「陽気な幽霊」
GAY SPIRIT
関根信一

●その3●

<<<その2<<<

>>>その4>>>

柾の部屋。
柾が入ってくる。
と突然、ポケベルが鳴り出す。
柾、取り出して、止めて、表示を見るが、よくわからない。
あきらめて、腰を下ろすと、押入れから、幽霊が出てくる。
  
柾  あ、霊ちゃん。
幽霊 元気?
柾  もう、突然出てこないで下さいって言ったじゃないですか。
幽霊 突然じゃないわよ、今、ちゃんと合図したじゃない。
柾  合図って、今のポケベル、もしかして霊ちゃんですか?
幽霊 そう。約束は守ってるわ。
柾  ベル入れてすぐ来るんだったら、全然意味ないじゃないですか。
幽霊 あら、そういうもんなの?
柾  そうですよ。それに何なんですか。これ?(とポケベルを示す)誰からなのかわかんないじゃないですか。ちゃんとメッセージまで入れてくれないと。
幽霊 入れてるわよ。ちゃんと。
柾  でも、この(ポケベルを示し)、ゼロって何ですか?
幽霊 ゼロじゃないわよ。れいよ、れい。
  
柾、呆れている。
  
幽霊 ね、すぐにわかるでしょ。私からだって。どう? いいアイデアでしょ?
  
と、うれしそうにしている。
  
柾  霊ちゃんからだってわかっても。それから、どうすればいいんですか。
幽霊 どうするって?
柾  だから……
幽霊 これ以上、私にどうしろっていうの? これだけ入れるのだってものすごく疲れるのよ。あんたにはわかんないだろうと思うけど。だって、テレカもないのに電話してんだから。
柾  勝手に手紙出したりすることは平気なんですか?
幽霊 それとこれとは話が別よ。
柾  だったら、いいです。無理しないでくれて。
幽霊 そうだわ。ねえ、こないだ見てたサークルの案内どうした? いくつか行ってみた?
柾  霊ちゃん、どっかで見てるんじゃないですか、僕のこと?
幽霊 私そんな過保護じゃないもん。私の姿どっかで見かけた? 約束したでしょ。あんたの前では姿見せるって。
柾  本当だったんですね。
幽霊 当たり前でしょ。それで、どうだったの?
柾  ええ、最初に、エイズのボランティアサークルに行ったんですけど、行ってみたら、ゲイの人より、そうでない人の方が多かったりして。それから、イベントのサークルに行ってみたんですけど、初めて行った僕が企画責任者になっちゃいそうだったんで、何だか行きづらくなっちゃって。こないだは、コミュニティサークルに行ったんですけど、ただおしゃべりしてるだけで、よくわかんないんです。
幽霊 一応は出掛けてんのね。
柾  僕、わかったんです。何がしたいのかわかんないんだって。
幽霊 何ばかみたいなこと言ってんのよ、もう。何だっていいのよ。とりあえずは。
柾  どこに行っても思ったんです。だって、みんな何かやりたいことあって、やってるわけでしょ。僕、別に何かがしたいわけじゃないんです。ただ、漠然と、来年のパレードはみんなと一緒に歩いてみたいなとは思ってるんだけど。
幽霊 じゃあ、それまで適当にしてなさい。
柾  でも……。
幽霊 もう、いいんだって。何あせってんのよ。どのサークルだって、みんな似たりよったりなの。結局は、みんな、自分は一人じゃないんだってこと確認したいから、集まってるだけなんだから。何がしたいかなんてことは、後から、考えればいいの。大事なのは、取り合えず、行ってみることよ。行ってみて、何となく肌に合うかなと思えたら、それで充分。それがとっかかりになって、いつの間にか、だんだん自分の居場所なんてものがわかってくるんだから。
柾  いいんですから。そんないいかげんで?
幽霊 ちっともいいかげんなんかじゃないわよ。あんたが難しく考えすぎなんだわ。
  

  
幽霊 それで、友達はできた?
柾  あの何人かはいるのかな? でも、僕やっぱり友達つくるの得意じゃないんです。だって何だか……。
幽霊 また難しく考えようとする。それで、恋人は?
柾  そんな、まさか……
幽霊 やだ、デビューしてもう何ヵ月経つのよ。信じられないわね。
柾  霊ちゃん、僕、夏に失恋したばかりなんですよ……
幽霊 まだあのバカノンケのこと気にしてんの。馬鹿ね、そんなのペッよ。ペッ。あんた、いくつ?
柾  19です。
幽霊 19の男の子ってもっとこうギラギラしてるもんじゃないのかしら。本当に、今時の若い子って理解できないわ。夏の失恋が何よ。もう、秋も終わり。木枯らしが吹き始める頃じゃないの。あんた、寂しいとか思わないの?
柾  でも、どうしたらいいかわからなくて。
幽霊 本当に、もう、しっかりしなさい。
柾  はい。
幽霊 そう思って、こういうの用意してみました。
  
と、封筒を出す。
  
柾  は?
幽霊 きっとあんたのことだからぐずぐずしてるに違いないと思って、ゲイマガジンの通信欄に出しといたの。余計なことかと思ったんだけど。
柾  霊ちゃん! どうしてそういう。
幽霊 安心して、あんたが出てるわけじゃないから。本見て、適当によさそうなの選んで、こっちから手紙と写真送っておいたの。そしたらね、返事が来たのよ。これ。見たい?
柾  写真なんてどこにあったんですか?
幽霊 度々申し訳ないんだけど、あんたが一度出そうと思ってやっぱりやめたやつ、そっくりそのまま使わせてもらったわ。ただし、相手は別人。安心しなさい。お母さんが、ちゃんとした人選んでおいてあげたから。
柾  霊ちゃん、一度はっきり言っておかないといけないと思うんですけど、そういう勝手なことしてもらっちゃ困ります。
幽霊 じゃあ、いらないのかしら、これは?
  
と、封筒を見せびらかす。
  
柾  これで最後ですよ。
幽霊 もちろん!
  
柾、封筒を受取り、封を切る。手紙を出すと、写真が落ちる。
  
幽霊 どう、いい男でしょ? あんたタイプだと思うんだけど、違ってるかしら?
柾  違わないんですけど。でも、どうしてわかるんですか?
幽霊 そりゃわかるわよ、いつも見てれば。
柾  いつもって……
幽霊 いいじゃない、まぐれよ。まぐれ。
柾  (手紙を読み進めるうちに)あれ、これって、今日のこと?
幽霊 何、今日って?
柾  紀伊国屋の前で夜八時って。これ今日のことじゃないですか。(幽霊に)何でこんなに唐突なんですか?
幽霊 あ、ごめん。そうだった。二、三回、文通させてもらったんだわ。そうそう、これこれ(と他の封筒を差し出す)。やだ、今日だった? あらま、うっかりしてたわ。でも、まだ、間に合うわね。八時なら。さあ、行ってらっしゃい。
柾  霊ちゃん。いくらなんでもこんなのひどいよ。やりすぎだよ。どんな人かだってよくわからないのに。
幽霊 その手紙読みなさい。そしたら、わかるから。
柾  手紙読んだくらいでわかるわけないじゃないですか。
幽霊 だから、会うんでしょ。手紙読んでるうちに、どんな人かなって興味が湧いてきて、会ってみたいと思うんじゃないの。
柾  ……もう、何で、もっと早く言ってくれないんですか、そしたら、心の準備もできたのに。
幽霊 うっかりしてたの、ごめんなさいね。
柾  ……。
幽霊 (イライラして)もう、行くの行かないの? はっきりしなさい! 彼はとにかく待ってるのよ。あんたのことを。それがどういうことかわかってるの?
柾  わかりました。行ってみます。行けばいいんでしょ。でも、どうしよう……。
幽霊 大丈夫よ。向うだって、あんたに会うのは初めてなんだから、立場は同じ。どっちも同じくらい心配して、同じくらいドキドキしてる。ああ、いいわね。生きてるって。じゃあ、シャワー浴びて、着て行くもの選んで。さあ、さっさとしなさい。
柾  うん。
幽霊 写真でわかるわね。彼の名前は田代亘。二八歳。身長一七五センチ、体重五九キロ。時間にはきっちりしてるはずよ。さあ、急いで急いで!
柾  霊ちゃんも一緒に行ってくれるんだよね?
幽霊 甘えるんじゃありません。ここまでは私がやってあげたんだから、後はあんたがやんなさい。じゃあね、そいじゃ。彼によろしくね。
  
と言って、幽霊は消えていく。
  
幽霊の声 がんばるのよ!
  
柾、手紙を読みながら、慌ただしく支度を始める。
  
  
 * * * 
  
  
夜八時。新宿紀伊国屋書店。閉店したばかりの店の前。
男が一人立っている。
田代 亘。28歳。仕事帰り。
とりたててハンサムというわけではないが、魅力的な男。どんな相手にでも目を見てしっかり話しかける彼の態度には、誠実さが現れている。傲慢な感じはみじんもない。どちらかというと、内気でさえある。そこがまた彼の魅力になっているのだが、本人はちっとも気付いていない。
藤原柾がやってくる。着替えている。
  
柾  (観客に向かって)少し早く着きすぎたんです。あんまり早く着いて待ってるのも何だか、ドキドキして落ちつかない気がしたんで。しばらく、その辺をぶらぶらしてました。八時ちょうどに着くように、しっかり時計を見て、僕は待ち合わせの場所に着きました。その人は立ってました。そう、僕のことを待って。
  
田代の姿が目に入る。
と、ほとんど同時に、田代も視線を上げて、柾に近づいてくる。
  
田代 どうも。あの、藤原くん?
柾  はい、そうです。
田代 ああ、よかった。
柾  田代さんですか。
田代 はい、そうです。何だか変だな。
柾  すみません、遅くなっちゃって。
田代 遅くなんかないよ。時間ぴったり。謝ることない。謝るのはこっちの方なんだ。
柾  何か?
田代 (言葉を選びながら)あ、初めに断っておいた方がいいと思うんだ。
柾  ……。
田代 君から、何度か手紙をもらって、びっくりしたんだ。君は、僕がゲイマガジンの文通欄に出した恋人募集のメッセージを見て、僕に手紙をくれた。それが出版社から回送されて、僕のところに来てるんだと思うんだけど、僕、そんなメッセージ出したりしてないんだ。こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけど、本当なんだ。誰かが僕の名前を使っていたずらしてるのかと思って、出版社に問い合わせてみた。そしたら、出版社では、君の手紙を回送したりしてないって言うんだ。
柾  あの、それってどういうことですか?
田代 だから、誰かが勝手に、君と僕の間で手紙のやり取りをさせてるんだよ。何でこんなことになってるのか。手の込んだひどいいたずらなんだ。そのことがわかってからも、君からは何通も手紙が来るし。その文面の様子じゃ、僕も君宛に何通も手紙を書いてるらしい。でも、僕は書いてないんだよ。本当なんだ。だから、いったいどうしようかと思って。君は一生懸命にいろいろなこと書いて来てくれて、本当にうれしかったんだけど。そういうわけなんだ。困ってたら、また手紙をもらったんだよ。今日この時間に会おうって。よかった、これで話ができると思って、それで来たんだよ。
柾  そうだったんですか。
田代 本当に申し訳ない。一体、誰がこんなことしたんだろう。あちこち当たってはみたんだけど……。
柾  ……。
田代 19なんだよね。藤原君。
柾  はい。
田代 こんな変なことに巻き込まれちゃって……。こんなこと忘れて、もっといい相手を見つけてくれるとうれしいな。
柾  田代さん、誰か付き合ってる人いるんですか。
田代 いや、いないんだけど。今、何だかそんな気になれなくて。君のことが、どうのっていうわけじゃないんだ。気を悪くしないでほしい。
柾  大丈夫です。どうも、すみませんでした。いろいろとご迷惑かけて。
田代 そんな迷惑だなんて。うれしかったんだよ。あんな手紙もらったの、本当に久し振りだから。いい手紙、どうもありがとう。
柾  いいえ、とんでもない。
田代 そうだ。せっかくだから、食事でもどう? 御馳走するよ。お詫びのしるしに。
柾  いえ、いいんです。そんな、気を使ってくれなくて。何だか、ごめんなさい。
田代 きみがあやまることない。きっと、誰かおせっかいな友達が、こんなことしたに違いない。
柾  そうですね。きっと。
田代 じゃあ、これ、送ってもらった写真。返しておくよ。手紙はいいかなもらっておいて。
柾  あ、すみません。じゃあ、僕も。(と探しかけて)ごめんなさい。うちに置いてきちゃったみたいだ。
田代 そうか、字を見たら、誰かわかるかと思ったんだけど。そうだね。じゃあ、もう忘れてくれるかな。手紙も写真も捨ててくれていいよ。
柾  ……はい。わかりました。
田代 じゃあ、これで。本当に、悪かったね。わざわざ来てもらって。迷惑かけて。
柾  そんな迷惑だなんて。
田代 犯人わかったら、とっちめてやるから。
柾  そしたら、連絡下さい。
田代 ……ああ。それじゃあ。
  
田代は去る。
  
柾  (観客に向かって)田代さんは、帰って行きました。人込みの中にだんだん紛れていくトレンチコート。もう一度だけ振り返ってくれないかと思っていつまでも背中を見てる自分が、ばかみたいでした。何であんな嘘ついたのか、よくわかりません。(改めて写真を出して)嘘です。本当はよくわかってる。僕は、田代さんのことが好きになってしまったんです。どうしよう。犯人がわかったら、連絡をくれるって言ってました。でも、犯人はわかってるんです。だって、犯人は……
幽霊の声 もう、食事くらいしてくればよかったのに。
  
場面は変わって、柾の部屋。
柾は今帰ってきたばかり。
幽霊が押入れから登場する。
  
柾  どうして、そう勝手なことばかりするんですか。僕だけならともかく、田代さんにまで。
幽霊 でも、いい人でしょ。
柾  まあ、そうですけど。(気がついて)そういうことじゃありません。
幽霊 だって、あんたはっきりしないんだもん。やるならやるで、ドーンと行きなさい。
柾  これがドーンと行くってことなんですか?
幽霊 いらいらしちゃうのよ。あんた見てると。だから、ちょっと、おせっかいかなとは思ったんだけど。
柾  霊ちゃんがいらいらすることないじゃないですか。
幽霊 ごめんね。
柾  ……。
  

  
柾  何であの人なんですか?
幽霊 別に。たまたまよ。
柾  本当に?
幽霊 何、気になるの?
柾  田代さんのことも、しょっちゅう見てるんですか? 僕のこと見てるみたいに?
幽霊 まさか。前にも言ったじゃない。私はあんただけのものだって。
柾  そうなんですか。
幽霊 何、どうしたの? やだ、やっぱり。恋の始まりね。ほら、私の言ったとおり。ね、だから、きっかけなんて何でもいいのよ。ああ、良かった。それで、今度いつ会うの?
柾  もう会いません。
幽霊 何で?
柾  言ってました。誰とも付き合うつもりないって。
幽霊 それが何だって言うのよ。いい、好きなものは好き。欲しいものは欲しい。取るものは取るのよ。
柾  (強く)もう、放っといて下さい!
  

  
柾  もし、霊ちゃんがこんなことしないでいてくれたら、もっとちゃんと好きになれたかもしれないのに、霊ちゃんが余計なことするから。
幽霊 ……。
柾  変なこと言ってるのわかってるんだけど。霊ちゃんが、いなかったら、絶対に会えなかった人なんだってことは、よく分かってるんだけど、何だかそんな気がして。
幽霊 ……。
柾  僕は、霊ちゃんがいなきゃ何もできないんだ。そう思うと。どうしていいのかわからない。霊ちゃんに言われるとおり生きてくのはいやだ。だって、これは僕の人生で、霊ちゃんのじゃないから。
幽霊 そんなの当たり前じゃない。だから、あんたの好きなようにすればいいの。私はただ背中を押して上げてるだけ。きっかけを作ってあげてるだけなんだから。
柾  もう余計なことしないでほしい。僕は、霊ちゃんができなかったことを代わりにしてるんじゃないんだ。
幽霊 ちょっと、待ちなさい。何よ、私ができなかったことって? あんた、そんな風に考えてたの?
柾  霊ちゃん、何か思い残したことがいっぱいあって、さまよえる魂してるんでしょ。やり残したことがいっぱいあるから、幽霊してるんでしょ。
幽霊 悪いけど、私、そんな執念深い女じゃないの。
柾  ねえ、霊ちゃん、本当は一体誰なんですか。
幽霊 何よ、突然。
柾  ねえ、霊ちゃん。
幽霊 前にも言ったけど、それは教えてあげられないことになってるの。
柾  本当なんですか?
幽霊 どうして信じてくれないの。
柾  だって、霊ちゃんの言うことはいつも嘘ばっかりだから。
  

  
幽霊 そうね。そうよね。いいわ。わかった。じゃあ、教えてあげてもいいけど、それを言ったら、私、あんたの前から姿消さないといけないの。これは、本当。
柾  どうして、そんな?
幽霊 そういうきまりなのよ。
柾  じゃあ、いつどうして死んだのかは教えてくれてもいいんですよね。
幽霊 そういうことになるわね。
柾  霊ちゃんはいつ死んだんですか。
幽霊 もう忘れたわ。ずっと昔のことだから。
柾  いくつで死んだんですか?
幽霊 幽霊に年はないのよ。
柾  じゃあ、病気ですか? 事故ですか?
幽霊 ……。
柾  病気ですか? 事故ですか?
幽霊 ……事故よ。
柾  ……。
幽霊 ううん。ちょっと違う。殺されたの、私。私、選挙に立候補したの、だけどね、ガチガチのバカノンケのライバルに殺されたの、当選した翌日に。ゲイで初めての政治家が誕生したその日に。ほら、ここに銃弾の跡があるでしょ。見える?
柾  それは、ハーベイ・ミルクの話です。サンフランシスコの市議会に立候補して、殺された。こないだ、ビデオ借りて見ました。銃弾のあとなんてどこにもないし、それに、霊ちゃん、どっから見ても、日本人じゃないですか。
幽霊 幽霊に国境はないのよ。
柾  そんなこと信じられるわけないでしょ。……本当に?
幽霊 やだ、信じたの?
柾  いいかげんにして下さい!
幽霊 そう、私は一体誰なのか。そんなこと誰にもわからない。私は、そうね、まだゲイなんて言葉がない頃に、必死になって自分の生き方を探してた一人の男かもしれないし、地方にゲイコミュニティを作ろうとして、志半ばに倒れた男かもしれない。もしかしたら、ゲイマガジンを万引きしたのが見つかって、それが家族にバレるのが怖くて、逃げて、ビルの八階のトイレの窓から落ちて死んだ男の子かもしれない。誰だっていいじゃない。同じことよ、私が誰だって。そうね、あんたいいこと言ったわ。し残したことがあるって。そう、確かに、私にはし残したことがあるの。白状するわ。だから、こうやって、ここにいるのよ。そう、その通り。
柾  それってどんな?
幽霊 ……。
柾  それもやっぱり言っちゃいけないことなんですか?
幽霊 言っちゃいけないことじゃないの。でも、何て言ったらいいかわかんないの、本当に。言えば言うほど、どんどん嘘になっちゃいそうな、そんなことなのよ。だけど、本当のことなんてやってらんないわ。嘘がいいのよ。そう嘘。数え切れない嘘の中に、たった一つだけ本当を紛れ込ませる。それが私のやり方。だから、私はこんなに嘘つきなの。でもね、これだけは本当。あんたには、し残したことがないように生きてほしいと思うの。私には、し残したことがある。でも、あんたは、まだ何もしてない。何もしてないのと、し残したことがあるのとじゃ、大違いなのよ、わかってる? 何かしなさい。だって、やっぱりあんたはまだ生きてるんだから。
  

  
柾  僕は僕のやり方でやっていきます。何かを。何かまだよくわからないけど。
幽霊 どうぞ。私は、もう用なしってことね。
柾  僕は、僕のために生きたいんです。霊ちゃんのためじゃなくて。だから、もう少しだけ、僕のこと放っておいてほしいんです。
幽霊 ……。
柾  ごめんなさい。
幽霊 謝ることないわ。嬉しいわ。ずいぶん頼もしくなってくれて。
  
と言って、部屋を出て行こうとする。ただし、押入れではなく、窓の方に向かう。
  
柾  どこに行くんですか?
幽霊 押入れの中にいたんじゃ。気になるでしょ?
柾  ただの出入口だったんじゃないんですか?
幽霊 (振り向かない)それじゃね。さよなら。
柾  霊ちゃん!
  
霊、窓から去って行く。
柾、窓から、外を見ている。霊は消えてしまった。
  
柾  霊ちゃんは、閉じたままの窓を開けもしないで、出て行ってしまいました。そして、そのまま、帰って来ませんでした。
    
健二がやってくる。
  
健二 そうか、ようやくいなくなったのか。
柾  うん、もう一週間経つけど、帰ってこない。ポケベルも鳴らないし。
健二 何だよ、心配してんのか?
柾  そうじゃないけど。もしかしたら、どっかにこっそりいるんじゃないかと思って、
  それで、来てもらったんだ。
健二 何だよ、そんな用事でなのか。別にいいけどさ。
柾  どっかその辺にいない? 僕に見えなくても、健ちゃんには見えるんだから。
健二 え? (辺りを見回して)いないぞ。
柾  押入れは?
健二 ああ。
  
と言って、押入れを開ける
  
健二 へえ、きれいにかたづいてるじゃん。
柾  いない?
健二 いないよ。おい、霊。いるなら、返事しろ!
  

  
健二 呼んでも素直に返事するようなやつだとは思えないけどな。
柾  そうか。
健二 いいじゃないか。放っておけよ。どうせ、さまよってるんだろ。帰ってくるもんなら、また帰ってくるし、帰ってこないなら来ないで、それで全然かまわないじゃないか。
柾  まあ、そうなんだけど。ちょっと、きついこと言ったかなと思って。
健二 お前が怒るの当然だよ。気にすることないって。
柾  そうかな。いたらいたで気になるんだけど、いなくなったらいなくなったで、もっと、気になっちゃって。どこに行ったんだろう?
健二 帰ったんじゃないの?
柾  どこに?
健二 知るかよ、そんなこと。
柾  まだ、やり残したことがあるって。だから、帰ったりしないと思うんだけど。
健二 まあ、いいからさ。放っとけよ。あんな霊のことなんか。それより、どっか行かない? 俺、車買ったんだ。新車。新車。どうせ暇なんだろ?
柾  うん、そうなんだけど。
健二 よし、行くぞ。
柾  うん。
  
二人、健二の車に乗って出掛ける。
運転する健二。助手席の柾。
時間は、昼から夜へ。
  
健二 まだ気にしてんのかよ?
柾  え?
健二 せっかく連れ出してやったのに。少しくらい楽しそうな顔しろよ。
柾  楽しかったよ。ベイブリッジ。うん、本当。また連れてって。
健二 いいよ。無理すんなよ。あーあ、腹減ったな。何か食って帰る? もうこんな時間だぜ。
柾  うん。
健二 霊のことなんか、忘れろよ、な? ちょっと文句言ったくらいで、いなくなっちゃったんだろ? そういう薄情なやつだったんだよ。そういうこと。
柾  ねえ、健ちゃん。ここどこ?
健二 青山通り。このまままっすぐ行けば渋谷。
柾  ねえ、新宿って遠い?
健二 何だ、何かあるのか?
柾  うん、ちょっと。
健二 わかった。じゃあ、一緒に行ってやるよ。
  
車は、新宿方面へと向かう。
  
健二 何か、買物でもあんの?
柾  うん、ちょっと。あ、そこ曲がって。
健二 ああ。
  
車は曲がる。
  
健二 どこ行くんだ?
柾  二丁目。
健二 (驚いて)二丁目って?
柾  そう、新宿二丁目。知ってる、健ちゃん?
健二 それは、まあ。
柾  もしかしたら、霊ちゃんいるかもしれない。もう少しだけ探すの手伝って。
健二 いいかげんにしろよ。二丁目って、そういうところなんだろ? 霊みたいなやつがいっぱいいる。
柾  そう。だから、きっと……。
健二 やだよ。何で、俺がそんなとこ行かなきゃいけないんだよ。
柾  だって、健ちゃんにしか見えないんだから。頼むよ、手伝って。
健二 ばか、やってられるか、そんなこと。
柾  今日は土曜日だし、いろんな人が大勢いると思うんだ。霊ちゃんももしかしたら、その中ふらふらしてるかもしれない。
健二 柾、お前な……
柾  (突然)ストップ!
  
車は止まる。そこは、新宿二丁目のど真ん中。
柾は、さっさと車を降りる。
  
柾  行こう。ほら、健ちゃんも降りて。ここなら、車止めておいても平気だから、きっと。
  
健二、不承不承車を降りて、憮然として立っている。
  
柾  いる?
健二 似たようなやつはいっぱいいるけど、霊はいないぞ。
柾  もっとちゃんと見てよ。
健二 あんなパジャマ姿が目立たないわけないだろ。変装してるなら、話は別だけど。あの、女装怪しくないか。
柾  違うよ。行こう。
健二 おい。
柾  もう少し歩こう。ね?
  
二人歩く。
  
健二 お前、よく来んのか。こんなとこ?
柾  たまにね。
健二 何だか、やっぱり異様な雰囲気だよな。
柾  そうかな。でも、このへん、普通のオフィスもたくさんあるんだよ。
健二 でも、この看板、みんな飲み屋なんだろ、そういう? すごい数じゃん。
柾  うん、でも、変な呼び込みとかないし、道路一本はさんでるだけで、歌舞伎町とは全然違うんだよ。
健二 あのさ、おれ、よくわかんないんだけど、こんな風にあちこちきょろきょろしながら、この辺歩くのって、すごく変なんじゃないか、もしかして。
柾  そんなこと気にすることない。だって、霊ちゃん探さなきゃなんないんだから。(ある店の前に立ち止まって)どう、いる?
健二 ルミエール?(探して)いない。
柾  そうか、じゃあ、次!
  
とまた歩き始める。
  
健二 ちょっと、待った。
柾  
健二 俺は帰る。
柾  健ちゃん。
健二 畜生、あいつ何で俺にしか見えないなんて面倒なことに……。
柾  しょうがないじゃない。だって、そうなんだから。ねえ、頼むよ、もう少しだけ付き合って。
健二 断る。
柾  ねえ、健ちゃん……
健二 あとは、一人でやれよな。じゃあな。
  
健二は帰って行った。
  
柾  健ちゃんは帰って行きました。確かにそうなんです。ここに霊ちゃんがいるなんて確証はどこにもないんです。でも、何だか、どうしてもここに来ないといけないような気がして。こんな風にあてもなく、この辺をぶらぶら歩くのは、初めてここに来たとき以来です。あの時、僕は、なるたけ周りを見ないように、そのくせ、通り過ぎる人が一体どんな人なのか、好奇心と不安と期待で一杯になっていました。もしかしたら、何かとんでもないことが起こって、僕にとっての運命の人に出会えるかもしれない。そんなばかみたいなことを、考えながら、歩いていました。今もそうです。あてもなく、思いつくまま、ただぶらぶらと、風に背中を押されるまま、僕は二丁目を歩いています。そして、気がつくと、僕は、一軒のお店に入っていました。
  
と、そこは、とあるゲイバー。
  
ママ いらっしゃい。
  
ママは恐らく三十代半ば。世話好きで、人のいい、典型的な二丁目の女。彼女は女装をしている。つまり、今日は特別な日なのだが、客は誰もいない。暇を持て余した彼女は一人煙草を吸っていた。
柾は、そんな彼女を見て、戸惑っている。
  
ママ どうぞ。
柾  ……あの、ここって、ゲイバーですよね。
ママ そうよ。
柾  あの、ここって、そういうお店なんですか?
ママ そういうって? ああ、これ?(自分の姿を指して)今日は女装デーなの。いつもは、こんな格好しないんだけど、今日は特別。でも、いいのよ、気にしないで。座って。
柾  ……。
ママ 怖くないから。
柾  ……はい。
  
柾、イスに腰を下ろす。
  
ママ 何にする?
柾  あの、じゃあ、ビール下さい。
ママ はい。
  
ママ、ビールとグラスを用意して、柾の前に出す。
  
柾  いただきます。
ママ はい、どうぞ。
  
柾、ビールを飲んでいる。
  
ママ 私も飲もう。(柾に)大丈夫よ、私が勝手に飲むんだから。
柾  はい。
  
ママ、勝手に用意をして飲み始める。
  
柾  あの、他に誰もいないんですか?
ママ 見ればわかるでしょ。もう、せっかくこんなに準備したのに、誰も来やしない。ほんとにみんな口ばっかりなんだから。
柾  (ママを見て)きれいです。とっても。
ママ ありがとう。あんた、どうして、ここに?
柾  どうしてって?
ママ 別にどうでもいいんだけど、この店結構奥まったところにあるし、あんたみたいな若い子が何となくふらっと来るような店でもないから。
柾  だめなんですか。僕、何となくふらっと来ちゃったんですけど。
ママ いいのよ。お客選ぶほど、うちは、えらそうな店じゃないんだから。だけど、いつもはどういうとこ行ったりするの?
柾  あの……、僕、初めてなんです。こうやって、お店に来るの。二丁目には、雑誌とか買いに、たまに来たりはするんですけど。
ママ (驚いて)まあ、そうなの?
柾  はい。
  

  
ママ カラオケでも歌う?
柾  あ、いいです。
ママ そうよね。私もあんまり好きじゃないの。
  

  
ママ やーね、こういう沈黙って。
柾  ごめんなさい。
ママ そうじゃないのよ。あんたはこういうとこ初めてなんだし、ここは私の店なんだから、こういうときには、私が何とかしなくちゃいけないのよ。だけど、だめなのよね。あんた、緊張してるでしょ。
柾  ええ、ちょっと。
ママ 私もなのよ。あんたが緊張してるってことがわかるとね、何だか私まで緊張しちゃうの。本当はそういうのみんな知らん顔して、平気な顔して、脳天気なおしゃべりしてればいいんだけど、うまくいかないのよね。私、時々思うの、こういう仕事向いてないんじゃないかしらって。
柾  そんなことないと思います。とっても楽しいです。
ママ 悪いわね。変な話聞かせて。
柾  でも、何だか気が楽になりました。本当に。
ママ そう、なら嬉しいんだけど。
  
と、客がやってきたらしい。
  
ママ あら、いらっしゃい。
  
やって来たのは、田代 亘。
柾は、こういう時には振り向いたりしちゃいけないんだと、一生懸命知らん顔をしているので、田代だとは気がつかない。
  
ママ やだ、久し振りじゃないの。
客  どうしたの、そんな格好して?
ママ 今日は女装デーなのよ。ほら、そこに書いてあるでしょ。
客  知らなかったよ。
ママ あんたの女装なんて考えただけで恐ろしいから、誰も電話しなかったんだわ、きっと。
客  そういう恐ろしげな方が、おもしろくなるんじゃないの?
ママ そうね、すっごいドラァグになるかもしれない。そうだわ、ちょっとやってみる? ちょうど一式揃ってるけど。
客  いいよ、やめとく。
ママ 気が向いたらいつでも言ってね。本当に。私一人じゃ今いち盛り上がんないんだから。
  
などと言いながら、柾のとなりに、田代のボトルを用意する。
田代、柾のとなりに腰かけようとして、柾に気がつく。
  
田代 あ!?
  
と言われて、柾も初めて田代を見る。
  
柾  あ!?
ママ あら、どうしたの? あんたたち知り合い?
柾  ええ、ちょっと。
田代 前に話したじゃない。わけのわからない文通欄の話。
ママ ああ、あれ。(柾に)じゃあ、あんたなのね、あの時の可愛い子って。
柾  え?
田代 ママ……。
ママ あら、ごめんなさいね。
田代 全然、連絡もしないで。犯人、ちっともわからなくて……。そっちはどう?
柾  こっちも、全然……。
ママ 何度も言うけど、私じゃないわよ。
田代 一番怪しいのはこの人なんだけどね。
ママ まあ、失礼ね。(新たな客が来たらしい)あら、いらっしゃい。やだ、リョーコ。まあ、あんた、何て格好してんのよ。(二人に)ちょっとごめんなさいね。
  
と言って席を離れて行く。
  
ママ (リョーコに向かって)何、そのケツ割れ、ラメ入りなの? やるわね、あんたも。ちょっと、こっちいらっしゃい。
  
などと言いながら、行ってしまう。
  
田代 よく来るの、この店?
柾  いえ、今日が初めてです。何だか、ふらっと入っちゃって。
田代 そう。
柾  田代さんは?
田代 ああ、僕? たまにね。月に二、三度かな。
柾  そうなんですか。
  

  
二人 まさか……
柾  あ、どうぞ。
田代 ……まさか、こんなところで会えるなんて。
柾  本当に。すっごい偶然。
ママ (登場して)悪かったわね、こんなところで。
  
二人、ようやくリラックスして笑っている。
  
柾  (観客に向かって)本当に夢みたいでした。こんなふうにたまたま入った店でまた会えるなんて。それから、僕たちは、いろんな話をしました。いろんなこと。お店もどんどん混んで来て、次々といろんな人たちがやってきて、大騒ぎになりました。田代さんは、誰に対しても同じようにニコニコしてて、ちっともえらそうじゃなくて、この店ではみんなに愛されてるんだってことが、だんだんわかってきました。
田代 じゃあ、そろそろ行くわ。
ママ あら、そう。
田代 じゃあ、これ。
  
と、勘定をカウンターに置く。
  
ママ どうも。
田代 (柾に)それじゃ。
柾  はい。じゃあ、また。
  

  
田代 ……じゃあ。
  
田代は出て行った。
  
柾  (観客に向かって)田代さんは出て行ってしまいました。どうしよう。追いかけなきゃ。もう会えないかもしれない。でも、どうしよう。どうしたらいいんだろう。霊ちゃんだったら、何て言うか考えました。好きなものは好き。欲しいものは欲しい。ドーンと行きなさい。そうだ。きっと、そうだ。僕は、今誰かに背中を押されたんだ。そんなふうに思って、僕は思い切って席を立ちました。(ママに)あの、僕も帰ります。いくらですか?
ママ 千円ちょうど。
柾  じゃあ、ここ置きます。それじゃあ。
ママ ありがとうございました。また来てね。もう、田代くん、照れ屋なんだから。何も一人で帰ることないじゃないね。本当素直じゃないんだから。じゃあ、よろしくね。がんばんなさいよ!
柾  はい!
ママ 走って行きなさい。
  
店の外。二丁目の街角。
田代が立っている。
  
柾  田代さんが立ってました。どうしよう、どうしよう。いいや、声かけちゃえ。(田代に)あの……
田代 (振り返って)ああ。
柾  どうしたんですか?
田代 いや、車で帰ろうかどうしようかと思って。終電逃しちゃって。
柾  え、もうそんな時間ですか? だって、まだ(と腕時計を見て)……、あれ?(驚いて)あの、すみません、今、何時ですか?
田代 え?(腕時計を見て)一時五分前。
柾  うわ……。
田代 どうしたの?
柾  (腕時計を見せて)十一時で止まっちゃってる。どうしよう?
田代 帰れなくなった?
柾  ええ。
田代 うちはどこなの?
柾  世田谷です。
田代 そう。じゃあ、送って行こうか? 途中だから。
柾  すみません。あ、でも、いいです。悪いから。
田代 悪くないよ。どうせ帰ろうと思ってたから。
柾  いいです。もう少し、ぶらぶらしてみます。
田代 そう……。どっか、行くとこあるの?
柾  別に……。
田代 そうか。……じゃあ、僕も付き合おうかな。久し振りに出てきたんだし。
柾  いいんですか。
田代 ああ。
柾  あ、でも、帰ろうとしてたんじゃないんですか?
田代 いや、本当はどうしようか、迷ってたんだ。
  
タクシーが擦り寄ってくる。
  
田代 (タクシーに)乗らないよ。(柾に)じゃあ、行こうか?
柾  はい。
田代 何だか変な知り合い方で、あの時、あんな風に別れちゃって。でも、ずっと気になってたんだ。本当に。でも、良かった。また会えて。
柾  僕も。
田代 今日から、もう一度やり直しって感じかな。
柾  そうですね。
田代 よろしく。
柾  こっちこそ。
田代 じゃあ。
  
と二人嬉しそうに。歩いて行く。
  
柾  (観客に向かって)こうして、僕は、田代さんと付き合うことになりました。付き合うって言っても、恋人ってわけじゃないんです。多分。それでも、僕らは、三日に二日は電話でおしゃべりをします。田代さんは、すごく忙しい商社につとめていて、毎日夜が遅くなります。僕も、夜更かしが好きなので、僕たちが話すのは、大体夜中の一時を過ぎた頃です。その日にあった何でもないことを、何となくだらだらと話して、眠くなったら切る。たまにもう眠ってる時があっても、田代さんはいやな顔もしないで、僕に付き合ってくれます。そんな風に僕の一日は田代さんとのおしゃべりで終わっていくのでした。
  
と、健二と柾が電話で話している。
  
健二 何で、おれが聞かされなきゃなんないんだよ、そんなことまで。
柾  だって、他に話す相手いないんだもん。それでね……
健二 そうだ。霊はどうした? まだ帰ってこないのか?
柾  あ、霊ちゃん。……うん、まだ。
健二 あいつだったら、お前のそんな話いくらでも喜んで聞くんじゃないか?
柾  どうかな。いろいろ文句言われたりするかもしれない。しっかりしなさいとかって。(しんみりと)どうしてるかな、今頃?
健二 忘れろ、忘れろ。
柾  自分で思い出させといたくせに、何言ってんの?
健二 (欠伸をして)じゃあな、もう切るぞ。
柾  あ、待って。
健二 何時だと思ってんだよ。
柾  それで、来週のクリスマスなんだけど。健ちゃん、何か予定ある?
健二 クリスマスって、二十四日?
柾  そう、日曜日。昼間なんだけど。どう?
健二 何もないけど、今のところは。
柾  良かった。あのさ、田代さんとこで、パーティやるんだけど、来ない。
健二 何で、俺が行かなきゃなんないんだよ?
柾  いいじゃない。だって、予定ないんでしょ。
健二 まあ、今のところはな。
柾  じゃあ、新しく予定入れたりしないでね。頼んだから。
健二 お前、何だか、似てきたな。
柾  誰に?
健二 霊に。
柾  そうかな?
健二 自覚ないのかよ?
柾  ねえ、詳しいことはまた電話するから。
健二 ああ、わかったよ。じゃあな。
  
健二、電話を切る。
  
                              暗 転

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