美女と野獣
Kiss changes everything?

第3場・第4場

<<<第2場<<<

>>>第5場・第6場>>>

 あやしげなムードが漂う室内。
 そのうちにわかるが、これはリュウジの見ている夢である。
 グロリアが女装をしている。少し離れてみているリュウ
ジ。

リュウジ なあ、ピストル、今どこにあるんだ?
グロリア ……秘密。
リュウジ いいじゃないか、教えろよ。
グロリア 何で知りたいのよ、そんなこと?
リュウジ ピストルってさ、ものすごく錆びやすいんだよ。だから、ちゃんとしまっておかないと、すぐに使えなくなる。
グロリア あら、そういうもんなの?
リュウジ 常識だよ。まあ、おまえに言ってもしょうがないけどな。
グロリア そうなの、それは困るわね。
リュウジ だろ? だから、どこにあるんだ今?
グロリア 本当言うとね、ずっと持ってるの、ここに。
(バッグから取り出し)ほら。

 リュウジにピストルを見せる。

リュウジ やっぱり。そんなことだろうと思った。まずいな。
グロリア え、何? だめなの、ここじゃ?
リュウジ 見て見ろよ、もう錆びてる。
グロリア ウソ? 本当?

 とピストルを見てみる。

リュウジ 本当だって、ほら、そこ。
グロリア どこ?
リュウジ ほら、ここだって。

 などと言いながら、リュウジはグロリアに近づき、ピストルを取り上げてしまう。

リュウジ ふふふ、ひっかかったな。
グロリア あ、返してよ。
リュウジ 返すわけねえだろ。いいから、そこどけ! オレは出て行くんだ!
グロリア 無理よ、そんなの。だって、あんた足に怪我してるじゃない。
リュウジ もうとっくに治ってるんだよ。今までずっと芝居してたんだ。いいから、どけ!
グロリア いや。あんたは私のものよ。絶対に逃がさないわ。
リュウジ どかないと撃つぞ。
グロリア いいわよ、撃ちなさい。撃てるもんなら。

 リュウジ、撃つ。グロリア、倒れる。
 リュウジ、グロリアをけ飛ばしてみる。
 と突然立ち上がるグロリア。驚くリュウジ。

グロリア ごめんなさいね。悪いけど、私、そんなんじゃ死ねないみたい。
リュウジ 何?

 焦るリュウジ。もう一度撃つが、グロリアは平然としている。

グロリア 弾のムダじゃないかしら?
リュウジ 畜生!

 リュウジ、なおも撃つが、グロリアは不死身。
 グロリア、リュウジに近づき、ピストルを取り上げる。

グロリア 預かっておくわね、これ。物騒だから。
リュウジ 返せよ、おもちゃじゃないんだ。
グロリア わかってるわよ。今撃たれたから。そうね、もう一度確かめてみる?

 グロリア、ピストルを向けながら、リュウジに近づいていく。
 後ずさりするリュウジ。だが、もう後がない。
 リュウジは悲鳴を上げる。
 暗転、そして銃声が聞こえる。

*          *           *

 ソファに寝ているリュウジ。
 グロリアは、心配そうにリュウジの顔をのぞき込んでいる。
 リュウジ、目を覚ます。

リュウジ(グロリアに気がつき、驚いて)何してんだよ。
グロリア そんなに驚くことないでしょ。あんたが苦しそうにしてるから、見ててあげたんじゃない。
リュウジ だからか?
グロリア だからって何?
リュウジ いいから、あっち行けよ。
グロリア どうしたの、あんた、汗びっしょりじゃない。
リュウジ なんでもねえよ。大丈夫だって。
グロリア 悪いけど、大丈夫ってかんじじゃないわよ。
リュウジ ちょっと、ふらふらするんだ、昼間から。なんだか熱っぽくって……
グロリア やだ熱?

 リュウジの額に手を当てようとするグロリア。

リュウジ よせよ。
グロリア いいから
(リュウジの額に手を当てる)ちょっと、すごい熱じゃない。どうしたのよ、あんた?
リュウジ オレに聞くなよ。
グロリア 昨日までは何ともなかったじゃない。あ、もしかして、傷口化膿とかしてんじゃないでしょうね?
リュウジ ああ、ちょっとな。
グロリア 何が「ああ、ちょっとな」よ。かっこつけてる場合じゃないでしょ。ちょっと、見せなさい。
リュウジ いいって、手当ならもうした。
グロリア だから、言ったじゃない。どうすんのよ?
リュウジ 放っときゃ治るって。
グロリア 放っといたから、こうなったんでしょ。病院行きましょ。
リュウジ うるせえな、行かねえって言ってんのがわからねえのかよ!
グロリア 本当に頑固な男ね。わかったわ。ちょっと出てくる。

 と出て行こうとする。

リュウジ どこ行くんだよ。
グロリア クスリ買ってくるのよ。夜中でも開いてるとこ知ってるから。
リュウジ クスリならもう飲んだ。その中に入ってたやつ。
グロリア あんなのただの痛み止めじゃない。
リュウジ 平気だ、たくさん飲んだから。
グロリア バカね。そういうことじゃないでしょ。
リュウジ バカバカ言うな!
グロリア とにかく行くわ。待っててね。
リュウジ クスリなんかいいから、ここにいろよ!

 立ち止まるグロリア。

リュウジ ……おまえみたいなやつでも、いないよりはいた方がましなんだよ。そういうことだよ。
グロリア いいわよ、いちいち言わなくて、わかってるから。
リュウジ ……おまえさ、一晩中ここに一人でいるとどんな気持ちがするか知ってるか?
グロリア 知ってるわよ、だって、あんたが転がり込んでくるまで、私ずっと一人だったもん。
リュウジ そうじゃなくて。いいか、オレはどこにも行けないんだ。だから、おまえが来るのを待ってる。
グロリア あら、待っててくれたの、うれしいわ。
リュウジ しょうがねえだろ、他にすることねえんだから。昼間は、あの窓から差し込む日の光がつくる影が、向こうからこっちにずっと動いてくの見てる。日が暮れて、その影もなくなると、一気にこの部屋暗くなってくる。そんで、電気つけるとなんだかまぶしくってさ。なんだか余計……
グロリア 余計、何?
リュウジ ……腹が減ってくるんだよ。
グロリア よーくわかったわ。あんたは、私じゃなくて、私が持ってくる食料を待ってるのね、一日中。
リュウジ 当たり前だろ。
グロリア 何か、食べる、今? お腹空いてるんじゃないの?
リュウジ いらねえよ。
グロリア じゃあ、水でも飲む?
リュウジ いいって、放っとけよ。
グロリア でも、熱があるときは水分たくさん取った方がいいのよ。
リュウジ うるせえな、いちいち世話焼くなよ!
グロリア 悪いけど、そんな状態で威張っても、全然迫力ないわよ。いいから、おとなしくこれ飲んで寝なさい。

 グロリア、リュウジに水を渡す。
 リュウジ、しぶしぶ受け取り、飲んで、また横になる。
 間

リュウジ 何してんだよ。
グロリア 見てんのよ、あんたのこと。
リュウジ 見るなよ。
グロリア しょうがないでしょ。他に何すんのよ。
リュウジ 落ち着かないんだ、よせ。
グロリア 面倒くさい男ね。もう。わかったわよ、じゃあ、見ないわよ。

 間

リュウジ 何かしゃべれよ。
グロリア いい加減に寝たら?
リュウジ 眠れないんだ。
グロリア じゃあ、朝まで起きてろ!

 間

グロリア 音楽でもかけようか? 静かなやつ。
リュウジ いい。

 間

リュウジ なあ、ピストル、今どこにあるんだ?
グロリア 言ったでしょ。秘密の場所にちゃんとしまってあるって。
リュウジ 本当か?
グロリア 本当よ。
リュウジ まさかあのバッグに入れて持ち歩いたりしてないよな?
グロリア そんな危なっかしいことするわけないでしょ。
リュウジ そうだよな。
グロリア どうしたのよ?
リュウジ いや、さっき、おっかない夢みたんだ。
グロリア どんな?
リュウジ オレがおまえからピストルを奪い取って、おまえを撃つ。
グロリア ちょっとどういうこと、それ?
リュウジ でも、おまえは絶対に死ななくて、逆にオレに襲いかかって来るんだ。
グロリア わあ、それは怖いわ……って、どういうことよ、それ? 何であんた私撃つのよ? 失礼しちゃうわね。
リュウジ しょうがねえだろ、夢なんだから。
グロリア あ、でも、人を殺す夢って、愛情の裏返しなんだって、聞いたことある。もう、やだ、リュウジったら、素直に言ってくれたらいいのに。本当、ひねくれてるんだから。
リュウジ 勝手に言ってろ!

 グロリア、タオルを水で濡らして、リュウジの額に当てる。

グロリア 明日になっても熱が下がらなくて、そんなバカな夢ばかり見てるようだったら、本当に病院連れてくわよ、力ずくで。あんたが何て言おうと。
リュウジ ……。
グロリア それがいやだったら、朝まで頑張って、熱下げることね。
リュウジ おまえ、朝までいるのか?
グロリア ……しょうがないじゃない。今日は特別サービスよ。

 間

リュウジ そうだ、「グロリア」の続きはどうなるんだ?
グロリア 何、まだ起きてるわけ?
リュウジ そのうちに眠るから話せよ。
グロリア 私おやすみタイマーセットしたテレビじゃないんですけど。
リュウジ どうなるんだあれから?
グロリア ……どこまで話したっけ?
リュウジ 豪華なホテルのフロントで、嫌みなジジイに門前払い食うところ。
グロリア そうだったわね。グロリアとフィルは、今晩泊まるところを探してるのよね。次のシーンはバスの中。グロリアがフィルに「靴下はきなさい」って世話を焼くの。フィルは「いやだ、はかない」って言うのね。グロリアは「母親の気分だわ」ってこぼすわ。そうするとフィルは言うの、急にマジになって「ママじゃない。ママはもっときれいだった」って。グロリアはむかつくわけ。バスを降りた二人は、グロリアの古い友達の経営する安ホテルに泊まることにするの。すっごいぼろぼろなホテルなの、これが。フロントの太った男は、鍵は開いてるから、どこでも好きな部屋を使っていいって言うの。起きてる?
リュウジ ああ。それから?
グロリア 場面が変わると、そのホテルの部屋。フィルが窓から外を見てるわ。赤いネオンが顔に映って、まだ六歳の子どもなのに、なんだかとっても大人びて見える。グロリアはシャンプーした髪をタオルで拭きながら、「標的になってもしらないわよ」って言うの。こんなとこまで来ても、まだ危険がいっぱいってわけ。しばらくして、グロリアはベッドに横になるわ。フィルも窓から離れてベッドに来るの。そうそう、グロリアはね、真っ赤なキモノをガウンにして着てる。フィルはパンツ一枚。子どもだからね。グロリアは、フィルがとなりに来ると、背中を向けるの。やっぱり昼間の一言はショックだったのよ。それでも、フィルはスタンドの明かりを消して、横になるわ。グロリアのとなりに。ちょっと間があって、フィルは聞くの。「起きてる?」って。グロリアは向こうを向いたまま返事するわ。「どうしたのよ?」って。フィルは、「ネオンがまぶしくて眠れないんだ」って答えるの。グロリアは「明日は早いんだから、もう寝なさい」って言うんだけど、仕方ないから、起きあがって、フィルの髪をなでてやることにするの。そうすると、フィルが言うのよ。「さわってもいい?」って。「何をさわるの?」って聞くと、「髪だよ」って。それから、フィルはおそるおそる尋ねるわ。「気分はどう?」って。グロリアは答えるの。「最高よ、こんなに若い子と寝られて」って。

 リュウジ、笑っている。

グロリア ねえ、あんたいくつ?
リュウジ 二十三。
グロリア そう、じゃあ、私の六つ下ね。……ウソよ、八つ下。
リュウジ それから?
グロリア それから、フィルはこうも聞くの。「ぼくのこと好き」って。グロリアは答えるわ。「よく知らないからわかんない」って。フィルは話し始めるわ。「ぼくが大きくなって強くなったら、怖いものなんかなくなるかな。今は、音がするたびにびくびくしてるけど」。グロリアは言うわ。「私は平気よ」「怖い夢も」「全然」「夢見ないの?」「見ないわ」「目を閉じたら、終わり?」「一体何が言いたいわけ、あんた?」。フィルは言うの。「聞いてみたいことがあったんだ」「何?」「ねえ、恋したことある?」グロリアは言うわ。「よしてよ、子どものくせに。私はあんたの倍も体重があるのよ」そう言って、フィルをベッドから押しのけるの。「もう黙って寝てちょうだい」って。フィルはベッドから転がり落ちるんだけど、すぐに上がってくるわ。グロリアはまた背中を向けて寝てるんだけど、フィルはグロリアのとなりに横になる。枕に顔を埋めてるからよくわからないんだけど、たぶん、ほっとして、そのまま眠ったんじゃないかと思うわ。だから、いいかげんにあんたも寝なさい。

 そこまで話してリュウジを見ると、リュウジはもう寝ている。
 グロリアはバスタオルを持ってきて、リュウジにかけてやる。
 いすに腰掛けて、リュウジの寝顔をじっと見ている。

暗転

.

<<<第2場<<<

>>>第5場・第6場>>>