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にぎやかなクリスマスの音楽。 田代 亘の部屋。クリスマスイブの午後。 柾と健二が部屋に入ってくる。 健二 へえ、カッコいい部屋じゃん。田代って人、もしかして金持ち? 柾 よくわかんないけど。ものすごく働いてることは確か。残業も多いし。 健二 今時珍しいじゃん。で、何、いないわけ? 柾 うん、今ちょっと買物に行ってるんだ。 健二 へえ。 柾 そうだ。ねえ、健ちゃん、今朝僕にベルくれた。 健二 え? 知らないぞ。 柾 本当に? 健二 どうかしたのか? 柾 うん。今朝、ポケベルに入ったんだよ、「メリークリスマス」って。さっき田代さんに聞いたんだけど、違うって言うし、もしかしたらと思って。 健二 俺がそんなことするわけないだろ。 柾 じゃあ、誰なんだろう? 健二 さあな。 柾 (思い当たって)霊ちゃんかもしれない。 健二 霊が? 柾 (嬉しそうに)うん。メッセージの入れ方覚えたんだよ、きっと。 健二 なるほどな。 柾 でも、どこにいるんだろう? 健二 さあな。まだ、心配してんのか? 柾 うん。あんなふうに別れたきりだし…… 健二 そうだよな。それに、言ってみれば、あいつのおかげで、お前、田代ってやつと知り合えたんだもんな。 柾 うん。もう一度会って、お礼言いたいんだけどな。ありがとうって。 幽霊の声 あら、いいのよ、お礼なんて。 驚く柾。そして、幽霊が登場する。 幽霊 おじゃましてます。 柾 霊ちゃん! 幽霊 ひさしぶり。元気? 柾 うん。霊ちゃんは? 幽霊 うん、元気。相変わらず死んでるけど。 柾 ごめんね。こないだは言い過ぎて…… 幽霊 いいのよ。全然気にしてないから。だから、こうやって来てるんだし。 柾 それで、あの、僕、霊ちゃんに報告しなきゃいけないことがあって…… 幽霊 その話なら、全部聞いたわ。健ちゃんから。 柾 え? 健二 こいつ、俺の後つけてきたんだよ。家の前からずっと。 幽霊 やーね、人聞きの悪い。ずっと隠れてるつもりだったんだけど、駅の切符売場でばれちゃったの。 健二 本当は見つけてほしかったんじゃないのか? 幽霊 違うわよ。でも、幽霊なのに何でこんなにこそこそしなきゃなんないのかと思ったら、すっごい情けなかったわ。 柾 そうだったんだ。 健二 こいつ、電車の中でもしゃべりっ放しなんだぜ。俺が返事できないのいいことに。 幽霊 でも、教えてくれたのよ、あんたのその後のこと。ドアのところに立って、ガラス見ながら、独り言しゃべってるみたいにして。いいとこあるわ、あんたの友達。 柾 (健二に)知ってるんなら、早く言ってくれればいいのに。 幽霊 びっくりさせようと思ったのよ。それで二人で相談して、ちょっと隠れてたの。 健二 俺は関係ない! 柾 ありがとう、霊ちゃん。田代さんに会わせてくれて。 幽霊 だから言ったでしょう。年寄りの言うことは聞くもんなのよ。 柾 本当にいい人なんだ、田代さんって。 幽霊 あんた、ちょっと調子に乗ってない? 柾 うん。……うれしいよ、また会えて。 幽霊 私も。 柾 そうだ、田代さんに紹介しなきゃ! 幽霊と健二 は? 柾 せっかく霊ちゃん来たんだし、僕たちが知り合えたのも霊ちゃんのおかげなんだから。 健二 霊のことは知ってるのか? 柾 ううん。 健二 手紙のことは? 柾 どう説明していのかわからなくて、そのままになってる。 健二 じゃあ、これ(と幽霊を指す)はどう説明するんだよ。 柾 見れば信じるって! 健二 見ればって、見えるのか? 柾 見えるでしょ? ねえ、霊ちゃん。 幽霊 さあ、どうかな? 柾 わからないの? 幽霊 いろいろな人いるからね。 柾 まあ、いいや。会うだけ会ってみて、駄目ならそれから考えよう。ね、霊ちゃん。 幽霊 うん。わかったわ。 田代の声 ただいま。 荷物を抱えて田代が帰ってくる。 柾 おかえり。遅かったね。 田代 ケーキ屋すごい人でさ。ずいぶん待たされた。(健二を見て)大橋君? 健二 どうも、おじゃましてます。 柾 それから…… 柾、幽霊を紹介しようとするが、田代はテーブルの上にケーキを置き、酒やジュースを並べる。田代には、幽霊の姿は見えていない。 田代 おばさんが割り込むし、子供は泣くし、ものすごくてさ……。あれ、どうかした? 柾 あの……(と幽霊を紹介しようとする) 田代 (大橋を紹介しようとしたのだと思って)あ、大橋君、立ってないで座ってよ。 柾 (幽霊に小声で)どうしたの霊ちゃん? 幽霊 努力はしてるのよ。 柾 でも、じゃあ…… 幽霊 そういうことみたい。 田代 (健二に)君、甘い物は? 健二 ええ、好きですけど。 田代 そう、良かった。これ、三人じゃちょっと大きいかと思ったんだけど。クリスマスだしね。 と、デコレーションケーキのふたを開ける。 健二 うわ、でっけー。 柾 あの、田代さん。 田代 何? 柾 (どう説明しようか迷って)あの……。 幽霊 いいわ、何も言わないで。 柾 でも……。 幽霊 見えないもの信じるのって大変なことなのよ。それに、私なら全然かまわないから。だからさ、私のことは内緒にしといてくれない。そう、私たち三人の秘密。じゃあ、私行くわ。おじゃまさま。 幽霊、出て行ってしまう。 柾 あ……。 田代 どうしたんだ。言いかけたきりだまっちゃって。 柾 うん、何でもないんだ。 田代 おかしなやつだな。 健二 ほんとに。 柾 (健二に)行っちゃった? 健二 ああ。 田代 行っちゃったって? 誰かいたの? 柾 あの…… 健二 (柾を制して)何でもないんです。じゃあ、飲もうか。三人で。 とグラスを取り上げ、柾に渡す。 健二 メリークリスマス! 乾杯する三人。飲み始める。 柾 (観客に向かって)楽しいクリスマスでした。霊ちゃんがいないことを除けば。健ちゃんと田代さんも、さりげなく仲良く話してて、僕はほっとしました。本当にどこにでもありそうなただのクリスマスだったんです、健ちゃんがあんなことを言い出すまでは。 健二 柾、おれ、いつか言わなきゃいけないと思ってたんだけど。 柾 何? 田代 どうしたの、あらたまっちゃって。 健二 俺さ、やっぱり、お前のこと好きなのかもしれない。 間 柾 やだな、健ちゃん。酔っぱらって。 健二 酔っぱらってなんかいない。 柾 ……。 健二 夏、お前、俺に告白したじゃん。俺のこと好きだって。俺、あの時びっくりしちゃってさ。ずいぶん無茶苦茶言ったと思うんだ。でも、考えたんだ。あの時、お前、二つ同時に言っただろ。自分はゲイだっていうのと、俺のこと好きだっていうのと。 柾 うん。 健二 俺があの時ムキになって否定してたのは、お前がゲイだってことだけだったんだって気がついたんだ。落ちついて考えてみたら、俺、お前に好きだって言われても別にいやじゃなかったんだよ。 柾 ……。 健二 何でその二つが同時にあるんだ? 俺、お前のことは好きだけど、自分のことゲイだゲイだって、何だかムキになってるお前はいやなんだよ。 田代 でも、それって一緒のものなんじゃないか、柾の中では。だから、そういう言い方になったんだと思うけど。 健二 (田代を無視して)なあ、柾、俺、今お前のこと好きだって言ったじゃん。お前、どうする? 柾 どうするって? 健二 あの時、お前、こういう返事望んでたんじゃないの? 俺もお前のこと好きだっていう。だから、どうする? おれが、今、こう言ったとしたら。俺もお前のこと好きだって。 柾 やだな、ふざけて。 健二 ふざけてないよ。 間 柾 確かに、あの時、そう言ってくれたとしたら、どうしてたかわからない。きっと、ものすごくうれしかった。でも、今は違う。 健二 ……。 柾 僕もわかったんだよ。あの時、僕は健ちゃんにあこがれてた。大好きだったし。今でも好きだけど。もう違うんだ。今、僕には田代さんがいるし(田代を見る)、そういうことかな。 間 健二 わかった。(田代に)すみませんでした。変な話して。 田代 変なことない。 健二 柾のこと、よろしく頼みます。 田代 ああ。 柾 やだな、何言ってんの? そっちの方がすっごい変だよ。 田代の部屋の電話が鳴る。コードレスホン。 田代 はい。田代ですが。何、どうしたの? え? 知らないよ。おい、今日休みなんだけど……。わかったよ。調べて見る。ちょっと待ってて。(保留にして)悪い、ちょっと会社からなんだ。時間かかるかもしれないけど、楽にしてて。じゃあ。 柾 うん。 田代、となりの部屋に行く。 間 健二 (人が変わったように、さばさばと)これ食っちゃっていいかな? とケーキを食べ始める。 柾 健ちゃん。ありがとう。 健二 え? 柾 今言ってくれたこと。 健二 (食べている)今って、俺何か言ったか? 柾 (察して)わかったよ。何も言ってない。 健二 あれ、田代さんは? また買物? 柾 電話。やだな、どうしちゃったの? 健二 何だか、頭ぼーっとしちゃっててさ。何かおかしいんだよな。 柾 じゃあ、本当に覚えてないの? 健二 さっきから、気になってるんだけど、俺、そんなにものすごいこと言ったのか? 柾 酔っぱらってもいないんだよね。 健二 (ほとんど恐ろしい)おい、何なんだ、一体? 柾 健ちゃん、今、言ったんだよ。夏に僕から告白されてから、ずっと考えてたんだけど、やっぱり僕のことが好きなのかもしれないって。それから…… 健二 それだけじゃないのか? 柾 もし今、お前のこと好きだって言ったら、どうするかって。 健二 (驚愕して)何なんだ、一体? 柾 それはこっちが聞きたいよ。 健二 俺がそんなこと言うわけないだろ? 柾 でも言ったんだよ、ちゃんと。田代さんも聞いてたし。 健二 それで、お前何て言ったんだ? 俺が言ったことに何て答えたんだ。 柾 僕には田代さんがいるからって。 健二 (ほっとして)良かった。 柾 ねえ健ちゃん、どうしちゃったの? 健二 わかんないんだよ。ただ、何だか頭がぼーっとして。(気がついて)そうだ、霊だ! 柾 霊ちゃん? 健二 こんなことできるのあいつしかいない。帰るなんて言ったくせに、こんなばかげたことしておもしろがってるんだ。そうだ。そうに違いない。 柾 でも、何で霊ちゃんがそんなことするわけ? 健二 仲間はずれにされて淋しかったんだろ? 畜生、もっと素直になれよ、素直に。おい、霊! 柾 いるの、そのへんに? 健二 たぶんな。おい、霊。いるなら返事しろ。(わざと聞こえるように)まあ、呼ばれても返事するようなやつだとは思えないけどな。あいつ根性ねじくれ曲がってるから。 幽霊の声 失礼ね。返事くらいするわよ。 と言って幽霊が出てくる。 健二 引っ掛かったな。どうしているんだ。帰ったんじゃなかったのか? 幽霊 (気がついて)ちょっとね……(苦し紛れに)遠くにいても聞こえるのよ。幽霊ってそういうもんなの。 健二 お前、今俺に何かしただろう? 幽霊 何かって、何? 健二 俺の体に入って、言いたい放題……。 幽霊 健ちゃんの体? まさか、やだ、エッチ! 健二 そういうことじゃない! 幽霊 何で私がそんなことしなきゃなんないのよ。ねえ、まーくん? 冗談じゃないわ。 柾 あ。でも、そう言えば、さっきの健ちゃん、ちょっと霊ちゃん入ってたかも? 健二 え? 柾 そうだよ。こんなことしてたし(と特徴のある手の動きをする)。そうだよ。何で健ちゃんが霊ちゃんみたいな話し方するんだろうと思って聞いてたんだ。 健二 やっぱり、そうだったのか。こら、白状しろ! 証拠は上がってるんだ。 間 幽霊 (開き直って)ばれちゃしょうがないわね。(素直に)ごめんなさい。でも、初めてなの、私、こういうことするの。やればできるんだわ、私にも。びっくりしちゃった。すごい、すごい。 と幽霊は一人で喜んでいる。 健二 何考えてんだ? 幽霊 何も。だって幽霊だもん。 健二 おい霊、二度とこんな真似したら承知しないからな。 幽霊 どう承知しないっていうのかしら。本当は、言いたいことかわりに言ってもらってほっとしてるくせに。 健二 バカ言うな。 幽霊 あんたこそ素直になんなさい。 健二 何だと! 柾 霊ちゃん。 幽霊 わかったわよ。もうしません。 健二 (柾に)これだけははっきり言っておく。たしかに、お前は大事な友達だけど、それとこれとは違うんだから。 柾 ありがとう。でも、うれしかったよ。 健二 あのな…… 幽霊 ほら、良かったじゃない。ね、田代くんとまーくんも愛しあってるんだってことがわかったし、健ちゃんがまーくんの大事な友達だってこともよーくわかったんだから。めでたし、めでたし。 健二 そういうことじゃないんだよ。 幽霊 あら、どう違うっていうのかしら。私、何か間違ったこと言ってる? 健二 ……勝手にしろ! 田代がやってくる。 田代 にぎやかだね。何話してんの? 幽霊 別に。あんたの噂話じゃないわよ。 柾 もうすんだの? 田代 ああ済んだ、済んだ。 健二 あの、さっきの話なんですけど、全然本心じゃないんです。無理矢理に言わされたっていうか、何ていうか……。 柾 ほんの冗談なんだよね、健ちゃん? 健二 そうそう。クリスマスだし。 幽霊 どういう関係があるのかしら。 柾 (小声で)霊ちゃん。 健二 だから、気にしないで、忘れて下さい。お願いします。 柾 そうそう。 田代 うん、わかったけど…… 健二 良かった。じゃあ、俺、帰ります。 柾 え、もう? 田代 ゆっくりしてけばいいのに。 健二 ちょっと、約束があって。 柾 そんなこと言ってなかったじゃない。 健二 急に決まったんだよ。 田代 ガールフレンド? 健二 まあ。 柾 それって、誰? もしかして吉田さん? 健二 (軽く)違うよ。 幽霊 (田代の後ろから)本当に? 健二 (幽霊に言うつもりがその前に立っている田代に向かって思いきり)うるさいな。誰だっていいだろ! 田代、とまどっている。 健二 (取りつくろって)どうも、おじゃましました。 田代 じゃあ、また、遊びにおいで。 柾 じゃあね。電話するから。 健二 ああ。 健二、幽霊をにらみつけて去って行く。 田代 言い過ぎたかな……。 柾 そんなことないって、全然、気にすることない。 田代 何だか、二人きりになっちゃったね。 柾 あ……、本当に。 田代 ま、いいか。 間 幽霊 じゃあ、私も行くわ。おじゃまさま。 柾 霊ちゃん…… 田代 ん? 幽霊 いいのよ。見えないのにいたってしょうがないもん。じゃあね。バイバイ。 幽霊、出て行った。 * * * 土手。多分多摩川べり。 時刻は夕方。きれいな夕焼け。 健二と幽霊がやって来る。 健二 ついてくんなよな。 幽霊 いいじゃない。私のこと見えるのあんただけなんだもん。ねえ、遊ぼう。 健二 勝手にやってろ。 幽霊、勝手に土手に腰を下ろす。 健二 おい霊、今までどこ行ってたんだよ。 幽霊 教えてあげてもいいけど、どうせバカなノンケにはわかんないようなところよ。 健二 俺、前から言おうと思ってたんだけど。 幽霊 何? 健二 ノンケノンケって呼ばれるのはいいとしても、あんまりバカバカ言うなよな。 幽霊 でも、しょうがないのよ。ノンケとバカはワンセットなんだから。 健二 確かにおれはバカだけど、お前にまで言われる覚えはないんだよ。 幽霊 あら、そうだったの。ごめんなさいね。 健二、幽霊に近づく。 健二 お前さ、実は、ヤキモチやいてんじゃないの? 幽霊 ヤキモチって、誰に? 健二 あの田代って男に。 幽霊 え? 健二 お前、本当は、柾のこと好きなんじゃないの? だから、さっきみたいないたずら ……。 幽霊 違うわよ。もう何考えてんのよ。ばっかじゃない? あら、ごめんなさい。でも、違う。全然、違う。誓います。さまよえる魂の意地にかけて。 健二 なんだ、そうだったのか。 幽霊 当たり前でしょ。 健二 そうだよな。それじゃ、柾が……。 幽霊 ちょっと、それ、どういう意味よ。失礼しちゃうわね。 間 健二 何だよ、夕焼け見てるのか? 幽霊 うん。明日もいいお天気だわ。 健二 高校の頃、よくこのへん、自転車に乗って通ってたんだよな。 幽霊 あら、あんたたちの高校、このへんなの? 健二 ほら、あそこ。 と遠くを指差す。 健二 冬なんかもうめちゃくちゃ寒くてさ。電車もバスもあるんだけど、遠回りでさ、ついつい自転車に乗っちゃうんだよね。だけど、すぐ後悔する。学校着く頃はもう鼻なんて真っ赤。寒くて死にそうになってる。 幽霊 でも、やめないわけ? 健二 おれ、朝弱くてさ。しょうがなくて。 幽霊 ふーん。 風が吹いて来た。 幽霊風に吹かれて飛ばされそうになる。 幽霊 (健二に)ごめん、ちょっとそっち行っていい? 健二 どうしたんだ? 幽霊 風が吹いてきた。どっか行っちゃいそうになる。 と言いながら、風下、健二のかげにしゃがみこむ。 健二 へえ。そういうもんなのか? 幽霊 そういうもんなのよ。 健二 少し寒くなってきたな。 幽霊 そうよね、冬は寒いんだよね。 健二 何言ってんだよ? 幽霊 ほら、こんなになっちゃってから、ちっともそういうの感じないから。だから、こんな格好してるわけだし。そう、冬は寒くて、夏は暑いんだよね。 健二 ……。 幽霊 風に吹かれるとどっか行っちゃいそうになるくせに、全然、寒くないの。寒くも暑くもないし、おなかもすかない。喉もかわかない。 健二 便利じゃん。 幽霊 そうかな? 健二 そうだよ。前向きに生きろよ。じゃないや。死ねよ。何言ってんだ、俺? 短い間 幽霊 やっぱり生きてるっていいことなのよ。こんなふうに二人で並んで座ってたらさ、寒くないかなんて、肩抱かれたりして。初めは冷たいんだけど、だんだんあったかくて、ほんのちょっとだけ時間が止まったみたいになって、何だか相手の心臓の音がドキドキ聞こえてくるみたいな気がするんだけど、それは自分が勝手にドキドキしてるだけなの。 健二は、初めて、幽霊を哀れに思う。 幽霊 なのに今じゃ、誰かに触られると、何だか……。やんなっちゃうわ。 健二 それって、俺と初めて会った時に言ってた、気持ち悪いってやつか? 幽霊 うん。でも、ちょっと違うの。気持ち悪いっていうよりか。触られてる時はいいの。ただ、それまで触られてたのが離れていっちゃうと、そこだけ何だか空っぽになったみたいな気がしちゃって。もともと空っぽなくせに何だか変なんだけどさ。 健二 さっきの俺の時みたいに、人の体に入ってる時はどうなんだ? 幽霊 ああいう時はね、ちゃんと感じられるの。大丈夫。ちょっといい気持ちだった。そうよ。何でもっといろいろなことしとかなかったのかしら。せっかくのチャンスだったのに。後悔だわ。 健二 いろいろなことって何だよ? 幽霊 秘密! 間 健二は、ある決心をする。 健二 おい、霊。 幽霊 何? 健二 動くなよな。 幽霊 何? 健二 いいから、動くな。動くと気持ち悪いから。 幽霊 (怪訝そうに)何なの一体? 健二 いいから。 健二、霊の肩にそっと手をかける。 じっとしている。二人。 幽霊 (驚いて)何してんのよ? 健二 いや、せめて、雰囲気だけでもと思ってさ。 幽霊 (身じろぎして)あんたね…… 健二 動くなよ! 間 幽霊 あんた、今、すっごい変なのわかってる? 健二 ああ。 幽霊 一人で練習してる社交ダンスの人みたいよ。 健二 わかってる。 間 幽霊 さっきの取り消すわ。あんたただのバカじゃないみたい。 健二 ついにわかったか。 幽霊 すっごいバカだわ。信じられないくらい。 間 幽霊 もういいわよ。手が疲れたでしょ。 健二 そう言ってくれるの待ってたんだ。実は。 間 幽霊 (立ち上がって)あのさ、健ちゃん。お願いがあるんだけど。 健二 何だ? 幽霊 今夜一晩、私に付き合ってくれないかしら? 健二 (怪訝そうに)今夜一晩って? 幽霊 大丈夫、何もしないから、心配しないで。ただ、この夕日が沈んでから、また上るまで、私とずっと一緒にいて欲しいの。 健二 何でだよ? 幽霊 ほら、まーくん、田代くんのとこにいるじゃない。私がふらふらしてると思ったら、落ちつかないと思うのね。だから、アリバイ作り。あんたと一緒にいるって言ったら、あの子も安心すると思うから。いいでしょ? 健二 ああ、いいけど。 幽霊 よかった。じゃあ、田代くんのとこ電話して、まーくんに話してちょうだい。今晩、私はずっとあんたと一緒にいるからって。姿消して、あの子のまわりうろうろしたりできないからって。 健二 ああ。 幽霊 ありがとう。うれしい。 健二 ちぇっ、せっかくのイブなのに。霊と一緒かよ。 幽霊 本当だわ。かわいそうに。早く彼女つくることね。 健二 放っとけよ。 幽霊 ねえ、どうする。朝まで飲んだくれる? 健二 でも、お前飲めないんだろ? 幽霊 まあ、そうだけど。お付き合い程度なら。 健二 そうだ。車でどっか行かないか? 幽霊 ドライブ? いいわね。でも、あんた、運転できるの? 健二 まかせとけよ。よし、じゃあ、まず電話だ。 * * * 健二からの電話を受けている柾。 柾 わかったよ。じゃあ、霊ちゃんによろしく。ありがとうって言っておいて。……それじゃね。バイバイ。 電話を切る。 田代がやってくる。 田代 何だって、大橋くん? 柾 お騒がせしましたって。それから、ご馳走さまでしたって。 田代 気にしないでゆっくりしてけばよかったのに。そうだ、霊ちゃんっていうのは、誰なんだ? 柾 え? どうして? 田代 さっきから、よく出てくる名前だから。女の子? 柾 女の子っていうか、ちょっと変わってるんだけど。まあね。 田代 ふーん。 柾 じゃあ、片づけるね。このへん。(と腕まくり) 田代 いいよ、僕、やるから。 柾 いいから、いいから、まかしといて。 と、言いながら、おかしな具合に手を動かす。手際よく片付け始める柾。 田代、そんな柾を見て笑っている。 柾 (田代の視線に気がついて)何かおかしい? 田代 今の手……。 柾 手って? 田代 今やった。これ。 と、柾を真似てみる。 柾 ああ、これ? 変だった? 田代 前から? 柾 ううん、最近。友達がよくやってるのが、伝染っちゃったんだと思う。 田代 へえ、僕の友達にもいたんだよ。そんなことしながら話すやつが。 柾 (軽く)本当に? どんな人、その人? 田代 どんなって、元気で、いっつも突っ走っててさ。オネエ言葉使って、言いたい放題で、喧嘩早くて。 柾 似てる。今度会ってみたいな。 田代 あ、そいつ死んじゃったんだ。 短い間 柾 (軽く)いつ? 田代 去年の夏。友達みんなと山梨の温泉に行ったんだよ、車で。その帰りに事故で。そいつ、免許取ったばかりでさ。危なっかしいからって、誰も一緒に乗らなかったんだよ。もちろん冗談だったんだけど。そしたら、本当に事故っちゃって。でも、悪いのはそいつじゃないんだ。前の車が急ブレーキかけて。それで……。何でも猫が飛び出してきたとかって……。 柾 ……。 田代 一緒に乗っててやれば良かったって、今でも、時々思うんだけど……。 柾 優しいんだね。 田代 そうじゃないんだ。ちょっとひっかかってることがあって……。 柾 ひっかかることって? 田代 ……そいつが死んじゃってから、別の友達に言われたんだ。そいつ、実は、僕のこと好きだったんだって。 柾 ……! 田代 そんなこと全然知らなくてさ。ただの友達だったし、そいつも全然そんなこと言わなかったから。大体、そいつ、好きなやつができたら、黙ってなんかいられないタイプなんだよ。僕がいつまでも一人でいるもんだから、好きな男はいないのかとか何とかって、いっつもうるさくって……。 柾 そうなんだ。あ、ねえ。もし、その人から、好きだって言われてたら、どうしてた? その人に付き合ってほしいって言われたら? 田代 どうしてたかな。(考えて)あいつのこときらいじゃなかったけど、つきあうとかそういうんじゃなかったから。 柾 友達? 田代 そう。だから、きっと断ってたと思う。 柾 そう。 田代 どうしたんだよ、そんなに気になるか? 柾 うん、ちょっと。……ねえ、その人の写真ってある? 田代 ああ、みんなで一緒に撮ったのがあるけど。 柾 見せてくれないかな? 田代 ああ。 田代、アルバムを持ってくる。 田代 (アルバムを開いて指差す)えーと、こいつだよ。 柾、写真を見る。やがて、ゆっくり顔を上げる。 柾 (観客に向かって)その写真は、ホテルの前でのスナップでした。七人並んだ真ん中に田代さん、そして、その右側、となりのとなりに立っているのは、間違いなく霊ちゃんでした。僕が知ってる霊ちゃんより、どこか少しだけ気弱そうな表情の。もしかしたら、太陽が眩しかったのかもしれません。何だかそんな顔して写ってます。そして、この日の夕方、霊ちゃんは死んだんです。 間 田代 どうしてるのかな、今頃? 柾 え? 田代 俺、何だか実感がなくて。ずっと会わないのと、死んじゃったのと、どう違うんだろうな? だから、思うようにしてるんだ。死んだんじゃなくて、ずっと会わないだけなんだって。だけど、すぐに気がつかされる。会わないんじゃなくて、会えないんだって。そうなんだよな。 柾 会いたい? 田代 ああ。だって、俺たち、友達だったんだから。(写真に)そうだよな、森谷? 柾 森谷って……? 田代 ああ、こいつの名前。森谷雪雄っていうんだ。(茫然としている柾を見て)どうかしたのか? 柾 ……ううん、何でもない。そう、森谷さん。 柾、写真をじっと見ている。 柾 (観客に向かって)こうして僕は、霊ちゃんが誰なのかを知ってしまいました。誰なのかわかったら、姿を消さなきゃならない。霊ちゃんはそう言っていました。霊ちゃんのことだから、これもきっと嘘に決まってる。そう思って待っていたのに、霊ちゃんは、帰ってきません。イブの夜、あれからどうしたのか、健ちゃんに聞きました。二人は一晩中都内をぐるぐるドライブしてたそうです。そう夜が明けるまで。そして、健ちゃんとの約束どおり、朝日が上るのと一緒に、霊ちゃんはいつのまにか姿を消していたそうです。そんな約束守ることないのに。僕は、ポケベルにあの0っていうメッセージが入るのを待ってました。毎日、毎日。そして、一週間。十二月三十一日の夜です。 |
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