいだろう?
飯 岡 ゲットなんてしないって。見に行くだけ。
島 谷 それもどうかと思うよ。
飯 岡 だって、気になるじゃない。約束どおりに本当に来てるかどうか。それを確かめに行くだけ。まだいる?
島 谷 今日は朝までだよ。
飯 岡 じゃあさ、メールするから、後で書きこんどいてくれる? やっぱり行けなくなったって。
島 谷 今、書き込めばいいだろうが。
飯 岡 だったら、来なくなっちゃうじゃない。よろしくね。
島 谷 おい、飯岡!
飯 岡 (市之瀬に)それじゃ。

飯岡、出ていく。

島 谷 どう、思う、ノンケから見て、ああいう女?
市之瀬 ……え、なんだかすごいですねえ。
島 谷 傷ついた?
市之瀬 いえ、僕は別に。
島 谷 どうかと思うよ。もう少し、たしなみっていうの、気配りっていうの、そういうのあるべきだと思うね、私は。
市之瀬 はあ。

古沢がやってくる。

古 沢 何してんの? 津田さんひとりきりじゃない。
市之瀬 すみません。
古 沢 早く行って。
島 谷 だいじょぶだよ。一通りのレスはみんなつけたから、そこから。

島谷、部屋の隅のノートパソコンを指す。

島 谷 津田さん、普通にしてたでしょ?
古 沢 してないって、ひっそりとてんぱってるかんじ。なんだかぼーっとしちゃって。試合放棄っていうか……。
島 谷 うそ? (ノートパソコンを見て)、あちゃ、まずいわ。(市之瀬に)じゃあ、行こうか。
市ノ瀬 はい。

島谷と市ノ瀬、出ていこうとすると、永山に出くわす。
軽く、会釈して、退場する二人。

古 沢 どうぞ。

永山康司が登場。

永 山 おじゃまします。今の人も、働いてるんですか?
古 沢 うん。でも、彼はノンケだけどね。
永 山 そうなんですか?
古 沢 でも、なんていうか、僕も、今、向うにいた彼もそうだから、あと、今日は来てないけど何人か……。それに女の人たちもみんなそのことは知ってるんで、全然気にしないでいてもらってかまわないから。
永 山 はあ。
古 沢 で、どう、やってみる? 概略はメールで説明した通りなんだけど。
永 山 はあ。
古 沢 メールにも書いたけど、おもしろいから。僕が書き込んだあのサイトさあ、時々、画像アップされるじゃない。「ネカマでゲットしたノンケの画像です」って、。あれだから、結局、あそこに書き込んでるのは、みんな趣味のネカマ、僕らは、仕事のネカマ。遊びながら、金儲け。
永 山 僕、別に、相手の男に興味があるわけじゃないんです。なんていうか、女になりきるっていうのが、おもしろそうだなって、思ったんですけど。
古 沢 あ、それもおもしろいよ。すっごいおもしろい。何しろメールだけだからね、文字情報オンリー。いくらでもイカす女になれる。ま、いい女作り上げるのは、それなりに大変だけどね。あ、さっき、出てった彼女、小説家だから、いろいろ教えてもらうといいよ。
永 山 僕だけですか? あの書き込み見て、応募してきたのは?
古 沢 うん、今のところはね。あんまり派手なところに書き込むのめんどくさくってさ。それなりに地味なサイトだから、反応もそれなり。
永 山 すみません、地味で。
古 沢 そういう意味じゃないから。
古 沢 どう、やってみる?
永 山 はい、僕でよければ……。
古 沢 いつから来れる?
永 山 いつからでも。
古 沢 土日は、どう?
永 山 いつでもだいじょぶですよ。予定何もないですから。
古 沢 そう。じゃ、今日少しやってみる?
永 山 あ、今日はちょっと……
古 沢 なんだ、予定あるんじゃない。
永 山 すみません。
古 沢 じゃ、明日9時からということで。よろしく。
永 山 よろしくお願いします。

と盛田雅代が登場。大荷物をかかえている。

雅 代 こんばんは。元気にやってる?
古 沢 何なんですか、こんな時間に。
雅 代 差し入れよ。差し入れ。買い物してたら、おいしそうなシフォンケーキ見付けちゃって。一人じゃ食べきらないから、みんなにもと思って。あら、真奈美ちゃんは?
古 沢 今日は上がりました。
雅 代 あら、そうなの。ま、いいわ、みんな呼んでらっしゃい。
古 沢 今、向うちょっと手が離せないんですよ。
雅 代 ほんとに? なんだかくつろいでるってかんじだったわよ。
古 沢 ほんとに?
雅 代 でも、いいじゃない、ちょっとだけだから。
古 沢 わかりました。

雅代、ソファに腰を下ろす。

雅 代 (永山に)あなたは?
古 沢 あ、明日から来てもらうことになった永山くんです。
雅 代 あら、どうもよろしく。
古 沢 うちの社長。
永 山 どうもよろしくお願いします。
雅 代 あなた……
永 山 は?
雅 代 甘いものは?
永 山 好きですけど。
雅 代 そう、じゃあ、食べてってちょうだい。ね、いいでしょ?
永 山 はあ……
古 沢 今日は予定があるそうですよ。
雅 代 だいじょぶよね、ちょっとお茶するだけ。
古 沢 そんな社長。
雅 代 やめてよ、社長っていうの。
古 沢 だって、社長じゃないですか。
雅 代 そんな他人行儀な、いつもはお母さんって呼ぶくせに。
永 山 お母さん? お母さんなんですか?
雅 代 初めまして、母です。
古 沢 やめてください、ふざけるの。
雅 代 だって、そうでしょ。いつも呼ぶでしょ、お母さんって。
古 沢 だから、それは、浩之の母さんだから、いつものくせで。
雅 代 いいじゃないの、浩之がいなくったって、私はあなたの母親のつもりよ。
永 山 ……!
古 沢 どんどん誤解してる。
雅 代 あのね、この人、うちの息子とずっとつき合ってて、高校の頃から。だもんだから、まだ二人がつき合ってるなんてこと言われる前から、ずっとお母さんって呼ばれてるのね。ま、内の息子は、この人と別れて、もう結婚しちゃったんだけど、それでも、別にいいと思うのよ、お母さんって呼ばれても。ダメかしら? あなたどう思う?
永 山 よくわからないんですけど、なんだか複雑ですね。
雅 代 あら、簡単よ。よくあるでしょ。嫁と姑が夫をとばして、団結しちゃったりしてるあのかんじ。わからない?
永 山 はあ。
雅 代 たまたまうちは、一緒に仕事してるってだけなの。だから、いいじゃない、ねえ。お母さんで。
古 沢 仕事とプライベートはきっちりけじめを……
雅 代 わかったわよ。じゃあ、いいです。社長で。社長でいいから、一緒にお茶しましょ。
永 山 でも……
雅 代 あ!
古 沢 どうしたの?
雅 代 あなたって、祥ちゃんたちと同じ、アレ? ゲイ? 私、すっかりそのつもりで話してて……
永 山 そうですけど……
雅 代 なんだ、よかった、じゃあ、いいじゃない。ゆっくりしてってちょうだい。
古 沢 ……。
永 山 あの、僕、やっぱり失礼します。ごめんなさい。またゆっくり。
雅 代 あら、そう。(あっさりと)じゃあ、またね。
永 山 じゃあ。
古 沢 また明日。よろしく。

永山、出ていく。
雅代、座っている。

古 沢 あの、一応、ここは仕事場なんですけど。
雅 代 わかってるわよ。ごめんなさい。だって、一人でケーキ食べるのいやだったんだもん。
古 沢 電話してくれればいいのに。晩ご飯食べに行ってもよかった。
雅 代 一人ってつまんないのよ。浩之は全然顔出さないし。
古 沢 仕事急がしいんでしょ。
雅 代 違うわよ。晴美さんにつかまってるのよ。ねえ、どうしてあの人、仕事やめちゃたんだと思う? 専業主婦ってそんなに憧れるもん?
古 沢 自分だって、そうだったくせに。
雅 代 だから、余計によ。すぐに退屈するに決まってるのに。だって、何であんなにあっさりやめちゃうわけ? ああ、もったいない。
古 沢 浩之、そういうのがいいんじゃないの? 仕事から帰ったら、いつも家にいるっていうのが。
雅 代 そうかな? あら、もしかしたら、子供でもできたんじゃないかしら? ねえ、祥ちゃん、どう思う?
古 沢 ……。
雅 代 あ、ごめんなさいね。祥ちゃんに聞くことじゃないわね。
古 沢 きっとそうだよ。子供ほしいって言ってたもん。よかったじゃん、初孫。
雅 代 やめてよ、私、おばあちゃんになるの? 信じられない。
古 沢 うれしいくせに。
雅 代 うれしくないわよ。じゃ、お茶入れてくるわね。みんなも呼んでくるから。

雅代、退場。
古沢、一人残っている。
津田がやってくる。

津 田 あの、面接っていう人来てるんだけど、どうする?
古 沢 え? 今日? そんな予定あったっけ?
津 田 駅の貼り紙見たって、男の人。
古 沢 電話は?
津 田 真奈美ちゃんが受けたんじゃないかな? さっき電話で話してたけど。
古 沢 何、そんないいかげん? 何も引き継いでないよ。
津 田 今日、一日ずっとそわそわしてたからねえ。でもさ、貼り紙ってことは、ノンケかな?
古 沢 あの貼り紙、もういいかげんやめようかと思ってるんだよね。やっぱりネットで募集した方がいいような気が……
津 田 市之瀬くん? でも、彼は彼なりにがんばってると思うよ。
古 沢 そうなんだけどね。で、どんなかんじ?
津 田 でも、なかなかいいかんじ。たぶんどまんかなんじゃないかと思うよ。
古 沢 やめてよ。そんな、仕事にプライベートは持ち込まない。
津 田 そうだよね。ラブラブの彼氏がいるんだもんね。
古 沢 そんなんじゃないって。じゃ、いいよ、呼んできて。
津 田 了解。


津田がやってくる。

津 田 どうぞ。

津田、北川拓己を招き入れる。
北川、部屋に入る。

古 沢 どうも……。

と言いかけたまま、止まる。

古 沢 (北川に)どうしたの?
北 川 そっちこそ……。
津 田 あれ、もしかして、お知り合い?
古 沢 ちょっとね。
津 田 ってことは、もしかして?
古 沢 (津田に)ここはもういいから、行ってくれていいよ。
津 田 でもさ……。
古 沢 市之瀬くん心配だから……
津 田 ……そう? じゃ、ごゆっくり。

津田、出ていく。
立っている、二人。

古 沢 座れば?
北 川 ……。
古 沢 何、バイト探してんの? あんなに忙しいのに、まだ働きたいんだ?
北 川 ちょっとね。
古 沢 そんなこと何も言ってなかったじゃない、今朝出てくときだって。
北 川 ……派遣の仕事してるんじゃなかったの?
古 沢 あ、それは……
北 川 ここの責任者なんだろ? 今、聞いた。
古 沢 だから、初めはそうだったんだけど、なんていうか、契約変えてさ……
北 川 ウソつくなよ。
古 沢 そっちこそ。
北 川 オレが何、ウソついた?
古 沢 貼り紙見たって。ネットの掲示板で見て、メールで問い合わせしてきたくせに。
北 川 どうしてそれを?
古 沢 あの返事書いてたの僕だよ。偽名使っても、メアド変えなきゃ誰だかまるわかりだよ。どうしてそういうのわからないかな?
北 川 何で言ってくれないんだよ。
古 沢 だから、言ったじゃない。人手は足りてるって。何で来るかな?
北 川 それは……
古 沢 悪いけど、バイトなら、他あたって。たしかに、うちは時間の融通は利くけど、僕、そういうのいやなんだ。仕事もプライベートも一緒っていうの。
北 川 一緒なんかじゃないじゃないか。
古 沢 でも、一緒に住んでるじゃない。そういうの一緒っていうんじゃないの?
北 川 お互いのこと、何もしらないで、ウソつきあってても?
古 沢 知らないでいいこととか、内緒にしときたいことだってあるじゃない。ほら、ウソも方便っていうでしょ。それで何も困ってないんだから……。待って、拓ちゃん、ウソついてんの?
北 川 ……。
古 沢 言いなよ。
北 川 ……それは。

北 川 仕事やめたんだ。ネチネチ言われるのうっとおしくってさ。
古 沢 言われるって何?
北 川 一緒に住んでるってこと。
古 沢 ……。
北 川 友だちだって言ってるんだけど、人事のオヤジが妙にうるさくってさ。きっと、あいつもホモなんじゃないかって疑ってるんだけど。いろいろとウワサになってさ。別にいいんだけど。なんかめんどくさくって。
古 沢 そんなんでやめることないじゃないよ。
北 川 そうなんだけど……。なんか、もういいやって気がして。もともと、今の職場あんまり気に入ってなかったんだよね。いや、ほんと。
古 沢 ……。
北 川 悪かった、だまってて。だから、次の仕事決まったら、ちゃんと話そうって。笑いながら。そう思ってさ。でも、なかなか見つからなくて。どんどん遅くなって。ずっと気になってたんだけど。
古 沢 ……そう。
北 川 どうする?
古 沢 なんで僕に聞くの?
北 川 いや、だって、責任者なんでしょ? 
古 沢 それはそうだけど。
北 川 だめなら、また他探すけど。だめかな?
古 沢 ……あとで話そう、うち帰ってから。
北 川 話せるかな?
古 沢 話せばいいじゃん。


北川、少し笑う。

古 沢 何?
北 川 おぼえてる、約束したの? 一緒に住むとき。ウソつくのはよそうって。
古 沢 おぼえてるよ。
北 川 なんであんな約束したんだろうな? できない約束ならしなきゃいいのに。
古 沢 ……。
北 川 そんなこと言ってたら、こんな仕事できないか?
古 沢 だったら、やることないじゃん。
北 川 うん。そうだね。
古 沢 今日は遅くなるから。
北 川 じゃあ。

北川、出ていこうとする。
雅代が入ってくる。
後から、津田と島谷、市之瀬も。

雅 代 お話すんだ? よかったら、みんなでお茶にしましょうよ。
古 沢 ……。
雅 代 初めまして、ここのオーナーの盛田です。面接の方ね。今、人手が足りなくて困ってるの。いい人みたいだし、お願いできないかしら?
古 沢 あの、それなんですけど……
雅 代 祥ちゃんの知り合いだって聞いたけど、どんなお知り合い?
古 沢 大学の同級生です。ひさしぶりに会ってびっくりした。
北 川 ……。
雅 代 あら、そうなの、偶然ねえ。いいじゃない、じゃあ、お願いしましょうよ。
古 沢 でも、なんていうか……
雅 代 あ、もしかして、内緒にしてるとか? あ、そうか。そういうことなのね。じゃあ、しょうがないわね。
津 田 (島谷に)なんだ、ノンケなんだ。
島 谷 (津田に)畜生、また負けたわ!
北 川 あの、僕、やらせてもらいたいです、この仕事。いいですよね、古沢くん? 
古 沢 ちょっと、待って。
北 川 知ってますよ、古沢くんのことは、彼がゲイだってことくらい。
雅 代 あら、そうなの、なら、問題はないわね。決定。
古 沢 社長!
雅 代 そう、私は社長なの。言うこと聞きなさい。さ、みんなでお茶にしましょう。

一同、お茶の支度をはじめる。
とまどっている古沢。

北 川 よろしくね、古沢くん。
古 沢 ……。

暗 転 

*       *       *

 
津田が上手のソファで寝ている。
夜の6時。
下手から、飯岡がやってくる。

飯岡 お先に失礼します。

と言って、すぐに出ていこうとする。

津田 ああ、ちょっと待って。
飯岡 はい?
津田 昨日どうした?
飯岡 どうしたって?
津田 会いにいったんでしょ? 聞いてるよ。
飯岡 ええ。
津田 で、どんなだった?
飯岡 どんなって……
津田 だって、行ったんでしょ? 待ち合わせ。渋谷まで。
飯岡 ええ、まあ。
津田 どうだった、どんな男? 食事して、その後はどうした? ねえ、教えてよ。いいじゃん、教えてくれたって。
飯岡 だから、会わなかったんですってば。モアイの前っていう待ち合わせ場所の指定のしかたから、ちょっとどうだろうとは思ってたんですけど、やっぱりってかんじで。あれはどう見ても40台でした。
津田 で?
飯岡 そのまんま帰ってきました。
津田 あんた、またかい?
飯岡 だいじょぶですよ。「オフィスに財布忘れてきたんで、今日は一度戻りますって」メールしてもらいましたから。今日も、ちゃんとフォローはしておきましたから。もともと、私だけじゃなくって、他の女ともメールのやりとりしてたんですから、私が振ったからってどうってことないですよ。その他の女っていうのも、私だったりするんですけど。
津田 あんたって、ほんとにオカマみたいな女よね。
飯岡 そうですかね?
津田 そうそう、そのへんの割り切り方っていうかなんていうか。もっとこう自分を大事にっていうか。そういうふうには思わないわけ?
飯岡 大事にしてますよ。そんな、津田さんに言われたくないです。
津田 お、そう来るか。
飯岡 だって、みんなそうなんじゃないですか? だって、ネットに書き込みしてる女の人なんてみんなそうじゃないですか。
津田 でも、あれ、どこまでほんとの女かわからないじゃないよ。
飯岡 それでも、全部が全部、男ってことはないと思うんですよ。私、びっくりしたんですよね。みんなすごいなって。すぐに私も慣れちゃいましたけど。
津田 あんたいくつ?
飯岡 え? 29ですよ。
津田 真奈美ちゃんさあ、初めて会ったときもそう言ってなかった? 29って。あれから一年経つんだからさあ、実はもう大台なんじゃないの?
飯岡 ……。
津田 現実を認めようよ。
飯岡 いいじゃないですか、いくつだって。津田さんよりは年下ですって。

市之瀬、登場。

市之瀬 お先です。
津田 お疲れさま。よーし、じゃあ、始めるとするかな。(飯岡に)むちゃしないでね。
飯岡 はーい。

 津田、退場。

飯岡 お疲れさまです。
市之瀬 あの、今日はおしまいですか?
飯岡 はい、そうですけど。
市之瀬 僕も今日はおしまいです。たまの土曜日、ゆっくりしようかななんて。
飯岡 いいですね。じゃ。
市之瀬 あの。
飯岡 (立ち止まって)はい?
市之瀬 今日はまっすぐ帰るんですか?
飯岡 は?
市之瀬 いや、だから、あの、また、誰かとデートかななんて……
飯岡 今日は、予定なしです。
市之瀬 そうですか。
飯岡 うれしそうですね。
市之瀬 いえ、そういう意味じゃ。
飯岡 私だって、そう、毎日毎日、誰かと会ってるわけじゃないですから。
市之瀬 あの、よかったら、食事でもどうですか? あ、もし良かったらでいいんですけど。
飯岡 それって、デートってことですか?
市之瀬 いえ、そういうんじゃなくて、僕も一人だし、一緒にご飯食べられたらいいなって。
飯岡 僕「も」って何ですか? それじゃ、私も一人みたいじゃないですか?
市ノ瀬 だって、今日はデートの約束ないって、今……
飯岡 だからって、一人ってことにはならないじゃないですか。
市ノ瀬 つきあってる人いるんですか?
飯岡 いませんよ。いませんけど、そんなふうに一人だなんて決めつけるのやめてもらえませんか。
市ノ瀬 ごめんなさい。別にそういうつもりじゃ……
飯岡 そういうつもりって、どういうつもりなんですか? 私が、一人で毎日つまらなくって、ネットで知り合った男と、次々デートしてるんで、気の毒になったってそういうことですか?
市ノ瀬 違います。参ったな……。ちょっとおしゃべりがしたかっただけなんです。ネットで、自分じゃない振りして会話してるのって、けっこう疲れちゃって。おもしろいですか、この仕事?
飯岡 ええ。それなりに。
市之瀬 僕は、微妙なんですよ。やっぱり、慣れなくて。
飯岡 そうですか。楽しそうに見えますけど。
市之瀬 そうなんですよね。楽しいことは、楽しいんですよ。でも、それがどうなんだろうって思っちゃうんです。これでいいのかって。
飯岡 いやなら、やめればいいんじゃないですか?
市之瀬 そうなんですけど……。すみません、はっきりしなくて。
飯岡 いいですよ、私、関係ないですから。
市之瀬 ……。
飯岡 それじゃ、お先です。
市ノ瀬 あ……

飯岡、退場。
一人になった市ノ瀬。
間。
北川がやってくる。

北 川 お疲れさまです。
市之瀬 初日から大変だったね。
北 川 いえ、僕が悪いんですよ。中学校の教師っていう設定だったんで、行けない理由を「教え子が事故にあったんで病院に行かないといけない」ってことにしたら、どこの病院なのって聞かれて。近くだったら、一緒に行こうかって。
市ノ瀬 それは大変だ。向うはどこにいるの?
北 川 水戸です。
市ノ瀬 くわしいの?
北 川 全然、行ったことないですよ。一人で行けるから、だいじょうぶって。心配しないでって。ようやく納まったんですけど。
市ノ瀬 いいのに、やるだけやって、帰っちゃえば。
北 川 そう言われたんですけど。やっぱり気になって。
市ノ瀬 ウソがつけないタイプなんだ。
北 川 そういうんじゃないですよ。
市ノ瀬 こういう出会い系の経験は?
北 川 僕ですか?
市ノ瀬 ある?
北 川 ありません。
市ノ瀬 オレはあるんだよね。ていうか、結構はまった。
北 川 それで、こういう仕事するのって、つらくないですか?
市ノ瀬 うん、でも、なんていうか、ふっきれたかな。画面みて驚いたんだけど、オレ、ここのサイトよく使ってたんだよね。みんなネカマだったのかと思ったら、なんだかショックでさ。でも、もうふっきれた。
北 川 ほんとに?
市ノ瀬 ほんとだって。こう、逆の立場になってみるとさ、向うも苦労してたんだなってそう思うワケよ。メールのやりとりしてる間、それなりに楽しんだしね。でも、よくわかったよ、絶対に会えなかったのは、こういうしかけだったのかって。
北 川 そんなに会えなかったんだ。
市ノ瀬 うん、全然。今日はもう終わり? よかったら、飲みに行かない?
北 川 ……。
市ノ瀬 ダイジョブだって。オレ、ホモじゃないから。おたくだってそうでしょ?
北 川 ええ、まあ。
市ノ瀬 そうだよね。ここじゃ少数派だなんて、やってられないよね。
北 川 ほんと、そうですよね。
市ノ瀬 何、古沢くんって、昔からああ?
北 川 ああって?
市ノ瀬 何て言うか、クールっていうか、冷たいっていうか。仕事はできるんだろうけどさ。学生の頃からああだった?
北 川 え?
市ノ瀬 大学一緒だったんでしょ?
北 川 ええ。前はあんなじゃなかったんですけどね。
市ノ瀬 その頃から知ってたの? ゲイだって?
北 川 ええ、まあ。あいつ、オープンにしてたんで。
市ノ瀬 へえ、そうなんだ。会うの久し振りだったの?
北 川 ええ、もうずっと音信不通。
市ノ瀬 あるんだね、そういう偶然って。
北 川 ほんとですね。

市ノ瀬 オレもさ、ここでびっくりしたんだよね。オレ一度、真奈美ちゃんとデートしかけたことあるんだよね。
北 川 は?
市ノ瀬 みんなには内緒だよ。会う約束して出掛けたら、いつまでも来なくって。どうも、一人気になる女の子がこっちを見てるんだけど、送ってもらった写真とは全然違うから。おかしいなと思って。そのうちに、その子、いなくなっちゃって、メールにごめん、お父さんがすぐ帰ってこいって怒ってるから、今日は行けなくなっちゃったって。
北 川 いくつの設定なんですか?
市ノ瀬 女子大生。だから、ここで会ったとき、びっくりしたんだよね。どこかで会ったことあると思ったんだけど、なかなか思い出さなくて。でも、間違いない。あれは彼女だった。
北 川 向うは気がついてるんですか?
市ノ瀬 全然、オレ、印象変わったみたいだし。急に老け込んだってかんじ?(笑う)。 
北 川 ……。
市ノ瀬 みんなには内緒だよ。二人の秘密。
北 川 ……。
市ノ瀬 どう、これから?
北 川 あ、今日はちょっと。
市ノ瀬 じゃあ、また今度。そうだ、携帯の番号教えとくから、気が向いたら、電話ちょうだい。オレ、一人で飲んでるから。

市ノ瀬、名刺を出す。

市ノ瀬 昔のやつだけど、携帯はかわってないから。
北 川 中学校の先生だったんですか?
市ノ瀬 今は違うから。フリーター、フリーター。
北 川 ……。
市之瀬 じゃあね。

 市之瀬、出ていく。
 間。
 古沢が入ってくる。

古 沢 ねえ、悪いんだけど、少し残ってくれないかな? ちょっと急がしくなっちゃって。
北 川 まだ、研修中だし、遠慮しとく。
古 沢 何か用事あるの?
北 川 別に。
古 沢 その「別に」っていいうのやめてくれるかな? 拓ちゃんの悪いくせだよ。
北 川 「拓ちゃん」って呼ぶのやめてくれるかな?
古 沢 いいじゃない。誰もいないんだし。
北 川 なんで、ちゃんと紹介してくれなかったのかな?
古 沢 なんで、仕事するなんて言い出すのかな? 何考えてんの? うち帰ってから話そうって言ったじゃない。
北 川 だから、言ったでしょ。あのとき、ちゃんと紹介してくれてたら、そのまま帰ったって。
古 沢 だから、それは……。
北 川 もう、いいよ。結構、おもしろいじゃない。これまで知らなかったところいっぱい見れて楽しいし。じゃあね。
古 沢 待ってよ。
北 川 今日は遅くなるから。市之瀬さんと飲みに行くんだ。ノンケ同志としてね。
古 沢 ……。
北 川 じゃあ。

北川、出ていく。
間。
永山が顔を出す。

永 山 すみません、遅くなりました。
古 沢 よかった、待ってたんだよ。よろしくね。
永 山 はい。僕、ちゃんとやれてますか?
古 沢 うん、すっごい助かってるよ。
永 山 よかった。僕、あんまりメールとかもしたことないんですけど、でも、ここに来て、女の人のふりしてると何だかいくらでも、しゃべれるようになって。
古 沢 そういうのってあるよね。がんばって、その調子。
永 山 はい!

永山、元気に退場。
一人残った古沢、考えている。

暗転 

*       *       *

同じ日の夜遅く。
北川と市ノ瀬がやってくる。

北 川 だいじょぶですか?
市之瀬 だいじょぶ、だいじょぶ。

市之瀬、よっぱらっている。

北 川 一人で帰れます? 送っていきましょうか?
市之瀬 平気、平気。だいじょぶ、だいじょぶ。
北 川 返事だけじゃなくて、ちゃんと歩く! 知りませんよ、終電まにあわなくても。
市之瀬 明日仕事なの?
北 川 そうですよ。市ノ瀬さんだってそうでしょ?
市之瀬 そうなんだよね。あーあ、やんなるな。
北 川 あの、そんなに溜息ついちゃうくらいなら、他の仕事探せばいいんじゃないですか?
市之瀬 そうなんだけどね。でも、がんばるよ。北川くんが来てくれたから。うん、がんばれる。
北 川 何ですか、それ?
市之瀬 だから、ほんとにやめようかなと思ってたんだよね。でもさあ……
北 川 真奈美ちゃんがいるし……
市之瀬 (驚く)お、何でそれを?
北 川 さっき、話したじゃないですか? もう耳にタコですよ。
市之瀬 そうなんだよね。だからなんだよね。
北 川 そんなに好きなら、ちゃんとアプローチすればいいじゃないですか?
市之瀬 したよ、したけど、だめなんだよ。
北 川 だったら、あきらめるんですね。
市之瀬 でもなあ……
北 川 (ひとりごと)ああ、ほんとにめんどくさい。(市之瀬に)ほら、行きますよ。
市之瀬 北川くんは、独り暮らしなの?
北 川 え? あの何て言うか……。だめですよ。うちに来るのは。
市之瀬 そうか、彼女と一緒か、そうだよね、そんなにいい男なんだもんね、ほっとかないよね。
北 川 そんなんじゃないですよ。
市之瀬 いいよ、いいよ、僕に気を遣ってくれなくても。僕はね、両親と同居ですよ。長男だからね。実家で面倒見ることになっちゃって。わかる、そういうつらさ。
北 川 はいはい。だったら、もっとちゃんとした仕事探せばいいんじゃないですか? 資格持ってるんだから、塾の講師とか?
市之瀬 まあ、そうなんだけどね。うまくいかないんだよ。なかなかね。北川ちゃんはどうなのよ、会社やめて、こんなバイト暮らししてて、彼女心配してるんじゃないの?
北 川 市ノ瀬さんに言われたくないです。
市之瀬 ま、それはそうだ。よし、もう一軒行こうか?
北 川 そんな、無理ですって。
市之瀬 じゃあ、いいよ、一人で行くから。

市之瀬、反対に歩きだすが、立ち止まる。

北 川 もう。市ノ瀬さん。
市之瀬 北川くん、僕とつきあってくれないかな?
北 川 は?
市之瀬 帰りたくないんだよ。つきあってくれないかな? もう一軒。
北 川 ……どうしたんですか?
市之瀬 まだ話してないんだよね、学校やめたこと。
北 川 え?
市之瀬 なかなか言い出せなくてさ。言ったら、何て言うだろうと思って。それがめんどくさくってさ。だから、ほら、今日もスーツ着てるじゃない。毎朝、学校行ってたのと同じ時間に家を出て、少し時間つぶしてから事務所に行ってるんだよ。ばかみたいでしょ?
北 川 ……ちゃんと言えばいいじゃないですか? 普通になんでもなく。
市之瀬 他人事だと思うからそんなこと言えるんだ。一度ね、タイミングを外しちゃうと、なかなか言えないもんなんだよね。
北 川 いつまで内緒にしておくんです?
市之瀬 わかんない。北川くんとこはどうなのよ?
北 川 は?
市之瀬 会社やめたとき、彼女なんて言った?
北 川 なんてって、「ああ、そうなの」って。
市之瀬 ほんとに? いいねえ。すっきり言えてるってことがうらやましい。
北 川 ほんとはそうじゃないです。「そんなんでやめることないじゃないよ」って。
市之瀬 あ、やっぱりね。そうだよね。それが普通の反応だよね。でも、わかってくれたの?
北 川 まあ、しょうがないですから。でも、あんまり話せなくって。
市之瀬 うん、わかるわかる。
北 川 一緒に住むようになってから、ずっとそうなんですよ。初めは、僕が九州にいて、向うはこっちで。遠距離だったんです。
市之瀬 お、かっこいいね。
北 川 で、やっぱり東京に出てきたいなと思って、こっちの仕事探して、出てきて、一緒に住むようになったら、なんだかだんだんすれ違いっていうか、なんていうか……
市之瀬 ふんふん。
北 川 離れてるときの方が、ちゃんと話してたような気がして。どう考えてもそうなんですよ。毎晩電話してたし、あの頃は。でも、その距離がもどかしい気がして、一緒に住もうって、そう思ったのに。なんだか、うまくいかなくって。これって、みんなそうなんですかねえ? だったら、別々に住もうかとも思ったんですけど、そうしたら、今度こそ、ほんとに終わっちゃいそうで、それも怖くてできなくて……。

市之瀬、眠っている。

北 川 市ノ瀬さん!
市之瀬 (起きて)いいねえ、恋してるってかんじだ。
北 川 そんなんじゃないですよ。
市之瀬 ドキドキしてたいと思ってるわけでしょ? それは恋だよ。間違いない。
北 川 市ノ瀬さんだって、ドキドキしてるんじゃないですか?
市之瀬 うん、してるよ。それも間違いない。北川くん。
北 川 はい。
市之瀬 北川くん、がんばろう! 男同士。ノンケ同士。
北 川 ……。
市之瀬 よし、じゃあ、もう一軒、行こうか? よし、行こう!

市之瀬、今度は自分で歩いていく。
北川、後をついていく。

*       *       *

 
 同じ頃、事務所の休憩室では、島谷と永山が休憩中。

島 谷 やっぱり若いと違うねえ、飲み込みが早いっていうかなんていうか。
永 山 そんなことないですって。
島 谷 いや、あるある。私なんか最近だもん、顔文字使うのに抵抗なくなったの。
永 山 はあ。
島 谷 あんた抵抗ある?
永 山 いえ、別に。
島 谷 そうでしょ。だめなのよ、アタシ。古ちゃんにさ、携帯からのメールってことになってるんだから、できるだけ顔文字をいっぱい使うようにって言われてるんだけど。あれってさあ、文章に対する冒涜だと思うのよね。
永 山 はあ。
島 谷 だから、言葉で説明できない気持を、記号で表すってことでしょ? なんだか、それって逃げてる気がするんだわ。
永 山 でも、やっぱり、「ごめんなさい」って、ただ一言よりも、こうペコリってしてる顔文字入れた方が伝わるじゃないですか。
島 谷 伝わる? 何が?
永 山 だから、微妙なニュアンスが。
島 谷 そんな微妙なものは、本文で伝えろっていうの。もしくは、読む側がくみ取るっていうの? たしかに、高校生のメールのやりとりで、誤解がもとで刺しちゃったとかそういう話聞くけどさ、それって、顔文字でごまかしてれば、だいじょぶだったってそういう話?
永 山 それはわかりませんけど、でも、言葉にならないものを伝えたいっていう気持は大事なんじゃないですか?
島 谷 言葉で伝わらないものが、あんなマークで伝わるかねえ? その逃げ方が日本人なんだなあって思わない?
永 山 顔文字は日本だけじゃないですよ、英語でもあるって聞きました。ただ、顔がこう(やってみる)横向いてるんですけど。
島 谷 でもさあ、始まりは絶対に日本だと思うよ。絶対日本的。
永 山 じゃあ、島谷さんは、使わないんですか? 顔文字?
島 谷 使うよ。仕事だからね。あれもやるよ、(笑)とか(涙)とか(爆)とか。(爆)って何なの? 爆笑、爆発? そんなんで通じてるの?
永 山 たぶん。
島 谷 あんたさあ、市ノ瀬くんに教えてあげてよ、そのへんのセンスっていうの、ノウハウを。
永 山 市ノ瀬さんですか?
島 谷 もと教師だったらさ、子供の間で何が流行ってるかぐらい把握しておくべきだと思うよ。
永 山 でも、先生にメールはしないんじゃ……
島 谷 わかんないよ。

島谷、あたりを見回す。

島 谷 あの人、なんで学校やめたんだと思う?
永 山 さあ? 何でなんですか?
島 谷 私も知らないんだけどさ、ちょっと想像してみるとだね、何て言うか出会い系サイトにはまってたのが学校にバレて、いずらくなったんじゃないかって。
永 山 そんなことってあるんですか?
島 谷 あるある、こないだ ニュースでやってたんだけど、高校の教師がやっぱりはまっちゃって自分の写真を送ったんだって、それも、結構エロいやつ。それだけなら、何も問題にならないんだけど、相手が学校の卒業生でさ、面が割れちゃって。おもしろ半分に、学校に連絡されちゃったんだって。メールで、しかも写真貼付して。
永 山 うわ。
島 谷 で、解雇。ま、たしかに、教師としてはちょっとまずかったかもしれないよね。でもさ、気の毒だよね。
永 山 それが市ノ瀬さんなんですか?
島 谷 違うよ、違うけど、ありうる話じゃない?
永 山 そういえば、なんだか、元気ないですよね。影がうすいっていうか。
島 谷 でしょ? あんたもそう思った?
永 山 ええ?
島 谷 そうなんだよねえ。あんたと並ぶとほんとに月とすっぽんってかんじよね。
永 山 そのたとえ変じゃないですか?
島 谷 え、そう? そうかね?

古沢がやってくる。

古 沢 なんだか急にヒマになっちゃったね。
永 山 ほんとですね。さっきまであんなにバタバタしてたのに。
島 谷 みんなそれぞれ、会いたい相手に会ってどっかにしけこんでるか、もしくは、諦めて寝たのよ。一人淋しく。
古 沢 (永山に)しばらく休憩してていいよ。なんだったら、あそこで横になってもいいから。(島谷に)掘り起こし適当にしておいて。
島 谷 了解。
永 山 掘り起こしって?
島 谷 やりとりが終わっちゃった相手に、「久し振りにメールしてみました、元気ですか?」ってやるの。
永 山 ああ、なるほど。
島 谷 向うから来るの待ってたら、すぐ終わっちゃうからね。
永 山 僕もやります。
古 沢 だいじょぶ? 結構微妙なんだけど。
島 谷 だいじょぶ、だいじょぶ。この子センスあるから。顔文字も使いこなすし。
古 沢 じゃあ、よろしく。
島 谷 ねえねえ、市ノ瀬さんって、何で学校やめたの?
古 沢 え?
島 谷 聞いてないの? 話してないの?
古 沢 知らないよ。
島 谷 ねえ、聞いて。
古 沢 何?
島 谷 興味あるじゃない、お願い。
古 沢 いいじゃない。そんなこと、関係ない。
島 谷 ほんとに淡泊よね。あんたって。他人には興味がないっていうか、何ていうか。
古 沢 これまで話してないんだから、きっと言いたくないんだよ。
島 谷 思いやり、思いやりってわけね。

雅代がやってくる。

雅 代 こんばんは、お疲れさま。
島 谷 どうも。
永 山 こんばんは。
雅 代 今、ひま? ひまよね?
古 沢 それって、社長がうれしそうに聞いてどうするんですか?
雅 代 ご飯食べた? シチュー作ったの? よかったら、みんなでどう?
島 谷 やった! ゴチ! いつもすいません。
古 沢 いいですよ、大事になるから、こないだも、ここで流しそうめんやって、真奈美ちゃんに怒られたじゃないですか。掃除が大変だって。
雅 代 だいじょぶよ、シチューは流さないから。それに、持ってくるのあれなんで、食べに来ないかと思って。どう?
永 山 食べにって?
雅 代 あ、私、ここの上に住んでるの? どう、夜食よ。ケーキもあるし。おいしい紅茶買ってきたの。無農薬よ。
島 谷 よし、じゃ、行こう行こう。いただきます。
古 沢 じゃ、行ってきて、僕留守番してるから。
雅 代 いいじゃないの、一緒に。
古 沢 誰もいないのはまずいでしょ。
雅 代 わかった。じゃあ、私もちょっと残ろうかな。みちるちゃん、わかるわよね。(鍵を渡す)鍵これ。お皿もう出してあるから。
島 谷 はいはい、了解。よし、行くぞ、新人。
永 山 はい。

島谷と永山、退場。

雅 代 ねえ、怒ってるの?
古 沢 は?
雅 代 お友達採用しちゃったこと。
古 沢 そんなことないですよ。
雅 代 そう? なんだか、元気がないって評判よ。
古 沢 評判って誰ですか?
雅 代 まあ、いろいろと。ごめんね。私、仲良しなんだとばっかり思って。わかってるのよ、祥ちゃんが、ここゲイばっかりにしたいって思ってるの。そうだったわよね。ここ始めるとき、そういう話したじゃない。私、賛成したわ。それはいいわねって。
古 沢 そんな大したことじゃないよ。
雅 代 私ね、祥ちゃんには悪いことしたなあと思ってるの。ほんとよ。
古 沢 そんなもういいよ。なんとも思ってないから。
雅 代 私は、やっぱりどこかで許せないと思ってるのよ。浩之のこと。あんなにカミングアウトだ、ゲイの人権だって、言ってた人が、どうしてあんなに簡単に結婚できちゃうわけ?
古 沢 よくわかってなかったんじゃない、自分のことが。そういうのってあるじゃない。本当に自分っていうの。
雅 代 それは本人はいいわよ、その時々の本当の自分見付けてれば。でも、まわりの人間はどうなるの? 初めて告白されたときはもう死ぬかと想って、それでも、だんだん、受け入れて、祥ちゃん紹介されたときもびっくりして、でも、いろんな集まりに顔を出して、本も読んで、映画も見て、パレードにも行って、ようやく、私の母親としてのこれからの生き方がま見えててきたかとおもったら、「やっぱり結婚することにした」って。どういうことよ?
古 沢 でも、よかったじゃん、孫の顔見れて。やっぱりおめでただったんでしょ?
雅 代 どうして知ってるの?
古 沢 ちょっとね。
雅 代 私はいいの、私よりも祥ちゃんに悪かったと思って。ううん、やっぱり私かな。だって、ゲイの息子って素敵、重い荷物も持ってもらえるし、一緒に映画見て泣けるわって楽しみにしてたのに。
古 沢 だから、映画なら、一緒に行くって言ってるじゃない。何が見たいの?
雅 代 「ハリー・ポッター」。って、そういうことじゃないの。だから、祥ちゃんの好きにしていいから、ここ。楽しいのよ、一緒に何かをしてるっていうのが。
古 沢 僕も。
雅 代 なんだか悪いみたい、ご両親に申し訳ないわね。
古 沢 平気、平気。全然、つきあいないから。
雅 代 そう。やっぱり、あの人やめてもらおうか?
古 沢 いいよ、僕も、ひさしぶりに一緒にいられてうれしいから。
雅 代 そう、ほんとにそう?
古 沢 ほんとだって。感謝してる。
雅 代 じゃあ、シチュー食べて。
古 沢 どうしてそうつながるかな?
雅 代 いいから、行こう。行こう。
古 沢 わかった、じゃ、先行ってて、すぐ行くから。
雅 代 じゃあ。

雅代、退場。

古沢、事務所に一旦戻ろうとすると、入ってくる津田に出くわす。
津田、大きなバッグをいくつか持っている。

古 沢 あれ、津田さんどうしたの? 今日はもうあがったんじゃなかったっけ?
津 田 古沢くんも、今日のシフトじゃあ、入ってないはずじゃあ。
古 沢 ちょっと忙しくなったんで、残ってた。
津 田 あ、そう……。
古 沢 なんですか、その荷物?
津 田 あ、ちょっと……
古 沢 (ふざけて)まさか、本気でここに引っ越してくる気じゃないでしょうね?
津 田 まさか、そんな……
古 沢 そうですよね? じゃあ、その荷物は何ですか?
津 田 本気で引っ越しってわけじゃないんだけど、何て言うか、軽いノリでちょっとお世話になりますっていうのはダメかな?と思って。
古 沢 は?
津 田 ねえ、だめかな? ほんの軽いノリ。うそ、ほんとは、かなりマジなんだけど。
古 沢 アパートどうしたんですか?
津 田 どうしたって、あるよ、アパートは。
古 沢 じゃあ、なんで?
津 田 ちょっといろいろあって。
古 沢 まさか、家賃が払えなくって追い出されたとか?
津 田 いや、そうじゃなくて……
古 沢 しつこい、ストーカーにつけねらわれてるとか?
津 田 あ、ちょっとだけおしい!
古 沢 ストーカーって、何したんです?
津 田 いやストーカーじゃなくてさ、なんていうか……
古 沢 何があったんです? 誰なんですか、いったい?
津 田 誰って、それは、あの、チワワの会社の人かな?
古 沢 は?
津 田 目がウルウルしてる。それから、むじんくんもちょっとね。
古 沢 もしかして、サラ金? 津田さん、何やってるんですか?
津 田 何もやってないって。ただ、気がついたら、ものすごいことになってて。あ、別にヤクザが取り立てに来るって言うんじゃないんだ。でもさあ、なんて言うか。しょっちゅう電話かかってきて。困っちゃうのよね。
古 沢 それで、逃げてるんですか? それはまずいでしょ?
津 田 だって、しょうがないんだって。
古 沢 うちで結構働いてるじゃないですか、それでなんでそんな逃げなきゃならないほどになってるんです?
津 田 だからさあ、ここに来た時点で、実はもういろいろあって。だから、あれだよ。いくら払ってもなくならないし。生活はしなくちゃいけないし、家賃だって、洋服だって買わないと。そうしたらさ、こういうことになっちゃったんだよ。
古 沢 それだめですよ。ここに来るんじゃないですか?
津 田 だいじょぶ、来ない、来ない。職場、前のとこのまんまにしてあるから。心配しないで。
古 沢 心配しますよ。もう、だめですよ、逃げてちゃ、ちゃんとしないと。
津 田 わかってるんだって。だからさ、ちょっと息がつきたいの。絶対迷惑かけないから。そのうち、ちゃんと整理しようってそう思ってるんだから。
古 沢 そのうちっていつですか? そのうちって思ってるんだったら、今やればいいじゃないですか。
津 田 いろいろ事情があるんだよ。
古 沢 だめです。そんなよくないですよ、逃げてちゃだめですって。
津 田 逃げてちゃだめ? そんなふうに人のこと言えるわけ?
古 沢 何のことですか?
津 田 北川くん。
古 沢 彼が何です?
津 田 あの人ノンケじゃないでしょ?
古 沢 何言ってるんですか? 自分で言ってたじゃないですか。聞いてたでしょ。
津 田 あれはウソだね。
古 沢 何言ってるんですか?
津 田 じゃあ、どうして、一緒に住んでるの?
古 沢 ……。
津 田 つき合ってるんでしょ?
古 沢 だから、それは……
津 田 なんで隠すかな? 別にいいのに、ここはゲイがいっぱい、ノンケはマイノリティなところなのに。
古 沢 だから、それは……
津 田 社長に気兼ね? ああ、たしかにねえ、ここで仲良く「母一人子一人」やってるのに、息子の恋人が急に登場しちゃ、それは微妙よね。
古 沢 そんなんじゃないですよ。
津 田 じゃあ、どうして黙ってるかな?
古 沢 それは、向うがああ、言ってるから……
津 田 やっぱりそうだったんだ! いろいろありそうだねえ。だいじょぶだよ、これからは、僕が相談に乗るから。もちろん、みんなにはひ・み・つ!
古 沢 ……。
津 田 人にはなかなか言えないイロイロがあるわけでしょ? だったら、僕のイロイロもわかってよ。
古 沢 ……。
津 田 絶対に迷惑かけないから。ほんとだって。引っ越してくるって言ったって、今までと何も変わらないんだから。
古 沢 わかりました。しばらくの間だけですよ。
津 田 サンキュ! たすかった。ねえねえ、みんなどこ行っちゃったの?
古 沢 社長のとこで夜食。
津 田 あ、そう。じゃあ、僕も行ってみようっと。いいかな? いいよね?
古 沢 どうぞ、行ってらっしゃい。
津 田 じゃあね。

津田、退場。
古沢、一人残って津田の荷物を見ている。

暗 転 

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