美女と野獣
Kiss changes everything?

第7場

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 数日後
 夜
 グロリアが、メーキャップを落としながら、話をしている。
 リュウジは、新聞を読みながら、何となく聞いている。

グロリア グロリアとフィルは地下鉄で逃げるの。急行に乗り換えようとするんだけど、フィルは乗り込んでくる乗客に押されて下りることができないの。ドアが閉まったわ。「いい、次の駅で下りるのよ」ってグロリアは叫ぶんだけど、フィルには聞こえない。電車は行ってしまったわ。グロリアは、一人ホームで電車を待つの。暗い表情をして。電車が入ってきたわ。グロリアは、やつらが乗ってないことを確認してから乗り込むの。吊り革につかまって考えてるわ。これからどうしようかって。そうすると、隣の車両からやつらがやってくるのよ。グロリアは向かい合うと、突然、若い男をぶん殴っちゃうの。でも、男も負けてないわ、すぐに殴り返すの。だけど、親切な乗客が、その男を取り押さえるのね。グロリアは、バッグからピストルを取り出して、やつらに突きつけて言うの。「何よ、チンピラの癖に。腰抜けね」駅に着いたわ、ホームの隅にフィルが立ってる。グロリアは、やつらに向かって言うわ、「恥ずかしくないの? 女にこんなこと言われて」そして、ピストルを突きつけてたまま、地下鉄を下りていくの。目の前でドアが閉まる。グロリアは、フィルに「走るのよ」って叫んで、一気に走りだすの。ああ、疲れた。……今日はここまでね。

 グロリアは、衝立の陰で着替えを始める。

リュウジ グロリア。なんで、お前、こんな映画が好きなんだ?
グロリア 失礼ね、何よ、こんな映画って。いい映画だからに決まってるでしょ。
リュウジ だって、全然パッとしないじゃないか。オバサンが子供連れて逃げて歩くだけなんだろ?
グロリア ああ、もうそんなんじゃないの。私の説明が下手なのかしら。いい、これは特別な映画よ。
リュウジ 今いち、よくわかんないんだよな。
グロリア あんただって、見たらわかるわよ。最高よ。
リュウジ だって、このグロリアって、ただのオバサンなんだろ?
グロリア ただのおばさんじゃないわよ。ビッチなおばさんよ。
リュウジ おばさん同志、身近に感じるってわけか?
グロリア 私はおばさんじゃないわよ。
リュウジ 時間の問題だな。
グロリア 何ですって?
リュウジ 何でもねえよ。
グロリア 私が、グロリアのこと好きなのは、多分、グロリアが思い切り突っ張ってるからだと思う。
リュウジ ……?
グロリア ほら、グロリアは、フィルのことがだんだん大事になってくるんだけど、だからって、絶対にフィルに優しくしたりしないの。多分、そんな自分にちょっと腹立ててるんだと思う。何で、私がこんなガキにマジになってんのよ。やってらんないわって。
リュウジ そうか。
グロリア そうよ。あんたと同じよ。素直じゃないし、めちゃくちゃだし。口悪いし。
リュウジ でも、イカしてるんだろ?
グロリア でも、あんたみたいなドジは踏まないのよ、グロリアは。
リュウジ ふん。

 グロリア、衝立の陰から出てきて、イスに腰を下ろし、何か考えている風。

リュウジ(グロリアの様子を見て)どうかしたのか?
グロリア え? 何?
リュウジ 何かあったのか?
グロリア 別に?
リュウジ ここんところ、さっさと来て、さっさと早く帰るじゃないか。
グロリア 何でもないわよ。……ちょっと疲れてるだけ。仕事が忙しくて。もう、バカなオヤジがいてさ、いくら教えてもパソコン使えるようにならないのよ。私はあんたの秘書じゃないっていうの。
リュウジ そうか? 新しい男ができたとかいうんじゃないだろうな?
グロリア あんたの口からそんな質問聞くとは思わなかったわ。
リュウジ できたのか?
グロリア 悪いけど、私、あんた一人で手一杯なの。そんな余裕ないわ。
リュウジ 俺のことなら、気にすんなよな。もうずいぶん歩けるようになったし。もうじき出て行ってやるからさ。
グロリア 決めたの、どこ行くか?
リュウジ まあな、取り合えず、田舎にでも帰ってみるかな。
グロリア ……じゃあ、私も、もうじき、楽しい一人暮らしが再開ってわけね。
リュウジ なんなら、しばらくいてやってもいいんだぜ。お前が淋しいって言うんなら。
グロリア そうね、あんたがいなくなったら、きっと淋しくて淋しくて清々するわ。
リュウジ 俺もだぜ。

 リュウジ、新聞を読み始める。

グロリア 何かおもしろい記事ある?
リュウジ 別に。
グロリア マンガとエッチなとこしか読んでないんでしょ?
リュウジ 当たり前じゃん。
グロリア ねえ、こないだ載ってたの読んだ? そこの公園で殺人事件があったってやつ。
リュウジ ああ、駒沢だろ?
グロリア そう、知ってた?
リュウジ ああ。
グロリア 男二人で話し合ってるところを刺し殺されたんだって、ひどいわよね。まだ十九の男の子よ。新聞には何も書いてないんだけど、きっとゲイの子じゃないかと思うの。
リュウジ そうだろうな。きっと。
グロリア 何で、そう思うの?
リュウジ だって、あそこ、ホモが集まる公園だろ?
グロリア 何で知ってるの?
リュウジ 有名じゃん。違うのか?
グロリア そうなんだけど。ずいぶん前から、ホモ狩りとか言って、バッシングが起こってたの。
リュウジ お前行ったことあるか?
グロリア ないわよ。……私なんかもてるわけないし、行っても落ち込むだけだから、きっと。
リュウジ そうだろうな。
グロリア ちょっと、どういうことよ。失礼しちゃうわね。でも、何で、あんたそんなに詳しいの? やだ、まさか、行ったことあるんじゃないでしょうね? ホモ狩りとか言って……?
リュウジ ねえよ。
グロリア 本当に?
リュウジ ああ。
グロリア ……そう、良かった。

 間

リュウジ 本当言うと、一度だけ、あるんだ。
グロリア ……。
リュウジ 冗談なんだって。昔の仲間が行ってて、一緒に行ったけど、あんなことしたっておもしろくないし。何であんなことするのかわかんねえよな。まあ、暇つぶしにはなったけど。
グロリア 信じられない。本当なの?
リュウジ ああ、でも一回だけ。
グロリア ねえ、その昔の仲間って、今でも、やってんのかしら、そんなこと?
リュウジ さあな。もう卒業だろ。俺も、ここ一年ぐらい遠くなっちゃったから。
グロリア あんた犯人の心当たりとかない? 今の組織の連中が関係してるとは思えない?
リュウジ 関係ないって。そこいらのガキが勝手にやってるんだから。
グロリア そう。そうよね。いい大人がやることじゃないわよね。
リュウジ まあな。
グロリア でもよかったわ、あんたが関係なくて。
リュウジ 当たり前だろ。でもさ、もしそうだったら、どうしてた?
グロリア 決まってるじゃない、逆さ吊りにしてムチ打ち一〇〇回よ。それから、豪華なドレスにくるんで、警察の前に転がしておくの。もちろん、付けまつげにブルーのアイシャドーで。
リュウジ おっかねえな。
グロリア 見せしめのためにも一回やっといた方がいいかもね。そうだわ、友達と話して、逆にシメてやろうかしら?
リュウジ やめとけよ。
グロリア ……。
リュウジ 危なっかしいから、面白がってのぞきに行ったりするなよな。
グロリア わかってる。でも、ちょっと気にはなるの。どんな風なのかしらって。
リュウジ そんなに気になるなら、話してやってもいいぜ。
グロリア いいわよ。あんたが関係ないってことがわかれば、もういいんだから。
リュウジ だって、知らないんだろ、どういうとこなのか。教えてやるよ。
グロリア 何で、ノンケのあんたにそんなこと教わらなくちゃいけないのよ。
リュウジ いいって、いつもの映画の話のかわりだ。テニスコートの裏のあたりが一番多いって噂だったんだ。あいつらみんな金持ってるし、臆病だから、ちょっと脅かせば、すぐに金出して逃げるって。俺、あんまり気乗りしなかったんだけど、断るのも何だか面倒だから、行ってみることにしたんだ。
グロリア それ、いつ頃の話?
リュウジ 去年の春、四月の終わりだったかな。土曜の夜。仲間四人と待ち合わせて、着いたのはもう一時を回ってたと思う。そしたら、たしかにいるんだよ。たくさん。こんな夜中に、男二人でベンチに座ってたり、歩いてたり。植え込みの奥とかでも、何かやってるみたいなんだぜ。全く、よくやるよな。俺たちが目をつけたのは、ベンチに座ってるやつ。あそこ、あちこちにベンチが散らばってるじゃん。街灯も何となくそこだけ当たるようになってて、真っ暗な中から突然現れるみたいで効果満点ってわけ。そいつら、二人で話してた。おとなしそうな。さえないやつらだったな。二人並んで座ってるんだけど、何となく、間が近いんだよ。男が二人でベンチに座ってるだけなんだけど、どこか違うんだ。やっぱりホモなんだよなってかんじ。俺たち、そいつらの前に立ってさ、こう取り囲むみたいにして、それから「ホモのくせに、でけーつらしてんじゃねえよ」とか「気持ち悪いんだよ」「何してんだよ」って。やつらが逃げ出そうとするの、俺ともう一人がつかまえてさ。「金持ってんだろ。出せよ」って言ったら、一人はさっさと出したんだよ。財布投げてよこして。で、そいつは逃がしてやったんだけど、もう一人の方は、一生懸命突っ張ってこっちにらんでんだよ。むかついたから、「何にらんでんだよ」って、ひざで蹴り入れたりして。そいつ思いきり抵抗しやがってさ。まあ、何とかズボンのポケットからサイフ取ったんだけど、そいつ、急に、ものすごい悲鳴上げやがってさ。あんまりすごい声だから、俺たちが一瞬びびったら、その隙に逃げてった。追いかけようかと思ったんだけど、まあ、いいや、金も手に入ったしと思って、そのままにしといたんだよな。そいつ、しばらく逃げてって、こっち見て立ってた、肩で息切らして。街灯の下で俺たちのこと……。

 グロリアは、リュウジの方を見ていない。
 リュウジ、話しながら、何かを思いだし、グロリアを見る。
 グロリア、ポケットから眼
鏡を取りだして掛ける。

リュウジ ……
グロリア 久しぶり……。

 間

リュウジ お前だったのか……?
グロリア まあね。
リュウジ ……どういうことなんだよ?
グロリア 何が?
リュウジ 何でこんなことするんだよ?
グロリア こんなことって、何よ?
リュウジ お前が今までしてきたことだよ。ここでずっと……
グロリア さあ、何でかしらね。
リュウジ ……。
グロリア わかんないわ。

 間

リュウジ お前、知ってたんだろ、初めっから。だったら、ヤツラにでも、警察にでも、引き渡せばいいじゃないかよ。何で、こんなことすんだよ
グロリア だから、わかんないって言ってるじゃない。
リュウジ 何がわかんないだよ。
グロリア しょうがないじゃない。わかんないんだから。
リュウジ 復讐ってわけか?
グロリア 何よ、それ?
リュウジ そうだろ、俺をここに閉じ込めて。言ってたじゃないか、俺はお前のペットだって。
グロリア まあね。でも、私、あんたに何かひどいことした? 私は、あんたの手当てして、食べ物を上げて、話相手にもなってあげたのよ。
リュウジ だから、それが復讐なんだろ、お前の。

 間

グロリア ……そうね。そうとも言うわね。……そうよ。わかったわ、本当のこと言うわね。私、あんなに威張ってたバカなチンピラが、私だけを頼りに生きてくようになるのが見たかったの。いつになったら思い出すか、ずっと待ってたのよ。わくわくしながら。もうずっと思い出さないんじゃないかと思って、少し諦めかけてたのよ。でも、良かったわ。あんたのショック受けた顔が見れて。大成功ね。
リュウジ ……!
グロリア 何で、あんなことしたのよ?
リュウジ 知るかよ。
グロリア 知らないんなら、やめてちょうだい。あんたみたいに、何の理由もなく、思いつきや、ほんの冗談で、ゲイをバカにするやつらのせいで、私たちがどんなに迷惑してると思うの。それが、ついに人殺しまで。冗談じゃないわよ!
リュウジ お前ら、何で、あんなとこでこそこそしてんだよ。
グロリア あんたたちに関係ないでしょ。誰にも迷惑かけてないじゃない。
リュウジ 気持ち悪いんだよ。
グロリア じゃあ、わざわざ来て見たりしないことね。そんなに気持ち悪いんなら。
リュウジ あそこはみんなの公園だろうが。
グロリア みんなのってことは、私たちのってことでもあるのよ。悪いけど。正義漢ぶるのはやめなさい。全然似合ってないわよ。あんたたちみたいなバカなノンケがいるから、いつまでたっても私たちが肩身の狭い思いしなきゃいけないのよ。だから、あんなふうなとこで、友達や、恋人に出会えるの楽しみにしてなきゃいけないのよ。

 間

リュウジ あの時、お前と一緒にいたのは誰なんだよ?
グロリア ……知らないわ。
リュウジ あの時知り合ったってわけか。
グロリア 知り合いにもなってないわよ。あんたたちのおかげで。
リュウジ 待てよ。去年の四月って、お前、まだあの男と付き合ってたんじゃなかったか?
グロリア ……。
リュウジ 信じられねえよな。全くオカマはよ。
グロリア オカマオカマって言うのやめて! 二人でいても淋しい時はあるのよ。付き合ってたって、自分は一人だって思う時はあるのよ。誰かと会いたいと思うときはあるのよ。
リュウジ ……。
グロリア あんたになんかわかってもらえないだろうけど。
リュウジ わかりたくもねえよ。

 リュウジ、着ていたアロハを脱ぎ捨て、出て行こうとする。

グロリア どこ行くの?
リュウジ オカマの世話になんかなってられるかよ。

 歩きだすリュウジ。

グロリア 待ちなさいよ。まだ、足治ってないじゃない。
リュウジ うるせえな、ほっとけよ!
グロリア ねえ、落ちついて話しましょう。
リュウジ そばに来んなよ。気持ち悪いって言ってんだろうが!

 間

グロリア 出られやしないわよ。鍵かけてあるから。
リュウジ 今なら、開いてるんだろ? じゃあな。

 グロリアは立ちはだかる。

リュウジ どけよ!
グロリア 知らないわよ。死んだって。
リュウジ 関係ねえだろ。
グロリア そういうわけには、いかないわ。この二週間、ずっと、世話してきたのよ、あんたのこと。せっかく助けてあげたのに、ここで死なれたら、私のしたこと無駄になっちゃうじゃない。
リュウジ じゃあ、死なねえよ。せいぜい気をつけることにするよ。じゃあな。

 リュウジ、また歩きだす。
 グロリア、バッグからピストルを出し、リュウジに向ける。

グロリア 動かないで!

 リュウジ、振り返る。

リュウジ やっぱり、ずっとお前が持ってたのか。よこせよ。
グロリア 動かないで! もう一回撃って、また歩けなくすることだってできるのよ。
リュウジ やれるもんなら、やってみろよ。撃てもしねえくせに!
グロリア 撃てるわよ。
リュウジ じゃあ、撃てよ!

 間

グロリア 撃たないわ。殺しちゃったりしたら、せっかくの楽しみが台無しだもん。
リュウジ 何だと?
グロリア 行くわ。またね。
リュウジ またはねえよ。絶対、出て行ってやるからな。こんなところ。
グロリア あんたに何が出来るっていうのよ、よってたかって弱い者いじめしか出来ないくせに。あんたなんか、ただのドジなチンピラよ。
リュウジ ……。
グロリア 恥ずかしくないの。オカマにこんなこと言われて? やれるもんならやってごらんなさい。

 グロリア、リュウジにピストルを突きつけたまま、梯子を上って出て行く。

暗 転 

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